Number.37 一枚の手紙
救護室を出ると、光り輝く街が広がっていた。
既に日は沈んでいたが、そうと気が付くにはある程度の時間がかかってしまうほど、地上は眩しかった。
歩いている人々を見ると、人類と魔族、二つの種族が忙しなく歩き回っていた。
"ドーム"の外を知るこちらとしては、その光景は異様なものだった。
シスクトはここの管理者に呼び出されたと聞いている。フィティは外に出て行こうとする俺を制止したが、結局諦めて大人しく扉を開いてくれた。
外に出たは良いものの行く当てもなかったので、ふらふらと光り輝く街を散歩してみることにした。
緑に溢れた大地や、優しく流れる川を見るのは久方ぶりだ。とはいっても、自然のものとはまるで違う作り物だが。
噴水の目の前に設けられたベンチに腰をおろすと、今までのことを思い返してみる。
目を覚ますと真っ白な部屋だった。清潔感に溢れた救護室は、あの廃城とはまるで違っていた。あそこは汚いうえに異臭もひどい。
身体を起こすとフィティが目に入ったので何が起こったのか聞いた。
俺が魔王に身体を貫かれた後、突然"ここ"のすぐ近くにテレポートしたらしい。その後すぐ救護班が来て中に入れてくれたとの話だった。
気を失っていて何が起きていたのか分からなかったが、それを聞いてもよく分からなかった。
しばらく噴水を眺めながら思慮にふけっていたが、少ししてから隣に誰か座っているのに気が付いた。
見ると魔族らしく、赤い肌に二本の角......一目見ただけで彼女が魔族だと理解した。
「君は......ここの住民じゃないね?初めて見る。」
綺麗に伸ばした髪をなびかせながら、彼女はこちらに話しかけてきた。
「そうです、遠くから来ました。」俺はいつも通り、本当のことは伏せつつ話す。
「住民になるつもりで来たならお金は持ってきたの?ここに住むにはかなり高いよ。」
「いえ、ただ観光に来ただけです。住むつもりはありません。」
「観光......君人間でしょ?このご時世にねぇ......」
俺はドキッとしたが、彼女はそれ以上聞かなかった。
再び沈黙が訪れる。噴水の音にもこの時間を破るほどの力は無かった。
しばらくして彼女が立ち上がるまで、その沈黙は続いた。
「......ところで君、誰かに恋をしたことは?」
「?......あります......二回ほど。」
「どうだったの?」
「一回目はよく覚えていません。どうにもならずに終わったんだと思います。二回目は......分かりません、まだ。」
彼女は「そう。」と簡潔に返した。
「じゃね、また会いましょう?勇者君......」
え?と声が出たときには、彼女の姿は消えていた。
そのあとすぐ、俺の声を呼ぶフィティの声が入ってきた。
目の前に広がったのは、救護室と大差ない真っ白な部屋だった。
向こうにはやはり真っ白な机と椅子が置かれていて、見事に部屋全体が真っ白になってしまった。
椅子には誰かが座っていて、隣には秘書らしき人間が立っていたが、やはり真っ白な衣装に身を包んでいる。
「久しぶりじゃないか?なぁ、"アッシュ"坊や。」
俺の"名前"を言われても、そこに座る人物が誰か分からなかった。
「......覚えていないのか?この顔を見ても?」被っていたフードを取った。姿を見せた美しい赤い髪は、フィティに似ていた。だが、やはり思い出せなかった。
彼はその様子を見てがっかりしたらしかった。
「......ウィンドヘグ・ジャッジ、と言えば思い出せるか?」
「ウィンドヘグ......?おじさま?あんたが?」
その名前はもちろん知っている。父上の友人、俺がおじさまと呼んで慕っていた魔法使いの男だ。
何年も前に勇者と共に魔王討伐に出て、そのまま戻ってこなかった。消えない炎を国に放たれたときにも、彼はいなかった。
「そうだ、久しぶりだな。信じられないのならこれで納得してくれるかな?」
彼が右の袖をまくると、Xマークの傷がついた腕が姿を見せた。
何度も見せてもらった。"クロス・ウィザード"......この世界にたった一人だけが持つ、最強の魔法使いの称号。
散々近くで見た傷だ。それが偽物だと、疑う余地はなかった。
「ああ、もう分かった。あんたが本物のウィンドヘグ・ジャッジであることは認める。だが、俺に何の用だ?今更。」
「......随分大きくなったものだ。父親に似てきたか?」
「父上の顔はよく思い出せない。何を言いだす?」
「いつまで立ち止まっているつもりだ?いつまでその傷に痛みを感じている?」
ウィンドヘグは三日月のように口を曲げながら、こちらを睨みつける。
「もう歩き始める時だろう。ハスファド・イルマを蹴落とすには、良い時期だと思わないか?」
彼が机の引き出しから取り出したのは、一枚の手紙だった。丁寧に封がしてある。
「ここに書かれているのは勇者トールの真意だ。もしかしたら、私の真意なのかもしれない。」
受け取ると、どこか重みのようなものを感じた。
「最後に聞きたいことがある......俺たちをここに入れたのは、フィティちゃんがいたからか?もしそうなら彼女に会わなくていいのか?」
「フィティに会うのは、まだ早い。」
再びフードを被るウィンドヘグを確認した後、純白の部屋を抜け出した。
手紙を読むのは、"王国"に戻ってからにしよう。
あそこは、"トリオウス王国"だ。




