『新年早々舞い込む特殊依頼!?』
僕の名前は神代拓巳。悪魔5人と暮らす、ごく普通の大学生。
……うん。もう何が『普通』なのか、自分でも完全に分からなくなってきたよ……。
年が明けて2026年になり、ちょうど世間が正月休みを終えて動き出した頃だった。
「あんたねえ! 今日は拓巳に頼んで、一緒に限定のアイドルグッズを買いに付き合ってもらうのよ! 邪魔しないで!」
ルシファーが朝から怒髪天を突く勢いで叫ぶ。
「ダメ! ルシファーより私と一日中甘いデートに出掛けたいって、拓巳が心の中でそう言ってるのよ!」
サタンが僕の腕をがっちりホールドしながら言い返す。
「……いや、僕はどちらの口からもそんなこと一言も言ってないんですけど。はあ……」
ため息をつく僕の横で、「あらあら、新年早々大変ねぇ」とアスモデウスがいつものようにクスクスと笑顔で眺めていた。
ここは神代家のリビング。朝食が終わった直後から、僕とどちらが一緒に出かけるかで、ルシファーとサタンの血で血を洗うような大喧嘩が勃発したのだ。
「あんた、こないだのアキバの時も勝手に付いてきたでしょ!? 今日くらいは我慢しなさいよ、このストーカー!」
「ダメよ! 拓巳とはどこに行くのも一緒なの! 絶対に譲らないわ!」
「あー……もういいわ! 表に出なさい! 今日こそあんたとの格の違いってやつを分からせてやるわ!」
「そうね。拓巳のためにこういう野蛮な行動は慎んでたけど……拓巳の未来のために、今ここであなたを殺してあげるわ」
ゴオオオッ! とリビングの気温が急降下するほどの殺気が膨れ上がり、2人は凄まじい風圧を残したまま、勢いよくリビングを飛び出していった。
「あっ、ちょ、2人とも待って――」
僕が慌てて追いかけようと廊下に出た瞬間、バタン!!! と鼓膜を震わせる大きな音を立てて玄関の扉が閉まった。
「あらあら、行っちゃったわね」
リビングのソファで楽しそうにハーブティーをすするアスモデウス。
「すぴー……むにゃ……」
そのアスモデウスの豊かな胸の中では、ベルフェゴールが気持ちよさそうに爆睡している。
「拓巳! ほっとけほっとけ! あいつらはどっちかが死なないと止まらないからな! それよりこの余った伊達巻、俺が食べてもいいか?」
おせちの残りの菓子をつまみながら、ベルゼブブが呑気に声をかけてくる。
「さすがに、近所迷惑になるような家の破壊とかはしないでしょうけど……」
僕がそう呟いて冷や汗を流した、その時だった。
ズガァァァァーーンッ!!!!
外から、明らかに戦車の大砲でもぶっ放したかのような、凄まじい大爆音と振動が家に響いてきた。
「えっ……ちょ、ちょっと待って……!?」
思わず窓の外を見る僕に、アスモデウスがふふっと人害のない笑みを向ける。
「大丈夫よ、拓巳さん。念のために、この神代家にはどれだけ衝撃を受けても絶対に壊れない防壁魔法を重ねてかけてあるから。安心してね?」
「さすがアスモデウスさん! 頼りになります!」
するとその直後、バンッ! と激しく玄関が開く音がした。
「ちょっと……! 外のアレは何よ!? 街中で全面戦争でも始めてるわけ!?」
息を切らしながら、いきなりリビングに飛び込んできたのはエヴァさんだった。
「あれ? エヴァさん?」
「おはよう、エヴァちゃん。ちょうど良かったわ、朝ごはんの残りのオムレツとおせちがまだあるわよ?」
アスモデウスが優しく微笑む。
「え!? 本当ですかぁ!? じゃあ、お言葉に甘えていただきますっ❤︎」
さっきまでの焦り顔はどこへやら、わざとらしく嬉しそうな声をあげるエヴァさん。
「あんた、絶対に朝飯をタダ食いしに来ただけでしょ……」
ジト目で睨みつける僕に、エヴァさんはもぐもぐとオムレツを頬張りながら抗議した。
「う、うるさいわね! 別にいいでしょ、ご飯くらい! それに、今日はちゃんとタダ飯じゃないわよ。上等な【仕事】を持ってきたんだから」
「仕事?」
僕がそのワードに反応する。
「そうよ。今回の依頼は、珍しく複数のエクソシストを集めた『合同案件』なのよ」
「合同? じゃあ、エヴァさん以外にも色んなベテランの人が来るんですか?」
僕の問いに、エヴァさんは急に声を潜めて顔をしかめた。
「その予定……だったんだけどね。正直、今のところ私以外に全然受ける人がいないのよ」
「え? 協会ってそんなに人手不足なんですか?」
「違うわよ。今回は、対象の悪霊が危険すぎるのよ。まともな人間じゃ死ぬ確率が高すぎて、みんな依頼書を見ただけで辞退してるわ。だから、あなたたちのところに話を持ってきたの。……あ、これ以上は守秘義務があるから、依頼を受けないなら説明はここまでよ?」
エヴァさんがドヤ顔で書類をトントンと叩く。
「――って言ってますけど……どうします?」
僕は、アスモデウスの胸の中で依然として「すぴー……」と気持ちよさそうに眠り続けている青髪の幼女を見つめた。
「あらあら、まだ全然起きないわね〜。可愛いわねぇ」とアスモデウスが頬を突っつく。
「あ、そうだ! ベルゼブブちゃん、代わりにあなたが行ってみたら?」
アスモデウスが思い出したように提案した瞬間、テーブルで伊達巻を口に放り込もうとしていたベルゼブブの身体がビクッ! と硬直した。
「あれ〜? そういえば俺、今日は前からめちゃくちゃ気になってた、新年限定の特製チャーシュー大盛りラーメン屋に行く予定だったんだ! すまねえ拓巳、俺は飯が最優先だ! 行ってくる!」
ガタッ! と椅子を蹴立て、ベルゼブブは電光石火のスピードでリビングから脱兎のごとく逃げ出していった。
「あ、逃げた」
「逃げたわね」
僕とアスモデウスが呆れていると。
バンッ!!!
