『激突!嫉妬の悪魔と傲慢の悪魔』
「ただいまから、転移悪魔最強決定戦・準決勝を始めますっ!!」
千葉の草原に、どこから用意したのかマイクを持ったエヴァさんのノリノリな実況が響き渡る。先ほどまで肉体と魔力の限界を迎えて気絶していたとは思えないほどのテンションだ。
「なんかめちゃくちゃノリノリですね……。というか、エヴァさん身体はもう無事なんですか?」
僕が戸惑いながら尋ねると、隣の蓮華さんがパイプ椅子に背をもたれかけさせたまま、フンと鼻を鳴らした。
「あんなもんただの魔力切れだ。エヴァの最大魔力量の2倍くらいの上質な魔力を一気にぶち込んでやれば、人間だろうがすぐに元通り治るんだよ」
「だからあんなにピンピンして元気なんですね……。金の力に続いて魔力の暴力恐るべし……」
僕が引き気味に納得するのも無理はなかった。実は、あの凄惨な第4回戦が終了してから、休憩としてほんの30分ほど時間を空けただけなのだ。恐るべき回復速度である。
「もう次の試合始まるの!? まだ『くりぃむsoだ』の生放送中なんだけど!」
ルシファーは不機嫌そうにスマホの画面を見つめたまま、ぶつぶつと文句を垂れている。
「別に嫌なら今のうちに棄権してもいいですよ? そっちの方が私としては不戦勝になってありがたいですから」
対戦相手のレヴィアタンが、冷徹な青い瞳でチクリと挑発を投げかける。
「チッ、やるわよ! 速攻で終わらせて、早く配信のコメント欄に書き込みしなきゃいけないんだから!」
ルシファーは忌々しそうに舌打ちすると、ようやく観客席のパイプ椅子から腰を上げた。
「王子様! 私、絶対に勝ちますから見ていてくださいね!」
戦場へ向かう直前、レヴィアタンがまっすぐに僕の元へ駆け寄ってきて、僕の両手をぎゅっと情熱的に握りしめる。
「は、はあ……。大怪我だけはしないように、頑張ってください」
「――っ!」
僕のその言葉に、レヴィアタンの表情がパッとひまわりのように明るくなった。
「はいっ!」
嬉しそうに大きく頷き、彼女は意気揚々と草原の中央へと歩み出ていく。
「では、準決勝第一試合を始めますッ! この勝負の勝者が、次に行われる準決勝第二試合の勝者と、栄えある決勝戦で激突することになります!」
マイクを握ったエヴァさんのアナウンスが響く中、ルシファーとレヴィアタンは、遮るもののない草原の真ん中で真っ正面から向き合った。
「さっさと始めましょ? 私には時間がないのよ」
「そうですね。速やかにぶっ倒してあげます」
「……へえ。あんたが? 面白いわ、やってみなさいよ」
ルシファーは不敵に笑うと、その手に見覚えのある禍々しい漆黒の魔剣――『ルシフェル』を出現させた。
「王子様、見ていてください」
レヴィアタンが凛とした声で呟くと、彼女の手の平に眩い光が集束し、一本の美しい三叉の黄金の槍が姿を現した。
「出ましたわっ! トライデントですわっ!」
観客席からマモンが興奮したように立ち上がり、声を裏返らせる。
「トライデント……?」
「レヴィアタンが使うあの三叉の槍ですわよ! 魔界の海を全て統べると言われている伝説の神遺物……。あれを人間界のブラックマーケットで売ったら、一体いくらの金になるのかしらぁ……じゅるり」
マモンがよだれを垂らしながら、両目を完全に「$」の形に変えている。
「目が完全に金になってますよ、マモン……」
僕がツッコミを入れる中、戦場ではルシファーがその黄金の槍を一瞥して鼻で笑った。
「トライデントねえ。言っておくけどここは地上よ? 海もないこんな場所で、そんな大層な水生武器に意味なんてあるのかしら?」
「……見せてあげますよ、海の支配者の力を!」
レヴィアタンが鋭く叫ぶと同時に、手にしたトライデントを全力で大地に突き刺した。
その瞬間――ドンッ! と地面が激しく揺れ、レヴィアタンの周囲の何もない空間から、まるで滝を逆再生したかのような大量の水流がボコボコと立ち上がった。
「うわあ!? 何もないところから水が大量に湧き出てきた!」
驚く僕の横で、サタンが退屈そうに自分の爪を弄びながら言う。
「ふーん。でも、あんなお遊びみたいな水流じゃ、あのプライドの塊みたいなツンデレ悪魔は動じないと思うけどな〜」
「行きなさい! リヴァイアサン!」
レヴィアタンの怒号が響く。トライデントによって出現した大量の水流が、生き物のように蠢き、意思を持った巨大な「水の龍」の姿へと急速に形を変えていく。
――グオオオオオ!!!
