『ただいま我が家、あれ謎のお姉さんが?』
俺の名前は神代拓巳。どこにでもいる、ごく一般的な男子大学生だ。
今日も今日とて大学という名の学び舎でそこそこに勉学に励み、下校中の今は、ヘッドホンから大好きな深夜アニメの神アニソンを爆音で流しながら、ノリノリで帰路についているところである。
さて、ここで少し我が家の特殊な家庭環境について説明させてほしい。
両親が遺してくれた、無駄に広い一軒家。現在、ここにはなぜか『悪魔』が二人も同居している。
一人は、金髪ツインテールのツンデレ絶世美少女。
もう一人は、青髪ショートカットのクーデレ(?)美少女。
……え? 「美少女悪魔二人と同居とか羨ましすぎるだろ爆発しろ」って?
そうだね。俺だってもし自分が一読者なら、そんな主人公を見つけ次第ネットの海に沈める勢いで嫉妬すると思う。うん、間違いない。
でもさぁ!!! 実態を見てから言ってほしい。
四六時中、部屋のPCで地下アイドルの生配信を限界オタクばりに大騒ぎしながら観ている、ただの騒音系ピンク法被悪魔。
そして、寝ても起きても秒で寝る、現代に蘇った令和の三年寝太郎……いや、万年睡眠悪魔。
どう? これでもまだ羨ましいかな?
もしこれでも「代わってくれ!」って人がいたら、今すぐ俺のSNSのアカウントに「居候交代希望」ってDM送ってきてね! お願い! いや、マジでお願いします!
なんてことを、頭の中で存在しない読者(!?)に向かって熱弁しながら、我が家の玄関のドアノブに手をかける。
ガチャリ。
「ただいま〜」
いつも通り、返事なんて期待せずにスニーカーの踵を脱ごうとした、その時だった。
「おかえり〜!」
廊下の奥から、聞き覚えのない、やたらと耳触りの良いおっとりとした女性の声が返ってきた。
「ん……?」
ルシファーの声にしてはキンキンしてないし、ベルフェゴールにしてはハキハキ喋っている。
それに、なんだこの胃袋をダイレクトに刺激してくる、めちゃくちゃ良い匂いは……。これ、料理の匂いか?
まさか、ルシファーが自炊? ――いや、あのポンコツ悪魔がキッチンに立ったら家が消滅する。
それじゃあ、ベルフェゴールが? ――いや、包丁を持ったまま床で寝て大惨事になる未来しか見えない。
脳内でスーパーコンピューター並みの高速思考を回しながら、俺はおそるおそるキッチンへと一歩足を踏み入れた。
「ル、ルシファー? ベルフェゴール? もしかして料理でもして――」
そこで、俺の思考は完全に停止した。
「……え?」
そこにいたのは、俺の知っている同居人ではなかった。
キッチンで手際よくフライパンを振っているのは、艶やかな深い緑色が綺麗な、腰まで届くロングヘアの女性の後ろ姿。
……ん?
あ、すいません。これ完全に家間違えましたァ!!
俺は光の速さで回れ右をすると、脱ぎかけの靴のまま玄関へと猛ダッシュした。
ガラガラッと激しく扉を開け、外に飛び出す。
「――いや、おかしいだろ!!」
冷たい夕方の風を浴びながら、俺はハッと我に返った。
表札を見る。『神代』。間違いない。ここはどう考えても僕の家だ。
何回も外の景色と、開け放たれた家の中の玄関を交互に見つめ、激しく首を振る。
「……な、何かの見間違いだよな。うん! きっとそうだ! おそらく、お腹を空かせたルシファーあたりが、買い込んできた食い物をキッチンでつまみ食いでもしてたんだろう。よし!」
自分にそう言い聞かせ、メンタルをリセットした俺は、もう一度ガチャリとドアを開けて中に入った。
「ただいま〜……」
「おかえり〜。もうすぐご飯できるわよ〜?」
やっぱり聞こえる、聞き馴染みのない女性の優しそうな声。
いや、きっと大学の課題が多くて疲れてるんだ。幻聴だ、うん!
現実逃避しながら、俺は再びキッチンへと足を踏み入れる。
「……」
「あら? なんでそんなところで固まってるの?」
トントン、と小気味よい音を立てていた包丁を止め、その知らない女性がこちらを振り返った。
「――っっ」
息が止まるかと思った。
長い深緑の髪。少し高めの身長。何より、全身から醸し出される圧倒的な「包容力」のオーラ。それでいてスタイルは抜群に良く、フリフリの可愛いエプロンを押し上げている二つの果実は、明らかにけしからん暴力的な大きさを誇っている。
いやいやいや! そんな不純なこと考えてる場合じゃないだろ俺!
いや、しかし……。おかしいな……。俺、この人本当に知らないぞ……。
「す、すいませーん……。あのー、あなた、どちら様ですか……?」
俺は腰が引けまくった状態で、恐る恐る尋ねた。
「あ、私はね――」
その女性が、人当たりの良い笑みを浮かべて言いかけた、その瞬間だった。
「あーーー!!! アスモデウス!! あんた何勝手に拓巳のキッチン使ってんのよぉぉぉーーーっ!!!」
バシャーーーン! とリビングの扉を開け放ち、聞き覚えのあるキンキン声が乱入してきた。
見れば、ルシファーが『くりいむsoだ箱推し♡』とド派手に書かれたピンク色の特攻服じみた法被を着た、完全なるオタク戦闘スタイルのまま仁王立ちしている。
「えー? 良いじゃない。せっかくルシファーちゃんとベルちゃんにまた会えたんだし。それに、いつも二人がお世話になってる拓巳さんにも、恩返ししなきゃと思ってね〜?」
アスモデウスと呼ばれた緑髪の美女は、ルシファーの怒声などどこ吹く風で、ふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「拓巳が学校から帰ってくる前に、勝手なことするなって言ったでしょ! ほら、変な空気になってるじゃない!」
「あのー……ルシファーさん? これ、一体どういう状況なんですかね……?」
俺はズレかけたメガネを人指し指でクイと直しながら、冷や汗交じりに尋ねるのだった。




