『7人目の…!?』
「さいっこー!」と叫びながら、水飛沫を上げて常夏の海へと飛び込むルシファー。
ここはハワイにある、世界エクソシスト協会が所有する広大なプライベートビーチ。
「こんないい場所があるんですね!」と、白い砂浜を見渡して感嘆の声を漏らす拓巳。
「協会はかなり巨大なのよ。世界中でどこまで権力と力を持っているのか、現役のエクソシストである私にも全貌がわからないほどにね」とエヴァが教えてくれた。
「拓巳ー! はやくこっちきて〜❤︎」と、遠くの波打ち際からサタンが手を振って呼んでいる。
「……はあ、みなさん本当に元気ですね……」と、早くも気疲れしている拓巳。
「あらあら、いいじゃない? 激しい戦いの後だし、たまにはこういう息抜きも大切よ」
ビーチベッドに寝そべりながら、大人の色気を漂わせるアスモデウスがクスクスと微笑む。
「で、でかい……」と、そのあまりにも大胆な水着姿を思わず凝視してしまう拓巳。
「……拓巳……サタンの殺気……すごい……。これ以上アスモデウスを見てると刺されるから……早く行って……」と、その隣のビーチベッドで寝そべっていたベルフェゴールが、気怠げに指を差した。
拓巳が恐る恐る後ろを振り返ると、サタンが「はーやーくー?」と、周囲の砂を巻き上げるほどの凄まじい妖気を放ちながら、白い髪の毛を逆立てて仁王立ちで待っていた。
「ひいいい! 行きます行きます!」と、拓巳は脱兎のごとく走っていった。
「まったく、せっかく稼いだ貴重な資金をこんな娯楽施設に使うなんて、協会の上層部は何を考えているのかしら。理解に苦しみますわ」
ベルフェゴールの横の特等席にいつの間にか陣取っていたマモンが、高級な扇子で気取った風を送りながら言う。
「なんであんたまで当然のようにここにいるのよ?」と、エヴァが怪訝な顔で尋ねる。
「タダで利用できるからに決まっているでしょう? それに……あの拓巳、と言いましたかしら。彼は非常に面白い存在ですわね」
「マモンちゃんもわかる? 彼は本当に見ていて飽きない面白い子よねぇ」とアスモデウス。
「ええ。何と言いますか……最高にキナ臭い『大金の匂い』がぷんぷんしますわ〜」と、マモンは目を¥マークにして妖しく微笑んだ。
「おーい! エヴァ! おめえもウジウジしてねえで、こっち来てスイカ割りしようぜ!」
砂浜の奥から、マイ金属バットを肩に担いだ蓮華さんが大声で呼んでくる。
「いや! 私は……! その、ちょっと遠慮しておきます……!」と、エヴァは引きつった笑顔で断ろうとする。
「ああ? 私の誘いを断るってか?」と、蓮華さんの目が据わった。
「あ! は、はいい! 喜んで今すぐ行きます!」と、生存本能に従って全速力で飛び出していくエヴァ。
「ちょっと拓巳ー! そんなアタオカな欲深悪魔と遊んでないで、私とあっちまで泳ぐのよ!」と、海中からルシファーが呼ぶ。
「あ、はい! 今行きます!」と拓巳が応じる。
「拓巳ー! ダメよ! あんなポンコツ悪魔なんか放っておいて、私と2人きりで極上の愛を育みましょ❤︎」と、サタンが拓巳の腕を自身の胸にギュッと抱き寄せて引き留める。
「あんたねえ……! いい度胸じゃない、ここで白黒つけてやろうか!?」とルシファーが激怒すると、彼女の周囲の海水が怒りの魔力でグラグラと沸き立ち始めた。
「そうねえ、ちょうどいいわ。ここで永遠に沈めて殺してあげるわよ!」と、サタンも禍々しいオーラを放って臨戦体制に入る。
「2人とも! ここは協会の敷地内なんですから、本当にやめてください!」と必死に止める拓巳。
「おーい! 拓巳ー! そんな不毛な喧嘩してるやつらはほっといて、こっちで一緒に美味い飯食おうぜー!」
ビーチの売店前で、口いっぱいにホットドッグを3本同時に頬張りながらベルゼブブが叫ぶ。
「のんきに食べてないで、この人たちを止めるの手伝ってくださいよ!」