咆哮を上げ、水の巨龍『リヴァイアサン』が、猛烈な勢いでルシファーめがけて突進した。大地を削りながら迫る圧倒的な濁流の質量。
「……はあ」
だが、ルシファーはただ一つ、つまらなそうに深い溜息をついただけだった。
直撃の刹那、――バシュンッ!! と軽快な風切り音が鳴り響く。
ルシファーはただ片手で、流れるような動作で魔剣ルシフェルを一閃させただけだった。それだけで、迫り来る巨大な水の龍は、まるで紙細工のように真っ二つに一刀両断され、ただの水飛沫となって霧散したのだ。
「これでおわり? 期待外れもいいところね」
ルシファーが剣を肩に担ぎ直して冷ややかに言い放つ。
「……リヴァイアサン、お願い」
だが、レヴィアタンが静かに呟いた瞬間、霧散してルシファーの周囲に飛び散っていた水滴が、一瞬にして爆発的な質量へと再結合した。ルシファーの身体を完全に閉じ込めるようにして、天を突くほどの巨大な「水柱の牢獄」が突如として出現したのだ。
「――っ! くっ……!」
不意を突かれ、水流の圧力に拘束されたルシファーの声が漏れる。
畳み掛けるように、レヴィアタンは大地からトライデントを引き抜くと、それを大きく宙で振るった。
「怯みなさい!」
彼女の動きに呼応するように、水柱の周囲の空間から無数の獰猛な魚が出現し、巨大な魚群となってルシファーの閉じ込められている水柱へと、弾丸のような速度で次々と突っ込んでいった。
「うおおおおお! 魚がいっぱいあるぞ! 美味そうだなぁ!」
観客席からベルゼブブがよだれをダラダラと垂らしながら、目を輝かせて大興奮している。
「魔界の肉食魚です。噛み砕かれなさい……さようなら、ルシファー」
勝負は決したと言わんばかりに、レヴィアタンは冷淡に告げると、早くも僕のいる観客席の方へと背を向けて歩き出そうとした。
――しかし、まさにその時だった。
――パァァァァァァァァァン!!!
レヴィアタンの背後で、鼓膜を激しく震わせるような大爆破音が鳴り響いた。
激しい衝撃波と共に水柱が木っ端微塵に弾け飛び、バチャバチャと大量の水と、レヴィアタンの召喚した魔界の魚たちが地面へと無惨に落ちて跳ねる。
「……あんた、何か大きな勘違いをしてないかしら?」
背後から聞こえてきた冷徹な声に、レヴィアタンがハッとして振り返る。
激しい水煙の向こう側――そこには、衣服の乱れすら一切なく、傷一つない完璧な状態で佇むルシファーが立っていた。
「こんな子供騙しの小細工で、この私を倒せると思っているのがそもそもありえないのよ!」
ルシファーが鋭く地を蹴った。凄まじい風圧を置き去りにして、一瞬でレヴィアタンの間合いへと肉薄し、漆黒の魔剣を振り下ろす。
――カキィィィンッ!!!
