『物欲とツンデレの狭間で揺れる悪魔、プラチナチケットの威力は絶大なり』
――そして、その日の夜。
我が家のリビングには、非常に重苦しい空気が流れていた。
「……と、いうわけなんだけどさ。今度の日曜日、大学の食堂まで一緒に来てくれるかな?」
俺はリビングのテーブルを挟んで、正面に座る金髪の居候へ向かって、恐る恐る、かつ最大限に揉み手をしながらお願いを切り出した。
「いいとも〜! ……なんて言うわけあるかぁぁぁーーーーーっっっ!!!」
ドンッ!!!
「ぶえっ!?」
次の瞬間、視界が激しく火花を散らした。ルシファーの容赦ない右ストレートが俺の頬にクリーンヒットし、俺はソファの上でのけぞった。
「な、何で殴るんですか!? 暴力的反対!」
「うるさいわね! 当然の報いよ!」
痛む頬を押さえる俺を、ルシファーは肩を怒らせてキッと睨みつけてくる。
(おかしいな……。正直、ルシファーなら『えー、何それおもしそー!』とか言って、二つ返事で快諾してくれるとばかり思っていたのだが……)
「いい? 私はこれでも魔界の上級悪魔よ!? なんで私がそんな、会ったこともない見ず知らずのキモい男(小田倉くん)の言うことを大人しく聞いて、そいつ好みの格好をしなきゃいけないのよ! ありえないわ!」
フンスと鼻を鳴らし、腕を組んで完全に拒絶の姿勢をとるルシファー。
「あらあら。私なら、拓巳さんのお願いならいつでも喜んでやってあげるのに〜。どんな格好がいい? ちょっぴり過激なやつ?」
「あんたは黙ってなさいアスモデウス!! 話がややこしくなるから!」
横から深い緑色の髪を弄りながら妖艶に微笑むアスモデウスを、ルシファーが一喝する。
そして、ルシファーはふいっと俺から顔を背けると、白くて綺麗な首筋をほんのりと赤く染めながら、蚊の鳴くような小声でボソッと呟いた。
「……別に、拓巳だけになら、そういう格好を見せてあげてもいいけど……知らない奴の前でなんて、絶対に嫌よ」
「……へ? 今なんて? 僕だけならいいって――」
「うるさいわねっ! 聞き返してんじゃないわよ!!」
ドカッ!!!(本日二回目の打撃音)
「あ痛ぁぁぁぁぁ!! 照れ隠しで殴るのやめて! 脳細胞が死滅する!」
理不尽な追撃に涙目になる俺だったが、すぐにメガネの位置をクイッと直し、不敵な笑みを浮かべた。
「……くっくっく。まあ、そこまでは計算の内だ。ルシファー……君がそうやってプライドを盾に突っぱねるのも今のうちさ。これを見ても、同じことが言えるかな……?」
「え? なによ、改まって……」
怪訝そうな顔をするルシファーの目の前に、俺は胸ポケットから『それ』をジャジャーンと見せびらかすように突き出した。
「ふっふふ……これさっ!!」
「……なっっ!? こ、これは……っ!!」
それを見た瞬間、ルシファーの綺麗な青い瞳が、限界まで大きく見開かれた。
彼女の視線の先にあるのは、小田倉くんから命がけ(?)で譲り受けた、あのプラチナチケット。
「ファンクラブの有料会員の中でも、超絶低確率の抽選をくぐり抜けた限定枠しか行けないっていう……『くりいむsoだ』のプレミアムクリスマスライブのチケットじゃないのっ!? な、なんであんたがそれを二枚も持ってるのよ!?」
ルシファーは椅子から身を乗り出し、チケットを奪い取ろうと手を伸ばしてくる。俺はそれをひらりと交わした。
「さっきも言っただろ? 今回のコスプレ依頼を、笑顔で快諾してくれるなら、このチケットを君にあげてもいい、と小田倉くんからの伝言さ。もちろん、僕と君の二人で行く分としてね」
「くっ……! この私が……物なんかに……たかが人間のアイドルのチケットなんかに釣られるわけ……っ」
気高く言い放とうとするルシファーだったが、その目は完全にチケットに釘付けであり、口元からは不覚にもよだれが今にも垂れ落ちそうになっていた。完全に欲望に負けかけている。
「別にいいじゃないの〜。拓巳さんも、ルシファーちゃんの可愛いコスプレ姿、本当は見たいと思ってるはずよ?」
アスモデウスさんがクスクスと笑いながら、ルシファーの背中を優しく押す。
「……ルシファー……コスプレしても……別に減るもんじゃない……。チケット……もらえるなら……着るべき……」
アスモデウスの膝の上で、極上の胸クッションに頭を埋めて寝ていたベルフェゴールまでもが、むにゃむにゃと口を動かしながら見事なアシストを決めてくれた。
「ほらほら〜、どうします〜? このチケットがあれば、最前列付近のプレミアムシートで、大好きな『くりいむsoだ』の生歌が聴けるんですよ〜?」
俺はルシファーの目の前で、チケットをひらひらと、悪魔的なまでの誘惑を込めて揺らしてみせた。どっちが悪魔か分かったもんじゃないな。
「う、うぐぐぐぐ……っ」
ルシファーは徐々に下を向いていくと、物欲とプライドの激しい葛藤のせいで、プルプルと全身を小刻みに震わせ始めた。
そして数秒の後――。
バンッ!!!
勢いよくテーブルを両手で叩き、ルシファーは真っ赤な顔で叫んだ。
「わかったわよっっ!! やればいいんでしょ、やればっっ!!」
「よしっ! 交渉成立だな!」
俺はガシッとルシファーの手を握り、勝利の握手を交わした。チケットの魔力、恐るべしである。
こうして、来たる日曜日、大学の食堂を舞台に、小田倉くん監修による『ルシファーの秘密のコスプレ撮影会』が、正式に開催されることが決定したのだった。




