『第一回戦!ルシファー対アスモデウス』
「な…! なんで!?」
キリキリとルシフェルを押し込み、必死に抵抗しながらルシファーが歯噛みする。
「ふふふ。忘れたのかしら? 私は【色欲】の悪魔なのよ? ルシファーちゃんは潜在的なところで、私に力をセーブさせられちゃっているのよ」
ルシフェルの鋒を素手で掴みながら言うアスモデウスの瞳が、妖しくピンク色に光る。
「くっ!」
危険を察知し、即座にバックステップで距離を取るルシファー。
「私が力をセーブしてるですって? ありえないわっ!」
叫ぶと同時に、ルシファーの全身から天を突くような禍々しい闇のオーラが溢れ出した。
「これなら……どうっ!?」
限界まで魔力を込めて、ルシフェルを全力で振り翳す。一閃。振り下ろされた刃から、巨大な弓の形をしたオーラの斬撃がアスモデウスに向かって文字通り爆進した。
「ふぁ〜。本気出してくれないとお姉さん、飽きてきちゃうわよ?」
退屈そうに欠伸を噛み殺しながら、アスモデウスはその一撃を、まるで飛んできた虫でも払うかのように片手で綺麗に弾き飛ばしてしまった。
「くっそー!! なんなのよっ!」
自分の最大火力をあっさりと流され、子供のように地団駄を踏むルシファー。
「じゃあ、そろそろ私の方から仕掛けちゃうわね」
アスモデウスが妖艶に微笑むと、身に纏っていたドレスをパッと脱ぎ捨てた。
「ええっ!?」
お約束のラッキースケベ展開に、僕は大慌てで両手で顔を覆う。
「あらあら? 拓巳さん? 指の隙間からバッチリお目目が出てるわよ? 見たいなら、いくらでも見て良いわよ?」
「いやいやいや! 見ません見ません!」
必死に否定しつつも、悲しい男のサガでしっかり指の間からガン見してしまう僕。そんな僕の視線に満足げな笑みを浮かべ、アスモデウスが可憐に呟いた。
「――『純潔殺し(バージンキラー)』」
その瞬間、彼女の身体が目も眩むような光に包まれる。
「な、なによそれ……」
呆気にとられてルシファーが呟く。徐々に光が収まっていくと、そこに現れたのは――あろうことか、肩から背中が大胆に露出した、あの伝説の「例のセーター」を身に纏ったアスモデウスの姿だった。
「ふおおおおおおお!」
これには僕の理性が大爆発。文字通りドバッと鼻血を噴き出して後ろに倒れ込む。なぜか隣にいたエヴァさんも、同じように鼻血を放出してぶっ倒れていた。何やってるんですか…。
「きめえなお前ら……」
冷めきった視線で僕たちを見下ろす蓮華さん。
「ちょっと! 拓巳! なに他の女の裸に興奮してるのよ〜!」
それを見てサタンが嫉妬の炎を燃やすが、戦場の中央ではルシファーが未だに警戒を解いていない。
「な、なによそのふざけた格好……!」
「これも私の立派な魔法よ? さあ、おいでなさい」
無防備に両手を広げるアスモデウス。
「そんな余裕ぶって……」
そう悪態をつくルシファーだったが、その様子を見ていた僕は、ある違和感に気づく。
「あ、あれ? ルシファー?」
僕の声に「え?」と反応したルシファーは、直後、ハッとなって目を見開いた。彼女の足が、本人の意思とは無関係に、一歩、また一歩とアスモデウスの方へと歩き出していたのだ。
「は? なによ……! これ! 身体が勝手に……っ!」
「ふふふ。色欲の絶対魅了魔法よ」
「う……! うわあ……!」
ざっ、ざっ、と足音を響かせ、引き寄せられるようにアスモデウスの目の前へと進んでいくルシファー。
「えらいわね〜」
慈愛に満ちた笑顔でアスモデウスが迎える。ルシファーはついに、彼女の至近距離で完全に身体を硬直させて立ち止まってしまった。
「くっ! 体が……! 言うことを聞かない……っ!」
アスモデウスがすっと白皙の御手を前に出すと、その手のひらの上に、毒々しくも美しいピンク色のオーラを纏った球体が凝縮されていく。
「ルシファーちゃん、あなたの私に対する『欲望』が今ここに集まっているわ」
「欲望……?」
「そうよ。そして、相手の色欲を絶対的な破壊の力に変換する。それがこの『純潔殺し』の真の能力」
その説明を聞いた瞬間、ルシファーの強気な顔が明確な焦りへと変わった。
「あら? 気づいちゃった? この球をそのままあなたにぶつけたら……一体どうなっちゃうかしらね?」
極上の笑顔で死の宣告を下すアスモデウス。
「や、やばい。ルシファーのやつ本当に死ぬぞ」
観客席からベルゼブブが顔を青くして緊迫した声を上げる。
「へ? 死ぬ……?」
「ありゃ、あのツンデレ悪魔ついに死んだわね〜。スッキリしてよかったわ」
ポップコーンでも食べそうな軽さで言い放つサタンに、僕はすかさずツッコんだ。
「そ、そんな軽く言わないでください!」
「安心しろ拓巳。あいつはまだ諦めてねえみてえだぞ?」
ニヤリと笑う蓮華さんの言葉に、え? と僕が視線を戦場に戻した、その時。
「さあ、終わりよ。ルシファーちゃん」
アスモデウスが、ルシファーの胸元に向けて勢いよくその特大の球体を叩き込んだ。至近距離、回避不可能。球体がその身体に激突する寸前――。
「――昇天しろ、ルシフェル」
ルシファーが静かに、だが冷徹に呟いた。
アスモデウスが「はっ!」と目を見開く。
ズガアアアアアン!!!