「あー、むりむり! あいつらが本気でイキり立ってるときは、俺の手には負えねえ!」と、ベルゼブブはホットドッグをモグモグしながら即答した。
こうして、僕たちは(色々と命の危険を感じながらも)仕事終わりのひと時を楽しんだ――。
「ずいぶん楽しんでいるみたいだね、蓮華ちゃん」
不意に背後から声をかけて歩み寄ってきたのは、世界エクソシスト協会ハワイ支部局長のブルーノだった。
「おお、ブルーノ! ちょうどいいところに来たじゃねえか。おめえもスイカ割りしろや」
蓮華さんが不敵に笑う。その足元の砂浜には、なぜか本物のスイカの隣に、首まで砂に埋められて顔だけ出して泣いているエヴァの姿があった。
「い、いや……、僕は……そのアヴァンギャルドな遊びは遠慮しておくよ……ゴクッ」
エヴァの惨状を見て、ブルーノ局長は冷や汗を流しながらもすこし恍惚の表情を浮かべて一歩後退した。
「相変わらず肝の小せえ気持ち悪い男だな。で、わざわざこんな場所まで来るってことは、なんか話があって来たんだろ? それならさっき本部に報告に行った時に言えよ」と蓮華さん。
「いや、他の人間には聞かれたくなくてね。君にだけ、どうしても伝えておこうと思って」
ブルーノは瞳をすこし真面目な、エクソシストの顔に変えた。
「……なんだ?」と、蓮華さんもバットを止め、声を低くする。
「【神代リンドウ】と【神代ラン】の……彼らの確かな痕跡が見つかった……」
ブルーノが静かに告げた。
「なにっ!?」
思わず、ビーチ全体に響き渡るような大声を出す蓮華さん。
「見つかったと言っても、本当に微かな魔力の残滓だけだけどね」
「……どこだ?」
「ふふ、どこだと思う?」と、少し勿体ぶるブルーノ。
「……てめえ、私の前でそんなつまらねえ焦らしプレイしてると、ガチで脳天カチ割って殺すぞ?」と、いつも以上にドスの利いた、本気の威嚇の声を漏らしながら、金属バットの先端をブルーノの鼻先に突きつける蓮華さん。
「ごめんごめん、悪かったよ! 冗談さ! ……見つかったのは『日本』さ。ただ、国内の具体的な場所までは、まだ完全には特定できていないみたいだがね」
「……そうか。チッ、分かった。また何かわかり次第、すぐに私に回せよ」と言いながら、蓮華さんはバットをゆっくりと下ろした。
「ハハハ! ……それは無理な相談だよ、蓮華ちゃん。君は現在、本部から正式に『協会追放』の身分だろ? いくら僕が局長とはいえ、これ以上の機密情報を流すのは立場的に難しいな」
ブルーノは鋭い眼光を走らせ、冷徹な一線を引いた。
「……チッ。お前に言っても無駄か。……まあいいさ。最悪、『リクドウ』の野郎のところに直接乗り込んで、吐かせればいいだけの話だからな」
「さあね。今の彼はかつてのように、君が簡単に会えるような軽い立場じゃないと思うけれどね」
ブルーノ局長は含みを持たせた笑みを残し、そのままビーチを後にした。
「……あ、あの……お二人で一体、何のお話をされていたんですか……?」と、砂の中から恐る恐るエヴァが尋ねる。
「ああ? なんでもねえよ! おめえは大人しく割れてろや!」と言って、砂から出たエヴァの頭を金属バットのグリップでコツンと小突く蓮華さん。
「うわぁぁぁぁ! Sorry!!! 命だけはァァァ、アイムソーリーーー!!!」と、夕暮れのビーチにはエヴァの涙の絶叫がこだまするのだった。
そして、日本へ帰る時間になった僕たちは、行きと同じように協会の手配した豪華なプライベートジェットに乗り込んでいた。
「はあ〜。やっと我が家に帰れるわね〜。帰ったら、録画が溜まってるアイドルの限定動画を消化しなきゃ!」
贅沢な本革の座席に深く腰掛け、ルシファーが伸びをする。
「あらあら、若い子は元気ねぇ。お姉さんも帰ったら、みんなに美味しい晩ご飯を作らなきゃ!」とアスモデウス。
「えっ!? アスモデウスお姉様の美味しい手料理ですか!? 私、絶対にお手伝いに行きます!」とエヴァが目を輝かせる。
