『青い海!ビキニにワイキキビーチ!ハワイ支部局長!』
「僕の名前は神代拓巳。ごく普通の大学……」
バシィィィィンッ!!!
「痛っっ!?」
僕がいつも通りメタ的な挨拶をキメようとした瞬間、真横から容赦のない強烈なビンタが飛んできた。
「もういいわよ、その変わり映えのしない挨拶は! そんなことより拓巳、ほら、この窓の外の絶景を見てみなさいよ!」
ルシファーがフンスと鼻を鳴らしながら、車の窓ガラスを指差す。
僕は取れかかった眼鏡を慌ててクイッと直しながら、言われるがままに窓の外へと目を向けた。
「おおお……!」
思わず感嘆の声が漏れる。
視界いっぱいに広がっていたのは、太陽の光を浴びてキラキラとエメラルドグリーンに輝く、どこまでも果てしない南国の海だった。
「……すごい……。……千葉の海より、綺麗……」
窓にべったりと顔をくっつけながら、ベルフェゴールがトロンとした目を輝かせる。
「あらあら、ベルフェゴールちゃん。千葉にもとっても素敵な海はあるって、拓巳さんが前に熱弁してたわよ?」
アスモデウスがクスクスと上品に微笑みながらフォローを入れる。
「いや、確かに言いましたけど、これはちょっと次元が違いますね……本物のワイキキブルーだ……」
あまりの美しさに、長旅の疲れも一瞬で吹き飛ぶ。
「ふふ、とっても素敵な海ね……。拓巳、私たちはここで永遠の愛を誓って、挙式を挙げるのね……っ❤︎」
隣からサタンが、いつの間にかどこからか取り出したウェディングベールを頭に被りながら、うっとりとした表情で僕の腕にすり寄ってきた。
「あげません。何ですかそのベール、早くしまってください」
秒で一蹴する。
「お前らなぁ、海外にまで何しに来たか分かってんのか? 遊びに来てんじゃねえんだぞ、ああん?」
助手席から、タバコを咥えたままのドスの利いた声が響く。
「……あんた、その格好でよくそんな偉そうなセリフが吐けるわね」
ルシファーが思いきりジト目を向けた。
それもそのはず、警告を鳴らしてきた斉藤蓮華(今年で55歳)は、いつもの芋ジャージではなく、自身のパーソナルカラーである真っ赤なビキニ水着を堂々と着用していたのだ。
引き締まったウエスト、出るところが出た圧倒的なプロポーション。黒髪のロングヘアが南国の風に揺れている。
(この人、本当に僕の父親と同い年の、還暦間近の人なのか……? 魔法って本当にアンチエイジングの効果が――いや、それにしたって綺麗すぎるだろ……)
僕は混乱しつつも、目の前のあまりにも刺激的な赤ジャージ……じゃなくて赤水着のお姉さん(55)に、男の性として思わず見惚れてしまっていた。
「あぁ? 拓巳、何ジロジロ見てんだよ?」
鋭い視線が僕を射抜く。
「え!? い、いや! なんでもないです! 景色の話です!」
僕は大慌てで視線を窓の外へ戻そうとした。が、遅かった。
「見てえなら、そんなコソコソしてねえでこっち来いよ!」
ガシィッ! と、蓮華さんに細い腕一本で首根っこを掴まれ、凄まじい怪力で助手席側へと引っ張り込まれる。
「ぶふっ!?」
次の瞬間、僕の顔面は、蓮華さんの豊満かつ恐ろしいほど弾力のある大人の胸へと容赦なく埋め込まれた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっ!!!!」
僕の悲鳴と同時に、後部座席から2つの、世にも恐ろしい怒号がリビング……ではなく車内に轟いた。
「ちょっとぉぉぉ! あんた何やってんのよ、そのふしだらな身体を引き離しなさい!!」
「拓巳の純潔がババアに汚されるーーー! 殺す!!」
ルシファーとサタンが般若の形相で身を乗り出し、僕の身体を両側から力任せにひったくるように後ろへ引っ張り戻した。
「痛い痛い! 身体が引きちぎれる!!」
「ガハハハハ! お前、そういう色気のないハプニングでイチイチ顔を真っ赤にするところ、昔のリンドウにそっくりじゃねえか!」
蓮華さんはバカウケしながら、シートを叩いて豪快に笑っている。
「なぁ? そんなことよりよ、ハワイの名物飯はいつになったら食えるんだ? 俺、そろそろ腹と背中がくっつきそうだぞ」
そんな修羅場などどこ吹く風、ベルゼブブがヨダレを拭いながら空気を読まない発言をブチかます。
「……あんたたち、いい加減にしなさい。もうすぐ協会のハワイ支部に着くんだから、少しは大人しくしてて頂戴」
大きめのサングラスをかけ、レンタカーを運転していたエヴァさんが、バックミラー越しに鋭く一喝した。
