『これが、本当の力ってやつよ!』
「死ね! 死ねぇぇぇ!!」
草原に響き渡る地鳴りのような叫び声。
下半身を巨大な8本の触手へと変貌させたレヴィアタンが、狂気的な執念を孕んだ目で、その極太の触手を弾丸のごとくルシファーへと次々に突き刺していく。
ドガガガガガンッ! と、触手が激突するたびに大地がクレーターのように爆裂していくが、その破壊の嵐の隙間を、ルシファーは不敵な笑みを浮かべながら縦横無尽にすり抜けていた。
「ふふっ! やっと、いい具合に温まってきたわね!」
楽しそうに声を弾ませながら、低空を燕のように鋭く飛び回るルシファー。
「――『激流檄』っ!!」
レヴィアタンが自身のサイズに合わせて巨大化した黄金の槍――トライデントを猛然と振り下ろした。
それと同時に、どこからともなく湧き出た、血のように禍々しい「赤い水流」が四方八方から押し寄せ、津波となってルシファーの退路を完全に塞ぎにかかる。
「しゃら……くさいっ!」
ルシファーは空中を反転しながら魔剣ルシフェルを瞬時に連続一閃。襲いかかる赤い濁流を強引に切り裂き、弾き飛ばしていく。
「はぁぁぁぁぁっ!!」
だが、レヴィアタンはさらにその身に宿る嫉妬の魔力を限界まで込め、トライデントを突き出した。
ルシファーに襲いかかる赤い水流は、彼女の情念に比例するように、より太く、より凶暴にその勢いを増していく。
「これが……レヴィアタンの本気……。なんて禍々しい魔力なんだ……」
あまりのプレッシャーに僕が戦慄していると、ポテトチップスの袋を持ったベルゼブブがボソリと呟いた。
「なんつーかさ、力任せに押し切ろうとするところ、サタンに似てるよな〜」
「はあ!? あんた、私とあんなタコ女のどこが似てるって言うのよ! 私のこの溢れる力は純粋な拓巳への愛❤だけど、あいつのはただの醜い執着じゃない!」
「……本質は同じね。どっちもタチが悪いわ」
エヴァさんが引きつった顔でボソッと突っ込む。すると、アスモデウスが人差し指を顎に当て、妖艶に微笑みながら口を開いた。
「ふふ、そんなことはないのよ、エヴァさん。サタンちゃんの『憤怒』の力と、レヴィちゃんの『嫉妬』の力……。一見似ているようで、実は全く違う性質のものなの。嫉妬とはね、自分が持っていないものに対する激しい妬みや、相手を引きずり下ろしたいという貪欲な渇望。対して憤怒は、ただ純粋に湧き上がる原初の怒りの感情なのよ」
「……ん? つまりは……どういうことですか?」
頭の上に疑問符を浮かべる僕に、アスモデウスは意味深にウインクしてみせる。
「ふふふ。もうすぐ、その目で見ていればわかるわよ」
戦場では、次々と四方八方から襲い掛かり、無限に勢いを増していく赤い水流を、ルシファーがルシフェル一本で叩き落とし続けていた。
「なによこれっぽっち? 余裕よ、余裕! この私がこれしきの水遊びで後れを取るわけないでしょ!」
傲慢に言い放ち、全ての激流を完璧に弾いていくルシファー。だが、その絶対的な『傲慢』の壁が、レヴィアタンの底無しの情念をさらに燃え上がらせる薪となった。
「あなたを殺すなら……もっと! もっともっと、強い力が要るのよぉぉぉ!」
レヴィアタンの狂おしいまでの嫉妬の感情に共鳴するように、黄金のトライデントが、まるで獣が吠えるかのように激しく震え始めた。
それに合わせて、ルシファーを襲う赤い水流の速度が跳ね上がり、牙を剥いた獣の群れとなって一斉に襲いかかる。
(――っ!? さらに速くなるの!? 水圧も……さっきまでとは桁が違う……っ!)
