『オタクのネットワークを侮るなかれ、そして天才は突然現れる』
俺の名前は神代拓巳。どこにでもいる普通の大学生だ。
ある日突然、魔界から我が家に転生してきた美少女悪魔たちをなし崩し的に住まわせることになった、至って普通の、ごく一般的な男子大学生である。
今日の俺は、午後の講義を終えた後、ある「重大な約束」を取り付けていた。
ん? 誰と約束してるんだって?
そりゃあ決まっている、友達さ。
え? 「お前みたいな限界オタクに友達なんていたのか」だって?
失礼だな! オタクという生き物は、共通の趣味を介した横のつながりがコンクリート並みに太いのだよ!
俺は講義室を出ると、約束の場所である大学の食堂へと向かっていた。
俺が通う大学の食堂は一般開放されていることもあって、とにかく敷地が無駄にデカい。そして今日も今日とて、お昼時ということもあり大勢の学生たちでごった返していた。
そんな喧騒の中、一際目立つ……というか、ぶっちゃけ周囲から完全に浮いている格好の男が、こちらに向かって大きく手を振っているのが見えた。
金髪。普段着であるはずなのに、前面にどデカくアニメの美少女キャラがプリントされた、いわゆる『痛Tシャツ』。そして下はよれよれのスウェット。
うーん。友達としては最高に気の良い奴なんだけど、すれ違う見知らぬ学生たちから「うわぁ……」という視線を向けられているのを見ると、一瞬だけ他人の振りを引き返したくなるのは、俺が薄情だからだろうか……。いや、防衛本能だ。
「おーーーい! 拓巳ィィィーーーッ!」
大声で俺の名を呼ぶその男は、俺の貴重なオタク友達である小田倉くん。ちなみに付き合いは長いが、下の名前はよく知らん!
「小田倉くん……今日もいつにも増して、キッツイ格好をしてるねぇ……」
「あん? そうか? 可愛いだろ、我が嫁の限定Tシャツ。ほら、見てみろよこのグラデーション!」
小田倉くんは胸元の生地をパッとつまんで、俺の目の前に突き出してきた。
「まあ、イラストのクオリティ自体は否定しないけどさ……」
俺が苦笑いしながら席に座ると、小田倉くんは途端にニヤリと、邪悪な笑みを浮かべた。
「それでさ、拓巳。お前が前に言ってた、地下アイドルグループ『くりいむsoだ』のクリスマスライブのチケットの件だけどさぁ……」
「ゴクリ……」
俺は思わず唾を飲み込んだ。
小田倉くんは「ふっふっふ……」と不敵に笑うと、もったいぶるようにポケットからそれを取り出した。
「ほらよ! ジャーーーンッ!」
見せびらかすように突き出された小田倉くんの手には、なんと『くりいむsoだ』のプレミアムクリスマスライブのチケットが、光り輝くように2枚、しっかりと握られていた。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーっっっ!!! さっすが小田倉くん! いや、小田倉様! 圧倒的感謝……!」
俺は椅子の横で思わず膝を立て、神を崇めるポーズで小田倉様を拝み倒した。そして、そのまま吸い込まれるようにチケットを分取ろうと手を伸ばす。
だが、スッ……と小田倉くんの手が上に挙がり、華麗に避けられてしまった。
「えっ……?」
「おいおい、さすがにこれだけのプラチナチケットだ。タダでホイホイ渡すわけにはいかないだろ?」
「うっ……そうだね。で、何がご所望なんだい? 小田倉様」
俺は眼鏡をスチャッと指先で上げ、ビジネスマンのような真剣な表情を作った。
「いやーな、拓巳。この間、ちょっとオタク界隈のネットワークである『噂』を耳にしたんだわ」
「噂……?」
「そう……! なんでも我が大学の校内を、拓巳がめちゃくちゃスタイルの良い、絶世の金髪美女と二人で歩いていたとか……?」
「ギクッ!!!」
俺の心臓が大きな音を立てて跳ね上がり、思わず視線が下を向いた。
(き、金髪美女……それ完全にルシファーのことじゃねえか……っ!)
「い、いやー……。それは何かの人違いじゃないかなぁ……? ははは……」
「ふーん、人違いねぇ。それならいいんだが……なんでもその女、校内で『拓巳ぃぃぃ!』って大声で叫びながら、その男を激しく追い回していたらしいんだよな」
「ギクッ! ギクッ!!!」
(あいつを大学に連れてきた時のことか……っ!)
