『フリーエクソシストのヤンキーババア』
「……で? リンドウの倅が、一体何の用でわざわざこの私のところに足を運んできたんだぁ?」
ドサリと薄汚れた布製ソファに深く座り込み、蓮華は柄の悪い口調で尋ねてきた。丸太で作られた家の中は想像以上に荒れており、テーブルの上にはビールの空き缶や吸い殻の山がそのまま放置されている。
「拓巳です。電話でも少しお伝えしましたが、実は彼女……悪魔のベルフェゴールがエクソシストの仕事をしたくて、誰か紹介してもらえるような伝手がないかと思いまして」
僕が真っ直ぐに目的を伝えると、蓮華は「ふーん」と鼻を鳴らした。
「それは留守電で聞いた。私が今聞いてんのはよぉ、なんでわざわざ私に連絡してきたかってことだ。仕事なんて、協会から貰えばいい話だろ?」
蓮華はカチッとライターを鳴らし、口に咥えたタバコに火をつけて紫煙を燻らせる。
「ええと……端的に言うとですね。実は父の弟子だったというエヴァさんの手伝いみたいなことはしてたんですけど、『ベルフェゴールくらい強いやつが業界に入ってきたら、普通の人間は仕事にならないから、本格的にエクソシストのライセンスは取らせない』って言われてまして」
「はん! なるほどなぁ。弟子って、あの生真面目なエヴァのガキか。あいつ、まだリンドウのことを先生だなんて呼んでんのか。そりゃあ、あいつクラスの雑魚エクソシストからすれば、そこの悪魔はとんでもねえスーパートップルーキーに見えてるだろうよ」
蓮華は可笑しそうに、クスクスと肩を揺らして笑った。
「……スーパ、ルーキー……」
ベルフェゴールはフードの奥の目を少しだけ輝かせ、嬉しそうに呟く。
「まあ、私から見たら、そこまで大したことないけどな?」
「……ええ……」
落とされて、分かりやすくガクリと肩を落として落ち込むベルフェゴール。
「あ、いや! たぶん伸び代があるって褒めてくれてるんですよ!」
僕は大慌てでフォローを入れる。
「つーかよ、お前。戦闘に関してはあんまり実戦経験がないだろ? ――それよりよぉ、さっきからお前が持ってるカバンにくっついてる『それ』のほうが、よっぽど戦いが好きそうにみえるぜ?」
蓮華の細められた鋭い瞳が、僕の手元にあるカバンをピシッと指差した。
「――ッ!?」
その的確すぎる指摘に、僕は背筋が凍りつく。
次の瞬間、僕の手元から、ボンッ!! という激しい音と共に白い魔法の煙が立ち上った。
「あれー? やっぱりお姉さんにはバレちゃってたみたいねぇ」
煙の中から実体化して現れたのは、白髪の悪魔――サタンだった。
「お姉さん、相当強いんだね。魔力の探知能力が人間離れしてるわ」
サタンは真っ赤な目を細め、ニタァと狂気を含んだ笑顔を蓮華に向ける。
「馬鹿! サタン、なんで勝手に出てきちゃうんですか!」
「だって拓巳、バレちゃったら大人しくしてる意味ないじゃない? バレちゃったのは私のせいじゃないもん、許して、拓巳ぃ?」
サタンはさっきまでの威圧感を消し去り、潤んだ上目遣いで僕の腕にしがみついてくる。
「はあ……」
僕は朝から数回目となる深いため息をついた。
実は、ここにやってくる直前、僕とベルフェゴールが神代家を出ようとした時のことだ。
『嫌だ嫌だ! 今度は私も拓巳と一緒に行くのー!』とサタンが玄関で大荒れに駄々をこねていた。
『今日は新しい仕事の相談をしに行くんですよ。物騒なサタンを連れて行ったら交渉が決裂するからダメです』
『……そう……お家で……大人しく、寝てて……』
『やだやだ! 拓巳、お願いだから連れてってぇ!』
見かねたルシファーが、背後からコーヒーをすすりながらこう言ったのだ。
