『父を知るエクソシストヤンキー登場!?』
「あった……。ここですね」
そこは千葉県の某所。鬱蒼と生い茂る山奥のけもの道を進んだ先に、ひっそりと佇む古びた丸太小屋――いや、木で作られた立派な一軒家が建っていた。
「……ここが、エクソシスト……の家……」
隣でフードを深く被ったベルフェゴールが、眠たげな目を少しだけ細めて建物を見つめる。
僕、神代拓巳がベルフェゴールを連れて父親の知り合いの家を訪ねるに至るまでには、5日前の朝食後からのちょっとした紆余曲折があった。
「あった。これだ」
あの朝、父親の書斎の埃っぽい引き出しの奥から、僕は一枚のボロボロのメモ用紙を見つけ出した。そこには父親の汚い殴り書きで『信用できる奴』とだけ書かれており、その下にいくつかの電話番号が羅列されていた。
僕はその一覧を上から順に、神代家の固定電話を使って片っ端からかけ始めた。
しかし、大半の番号は「現在使われておりません」のアナウンスが流れるか、繋がっても無機質な留守番電話。僕は一応、すべての留守電に「神代リンドウの息子の拓巳です。エクソシストの仕事を受けたい知り合い(悪魔だけど)がいるので、お話を聞かせてほしい」とメッセージを残しておいた。
それから2日後。一件だけ、我が家に折り返しの電話がかかってきたのだ。
プルルルル……! プルルルル……!
「ちょっと拓巳! なんか家の黒電話がけたたましく鳴り響いてるわよ!?」
リビングでヘッドホンを首にかけ、大音量でアニソンを聴いていた僕のところに、ルシファーが怪訝な顔で呼びに来た。
両親がいなくなってから家の固定電話が鳴ることなんて皆無に等しかったので、僕は「こないだの件だ!」と直感し、急いで廊下へ走って受話器を取った。
「……もしもし? 神代ですが」
『お前がリンドウのガキか?』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、ひどくハスキーで、ドスの利いた女性の声だった。
「え、ええ。留守電を聴いてくださったんですね! 繋がって良かったです!」
『良かったぁ……? 良くねえよバカ野郎! なんだぁ? エクソシストの仕事がしたいだぁ? リンドウの野郎、とんでもねえめんどくせぇ倅を残しやがって……!』
「え? ええっ!?」
いきなり受話器越しに鼓膜を破らんばかりの罵声を浴びせられ、僕はビクッと体を震わせてパニックに陥る。
『はあああ……めんどくせえなぁ、おい……。けどよ、リンドウには昔、デカい借りがあるからな……。しょうがねえ、話だけは聞いてやる。3日後に今から言う住所に来い。千葉県の……』
「あ、はい! メモ、メモ取ります!」
僕は大慌てで手元にあったチラシの裏にペンを走らせた。
「あの、何時ごろに伺えば――」
ガチャンッ!!! ツー……ツー……ツー……。
「勢いよく切られた……」
受話器を耳に当てたまま、僕は呆然と呟いた。なんだか嵐みたいな人だな。
「……電話、きたの……?」
「うおっ!?」
いきなり真横から声をかけられ、心臓が飛び跳ねる。いつの間にか起きてきていたベルフェゴールだった。
「び、びっくりした……ベルフェゴールか。はい、今電話が来たんですけど、なんだかすごく気の短い変な人でしたよ。ええと、確かこの番号の主は……」
メモと元の紙を照らし合わせる。
「あ、『サイトウ』さんだ」
「……サイトウ……」
「女性の方でしたけど、とりあえず3日後に指定された家へ来いってことなので、一緒に行きましょうか」
「……いいの……?」
「ええ。ちょうどその日は大学の講義もないですし、ベルフェゴールのこれからの仕事に繋がるかもしれないなら、どこへでも付き合いますよ」
僕が笑顔でそう言うと、ベルフェゴールは嬉しかったのか、ジト目のまま僕の腕にぴとっと体をくっつけてきた。
「え? ちょっ……うーむ。でも、こういう静かなスキンシップも悪くないな……」
「あーーー!!! なにやってんのよ、ベルフェゴール!!!」
それをリビングのドアの隙間から目撃したサタンが、嫉妬に顔を般若に変えてドカドカと近づいてきた。
「このドロボウ幼女! 拓巳から離れなさい!」
サタンが強引に引き剥がそうと手を伸ばした――が、その手はスカッと空を切った。
ベルフェゴールはサタンの手が届く直前、まるで未来を予知していたかのような最小限の動きでひらりと身をかわし、僕から離れていた。
「ふぁぁ……」と大きくて気だるげなあくびを噛み殺しながら、ベルフェゴールはそのまま僕の両親の部屋(現在の彼女の定位置兼寝床)へとトボトボと歩いて行ってしまった。
「ちょっと拓巳! あんな幼女に発情しちゃダメよ!? するなら私にしなさいよ! ほら、いつでもいいわよ!?」
サタンが顔を赤くして僕に迫る。だが、その場所にすでに拓巳の姿はなかった。
「え!?」
サタンの相手をするのが心底めんどくさかった僕は、彼女が激昂した瞬間に、とっくにその場から退散していたのである。
――という経緯を経て、僕たちは3日後、指定された山奥の住所へとやってきたのだった。
「こんな不便なところに、本当に人が住んでるんですかね……」
周囲は鬱蒼とした森で、鳥のさえずり以外に人間の気配が全くしない。
2人が不気味に思いながらも、木造の家に一歩近づいた、その瞬間だった。
パッ!! と、ベルフェゴールが凄まじい反応速度で真後ろを振り向き、空中に向かって手を伸ばした。
カァァァーーンッ!!!