「……すぴー……」と、早くもシートを限界まで倒して爆睡を始めるベルフェゴール。
「拓巳ぃ〜❤︎帰りの飛行機でも席が隣同士なんて、これって絶対に運命よね〜❤︎」と、サタンが嬉しそうに距離を詰めてくる。
「いや、あなたが勝手に僕の横の席に座ってきただけでしょ。僕はもう限界まで疲れてるんで、離陸したらすぐ寝ますよ!」と拓巳。
「帰り際まで本当に品のない連中(悪魔)ですわね。まったく、育ちが出ますわ」
隣の列で、なぜか純金製のオーダーメイドと思われる煌びやかなアイマスクをつけたマモンが、上品にため息をつきながら言い放つ。
「あんたのその成金趣味の悪いアイマスクのほうが、よっぽど品がないわよ! ……ってか、なんでアンタが当然のようにこの飛行機に乗って日本に来ようとしてんのよ!」と、ルシファーがバッと立ち上がってツッコミを入れる。
「そんなの、決まっていますわ。こちらの拓巳さんからは、今後の私の人生を豊かにしてくれる『莫大な富の匂い』がぷんぷんしますもの。ついていくに決まっていますわ」
「ちょっと! 拓巳! あんな金に汚い不法侵入悪魔、絶対に神代家に入れるんじゃないわよ!?」とルシファーが詰め寄る。
「……はあ。もう誰が増えようがなんでもいいです……。疲れたので僕は寝ます……」と、完全に思考を放棄して目を閉じる拓巳。
「オッケーはいただきましたわ。オホホホ!」と勝ち誇るマモン。
「ちょっと拓巳! 私は絶対に認めないわよ!」とルシファーの声が響く。
「ふふふ。賑やかでいいわねえ。……あれ? そういえば、ベルゼブブちゃんはどこへ行ったのかしら? さっきから姿が見えないけれど」と、アスモデウスが首を傾げた。
「ベルゼブブなら、さっきから『お腹が痛い』って顔を真っ青にしてトイレに引きこもってるわよ」とサタンが教える。
「あら、あの暴飲暴食の化身が胃腸を壊すなんて、珍しいこともあるものね〜」
「珍しいと言えば、あの蓮華が、さっきから後ろの席で一言も喋らずにずっと考え事をしてるのも気になるわね」とルシファーが後ろを盗み見る。
シートに深く腰掛けた蓮華さんは、窓の外を見つめたまま何も反応しない。その横顔は、いつになく真剣だった。
その時、ガタゴトと激しい音と共にトイレのドアが開き、ジャー! という激しい水洗の音と共にベルゼブブがふらふらと出てきた。
「ううう……お腹痛え……。何だこれ、生まれて初めての感覚だぜ……腹の中にドス黒いマグマが詰まってるみたいだ……」
青ざめた顔で自身の腹を押さえるベルゼブブ。
「本当に珍しいわねえ。ハワイで何か、身体に悪いものでも食べたのかしら?」とアスモデウスが心配する。
「いろんなもの(怪異含め)を食いすぎて、何が原因か自分でもさっぱり覚えてねえぞ……うっ、げ、限界だ!」と、急に口元を押さえて激しく嘔吐き始めるベルゼブブ。
「ちょっと! 飛行機の中で吐くのはやめなさいよ!」とルシファーが叫ぶ。
だが、もう遅かった。
「うおっ、おええええええっ!!! ゲロゲロゲロゲロ!!!」
ベルゼブブの口から、およそ生体が吐き出す量とは思えない、凄まじい質量と液体が通路の床へと一気に吐き出された。
あまりのおぞましい音と衝撃に、仮眠をとろうとしていた拓巳も跳び起きて目を覚ます。
「な、何事ですか!? うげっ! 待って、これ、何ですか!? 吐瀉物の中に何か混ざって……え!?」
拓巳がベルゼブブの吐き出したモノを見て、恐怖で顔をこわばらせて絶叫した。
「こ、これって……嘘でしょ……!?」
ルシファーとサタンも、その場に固まって驚愕の声を漏らす。
なんと、ベルゼブブの口から、ドロリと這い出てきたのは――びしょ濡れになった、美しい深い青色の髪を三つ編みに結った、悪魔たちには見覚えのある一人の「女性」だった。
「「レヴィアタンンンンンンンンン!?!?」」
機内に、ルシファーとサタンの、今日一番の驚愕のハモり声が盛大に響き渡るのだった――!