二人の間で世界を揺るがすような大爆発が巻き起こった。
「ルシファー!」
僕が思わず叫ぶ。舞台となった草原には巨大な黒煙が立ち上がり、視界を完全に遮ってしまった。
「……ど、どうなったの?」
エヴァさんが不安そうに煙の向こうを凝視する。徐々に風に流されて煙が晴れていくと、その中から二人の人影が浮かび上がった。一人は真っ直ぐに立っていて、もう一人は地面に膝をついている。
そのシルエットを見た蓮華さんが、「ふっ」と満足そうに鼻を鳴らした。
完全に煙が晴れた戦場。そこに立っていたのは――漆黒の翼を広げたルシファーだった。
「えっ!? 嘘でしょ!?」
エヴァさんと僕の驚愕の声が重なる。
「あらあら……やっぱりお姉さんの魔法じゃ、これには勝てないかしらねえ」
悔しそうに、けれどどこか楽しそうに膝をついていたアスモデウスが息をつく。
「まさかルシフェルの『昇天モード』を使うハメになるとはね……。本当に危なかったわ」
ルシファーが大きく息を吐きながら、手にある武器の構えを直した。
「な、なんだあの剣……」
僕はその変貌ぶりに目を見張る。彼女が担いでいるのは、先ほどまでの禍々しい魔剣ではない。まるで天使のそれのような、純白の輝く羽に包まれた神秘的な聖剣だった。
「……堕天ルシフェル……もう一つの顔……」
ベルフェゴールがトロンとした目のまま、ボソリと呟く。
「え? もう一つの顔って?」
「あれがルシファーの持つルシフェルの本来の能力ですわ。元々は彼女が天界から盗み出してきた最高級の宝剣なのですわ。売ったらとんでもない高値がつきそうだから、何度も私にくださいと言ったのに……」
マモンがよだれを垂らしそうな顔で、強欲悪魔らしい解説を入れる。
「ルシファーが普段使っている『堕天モード』は、あいつの強大な魔力で無理やり変化させている姿なのよ。そして元の姿があの『昇天モード』。魔界の生物が持つ魔力を根こそぎ反転させて無力化する、本当にムカつく能力を持った剣なのよ」
サタンが忌々しそうに腕を組んで付け足した。なるほど、色欲の魔力を聖なる力で相殺したってわけか。
「ごめんね〜拓巳さん。お姉さん負けちゃったわ〜」
ドレスを着直したアスモデウスが、お茶目にウィンクしながら戻ってくる。
「お前……全力出してねえだろ?」
「ふふふ、どうかしらね〜?」
蓮華さんの鋭い指摘を、アスモデウスは妖しく微笑むだけで煙に巻いた。
「……はあ〜! 本当にきっついわ!」
激戦を終えて戻ってきたルシファーは、ボロボロになりながらも、用意されたパイプ椅子にドカッと不機嫌そうに腰を下ろす。それを見て、サタンがすかさず意地の悪い笑みを浮かべて煽りに行った。
「あら〜、そんな満身創痍で平気かしら〜? 今からでも棄権した方が身のためじゃないかしら〜?」
「ふん! うるさいわね! あんたは次の試合でしょ? あんたの方こそ、あいつを舐めてかかると痛い目見るわよ?」
「はあ? 暴食が相手でしょ? あんなプータロー、一瞬で消し炭にして、早く拓巳を私のモノにするのよ❤︎」
「うっ、悪寒が……」
サタンのあまりにストレートで重すぎる愛のセリフに、僕と、そして次の対戦相手であるベルゼブブの声が綺麗にハモった。
こうして、波乱に満ちた「転移悪魔最強決定戦」の第一回戦は、ルシファーの勝利という形で幕を閉じたのだった。