僕たち一行は、エヴァさんの持ってきた「UMA悪霊退治」の合同依頼のために、はるばるハワイはオアフ島へとやってきていた。
ちなみに、飛行機は世界エクソシスト協会の超豪華な「プライベートジェット」を貸し切りで使用したため、パスポートはおろか、本来なら密入国扱いになるはずの悪魔たち全員、何の手続きもなくフリーパスで入国できていた。協会の権力、恐るべし。
「あれ? そういえば蓮華さんって、協会を追放されたから仕事を受けられないんじゃなかったでしたっけ?」
僕がふと疑問を口にする。
「ああ。公式には受けられねえよ。でも、今回は『斉藤蓮華』個人の名前じゃなくて、別のフリーの別名名義で登録されてるからな。私として受けてねえからセーフだ」
蓮華さんがタバコの煙を窓の外へ吐き出しながら、ニヤリと笑う。
「え? どういうことですか?」
その瞬間、運転席のエヴァさんの肩がビクゥッ! と分かりやすく跳ね上がった。
「エヴァが裏で、適当に書類の小細工をして私の名前をすり替えてくれたんだろ? なぁ?」
「ちょっと! 蓮華さん!! それ以上は守秘義務違反を通り越して私のクビが飛ぶので、ガチで黙っててください!!」
エヴァさんが半泣きでハンドルを握りしめる。
(あぁ、この人も苦労人なんだなぁ……)と僕が同情していると、キキィーッ、と静かに車が停止した。
「さ、着いたわよ。ここが目的地」
エヴァさんの言葉に、僕たちは車を降りた。
目の前に広がっていたのは、青い空と緑の芝生が美しく広がる、一見するとただののどかな大平原。しかし、その中央にポツンと、周囲の景観を無視したような超高層の近代的なハイテクビルがそびえ立っていた。
「ここが……?」
「ええ。世界エクソシスト協会・ハワイ支部よ」
エヴァさんが誇らしげに胸を張る。
「へえ、懐かしいねぇ。相変わらず成金趣味なビル建ててやがるな」
蓮華さんがビキニの上にラフにジャージを羽織りながら、ニヤニヤとビルを見上げる。
「う……。なんか、もの凄く嫌な予感がするんですけど……」
神代家のツッコミ担当のセンサーが、ビンビンと危険信号を察知していた。
「さっさと中に入って、サクッとその悪霊とやらを片付けるわよ? 私は早く水着に着替えてハワイのビーチを堪能したいんだから!」
ルシファーがやる気満々で拳を握る。
「お前はただハワイで遊びたいだけだろ!」
サタンとベルゼブブのツッコミが綺麗にハモった。
そんな雑談をしながら、僕たちはエヴァさんの先導に付いていき、自動ドアをくぐってビルの中へと足を踏み入れた。
内部は、一流のグローバル企業のような洗練されたフロントになっていた。綺麗な受付嬢が並び、スーツを着た屈強な体格の警備員があちこちに配置されている。
「エクソシストのエヴァ・リオンよ。今回の合同任務の件で来たわ。後ろのこいつらは、私が臨時に雇ったフリーのエクソシスト仲間よ」
エヴァさんが受付でIDカードを提示する。
「はい、お調べいたしますね」
ブロンド髪の受付嬢は、にこやかに微笑みながらパソコンのキーボードをカタカタと叩き始めた。
しばらくして、画面を確認した彼女が顔を上げる。
「確認が取れました。ようこそハワイ支部へ。皆様、どうぞあちらの専用エレベーターで、最上階の『局長室』までお進みください」
「はーい、ありがと」
エヴァさんが歩き出し、僕たちもそれに続いてエレベーターへ向かおうとした――その時だった。
「――お待ちください。そちらのお客様は、ここで、お引き取りいただけますか?」
僕のすぐ後ろで、低く冷酷な英語混じりの声が響いた。
「え?」
僕が慌てて振り返ると、最後尾を歩いていた蓮華さんの前に、身長2メートルはあろうかという大柄なスキンヘッドの警備員が立ち塞がっていた。
「……あ?」
蓮華さんの額に、ピキッと青筋が浮かぶ。
「……やばい」
エヴァさんの顔から一瞬で血の気が引いた。
「……ですよね。なんとなく、僕もそんな気がしてました」
僕は頭を抱える。
「あらあら、新展開ね。おもしろそうじゃない」
アスモデウスだけが呑気にクスクスと笑っていた。
「上層部からの厳重な指示により、その『赤ジャージの女性』だけは、当敷地内への立ち入りを一切禁止されております。お引き取りを」
警備員が冷徹に言い放つ。
「……はあ。なるほどな、ブルーノのやつの命令か。だったらよぉ――お前がここで今すぐミンチになるか、それとも上のブルーノを今すぐここに連れてくるか、3秒で選べや」
