『大悪魔!?そして突如企画される海外旅行!』
「……で? 合同依頼ってのは何の話だ? 出し惜しみしてんじゃねえぞ」
蓮華は再び新しいタバコに火をつけ、ソファに深く踏んぞり返りながら偉そうに尋ねた。
「あ、は、はい! 今回の合同依頼の舞台は……海外でして……!」
エヴァが冷や汗を流しながら白状する。
「か、海外!? ……っていうかエヴァさん、さっき『これ以上は守秘義務があるから、依頼を受けないなら話せない』って言ってませんでしたっけ!?」
僕が慌ててツッコミを入れると、エヴァさんは僕の耳元に顔を寄せ、極小の声で恨めしそうに囁いた。
「う、うるさいわね! あの『鬼姫』の前で秘密なんて通じるわけないでしょ! 命がいくつあっても足りないわよ!」
「……おい、そこ。何コソコソ話してんだ?」
「は、ひゃいいいっ!?」
蓮華の一睨みで、エヴァさんの背筋がピンと跳ね上がる。
「海外ってのはどういうことだ? なぜ日本の協会でわざわざスカウトなんかしてるんだ。あっちの本部にも腐るほど優秀な支部とエクソシストがいるだろ?」
不審そうに煙を吐き出す蓮華に、エヴァさんは生唾を飲み込んで、声を震わせながら本題を切り出した。
「え……えと。実は……『アバドン』の、出現情報が出たみたいなんです……」
ガタンッ!!!
その名前がリビングに響いた瞬間、それまで余裕を崩さなかった蓮華の顔から一瞬で血の気が引き、目を見開いて勢いよく立ち上がった。
「れ、蓮華さん……? 『アバドン』ってたしか……」
僕がそのただ事ではない雰囲気に圧倒されていると、蓮華はタバコを咥えたまま、低く地を這うような声で呟いた。
「……ああ。お前の父親リンドウと、母親のランが……最期まで血眼になって追っていた『元凶』の悪魔だ。大悪魔アバドン。別名――【破滅の王】。そいつが現世に完全顕現した瞬間、一瞬で世界が消滅すると言われていることから、そう名付けられた最悪の化け物だ」
その時だった。
パリーンッ!!!
リビングの静寂を破り、鋭い陶器の割れる音が響き渡った。
全員が驚いて音の方へ視線を向けると、そこにはガクガクと全身を激しく震わせ、持っていたお気に入りのティーカップを床に落としてしまったアスモデウスの姿があった。
「アスモデウスさん……? 大丈夫ですか?」
僕が心配して駆け寄ろうとすると、彼女は青ざめた顔のまま、いつもの妖艶で余裕のある調子とは程遠い、酷く怯えた声で言葉を漏らした。
「……え、ええ。ごめんなさい……。ただ、その名前を……この世界で再び聞くことになるとは、夢にも思わなかったもので……」
「そうか。お前とは今さっき会ったばかりだが、ここに住んでる悪魔なんだろ? なら、その名前を知っていて当然か」
蓮華が冷徹な目でアスモデウスを見つめる。
「アバドン……。そいつは元々、天界にいた最高位の天使だったわ。けれどある日突然反旗を翻し、その当時の上位天使たちを快楽のために全員殺戮した。それでも破壊衝動が収まらず、自ら魔界へと堕天したの。魔界に降りてからも手が付けられない暴虐を尽くし、業を煮やした神が、自らの身と引き換えにしてようやく深淵に封印したとされる最悪の堕天使よ。まさか、その封印を破ってこの世界に潜んでいたなんて……」
アスモデウスの言葉には、かつてない恐怖が滲んでいた。
「まあ、言い伝えに過ぎねえけどな」
蓮華は少し冷静さを取り戻し、ソファに座り直した。
「世界エクソシスト協会の総本部・バチカンには、厳重に保管された『ヨハネの黙示録』という本があるらしい。そいつに記された世界を破滅させる預言の王がアバドンだ。……おいエヴァ。そいつは本当に信用できる情報なんだろうな?」
蓮華の射抜くような視線に、エヴァさんは「ひゃいっ!」と悲鳴をあげた。
「う、確かな情報源までは私のような末端には分かりませんが……! 実際、協会の偉い人たちや、世界中の名だたる実力派エクソシストたちが、こぞって現地に向かってるみたいなんです。私に降りてきたのは、その噂程度の話だけで、詳しい全貌までは本当に知らされてなくて……」
「……はあ。まあ、上が大騒ぎしてるだけのガセかも知んねえか。ま、ちょうどいいや。おい!」
蓮華さんはそう言うと、アスモデウスの胸の中でいまだに爆睡していたベルフェゴールの頭頂部に、スパーン! と軽いチョップを叩き込んだ。
「フゴッ!?」
変な声を上げて飛び起き、うすーく目をこすりながら開けるベルフェゴール。
「……あれ……れん……げ……? なに……?」
「いつまで寝てんだよベルフェゴール、仕事だ仕事。しかも今回は、楽しい楽しい海外旅行付きだぞ? ――で、エヴァ。その周辺任務ってのは、海外のどこなんだ?」
蓮華さんが、アバドンの緊張感を一瞬で吹き飛ばすような気の抜けた質問をする。
「え? あっ、はい! ハワイです! ハワイのオアフ島周辺に、UMAだと思われる特殊な悪霊が出没したみたいで、その退治が今回の合同任務です!」