甲高すぎる金属音が、静かな山林に爆音となって響き渡る。
「えっ!?」
僕が慌てて振り返ると、ベルフェゴールが突き出した手の先――空中数センチのところで、巨大な『金属バット』を両手でフルスイングし、振り下ろした姿勢のまま静止している黒髪の女がいた。
女の持つバットは、ベルフェゴールが一瞬で展開した半透明の魔力障壁によってガチッと止められている。しかし、女は不敵な笑みを浮かべたまま、腕の筋肉をミシミシと鳴らして、バットを徐々に障壁ごと押し込んできた。
「えええ!? 誰ですかあなた! いきなり何するんですか!」
僕が腰を抜かしそうになりながら叫ぶ。
「お前がリンドウの倅かぁ!? 挨拶代わりにとっちゃ、随分と上等な悪霊を連れ歩いてんじゃねえかよ!」
女はバットに体重を乗せ、凄まじい怪力でさらに押し込んでくる。
「ええっ!? あなたがサイトウさん!? 違います、この子は悪霊じゃなくて、僕の仲間です!」
「……拓巳……もう……魔力、維持するの……無理……」
ベルフェゴールが顔をしかめる。朝の散歩直後で、しかも完全に不意打ちだったため、出力が足りないらしい。
「あぁ? こいつが仲まだって――!?」
サイトウが驚いた瞬間だった。
パリィィィィン!!!
硝子が砕け散るような大音量と共に、ベルフェゴールの魔力障壁が粉々に吹き飛んだ。
「うわあああ!」
風圧と光の破片に、僕は思わず腕で顔を覆って目を瞑る。
「あっ、やべっ! 止まんねえ!」
サイトウの焦った声が聞こえ、勢いそのままに金属バットが空気を切り裂いて振り抜かれた。
ドォォォーーンッ!!!
地面の土を派手に穿ち、もの凄い音と共に辺り一面に濃い砂煙が立ち込める。
「ベルフェゴール!!」
僕は最悪の事態を想像して血の気が引いた。構えていた腕を少しずつ下ろし、目を凝らす。
シュウウウウ……。
ゆっくりと砂煙が晴れていくと、そこには地べたにペタンと尻餅をついているベルフェゴールの姿があった。そして、彼女の鼻の先、わずか数ミリという信じられないギリギリのところで、サイトウの構えた金属バットがピタッと完全に静止していた。
「ベルフェゴール! 大丈夫か!?」
僕は大急ぎで駆け寄る。
「……ん……大丈夫。ちょっと……びっくりした……だけ……」
ベルフェゴールは衣服についた土を払いながら、何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。心臓が強い。
「はあ……。なんだよ、そいつ」
サイトウはふぅと息を吐くと、肩に金属バットを無造作に担ぎ直した。
「悪霊の仲間だぁ? おいおい、冗談だろ」
「は、はい。正確には悪魔なんですけど、一応、僕の家に住んでいる居候なんです」
僕が必死に弁明する。
「ああん? 悪魔と同居してんのかよ。ありえねえな……。まあ、あの型破りなリンドウの倅らしいっちゃ、らしいがよ……」
サイトウは呆れたように首を振る。
「……あなたが……あの、サイトウ……?」
ベルフェゴールがじっと女を見つめる。
「……ああ。私は斉藤蓮華。蓮華って呼んでくれ」
長い黒髪を後ろでラフに結び、上下真っ赤な芋ジャージを着込んだ斉藤蓮華。肩にバットを担いだその立ち姿は、エクソシストというよりは、どう見ても地方の血気盛んなヤンキーそのものだった。
「蓮華……さん、ですね。お電話の通り、僕の父・神代リンドウの昔の知り合いなんですよね?」
「ああ。昔、あちこちの現場で嫌でも顔を合わせる羽目になった、いわゆる腐れ縁ってやつだよ。……まあ、いいや。立ち話もなんだし、中に入って話を聞いてやるよ」
蓮華はそう言うと、踵を返してズカズカと木造の家の中へ歩いていった。
こうして、僕とベルフェゴールは、父の過去を知る、あまりにも破天荒で物騒な現役エクソシスト・斉藤蓮華との出会いを果たしたのだった。