蓮華さんがジャージのポケットから手を抜き、首をポキポキと鳴らす。
「……警告は厳守します。失礼」
警備員は一切怯むことなく、フンッ!! と凄まじい風圧と共に、丸太のような太い拳を蓮華さんの顔面目掛けて振り下ろした。
「危ないっ!!」
僕が悲鳴をあげる。
――ピタ。
しかし、激しい破壊音は響かなかった。
大男の渾身のストレートは、蓮華さんが突き出した『人差し指一本』によって、綺麗に、完全に、その場に静止させられていた。
「おいおい、普通の人間ごときが調子乗ってんじゃねえぞ? これは『死にたい』っていう明確な意思表示、つまり宣戦布告と受け取っていいんだな?」
蓮華さんは指一本で拳を受け止めたまま、不敵にニカッと笑う。
「くっ……!? ぬうぅぅぅ!」
大男の警備員は顔を真っ赤にし、全身の筋肉をミシミシと鳴らしてさらに力を込める。しかし、蓮華さんの指は1ミリも押し込まれるどころか、逆に大男の巨大な拳をじわじわと力任せに押し返していく。
「あははは! 最高ねぇお姉さん! 人間の分際でなかなかいいパワーじゃない、いっそ私が今ここで――」
サタンが楽しげに魔力を解放しようとする。
「はあ……。身内同士の小競り合いなんてどうでもいいから、さっさと上にいきましょうよ」
ルシファーが面倒くさそうに髪を弄る。
「……お、おい、拓巳! 何だよあの女……。あの大男のパワーを指一本で押し返すなんて、本当に同じ人間かよ……。俺より化け物じゃねえか……」
このまえバットで気絶させられていたベルゼブブが、ガタガタと震えながら僕の服を引っ張る。
その時だった。
警備員の拳をジリジリと押し戻していた、蓮華さんの指の動きがピタッと止まった。
「……おい、ベルフェゴール。……何の真似だ?」
蓮華さんが、氷のように冷たく、かつ鬼のような目つきで、僕の隣にいる青髪の幼女を睨みつけた。
ベルフェゴールは蓮華さんの方に向けて小さな手をかざしていた。
「……ここで、面倒ごと……起こしたら……ハワイの美味しいご飯も……新しいお仕事も……全部なくなっちゃう……かも……だから、だめ……」
ベルフェゴールは眠たげな目のまま、蓮華さんの身体に軽い「弱体化の魔力」を付着させて制止していたのだ。
(な、なんなんだこいつらは……!? ボスの命令で出入り禁止の不審者を止めようとしたが、俺の全力が指一本で押し戻されていく……! と思ったら、いきなり謎の脱力感と共に静止した……!? あの後ろの幼女が何か不気味な術を使ったのか……!?)
大男の警備員は、内心で冷や汗を滝のように流しながら驚愕していた。
その時だった。
「――そこまでだ。やめなさい」
広々としたフロントフロアに、低く、しかし絶対的な威厳を持った渋い声が響き渡った。
「ふっ」
蓮華さんがつまらなそうに鼻で笑う。
「おい、ベルフェゴール、もうやめだ。術を解け」
「……え? ……ん、わかった……」
ベルフェゴールがパッと手を下ろすと、蓮華さんは大男の拳から指を離し、ファイティングポーズを解いた。
「はあ……。んだよ、一番面白いところでさぁ。――相変わらずお出ましが遅いじゃねえか、久しぶりだなあ、ブルーノ」
蓮華さんが声をかけた先。
エレベーターから降りてこちらへ歩いてきたのは、一人の初老の男性だった。
背が高く、仕立ての良い高級なスリーピーススーツをビシッと着こなし、綺麗に整えられた白い髭を生やした、ハリウッド映画に出てくるような超絶「イケおじ」だった。
「お前は、このハワイ支部への出入りを永久に禁止されているはずだが? 斉藤蓮華」
ブルーノと呼ばれたその男性は、鋭い眼光を蓮華に向けながら、僕たちの目の前まで歩いてきた。
「え? 誰ですかあのダンディなイケおじ……」
僕がエヴァさんに小声で尋ねる。
「あの方が、この世界エクソシスト協会ハワイ支部の最高責任者――局長のブルーノよ……」
エヴァさんが緊張で声を震わせる。
こうして、僕たちの前に姿を現した、ハワイ支部局長ブルーノ。
彼と蓮華の間に隠された、過去の壮絶な因縁とは一体何なのか……!?
そして、このお話は一体いつになったら本題の「UMA悪霊退治」の依頼の話へと進むのか……!?
何はともあれ、一刻も早くこのめんどくさい空気と説明を終わらせて、さっさと水着でハワイのビーチへ遊びに行きたいルシファーであった――。
「ちょっとおおお!! なんで最後のオチのツッコミ役が私なのよ!! 拓巳の役目でしょそれ!!」