ハワイ、という単語を聞いた瞬間、蓮華の口元がニィ……と凶悪に吊り上がった。
「おい、エヴァ。今回のそのハワイの依頼、この私と、ここに住んでる悪魔たち【全員】で受けてやるわ。あ、もちろん飛行機代とホテル代の一切合切の交通費は、全額協会のツケにしとけよ?」
「ええっ!? ちょっと蓮華さん、なに勝手に話を進めてるんですか!?」
僕は慌てて抗議の声をあげる。
「ああん? 拓巳、お前も行きてえのか? ――あー、まあ、こいつらは世間知らずの悪魔だからな。お前は保護者みたいなもんだしな。よし、じゃあお前も来い」
「ええっ!? ちょ、そんな! そもそもUMAって何ですか! 宇宙人とか超常現象とかオカルトの類ですよね!? 怖いから無理です、僕は日本に居残ります!」
全力で拒否する僕に、エヴァさんが肩をすくめてため息をついた。
「その通り、UMAってのは、未確認飛行物体とか宇宙人とか、そういう悪霊のことよ。もう、諦めてあんたも来なさいよ拓巳。蓮華さんがああやってノリノリになったら、誰も止められないんだから」
「そ、そんなぁぁぁ!」
実は心の中で、(新年早々、悪魔たちが全員で海外にでも仕事に行ってくれれば、久しぶりにこの広い家で一人きり、誰にも邪魔されずにのんびりと大好きなライトノベル三昧の最高のオタク休日を送れるぞぉぉぉ!)と淡い期待を抱いていたのに、一瞬でその夢が崩れ去った。
「あらあら、いいじゃない旅行! ハワイって綺麗なリゾート地よね?水着でも買いに行かなくちゃねぇ」
アスモデウスは一転して、いつものおっとりした笑顔に戻って嬉しそうに微笑む。
「……大きな……仕事……! ハワイ……がんばる……!」
ベルフェゴールも、大きな仕事と聞いてフードの奥の目をキラキラと輝かせている。
その時だった。
バターン!!!!
玄関の扉が、今日一番の勢いで限界突破して叩き開けられた。
ドタドタドタドタ!!! と、廊下から凄まじい足音が響いてくる。
「拓巳ぃぃぃー!! 旅行に行くって本当ぉぉぉ!? やったぁぁ! ついに私と拓巳の【新婚旅行】ねっ❤︎」
リビングに飛び込んできたのは、服のあちこちが焦げてボロボロになり、なぜか顔に煤をつけたサタンだった。訳の分からない妄想を叫びながら、僕の腰に思い切り抱きついてくる。
そのすぐ後ろから、
「ちょっと、サタン! いきなり何逃げてんのよ! せっかくこっちの魔力出力が上がって楽しくなってきたところなのに――」
と、同じく服がボロボロに破れたルシファーが怒り狂って入ってきた。
そして、リビングの異様な人口密度に気づき、ピタッと動きを止める。
「……は? 何よこの人数……。それに、そこの赤ジャージの人間は誰よ?」
「ふふん、聞いて驚きなさいルシファー! 私と拓巳が、これから2人きりで海外へハネムーンに行くのよ〜! し・ん・こ・ん・りょ・こ・う❤︎」
サタンが僕の腕に胸を押し付けながらドヤ顔で言い放つ。
「はあ!? 何を寝ぼけたこと言ってるのよ、このアホ悪魔!」
「いや、だから誰もそんなこと一言も言ってないんですが……。っていうかサタン、なんで外で殺し合いしてたのに、僕たちがリビングで話してた内容を知ってるんですか!?」
僕の当然の疑問に、サタンは我が物顔で可愛い笑顔を浮かべた。
「え? 何言ってるの拓巳。拓巳が私の見えないところで変な女に変なことされないように、この神代家の全エリアと、拓巳のスマホ、下着、私物一一に、私が特製の『設置型・広帯域盗聴魔法』を大量に仕込んで共有してあるに決まってるじゃない?」
「ひえええっ!? ストーカーなんてレベルじゃねえ!! なんなのこの悪魔、怖すぎる!!」
僕は本気で鳥肌を立ててビビり散らかした。
「へっ。なんだか最高に面白そうなメンバーじゃねえか! よかったなエヴァ、賑やかな大部隊だぞ!」
蓮華さんはバットをトントン叩きながら、実に見ものだと言わんばかりに楽しそうに笑う。
エヴァさんは引きつった引きつり笑顔のまま、小声で呟いた。
「え? いや、本音を言うなら、あなた(鬼姫)が一緒に来るのが一番嫌……じゃなくて、心強くて最高です、はい……」
「な、なんなのよ! さっきからハワイだの旅行だの、私だけ全然話が見えないんだけど! 説明しなさいよ拓巳!」
ルシファーがフンスと鼻を鳴らして僕に詰め寄る。
こうして、なぜか新春早々、神代家のワケあり居候悪魔たちと、巻き込まれた僕、そして恐怖に震えるエヴァさんと破天荒なヤンキー元トップエクソシスト・斉藤蓮華による、ハワイの未確認悪霊(UMA)退治ツアーが、半ば強制的に決定してしまったのだった。
「神代家の悪魔たちを待ち受ける、リゾート地での大波乱とは……!? そして、大悪魔アバドンの影に隠された世界の危機とは一体――!?」
カメラ目線で、何故か勝手に口から出てくるナレーションを完璧にこなしながら、僕は心の中で盛大に叫んだ。
(……いや、だからこれ、本当になんなんだよチクショーー!)