『そんなに連れて行ってほしいなら、サタンを「使い魔化」させればいいじゃない?』
『使い魔化? あっ!その手がありましたね!』
使い魔化とはルシファーたち悪魔が、自身の魂と肉体を小さく凝縮して、無害なマスコットのような姿へと変化させる能力。本来は、下位の悪魔が上位の悪魔への絶対服従を示すための屈辱的な儀式能力なのだとか。
『ええ〜、私が使い魔化ぁ? うーん、そんなダサくてプライドの無いこと、今までの人生で一度もしたことないんだけど……。でも……拓巳になら、私、喜んで飼われちゃうっ❤︎』
そう言うと、サタンはボンッ! という音と共に、手のひらサイズの小さな白狐のぬいぐるみのような姿へと変身した。
『変な風に相手に勘繰られたら面倒なので、魔力は完全に抑えて、このカバンのストラップ代わりに大人しくついてきてくださいね?』
『は〜い❤︎拓巳の言う通りにするぅ❤︎』
……という、一悶着があったのだ。
「別に気にするな。この家の周囲に張った結界に踏み込んだ瞬間から、拓巳のカバンにもう1匹悪魔が隠れてることくらい筒抜けだったからな」
蓮華はタバコの灰をトントンと缶に落としながら、事も無げに言う。
「いいわねぇ、お姉さん……。なんだか久々に、昂ってきちゃうわ」
サタンの目が再び妖しく光る。
「ああん? ナメた口聞いてっと、ここで消滅させてやろうか。本来、悪魔ってのは私らエクソシストからすれば問答無用で『祓うべき対象』なんだよ」
蓮華はソファの脇に立てかけてあった、金属バットをひょいと持ち上げ、サタンの鼻先に突きつけた。
「ちょ、ちょちょちょっと待ってください! 話がややこしくなって進まなくなるので、2人とも武器を引いてください!」
僕は大慌てで2人の間に割って入り、必死に手を振って制止する。
「もう、冗談よ。私は拓巳のためにしか力は使わないって決めてるんだから」
「はあ……。サタン、じゃあもうしばらく静かに黙っててもらっていいですかね?」
「は〜い❤︎」
「話を戻しますけど……蓮華さん。本当に、ベルフェゴールに何か仕事を紹介してもらうことはできないでしょうか?」
僕が改めて頭を下げると、蓮華は少しだけタバコの煙を吐き出し、神妙な、どこか深刻な表情になって語り始めた。
「はあ……。実はな、拓巳。私は――」
「――えええっ!? エクソシストをやめたぁぁぁ!?!?」
僕はあまりの衝撃に、リビングに響き渡る大声を上げてしまった。
「言葉が足りねえよ、正確にはやめたわけじゃねえ。協会から『追放』されたんだわ。だから、エヴァが受けてるような、金払いの良い正規の依頼は、今の私じゃ直接引っ張ってこれねえんだよ」
蓮華は頭をガリガリと掻きむしる。
「つ、つまり……現在の蓮華さんは、フリーランス的な……?」
「うーん、まあそんな綺麗なもんじゃねえな。私が今受けてるのは、協会が『リスクの割に儲からねえ』って理由で受けたがらない、誰にも感謝されないような、いわゆる業界の【汚れ仕事】だけだ」
「……汚れ……仕事……?」
ベルフェゴールが首を傾げる。
「そうだ。例えば一番分かりやすいところで言うなら、ネットの掲示板とかで噂になってるような、有名な『心霊スポット』に巣食ってるガチの悪霊退治とかだよ」
「え? 心霊スポットの悪霊退治ですか? それって、普通の退治と何が違うんですか?」
僕が疑問を投げかけると、蓮華は真面目な顔で教えてくれた。
「あんな人気のない場所の霊、どれだけ苦労して祓ったところで、一般の人間からしたら何があったかも認識されねえし、感謝の言葉もねえ。おまけに、その土地の呪いの根源自体を取り壊して更地にでもしねえ限り、数年も経てば負の感情が集まって、また新しい悪霊が勝手に湧き出てくる。割に合わねえんだよ」
