『色欲の悪魔はバブみの塊、オタク大学生は容易く幼児退行する』
「――ええええええええっ!? 魔界の、それも第百十一層の悪魔アスモデウスぅぅぅぅぅーーーっ!?」
我が家のリビングに、俺の魂の叫びが木霊した。
あまりの衝撃に、俺はリビングのソファに深く腰掛け、目の前に座る緑髪の美女――アスモデウスさんをまじまじと見つめた。
そこで語られた彼女のパーソナルデータ。それは、ルシファーやベルフェゴールと同じ魔界の出身で、第百十一層を統べる『色欲の悪魔』であるということ。
「そうなの〜。私、百十一層でいろんな男の子たちをよしよしって甘やかしてあげてたのね? そしたら、嫉妬に狂っちゃったバブちゃんたちが逆上して、私を殺しちゃったのよ〜。ウフフ、ひどい話よね。で、気づいたらこのお家にいたの」
アスモデウスさんは「今日のランチはパスタだったのよ〜」くらいの信じられないほど軽いノリで、己の壮絶な死亡経緯(?)を語った。
「いろんな男を……バブちゃん……。って、いや完全に自分のせいじゃないですかそれ!? 逆上される原因を自ら撒き散らしてるじゃないですか!」
「この女は魔界でも有名な男たらしの天然タラシだからね。拓巳、あんたも気をつけたほうがいいわよ。一瞬で骨の髄まで吸い尽くされるわよ」
ルシファーがソファの横で腕を組み、不機嫌そうに忠告してくる。
「はあ……」
俺は生返事をしながら、改めてアスモデウスさんの全体像を凝視した。
(それにしても、本当にエロいな……なんだこの規格外のサイズは。魔界の上位悪魔ってこれがデフォルトなのか……? いや、それ以上に何なんだこの、母性というか圧倒的な包容感は……。実家のような安心感が服を着て歩いてるレベルだぞ……)
「ちょっと、何鼻の下伸ばしてまじまじと見てるのよ……!」
ルシファーの冷たい視線と、鋭い殺気を含んだ睨みが俺の脇腹を突き刺す。
「フフフ……。そんなにお姉さんの身体が気になっちゃう……? いいのよ、もっと近くで見ても?」
アスモデウスさんは俺の視線に気づくと、妖艶な笑みを浮かべ、ふわりと吐息が届きそうな距離まで顔を近づけてきた。
「い、いや! 確かにめちゃくちゃ気になりますけど……って、そうじゃない!!」
危うく色欲の魔力に魂を持っていかれそうになり、慌てて首を振って正気を保つ。
「コホン! と、とにかく! そんなアスモデウスさんは、これからどうするつもりなんですか?」
俺は人差し指でメガネをクイッと直しながら、本題を切り出した。
「んー……。そうねぇ。私もこの人間の世界のこと、まだ右も左も分からないし……もし拓巳さんが良ければ、私もここに住ませてもらっても良いかしら……?」
アスモデウスさんは上目遣いで、さらにグイッと顔を近づけてくる。彼女の甘い香りが鼻腔をくすぐり、脳が思考を放棄しそうになる。
(うっ……! こ、断れない……! なんだこの破壊的な美貌とバブみは……! 抗えない……ううっ……!)
謎の精神攻撃(※ただの男の性)を受けて俺が悶絶していると、トボトボとした足取りで、もう一人の居候がリビングに入ってきた。
「……拓巳、困ってる……。アスモデウス……めっ、して……」
目をこすりながら現れた、寝起きのベルフェゴールだ。
「あら? ベルちゃん起きたのね〜! ほらいつものように、ここにいらっしゃい?」
アスモデウスさんはパッと表情を輝かせると、自身の豊満すぎる胸をぽんぽんと優しく叩いた。
「……ん」
ベルフェゴールは迷うことなくアスモデウスさんへと歩み寄り、そのまま彼女の胸の谷間へと、スッ……と吸い込まれるように顔を埋めた。
「な、なんという羨まし……いやいや! なんという尊くも眼福な光景なんだ……っ!」
「何バカなこと言ってんのよあんたはっっ!!」
ドカッ!!!
「ぐぼっっっ!?」
横からルシファーの容赦ない拳が、俺の側頭部にクリーンヒットした。星が見える。
「フフフ。ルシファーちゃん、とっても良いおとこのこに出会えたみたいね」
ベルフェゴールを優しく抱きしめながら、アスモデウスさんがクスクスと意味深に笑う。
「……うるさいっ! 私はただ、こいつの家に居座ってあげてるだけよ!」
ルシファーは一瞬で顔を真っ赤に染め上げ、ふいっと反対側を向いてツンとした。
そして、すぐに俺の方へと向き直る。
「それより拓巳、どうするのよ! アスモデウスなんかをこの家に置いたら、毎日大変なことになるわよ!?」
「大変なこと……?」
ルシファーの言葉の意図を完全に履き違えた俺の頭上に、もくもくとピンク色の妄想イメージが浮かび上がってくる。
『フフフ、拓巳さん。今日もお疲れ様。こっちにいらっしゃい?』
優しく両手を広げて俺を待つ、聖母のようなアスモデウスさん。
『バブ〜! バブバブ!(訳:お姉さんただいま! 今日もよしよしして!)』
俺はネクタイを締め、スーツを着た姿のまま、満面の笑みでハイハイしながらアスモデウスさんの胸へと突撃していく――。
「――って、そんな馬鹿な想像してんじゃないわよコノ変態オタクがぁぁぁーーーっっっ!!!」
バシャーーーーーンッ!!!
「うげっっっ!?」
ルシファーの怒りの魔力が込められた、鋭い『踵落とし』が俺の脳天へと容赦なく振り下ろされ、俺の妄想イメージごと頭蓋骨が粉砕されるかのような衝撃が走った。
「痛たたた……。冗談、冗談ですよ……。ふぅ」
俺は涙目で頭を抑えながら、なんとか居住まいを正した。
「冗談はさておき、分かりました。流石に、魔界から行き場を失ってやってきたアスモデウスさんだけを、このまま外へ追い出すなんてことは僕にはできませんからね」
「あら? ということは……?」
アスモデウスさんが、期待を込めて目を潤ませる。
「はい。これからよろしくお願いします、アスモデウスさん」
俺がそう告げた瞬間、彼女の顔がパッと満開のひまわりのように明るくなった。
「こちらこそ、よろしくお願い致しますね、拓巳さん。あ、私のことは『アスモデウス』でいいわよ? ――そうと分かったら、ほら? さっそく、いらっしゃい……?」
アスモデウスさんは、自身の胸の中で完全にスヤスヤと眠りについたベルフェゴールを優しく撫でながら、もう片方の手を俺に向かっておいで、おいで、と優しく手招きした。
そのあまりにも全肯定なバブみの誘惑に、俺の理性が秒で消し飛ぶ。
「バブ〜〜〜っっっ!!!」
「もうええわっっっ!!!!」
ドンッ!!!
こうして、俺のツッコミ担当であるルシファーの拳の痛みを犠牲にしながら、神代家にはまた新たな、あまりにも刺激的でけしからん居候が増えたのだった。




