『魔法少女ルシファー降臨! 炸裂するシャッター音と、アメリカの謎』
「拓巳……」
「う、うん……」
カチリ、と喉が鳴る音が聞こえるほど、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
小田倉くんは、その限界オタク特有のギョロリとした目を限界まで見開き、ワナワナと唇を震わせている。
「お前……ッ! さいっこうだぜ!!!!!」
ここは、大学の敷地内にある一般開放されたフリースペース。
日曜日のキャンパスは学生も少なく静まり返っていたが、小田倉くんの絶叫だけが天井に反響した。
そこに僕は、約束通り「親戚のアメリカ人」こと、ルシファーを連れてきていた。
「……あんたの友達、大概ね。ゴミね。」
ルシファーは、底冷えするような冷徹な視線を小田倉くんに向けていた。
それもそのはず、今の彼女の姿は――小田倉くんが『我が魂の結晶』と称して持参した、ピンクのフリフリがこれでもかとあしらわれた、どこからどう見ても『魔法少女プリプリムーン』のコスプレ衣装だったからだ。
「その眼差し……! 冷徹さと羞恥が入り混じった極上の氷点下スマイル! そして何を着させても二次元超えする圧倒的な美貌……! 最高です! 脳内のシャッターが秒間80コマで切られてます!!」
「本当に似合ってるわよ、ルシファーちゃん。可愛すぎて食べちゃいたいくらい」
「……可愛い。……ふふ、にま〜……」
「って、なんであんたたちまでここにいるのよぉ!?」
ルシファーが、ピンクのフリル付き魔法のステッキを振り回しながら、背後に控える二人に怒鳴り散らした。
そう、なぜかそこには、深い緑色の髪を色っぽく揺らすアスモデウスと、眠たげに目をこする青髪幼女・ベルフェゴールの姿もあったのだ。
「いや、しょうがないだろ」
俺は肩をすくめて弁明する。
「アスモデウスが『なんか楽しそうだからついていきたいな〜♡』とか言うから連れてくるハメになったんだよ。まさか、いつも寝てばかりのベルフェゴールまで『……拓巳が行くなら……行く……』ってついてくるとは思いませんでしたけど」
すると、それまでルシファーに釘付けだった小田倉くんが、ガタッと椅子を蹴立てて俺の胸ぐらを掴んできた。
「た、拓巳ィィィーーーッ! この、今すぐ保護して法的に愛でたくなるような最かわ青髪幼女と、歩く18禁みたいな超絶美人な緑髪お姉さんも……まさか、お前のアメリカの親戚なのか!?」
「あ……ああ。そうだよ、ハハハ……(引きつった満面の笑み)」
「……アメリカ……? ……アメリカって、なに……?」
ベルフェゴールが、コクコクと首を傾げながら不思議そうに呟く。
すかさずアスモデウスが、口元を妖艶に隠しながらクスリと笑ってフォロー(?)を入れた。
「ふふっ、ベルちゃん。アメリカっていうのはね、人間の世界で言う『魔界』のことよ、きっと」
「そうよ! さっきからなによ『アメリカの親戚』って! 私は魔界の――」
「わーーーっ!! 気にしなくていいから!! ほら、ルシファー、アメリカの風習は一旦忘れよう!?」
ルシファーが「悪魔」と言いかけたところで、俺は文字通り決死のスライディング気味に前に躍り出て、彼女の口を手で塞いだ。心臓が止まるかと思った。
「ん? 拓巳、やっぱり君の親戚じゃないのか……?」
小田倉くんが不審げに首を傾げる。
「いやいや! ほら、とにかく今日の目的をやろうか! 時間も限られてるし!」
「……? まあ、そうだな」
小田倉くんは強引に納得すると、スチャッとマイ一眼レフカメラを構え、ビジネスライクなプロの顔(オタクの顔)になった。
「じゃあ早速、ルシファーさんには『決めポーズ』をしてもらいましょうかね」
「なに? 決めポーズ? なによそれ、聞いてないわよ」
「ほら、ルシファー、あれだよ。片足を一歩上げて、左手で右の肘をホールドして、右手でビシッと拳銃の形を作るんだ。これが『魔法少女プリプリムーン』の王道の決めポーズなんだよ」
俺が手本を見せるようにポーズを作ると、ルシファーは顔を真っ赤に染めながら、おずおずと体を動かした。
「こ、こう……? ……ねえ、これ本当に合ってるの……?」
フリルのスカートからすらりと伸びる、白く濁りのない美しい脚。
タイトに引き締まったしなやかな体躯。
そして何より、普段の傲慢さが嘘のように消え失せ、羞恥に染まっているその美顔。
「そう! それです! 最高です! 圧倒的再現度! 少し恥じらっている顔が、原作第3話の『初めて変身しちゃって戸惑うシーン』の解釈と完全に一致してて最高ですお母さんありがとう!!」
