『浅草に来たツンデレ悪魔』
「はえ〜。すごいわね……」
スカイツリーの麓に立ち、首が折れそうなほど大きく見上げるルシファー。
「ここが日本で一番高い電波塔の、東京スカイツリーです」
案内する僕、神代拓巳の説明を聞きながら、彼女は感心したように呟いた。
「魔界にも高い建物はあったけれど、こんなに洗練されて綺麗な形はしてないわよ」
「じゃあ、スカイツリーに登るのは後にして、まずは浅草の雷門を見に行きましょうか」
電車と徒歩で移動し、浅草の象徴である大提灯の前にやってくる。
「うわぁ! すっごい立派な門ね! 魔界と天界を繋ぐ始まりの門にそっくりだわ!」
歴史ある建造物を前に、ルシファーは子供のように無邪気にはしゃぎ回る。普段のツンツンした傲慢な姿からは想像もつかないそのギャップが、なんだか無性に微笑ましい。
そんな風に、ついニヤニヤしながら見つめてしまっていると、視線に気づいたルシファーが鋭く睨んできた。
「なによ? さっきからニヤニヤして、私に何かおかしいところでもあるっていうの?」
「え? いやいや、楽しそうで何よりだなと思って」
「そう? ――あ、そうだ! 拓巳、ちょっとこっちに来なさい!」
「え? なん――うわぁぁ!?」
いきなり腕を強引に引っ張られ、僕は体勢を崩した。
「ほら! せっかくだから写真に収めるわよ! ほら、笑いなさい!」
ルシファーはスマホを取り出すと、自撮りの形で僕を自分の肩に引き寄せ、画面に向かってパシャリとシャッターを切った。
撮影後、嬉しそうにスマホのカメラロールを確認している彼女の横顔を見て、僕はまたしてもニヤニヤしてしまう。本当に可愛いところがある。
「あんた……。今日のニヤつき方、ちょっとキモイわよ」
「そこまで言わなくても!」
僕はショックを受けたフリをして、分かりやすくガクリと膝をついた。
「あ! 拓巳、見て! 美味しそうな串焼きもあるわよ!」
そんな僕の小芝居を綺麗に無視して、ルシファーはズカズカと仲見世通りを突き進んでいく。
「ひどい……」
気を取り直した僕たちは、そのまま浅草寺の境内へと歩みを進めた。
お参りをする大勢の人々を眺めながら、ルシファーが不意に真面目なトーンで聞いてきた。
「人間は『神』というものを信じているのよね? それも、いろいろな種類の」
「ええ。国や文化によって様々ですけど、特に日本は『八百万の神』と言って、たくさんの神様を信仰する文化がありますね」
「神ねぇ……」
ルシファーは複雑そうな表情で小さく呟く。
「あれ? そういえば魔界にはいるんですか? そういう、神様みたいな絶対的な存在って」
僕が疑問を口にすると、ルシファーは少し言葉を引っかけるように言った。
「……ええ。いると言えばいるわね。魔界と天界、その2つの世界のシステムをまとめ上げる最上のやつがね」
「へぇ、そうなんですね……」
彼女の口振りに、少し深い事情がありそうだと疑問を持ちつつも、それ以上は踏み込まないでおいた。
「ま! 魔界とこことは別世界なんだから、あんたが気にする必要はないわよ!」
湿っぽい空気を振り払うようにルシファーは言い放つと、パッと前を指差した。
「じゃ、浅草寺ももう見たし、さっきのあの高い塔に行くわよ!」
「え、あ、はい!」
再びズカズカと前を歩き出すルシファーに、僕は慌ててついていった。
スカイツリーに戻り、改めて展望台の真下から見上げると、その圧倒的なスケールにルシファーが小さく声を漏らした。
「……近くで見ると、本当にデカいわね」
「今日はこの塔の、さらに上の展望デッキまで行きたいと思ってますからね」
「あの上ね……」
なぜか急に声が小さくなるルシファー。
「あれ? もしかして、高いところ怖いんですか?」
「ば、ばかっ! 怖いわけないじゃない!! 私は元々、背中の羽で空を自由に飛べるのよ!?」
フンスと怒鳴るルシファー。
「あ、そうでしたね」
と生返事をしつつも、僕は彼女の肩が微かに身震いしているのを見逃さなかった。
展望デッキへと急上昇するエレベーターの中、2人きりの空間でルシファーが呟く。
「改めて、人間って凄いわね。魔法も何も使えない癖に、こんなものを建てるんだから」
「魔法が使えないからこそ、技術を磨いて作ったんじゃないですか?」
「確かにそうね。魔法がないからこそ、アニメや娯楽、そして何より『アイドル』のレベルがあんなに高いのよね。魔界じゃ考えられないようなファンの熱量だもの」