ルシファーの心に、初めて明確な焦りがよぎった。
そしてついに、その鉄壁の防御にわずかな隙が生まれる。
――ズパァンッ!!!
「ぐぁぁぁっ!?」
ルシフェルの剣筋を完全にすり抜けた一つの激流が、ルシファーの脇腹にクリーンヒットした。
一瞬の硬直。それをレヴィアタンの激流が見逃すはずもなかった。すかさず、第二、第三の濁流が、逃げ場を失ったルシファーの身体に次々と容赦なく激突していく。
「ルシファーが捉えられた……っ!?」
「ちょっ! あんた何やってんのよ、あのツンデレ引きこもり! 格下に押し負けてんじゃないわよ!」
思わず叫ぶサタンに、アスモデウスが冷徹に解説を続ける。
「これが嫉妬の力の本質――その醜い妬みは、やがて相手のすべてを奪おうとする底無しの『欲求』に変わる。嫉妬が深まれば深まるほど、その呪いは相手の力を侵食し、喰らい尽くすのよ」
「それじゃあ……ルシファーは……!」
「ええ。ルシファーちゃんも、このまま防戦一方で引き延ばされれば押し切られるわね。一気に決めないと、本当に負けるわよ」
「……まだ! まだ足りません! あの目障りな傲慢を、完全に叩き潰すには……!」
濁流に呑まれていくルシファーを見下ろし、レヴィアタンは怨念の籠った声で叫びながら、巨大なトライデントを天高く振りかぶった。
「――『ジャイアント・オオシャアン』っ!!!」
渾身の力と共に、巨大化した三叉の槍が、激流に揉み込まれて身動きの取れないルシファーめがけて一直線に突き立てられた。
――ドゴォォォォォォンッ!!!
草原が文字通り消し飛ぶかのような大爆発。
大量の赤い水飛沫が数メートル以上も天高く舞い上がり、黄金のトライデントは、ルシファーがいたはずの地面へと、深々と深く突き刺さった。静寂が戦場を包み込む。
「ルシファー――っ!!」
僕が悲鳴のような声を上げた、その時だった。
「……はあ。だから、最初から全力で来なさいって言ってるじゃない」
激しい水煙の奥から、突如として、信じられないほど冷徹で、そして圧倒的に透き通ったルシファーの声が響いてきた。
「はっ……!?」
レヴィアタンの顔が恐怖に凍りつく。
その瞬間――パァンッ!! と弾けるような衝撃音が鳴り響き、地面に深く突き刺さっていたはずの巨大なトライデントが、まるで玩具のように上空高くへと吹き飛ばされた。
槍が突き刺さっていた場所にはぽっかりと巨大なクレーターが空いていたが、そこからバッと、漆黒の影が迷いなく飛び出してきた。
「な、なんで……無傷なんですか……っ!?」
レヴィアタンが思わず声を戦慄かせる。
空中に現れたルシファーは、背中から生やした6枚の黒い羽を静かに広げながら、傷一つない、それどころか服の汚れすら完全に消え去った涼しげな顔で浮遊していた。
「なんでって……はあ。言ったでしょ、あんな生ぬるいお遊び、この私には一切効かないのよ」
「くっ……! トライデント!!」
レヴィアタンが必死に叫ぶと、上空へと吹き飛ばされていた黄金の槍が、空間を転移して彼女の手元へと瞬時に戻ってきた。
「まだです! もう一回、今度こそ完全に――」
「無駄だって言っているのが、まだ分からないのかしら? ……仕方ないわね。あんまり見せたくはなかったけれど、私の『全力』の一端を、その身に刻み込んであげるわ」
ルシファーはそう冷淡に告げると、なんと、これまで手に持っていた魔剣ルシフェルを、光の粒子に変えて完全に消し去ってしまった。
武器を捨て、ただスッと右腕を前に突き出す。
「――『閻魔傲』」
彼女がその名を静かに呟いた、まさにその刹那。
――ガタガタガタガタガタッ!!!
