第84話 それこそが嘘ではありませんか
新しい月に変わった、最初の日曜日。
サビーナとセヴェリはキクレー邸に向かった。
セヴェリとザレイ、そしてクリスタが絵画の話で盛り上がっているのを、やはりサビーナは聞いているだけだ。
クリスタは最近絵を描き始めたようで、セヴェリもどうかと勧められている。
「そうですね。興味はありますが本格的に習うとなるとお金も掛かりますし、恥ずかしながら私の収入は微々たるものですので」
クリスタのその提案に、セヴェリは驚いたように目を丸めている。
「構いませんわ。一人より二人の方が楽しく続けられそうですし。興味がお有りなら、是非一緒に習ってくださいません? もちろん、費用はこちらで持ちますわ。ね、お爺様」
クリスタの言葉に、ザレイは当然だと言わんばかりに頷いている。しかしセヴェリは遠慮するように首を竦めていた。
断ろうとするセヴェリに、サビーナはすかさず口を挟む。
「だって、セヴェリは『教師』でしょう。芸術に関する授業をしているのを見た事がないし、このままじゃ、生徒の可能性を見逃してしまうかもしれません」
その問いにサビーナがコクリと頷くと、セヴェリは少し唸ってから「そうですね」と首肯してくれた。
しかし予定が中々合わないセヴェリに、クリスタは必死に食らいついてくる。
「それでは馬を一頭お貸ししますので、ご自由にお使いください! ね、お爺様!?」
「すまんがセヴェリ、可愛い孫娘の頼みだ。日曜には首根っこ引っ捕まえてでも連れに行くからな」
それでセヴェリも承諾してくれて、ホッとする。
これは想定外に幸運な出来事だ。いちいち約束を取り付けずとも、セヴェリとクリスタは親交を深める事が出来るようになるのだから。
ただその前に、認識を一つにまとめておかなければならなかった。サビーナはザレイとクリスタに丁寧に頭を下げながら、それを伝える。
「ありがとうございます、キクレー卿、クリスタ様。どうか、兄をよろしくお願いします」
その言葉に一番驚いた顔をしたのは、やはりセヴェリだった。訝るような目付きを彼は寄越してくる。
「兄はこちらで学ばせていただいた事を、しっかりと吸収して村の者に還元する事でしょう。村の皆に代わって、お礼申し上げます」
「クスタビ村の者にも喜ばれるというなら、これくらい安いもんだ。サビーナ、お前も何かやりたい事があるなら言うが良い。サーフィトの孫になら、いくらでも投資してやろう」
会話の途中でスパンとセヴェリが割り込んで来た。
「ああ、血の繋がりはないんだろう? イーフォの再婚相手に子供がいたと聞いた事がある。セヴェリはサーフィトと血の繋がりはなくとも、サビーナの兄である事に変わりはない。それに儂はセヴェリが気に入ったからな。何も遠慮する事はないぞ」
キクレー邸を出ると、セヴェリは納得いかない顔をしている。
「セヴェリ様はキクレー卿に、私達の事を何と説明するつもりだったんですか?」
サビーナは、ブロッカでは独身ということにしてある。そっちの方が、働きやすかったからだ。
それを告げると、セヴェリもなんとか納得してくれた。
クスタビ村に帰ってくると、夕暮れの中を二人で散歩する。
美しい麦畑を見ていると、セヴェリに抱きしめられた。
「時折、あなたが消えてしまいそうな感覚に陥ってしまいます。今この手の中にあっても、するりと逃げてしまいそうな……」
彼はそれ以上何も言わず、ギュッとサビーナを抱き締めていた。
その姿を見た農作業帰りの村人に冷やかされたが、それでもセヴェリはサビーナを離してはくれなかった。