「それって……危険なことなんですか?」
「悪霊ってのはな、人間の未練や恨みを吸って、現世に長く留まれば留まるほど、手が付けられねえほど凶暴で強くなっていくんだ。まあ、お前らみたいな、なんでか知らねえが肉体と魂が完全に現世に定着してる、悪魔の悪魔たちには微塵も関係ねえだろうけどな」
蓮華はベルフェゴールを横目で見ながら不敵に笑う。
「そんな過酷なんですね、フリーのエクソシストって……」
僕が感心していると、蓮華はタバコを灰皿でもみ消した。
「そんな泥臭い仕事をしてんのは、私みたいな協会のしがらみのない、はぐれ者だけだからな。ちなみに言っておくが、報酬も協会の正規の仕事なんかとは比べ物にならないほど安い。……それでも、本当にやりてえってんなら、私のところに回ってくる仕事を分けてやるが、どうする?」
僕は隣の青髪の幼女を見つめた。
「どうします? ベルフェゴール」
ベルフェゴールは少しだけ視線を下に落とした後、覚悟を決めたように顔を上げた。
「……やる……。私……がんばる……」
「ふっ。そうかよ。気に入った。なら、近いうちに手頃な案件が入ったら、お前らに回してやるよ」
「いいんですか? 蓮華さんの分の仕事が減っちゃうんじゃ……」
僕の心配を、蓮華はガハハと豪快に笑い飛ばした。
「心配すんな。そもそも、この手の汚れ仕事は人手が圧倒的に足りてねえんだよ。それに、私はこれでも昔、現役バリバリだった頃に貯めた腐るほどの貯金があるからな。金には困ってねえんだわ」
「……貯金、たくさんあるんだ……。蓮華、すごい……まだ、こんなに若いのに……」
ベルフェゴールが感心したように言うと、蓮華の顔が一瞬で引きつった。
「ああん? お前、目が腐ってんのか。私は若くねえよ。拓巳の父親――リンドウと同じ歳だ」
「……え?」
あまりのパワーワードに、僕の脳の処理が完全に停止した。
目の前にいる、赤いジャージを着て金属バットを振り回す黒髪のヤンキーお姉さんは、どう見ても20代半ば、三十路にも満たないピチピチの若い女性にしか見えない。
「いやいやいや! おかしいでしょ!! 僕の父親って、もし今生きていれば今年で【55歳】とかですよ!?」
あまりの衝撃に、僕は思わず声を裏返して叫んだ。
「そうだ。私とリンドウは同じ師匠の同門でな、弟子入りした時期も同じ18歳の時だ。だから、私の年齢も今年で55だ。文句あるか?」
蓮華は当然のように胸を張る。
(な、なんなんだこの人は……。これがいわゆる『ロリババア』……? いや、ババアでもないし、ロリでもないんだけど、美魔女という枠組みすら完全に超越してるぞ……! エクソシストの魔力ってアンチエイジングの効果でもあるの!?)
僕は心の中で、世界の神秘に対して激しくツッコミを入れまくった。
「まあ、私の見た目の年齢なんてどうでもいいじゃねえか。ベルフェゴールって言ったか? これからよろしくな、スーパールーキーさん」
蓮華はそう言うと、ベルフェゴールに向かってニカッと白い歯を見せて笑った。
「……ん……。ありがとう……よろしく、蓮華……」
ベルフェゴールも小さく頷き、握手を交わす。
こうして、拓巳の父の昔からの知り合い・斉藤蓮華の協力を得て、居候悪魔であるベルフェゴールの、新しい「個人エクソシスト」としての奇妙なキャリアが、静かに幕を開けるのだった。
ジャンルがいまだになんなのか決められない…。
戦闘シーンとかありつつ日常コメディにしたいんだけど