小田倉くんのカメラのシャッター音が「バシャシャシャシャッ!」と猛烈な勢いで炸裂する。
「き……気持ち悪いわね、あんたの友達……」
「さあルシファーさん、トドメだ! カメラに向かって、あの決め台詞を言ってくれ!」
「はぁ!? 台詞まであるの!?」
「頼むルシファー! これを言わないとチケットが!」
「うっ……! あんたまで……っ。はあ……もう、しょうがないわね……!」
ルシファーはギュッと目を瞑り、一世一代の覚悟を決めたように、上目遣いでカメラを睨みつけた。
「つ……月と一緒に……お仕置き……しちゃうんだからっ……!!」
「うおおおおおおおおお最高です!!!」
小田倉くんは天を仰いでガッツポーズとともに絶叫した。
「しっかりとこのSDカードに収めたから、後で現像して拓巳に見せる!」
「カメラ……? なにそれ、記録したの!? ちょっとふざけないでよ、消しなさい!」
激怒するルシファーだったが、アスモデウスが「いいじゃない〜。意外とノリノリで可愛かったわよ?」と頭を撫でると、「うっ! うるさいわね!」と顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
「ルシファーさん、これは拓巳と俺の二人だけで墓場まで持っていく共有財産にしますから! どうか!」
俺も小田倉くんに合わせて、全力で頭を下げる。
「くっ……わかったわよ……。でも、もしネットに流すとか、なにか悪用でもしたら……本気で殺すわよ……?」
その「殺す」という言葉に込められた魔力がガチ(本物)であると察知した俺は、背筋に冷や汗を流しながら小田倉くんの耳元で囁いた。
「お、おい小田倉くん……本当に悪用はしないでくださいね。あの人、マジの冗談抜きで、人間を一人二人消すくらい朝飯前だから……」
「ん? わかってるよ! こんな最高のお宝、他人に共有なんかするかよ! 独占欲だよオタクの!」
(そっちの意味での約束かよ……まあいいか)
「じゃあ、もう終わり!? 着替えていいわね!?」
「はい! どうぞあちらの更衣室へ!」
小田倉くんが指差した簡易更衣室へ、ルシファーは逃げるようにドタドタと駆け込んでいった。
こうして、ルシファーのコスプレ撮影会は無事(?)終わったのだった。
…………否ッ!!!
数分後、普通の私服に着替えたルシファーが更衣室から戻ってくると、彼女は「げっ!?」と声を上げてギョッとした。
「どう? 拓巳さん。こんな感じでいいかしら?」
そこには、シックでゴージャスな黒いドレス(どこぞのダークエルフ風)を身に纏い、扇子を片手に妖艶に微笑むアスモデウスの姿があった。
「……に、似合う……? ……これ……」
さらにその隣には、なんだか「いいとこのお嬢様小学校の制服」みたいなネイビーの衣装を着て、少しはにかんでいるベルフェゴールの姿まである。
「最高です! お二人とも最高です! 天才! 美の暴力!!」
「いやいや小田倉くん、こっちのアングルからも頼む! アスモデウス、もう少し目線をこっちに……! ベルフェゴール、そのままお菓子食べてて!」
「あんたたち、何やってんのよぉぉぉーーーーーっっっ!!!」
リビング以上の大声で怒鳴るルシファー。
アスモデウスは「あら? 着替え終わったの? お姉さんたち暇だったから、コスプレってやつをやってみたくて〜」と楽しそうに笑い、ベルフェゴールも「……結構……楽しい……」と、衣装のスカートの裾をパタパタさせている。
「この二人、ポテンシャル高すぎだぜ拓巳! 今日は本当にありがとな!」
「いやいや小田倉くん、これは僕としても本当に眼福の極み、生きる活力をいただきました!」
二人の悪魔のあまりのクオリティの高さに、俺と小田倉くんは狂ったようにシャッターを切り続ける。
完全に置いてけぼりにされたルシファーは、地団駄を踏みながら、ついにその本音を爆発させた。
「もぉぉぉーーーーーっ! なんなのよそれーーーっ!! 私も混ぜなさいよぉぉぉーーーっっ!!」
結局、プライドよりも「自分だけ仲間外れは嫌」というチョロさが勝ったルシファーも再び衣装に着替え直し、コスプレ撮影会は日が暮れて夜遅くなるまで続いたのだった。
――のちに、コスプレイヤー専門の伝説的カメラマンとして大成することになる小田倉くんは、長い人生を振り返り、「あの大学のフリースペースで行った撮影会ほど、魂が震え、楽しかった撮影会はなかった」と、酒を飲むたびに熱く語るのであるが……それはまた、別のお話。




