Number.36 イレイス
「魔王......おまえが......!!」
目の前に立つ大男を見ることで、自分がどうしてここに来たのか、そして自分がどうしてここにいるのかを再認識することが出来た。
暗い紫を基調としたローブを身にまとい、頭には二本の角がまっすぐ天に伸びている。
顔は......口を開いたり瞬きしたりするようにはまるで思えなかった。石で作った仮面を被っているように無骨で、不気味だ。
「やあ、クズども。こうして顔を見せるのは初めてだったか......私はトール、魔王だ。」
最初の印象とは裏腹に、顔はあまりにも滑らかに、柔らかく動いた。
そして同時に、周囲がざわめきだした。
ざわめきは困惑から、人類を窮地へ追いやった魔族の王への憎しみと敵意に変わっていった。
「おっと......君らには用がないんだ。私はそこにいる"勇者"にだけ用があるんでね。」
"勇者"、自分のことをそう呼んだ人間は今までこの世界にいなかった。
そのことに不気味さを感じている最中、突然周囲の人間が地面に倒れだした。
武器を構えた男たちも、シスクトも、フィティも。それにつられるように、自分も地面に右手を落としてしまった。
「立ちなよ勇者ミナト、君に重力魔法が効かないってことは知ってるんだ。」
魔王はこちらを見下しながら、冷徹に言い放った。
「うう......」
右手を押さえつけている剣を無理にどかそうとしたが、こちらに痛みが伴うばかりで全く動かなかった。
周囲の人間は身体全体が押さえつけられているように身動き一つできなかったが、俺は違った。
右手を除けば全身の自由が利く。動かない右手には、さっきまで軽々と振り回していた剣が信じられないほどの重さを持って乗っかっていた。
「......うおお!!!」
身体に白色の光を纏わせる。
この程度の剣など、自分に"ブースター"をかければ余裕でどかしてしまうことが出来た。
フィティが苦しみながらこちらを見ていることに気が付いていたが、もう遅い。
どかしたときの勢いを殺さずそのまま、そのままの勢いで魔王めがけて殴りかかった。
「なんだ......こんな程度か。」
拳が魔王に届くのは一瞬だったが、その拳を片手で受け止められたのはもっと一瞬だった。
ブースターは解除していない。何倍にも何十倍にも増幅された状態で、俺の拳は魔王に直撃したはずだった。
白色の光が、魔王の手を起点に消滅していく。気が付いた時には、全身を纏っていたはずの光は足の指先にすら残っていなかった。
「消去魔法だ。初めて見たか?」
魔王は困惑するこちらの意を汲んだように、嘲るように、そう言った。
魔王はこちらと目が合うように片手で持ち上げると、その石造りの顔面を滑らかに動かす。
「残念だったな......」
その言葉が聞こえると同時に、腹部に衝撃を感じた。
視線を下げると魔王の鋭い爪が、こちらの身体を貫いていた。見えないが、おそらく背中まで貫通しているのだろう。
痛みは感じなかった。フィティの叫び声が聞こえたが、振り返る力は既になかった。
消去魔法
分類:???
魔法を打ち消す魔法。
予知、加護、テレポート、ブレインを除く、全ての魔法を無効化することが出来る。
しかし二つ以上同時に打ち消すことは出来ない。