草原に鋭い金属音がこだまする。
ルシファーの容赦ない一撃を、レヴィアタンは引きつった顔でトライデントを横に構え、すんでのところで受け止めていた。
「くっ……! 本当に、しつ……こいですよ……っ!」
「あんな生ぬるい水遊びで私に勝てると思っているなら、魔界の底から出直しなさいっ!」
ルシファーがさらに魔力を込め、ルシフェルを力任せに下へと振り下ろした。圧倒的な膂力の差。
「キャアッ!?」
受け止めきれずに弾かれ、レヴィアタンの華奢な身体が草原を何メートルも転がって吹き飛ぶ。
「くっ……!」
痛みに耐えながら必死に起き上がろうとするレヴィアタンだったが、その視線の先――彼女の眼前に、冷酷なまでに鋭いルシフェルの鋒がピタリと突きつけられた。
「あんたは所詮、この程度なのよ。身の程が分かったら、さっさと負けを認めなさい?」
冷徹に見下ろすルシファーの眼光。その圧倒的な実力の差に、僕は思わず声を漏らした。
「つ、強い……。ルシファー、ちょっと強すぎませんか?」
「ふふ、拓巳さんは普段、ルシファーちゃんが家でポテチ食べながらダラダラと配信見てる姿ばっかり見てるからね〜。でもね、あの子は純粋な戦闘の実力なら、魔界でもほぼ敵無しの最強の一角だったのよ?」
アスモデウスがクスリと笑いながら教えてくれる。
「そ、そんなに凄かったんですか……あの引きこもり……」
「私の方が何倍も強いわよ? 拓巳、私の強さも早く見たいでしょ?」
サタンが隣でフンスと胸を張って割り込んでくるが、僕は「……はいはい」と適当にあしらった。
「ぶーっ! 拓巳のいけず! 冷たい!」
サタンが子供のように地団駄を踏んで不満を表現しているが、完全にスルーして戦場へ目を戻す。
「さあ? どうするの? このまま降伏する? それとも、ここで本当に私の剣の錆になる? ――言っておくけど、拓巳はあんたみたいな暗いヤンデレにはお似合いじゃないのよ」
ルシファーのその言葉が、レヴィアタンの地雷を完璧に踏み抜いた。
レヴィアタンの瞳の奥に、ゴウ、と禍々しい嫉妬と執念の炎が燃え上がる。彼女はキッ! と親の仇かのような鋭い眼光でルシファーを睨みつけた。
「……私は……、私は……っ! 泥棒猫のあなたにだけは、絶対に負けません……っ!!」
レヴィアタンがトライデントを握る手に、血が滲むほどの力を込める。
刹那、彼女の全身から、不気味なほどに鮮やかな深海色の青い光が狂ったように溢れ出した。
「きゃっ!? なによ、この気味の悪い光はっ!」
本能的な危険を察知し、ルシファーが即座にバックステップで後方へと大きく跳躍する。
ルシファーが距離を取る中、レヴィアタンの身体は激しい光を放ち続けながら、メキメキ、グググと奇怪な音を立てて異様に巨大化を開始した。
徐々にまばゆい光が収まっていくと、そこに出現したのは――。
下半身に8本の巨大で禍々しい大ダコの足を蠢かせ、上半身だけが巨大化したレヴィアタンの姿を保っている、神話に出てくるような深海の女神そのものの異形だった。
「で、でかーーーっ!? またタコ形態だ!!」
あまりのサイズアップに、僕は驚愕して声を張り上げる。
「またその不細工な巨大化形態〜? 前の海での姿や、さっきのベルゼブブの化け物姿と大して変わらないじゃない。本当に芸がないわね、つまんないの」
サタンがこれ以上ないほど退屈そうに言い放つ。
「うるさいなー、もう! 」
観客席からベルゼブブのとばっちりな反論が飛ぶが、戦場の中央に君臨する巨大なレヴィアタンは、周囲の雑音など一切耳に入っていないようだった。
「――もう絶対に許さない……。王子様は……拓巳さんは、私だけのものなのよおおおおおおお!!!」
千葉の広大な草原全体を激しく激震させるほどの、地鳴りのような咆哮が響き渡る。
その圧倒的なプレッシャーを正面から受けながらも、ルシファーは口元を歪め、最高に楽しそうな狂気の笑みを浮かべた。
「ふふ……あはは! やっと本気を出したみたいね。いいわ、その生意気な巨体ごと、綺麗に細切れにしてあげるからかかってきなさい!」
魔剣を強く構え直すルシファー。
こうして、準決勝第一試合は、お互いのプライドと僕を巡る執念が限界突破した、激化した戦いへと突入していくのだった――。