「でもルシファーって、魔界のアイドルも推してたんですよね?」
「ああ、『ソロモン72』ね。あの子たちもそれなりに可愛いけれど、エンタメとしての完成度やプロ意識は、人間のアイドルの方が何倍も高いわよ」
「そうなんですね。意外だな。魔界って可愛い女の子がすごく多いイメージでしたけど」
僕が率直な感想を述べると、ルシファーはキッと僕を睨みつけた。
「あんたの家に住んでる悪魔たちは例外中の例外よ!? 私レベルの上級悪魔なんて、魔界を探したって力も美貌も敵うやつはほぼいないわよ!」
「ほぼ……?」
「いや、完全にいないわよ!!」
ルシファーが慌てて言い直す。
(ルシファーより綺麗な人なんて、この世にいるのかな……)
僕は割と真剣にそんなことを考え込んでしまった。
「変なこと考えなくていいから! ほら、もう着くわよ!」
チーン、と音がしてエレベーターの扉がパッと開くと、目の前には360度の大パノラマで東京の街並みが広がっていた。
「すっごいわね……! 東京ってゴミゴミした狭い場所だと思ってたけれど、こうして上から見下ろすと、最高に気持ちがいいわね!」
窓に近づきながらルシファーが感嘆の声をあげる。
「ゴミゴミって……まあ、一理ありますけどね」
「やっぱり、高い場所からの景色って最高よね。昔、私に反旗を翻して襲ってきた敵の悪魔数千匹を1人で片付けたことがあったのだけれど、そいつらの死骸が積み上がった山の頂上から見た景色も、同じくらい気持ちが良かったもの」
「いやいや、いきなり物騒で怖いこと言うなこの人……!!」
僕はあまりの物凄さにブルブルと震え上がった。
と、ここで僕は彼女の立ち位置にある異変に気づく。
「あれ? ルシファー、もっと前に行ってギリギリのところで見ないんですか?」
ルシファーは窓ガラスの2歩くらい手前でピタリと足を止め、そこから頑なに前へ進もうとせず景色を見ていたのだ。
「い、いいのよ。少し離れたここからの方が、全体が見やすくて綺麗なんだから」
視線を泳がせながら強がるルシファー。
(あー、なるほど……。これは完全にビビってるな……!)
僕はニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「そうですか? 一番前の方が、足元まで見えてスリルがあって良いですよ?」
「な、何言ってるのよ、ここで十分――」
「ほらほら! せっかくだから一番前へ出てみてくださいよ!」
ガシッ!!
「ひゃっ!?」
僕はルシファーの両肩を後ろからガシッと掴んだ。彼女の口から聞いたこともないような変な裏返った声があがる。
「ちょっと! やめっ、押しちゃダメ、ひゃぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ニヤニヤしながら僕が優しく前に押し出すと、ルシファーは窓ガラスに手をつき、はるか真下に広がるミニチュアのような大都会を見て変な悲鳴を上げた。
(うわ、こんな風に涙目でパニックになってるルシファーも、新鮮でめちゃくちゃ可愛いな……)
鼻の下を伸ばしながら、その無防備な姿を堪能していた――その時だった。
「――調子に乗りすぎよ、この大バカ者っっ!!」
ボカッ!!!
「ぐぼっっ!!?」
完全に油断していた僕の顔面に、ルシファーの怒りの鉄拳がクリーンヒットした。僕はもの凄い勢いで後方へと吹っ飛んだ。
「痛っ……! 調子に乗りすぎよあんた! 別に、全然怖くなんかないんだから! もうやめなさいよ!」
ルシファーは顔を真っ赤にし、少し涙目で拳を握りしめて怒鳴っていた。
「う、うぅ……恐怖と痛みで泣きたいのはこっちなんですけど……」
僕は顔面の激痛に耐えながら、衝撃で少し歪んでしまったメガネを直してなんとか立ち上がった。
「はあ……。もう景色は十分に満足したから、降りるわよ? 別に怖くてすぐ降りたいわけじゃないからね! 分かった!?」
「はいはい、分かりましたよ。行きましょうか」
僕は苦笑いしながら、彼女の後を追ってエレベーターへと向かった。
こうして、クリスマスライブ前の少し騒がしい「日中デート」を終えた僕たちは、次なる目的地、ルシファーがずっと楽しみにしていた夜のライブ会場がある秋葉原へと向かうのだった。




