『ええっ!?僕が王子様!?』
僕の名前は神代拓巳。普通の大学生だ。え? この挨拶久しぶりだって? まあいいじゃない。最近いろいろあったしさ、こういう導入があったってねえ。え? 早く本編に行けだって? ……はいはい。じゃあどうぞ。
――機内に、今日一番の驚愕のハモり声が響き渡った。
「れ、レヴィアタン!?」
ルシファーとサタンが目を見開いて叫ぶ。僕は唖然としながら尋ねた。
「え? 知り合い……なんですか?」
「知り合いも何もこいつも魔界出身の悪魔よ!」
ルシファーが忌々しそうに指を差す。
「ええ!? この女の子が!?」
僕が声を上げると、さっきまで難しい顔をして窓の外を見ていた蓮華さんが、バットを肩に担ぎ直して不機嫌そうに近づいてきた。
「……チッ! またなんか面倒ごとかよ? ああん? なんだこいつ?」
レヴィアタンと呼ばれた深い青色の三つ編みの女性は、その横でピクピクと痙攣しているベルゼブブと一緒に、何の反応もなく床に倒れたままだ。
「あらあら、まさかレヴィちゃんもこの世界にくるとはね〜」
アスモデウスが嬉しそうに両頬に手を当てる。
「はあ……。うるさいですわね。レヴィアタンなんて金にならない悪魔が来てもしょうがないですわ」
マモンはアイマスクをフンと付け直し、再び座席にふんぞり返って寝てしまった。
「や、やばいわねこれは……」
なぜかルシファーが本気でビビり始めている。
「そ、そうね。ねえ? 拓巳〜? あれはすこーし無視して私とイチャイチャしましょ?」
サタンが急に焦ったように僕の腕にすがりついてくる。
「え? いきなりどうしたんですか? あの子倒れてるし起きあげないと……」
「そ、そうね〜。サタンの言う通りだわ。あ! でも、イチャイチャとかしなくていいから、私とアイドルについて熱く語り合いましょ?」
今度はルシファーまで大慌てで僕の前に回り込んできた。
「なんか、2人とも様子おかしくないですか?」
僕がジト目で怪しむと、蓮華さんが鋭い視線を向けた。
「おまえらなんか知ってんのか?」
「い、いや? 何も知らないわよ?」
分かりやすく目を泳がせてしらをきるルシファー。
「あやしいな……。おい! 拓巳! お前が起こせ!」
「え? 僕がですか? まあ、いいですけど」
僕はサタンを引き離し、倒れているレヴィアタンのほうに歩み寄る。
「あぁー! ダメぇ!」
後ろからルシファーとサタンが絶叫するが、それを無視して、僕はレヴィアタンを少しゆすってみた。
「すいませーん。大丈夫ですか?」
「ん……。んん。だ……れですか?」
目を瞑りながら、妙に艶っぽい声で呟くレヴィアタン。
(な、なんかいやらしいな……)と、僕は不覚にも鼻の下を伸ばしてしまった。
「大丈夫ですか? 見えますか?」
そんなことを考えながらも彼女の身体を起こしてあげる。
「ん、ん、んん?」
少しづつ目を開けるレヴィアタン。
「あ、よかった。起きた」
「お、王子……さま?」
「え? いや、僕は……」
否定をしようとした、その時だった。
ガバッ! と、凄まじい勢いで僕に抱きついてくるレヴィアタン。
「あぁ!」
ルシファーとサタンが悲鳴を上げる。
「え? えええ? なんですか急に!?」
「王子様! 私の王子様! 会えた! 嬉しいですっ!」
「えっ? え? だから、僕は王子様とかじゃなくて!」
そこへ、「ちょっと! 離れなさいよ!」とルシファーとサタンが怒気を含んだ声で引き剥がしにかかった。
「五月蝿い!」
レヴィアタンが冷徹に言い放つと同時に、彼女の下半身がタコの触手のように変化し、一瞬でサタンとルシファーをグルグル巻きに絡めとった。
「ぐ……! あんたねえ……!」
「ちょ、話してあげてください!」
僕が慌てて頼むと、レヴィアタンは驚くほどあっさりと表情を和らげた。
「え? 王子様がそう言うなら……」
触手が緩み、バタン! と音を立てて床に真っ逆さまに落ちる2人。
「あいたっ!」
「大丈夫ですか? ルシファー、サタン」
僕がそう声をかけた、その瞬間だった。
キッ! と、それまで蕩けるようだったレヴィアタンの目が、凍りつくような冷たさで僕を睨み据えた。
「びくっ! ……え?」
「私の王子様は他の女を心配しませんよ!」
「は? え? いや……」
怒り狂うレヴィアタンの背後にドス黒いオーラが見える。床に落ちた腰を押さえながら、ルシファーがよろよろと立ち上がった。
「ててて……。拓巳、そいつは嫉妬の悪魔レヴィアタンよ。そして残念ながらあんたはそいつに好かれてしまったのよ」
「ええ? なんだって!」
サタンも悔しそうに歯噛みしながら怒鳴る。
「レヴィアタン……。あの巨大タコはあんただったのね。うー! 殺しておけばよかったわ」
「タコ? ああ。王子様に会うために、来世に期待して自死したんですよ。そしたらこの世界では王子様に会えなかったから暴れてて」
事も無げに恐ろしいことを言うレヴィアタンに、アスモデウスが楽しそうに口を挟んだ。
「あらあら、レヴィちゃんだったのね〜。でも残念ね〜。そこの拓巳さんはみんなの拓巳さんなのよ?」
「え? みんなのとは……?」
僕の疑問を完全に無視して、レヴィアタンが僕の腕をさらに強く抱きしめる。
「違います。私の王子様です」
「何勝手なこと言ってんのよ! 私の拓巳なのよ!」
サタンが叫ぶが、そこは僕も譲れない。
「いや、それは……違いますね(キリッ)」
「拓巳はあんたたちのものじゃないわよ! 私とは出かけたりとかいっぱいしてるんだから!」
ルシファーまで参戦して言い合いがヒートアップしていく。
――その時だった。
バアンッ!!! とものすごい破裂音が響いて、機内がシン……と静まり返った。
全員が恐る恐る音の鳴った方を見ると、蓮華さんが自分の隣にあった座席をバットでぐちゃぐちゃに叩き潰して立っていた。そして、その横ではエヴァが泣きそうな顔をして尻餅をついている。
「……おい! おめえらうるせえよ! そんなに拓巳が好きならよ? 1番を決めりゃいいじゃねえか!」
バットを肩にトントンと叩きながら、蓮華さんが凶悪に笑う。
「す、好き!? そんなこと言ってないわよ!」
顔を真っ赤にしてルシファーが叫ぶ。
「あらぁ? じゃああんたは参加しなくていいわよ〜?」
「……っ!? やってやるわよ!」
「あらあら、面白そうね!」
「王子様……。私が相応しいって証明しますね」
悪魔たちが次々と目を輝かせて臨戦体制に入っていく。
「ええ? いきなりなんでこんなことにー!」
ハワイ帰りの機内で、僕は頭を抱えて絶叫するしかなかった。