世界が激しく拒絶反応を起こすかのように、千葉の草原全体が、これまでの比ではない猛烈な地鳴りとともに揺れ始めた。
「な、何ですかこれ……っ! 揺れだけじゃなくて、急にもの凄く寒くなってきましたけど……っ!」
僕はガチガチと奥歯を鳴らしながら、急激に氷点下へと叩き落とされた周囲の気温に身体を震わせる。
「な、なによこの禍々しい魔力は……っ!? 空気が重すぎて、息が……上手くできない……っ!」
エヴァさんもマイクを落とし、自分の胸を押さえつけながらその場にへたり込んだ。
「……実は私も、直接見るのは初めてよ。ルシファーちゃんの、本当の全力の姿……」
あのアスモデウスから完全に余裕の笑みが消え、真剣な眼差しで戦場を見つめている。
「な、なんなんだよあれ……。おいおい、冗談だろ……」
いつの間にか、ベルゼブブもポテトチップスを食べる手を完全に止め、目を見開いて硬直していた。
マモンと、いつのまにか起きていたベルフェゴールも、一言も発せずに青ざめた顔でその光景を凝視している。
唯一、サタンと蓮華さんだけが、背筋が凍るような狂気的な笑みを浮かべて、その光景を恍惚と見つめていた。
大地の激しい揺れと、異常なまでの気温の低下。
それら全ての異常現象を引き起こしている中心――空中に浮かぶルシファーの右腕から、ドロリとした、見る者の精神を汚染するような濃厚な紫色のオーラが溢れ出し、世界を侵食していく。
「これが――真の『強さ』よ」
ルシファーが静かに宣告する。
彼女の右腕は、徐々に人間離れした、禍々しい漆黒の異形の手へと巨大に変貌を遂げていた。そこから立ち上る紫色の魔力は、もはや空間そのものをパキパキとひび割れさせるほどの密度を誇っている。
「あ……、あ……」
レヴィアタンは、下半身の巨大な触手をもぎ取られたかのようにガタガタと震え、言葉を紡ぐことすらできずにいた。圧倒的な、次元の違う「本物の力」を前にしたかのような絶対的な絶望。
ルシファーは、空間を踏み締めるように、ゆっくりと空中を歩いてレヴィアタンへと近づいていく。
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
レヴィアタンは恐怖を打ち消すように絶叫し、なんとか黄金のトライデントを構え直した。
だが、勝負は一瞬だった。
ルシファーが、ただ静かに、異形と化したその右腕を横に向かって軽く一振りした。
本当に、ただそれだけの動作だった。
――スパァンッ!!!
空間そのものが真横に美しく両断されるような、奇妙に澄んだ音が響く。
次の瞬間、レヴィアタンのあの圧倒的な質量を誇っていた巨大なタコの下半身が、何が起きたかも理解できないまま、滑らかな断面を残して一瞬で真っ二つに切り裂かれた。
「え……?」
レヴィアタンが呆然とした声を漏らすと同時に、その巨体を維持していた魔力が霧散し、彼女の身体は元の華奢な人間のサイズへと一瞬で引き戻される。
ドサッ……。
地面へと力なく叩きつけられたレヴィアタンは、ピクリとも動かず、そのまま完全に意識を失って気絶した。
「……はあ。無駄に魔力使わせないでほしいわね。じゃ、私は生放送の続きがあるから戻るわよ」
ルシファーは何事もなかったかのように、右腕の異形と紫色のオーラを瞬時に消し去ると、ポケットからスマホを取り出し、画面に目を落としながら気怠げに観客席のパイプ椅子へと戻っていった。
こうして、誰もが息を呑む圧倒的なルシファーの真の力の一部が解放され、準決勝第一試合は、文字通りの一撃によって幕を閉じたのだった。