「いやぁ……世の中、名前が同じ人間なんていくらでもいるしね……うん……」
「しかもだ。その追いかけられていた男は、眼鏡をかけていて、背格好もお前にそっくりだったと。さらに目撃したオタクの証言によると、その金髪美女の方は、なぜか悪魔のような『尻尾』のコスプレをしていたらしいんだな」
「ギクッ! ギクッ! ギクッ!!!」
(そういえばあの時はまだ尻尾を隠せること知らなかったんだ……!)
「さらに、さらにだ、拓巳。ここからが本題だ。その女は、その眼鏡の男から『ルシファー』と呼ばれていたらしい」
「……っ!」
「そして……最近、アイドルオタク界隈の生配信スレで、めちゃくちゃ話題になってる新参のアカウントがいるんだわ。色んなアイドルの生配信に神出鬼没に現れては、一日中狂ったように熱狂的な爆速コメントを投下し続けている、ネット上の名前が『ルシファー』という奴がな……!」
(あの野郎……! 家で大人しく配信観てると思ったら、ネットの海で思いっきり身元を特定されるような真似してやがったな……!!)
俺は心の中で、ルシファーに対する怒りを爆発させていた。
「そして拓巳……。お前、そもそもアイドルにそんなに興味なかったよな? 前に俺が劇場の最前列に連れて行った時も、地蔵みたいに大して盛り上がってなかったし。……なぁ、もうそろそろ、隠さずに本当のことを言ってもいいんだぞ……?」
がくがくと生まれたての小鹿のように震える俺の肩に、小田倉くんがガシッと力強く手を置いた。
その目は、完全に獲物を追い詰めたオタクのそれだった。
「じ……実は……」
俺はついに観念し、ガタガタと震えながら口を開いた。
「――なにぃぃぃぃぃぃぃっ!? 親戚のアメリカ人が、今お前の家にホームステイで泊まりにきてるぅぅぅぅぅーーーっ!?」
小田倉くんの驚愕の声が、静かな大学食堂の隅々にまで大音量で響き渡った。
「しーーーっ!!! 声が大きいよ小田倉くん! 静かにして!」
「あ、ああ……すまん。……いや、しかし拓巳。お前って、純度百パーセントの生粋の日本人じゃなかったか?」
(そうです。父も母も、そのまた先祖も全員が全員、農耕民族の血を引く純日本人です)
俺は心の中で激しく同意しながら、口先では「とってつけたような言い訳」を並べ立てた。
「いや、実は僕も最近まで知らなかったんだけどね? 遠い遠い親戚のそのまた遠くに、どうやらアメリカ人の血筋が混ざっていたらしくて……。彼女、日本のポップカルチャー(主にアイドル)が大好きで、勝手に日本名として『ルシファー』って名乗って、コスプレしたまま来日しちゃったんだよ……」
「ふーん……」
小田倉くんは、完全に「嘘つけこいつ」と言わんばかりの遠い目で俺を見ていたが、すぐにニヤリと笑って話を戻した。
「まぁ、細かいことはどうでもいいや。本題はここからだ。拓巳……そのアメリカ人の、超絶美少女親戚コスプレイヤーをさ、今度ここに呼んでくれないか?」
「え? なんで?」
「そりゃあお前……! 俺たちオタクという人種に生まれたからには、そんな目の前に現れた本物の美少女に、俺たちの好きなアニメキャラのコスプレをさせないなんて、全次元のオタクに対する不敬罪であり、失礼に当たるだろうがぁぁぁーーーっ!」
小田倉くんは、拳を握りしめて熱く、どこまでも熱く、自身の歪んだオタクの美学を熱弁した。
「――っっ!!!」
その瞬間、俺の脳内に、言葉では言い表せないほどの激しい「衝撃」が走った。
(な……なんて天才なんだ、小田倉くん……! 悪魔に、好きなキャラのコスプレをさせる……だと!? いや、そんな至高のエンターテインメントに、今まで気がつかなかった自分自身が憎い! 浅はかすぎる自分が憎すぎる……っ!)
俺は小田倉くんの天才的な発想に心から感動し、ガシッと彼の両手を握り返した。
「……間違いない。君の言う通りだ、小田倉くん。よし……! なんとしてでも、あのバカ(親戚)をここに連れてこよう!」
「うおおおおおおおおお最高だぜ拓巳ィィィーーーッッッ!!!」
こうして、食堂の真ん中で二人のオタクの、歴史的な「美少女コスプレ計画」の同盟が結ばれたのだった。