今度は、デカい足音と共に玄関の扉が再び乱暴に開け放たれた。
「うっす。朝早くから邪魔するぜ〜」
気怠げで、しかし妙にドスの利いたハスキーな声が廊下に響き、リビングに入ってきた。
「ええっ!? 蓮華さん!?」
僕が驚いて声をあげる。
「よお、拓巳。ちょっと手頃な汚れ仕事が入ったからよぉ、ベルフェゴールのガキを誘いに来たんだわ。……つーか、外のあいつらなんなんだよ? あと、へんな悪魔いたんだけど?」
蓮華さんはそう言うと、肩に担いでいたお馴染みの金属バットの先端を、ひょいと僕たちの方へ向けた。
そこには、白目を剥いて完全に泡を吹いて気絶しているベルゼブブが、バットの持ち手にずるずるともたれかかっていた。ラーメンに行く前に捕まったらしい。
「あー……。すみません、気にしないでそこに転がしておいてください」
僕は乾いた笑いを浮かべ、
「仕事ですか? ちょうど今、エヴァさんからも別の仕事の相談を受けていたところで――」
と言いながら、僕はエヴァさんの方を振り向いて、言葉を失った。
「あれ……? エヴァさん?」
さっきまでオムレツを優雅に食べていたエヴァさんが、今、見たこともないような凄まじいスピードでガタガタと痙攣していた。いや、恐怖のあまり全身を激しく震わせている。顔面は文字通り土気色だ。
「あ……ああ……あ……お、鬼……じゃ、じゃなかった……。れ、蓮華……さま……っ!」
歯の根が合わないほどガタガタと震えながら、エヴァさんが極小の声で呟く。
「あり? よく見りゃエヴァじゃねーか! 久しぶりだなあお前! お前もリンドウの倅に用事か?」
蓮華さんはニカッと凶悪な笑顔を浮かべた。
「あ……いや、あの……その……私は、ただ……っ」
完全に蛇に睨まれた蛙状態のエヴァさんは、ぶつぶつと壊れた玩具のように意味不明な言葉を口にし始める。
「あぁ? なんだよ? 聞こえねえよ。はっきり喋れや」
蓮華さんが少しドスを利かせてバットを地面にトントンと打ち付ける。
ひぃっ! とエヴァさんの身体がビクゥゥッ! と跳ね上がった。
「はいいいっ!!! えと、その、ここに住む悪魔の方に、協会の特別な仕事を持ってきたんです!!」
直立不動で叫ぶエヴァさん。
「ああ? お前もか? どうせまた協会の上層部と組んで、こいつらの高い労働力を安く買い叩いて、裏でめちゃくちゃ中抜きする気だろ?」
「ええっ!? いや! そんなこと、滅相もありません! 本当です! 今回は本当に危険な、『合同任務』でして……!」
エヴァさんは涙目で必死に首を横に振る。
「合同ぉ……?」
蓮華さんはその言葉を聞くと、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。
どがっとリビングの空いているソファに我が物顔で深く座り込むと、蓮華さんはバットを膝の上に置き、エヴァさんを鋭い目で睨みつけた。
「おい、エヴァ。その話……この私にも、詳しく聞かせてもらおうじゃねえか。ああん?」
「ひ、ひゃいいいっ!!」
「あらあら。なんだか新年早々、おもしろいことになってきたわねぇ」
アスモデウスが本当に楽しそうに頬に手を当てて笑う。
「いや、なんかまた絶対にめんどくさそうなことに巻き込まれてる気がするんですけど……」
僕は頭を抱えた。
「……すぴー……すぴー……むにゃ……拓巳……ポテチ……」
そんな修羅場の中、ベルフェゴールだけはアスモデウスの胸の中で、相変わらず気持ちよさそうに新年の幸せな夢を見ていた。
神代家の悪魔たちに舞い込んできた、危険すぎる謎の合同依頼とは……!?
そして、今も家の外で近所迷惑を顧みずに、大地を揺るがす壮絶な殺し合いを継続しているルシファーとサタンの行方はどうなるのか……!?
事態は、年明け早々思わぬ方向へと転がり始める――!
「……って、なんだこれ。なんで僕、急にカメラ目線で次回予告みたいな解説させられてるの?」
僕は誰もいない空間に向かって、ツッコミを入れずにはいられなかった。




