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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第二章
52/55

第52話 罠

 僕は厨房の賄いの人たちに便所の場所を教えてもらい、用を足しに行った。

 用を足してる間、自然と先ほど賄いの人たちから聞いた話を振り返って、考えていた。


 料理は美味しかったし、綺麗な女性たちまで呼んで酒をふるまってくれた。

 素晴らしい持て成しだったけど、一体何故なんだろう、すぐそばで戦争をしているのに。

 劉琦りゅうきのメンツか、それとも、樊冑はんちゅうのメンツなのか。

 でも先ほどの賄いの人たちの話では、武陵太守は今、劉備りゅうびの軍勢と戦っている、と言っていた。

 劉琦の背後には、劉備がいる。これは誰でも知ってることだ。

 じゃあ、劉琦と組んでいる劉備と戦っている彼らが、劉琦と関係が深い僕らをこんなにもてなす理由って、何だろう。

 馬車の上で鞏志きょうしが劉備軍のことを「賊軍」と言ったのは、名前の呼び捨てを避けたのではなく、彼らが劉備と戦ってることを僕らに知られたくなかったからだとしたら、どうだろう。


 ここまで考えて、怖くなった。

 もしかしたら、彼らから見たら僕らは敵だから、捕まえるか殺すかしようとしてるのではないか。

 僕らを捕まえて劉備と交渉する道具にするか、見せしめとして景気づけに僕らを殺そうとしているのか。

 そこまで考えると、大広間に皆が集められ、酒をしこたま飲んで皆だらしなく酔っ払っている今の状況に思い至り、ゾッとした。

 気がつくともう小便も出なくなっていて、便所を出て、大広間の入り口に戻ったが、入る勇気がわかず、庁舎の外壁沿いの植え込みに隠れた。



 植え込みに隠れたまま、しばらく時間が過ぎ、やはり僕にはどうしたらよいか知恵がわかず、誰か出てきてくれ、と必死にそればかりを願っていた。

 時折聞こえるリスやトカゲが落ち葉の上を歩くガサゴソという音に怯えながら、かなり長い間息を潜めてじっと待っていると、幸運なことに、習珍しゅうちんさんが一人で大広間から出てきた。

 習珍さんは何かを探している様子でうろうろし、暗がりへ入り込んだところで、僕は急いで習珍さんに走り寄った。


 習珍さんは僕を見ると驚いて、探したぞ、どこへ行ってたんだ、と言った。

 それを聞くと少し申し訳なく思ったが、それどころではなく、僕の心配事を習珍さんに聞いてもらった。

 習珍さんは、僕の話を熱心に聞いてくれ、ふん、そういうことか、それで樊冑の野郎はあんな事を書いたのか、などとブツブツつぶやき、僕に向かって声を殺して言った。


「どうも胡散臭いと思ってたんだ。受け取るものは受け取るが、出すものは極力出さないのが、この国の役人のやり方だ。太守がいないのに、下っ端の主簿が、俺たちみたいな泥まみれの平民相手に、こんなに派手な宴会を開くのは、全く道理じゃねえ。……振り返れば振り返るほど可笑しな話だな、よくやった、ツカサ。」


 そう言って、習珍さんは僕の頭をワシワシと撫でた。

 じゃあどうするのか、という段階になると、僕には全くアイデアがなかったが、習珍さんは、お得意の方法で行くか、と目を輝かせて言った。

 その様子に嫌な予感がして、僕が思ったのはただの推測だし、あまり乱暴なことはしない方がいいんじゃないかな、と恐る恐る提案してみた。


「事ここに至っては、躊躇ためらいは失敗を招くのみ、さきんずれば人を制す。」


 そう答える習珍さんの目は、普段の諧謔かいぎゃくを好む人のものではなく、戦いを覚悟した人のそれだった。

 この時代の人の切り替えの速さというか思い切りの良さというものを見たのはこれが初めてではなかったが、僕の推測が果たして正しいのか確証がないまま、僕の推測に沿って乱暴なことが行われるのは、さすがに怖かった。

 僕の推測がただの邪推で、鞏志がただのいい人だと後で分かったらどうしようと思い、とても不安になった。


「安心しろ。タダのいい人は、郡の主簿までは出世できねえ。」


 習珍さんは、僕の心の動きを知っているかのように、慰めの言葉を言った。もちろんこれが正しいかどうかはまた別の話だ。



 それから僕らは、習珍さんの立てた作戦に沿って行動を開始した。

 まず、大広間から便所に誘うふりをして酔いの少ない習宏しゅうこうさん他数名を連れて来て、厨房からありったけの酒と油を奪った。まだ残っていた賄いの人たちには、申し訳ないが力ずくで静かになってもらった。


 そして、人気のない庁舎の裏手に酒と油を撒いて、火を放った。

 午後から雨も降り止み乾いた土壁は、酒の勢いを借りて激しく燃え上がった。

 火の勢いを確認したあと、僕らは、火事だー!と叫び回りながら井戸へと向かった。

 火を消すと言ってその場にいた人足の力も借りて、火の手が強まり人々が逃げ惑う中で、井戸から水を甕に汲み上げた。

 そして、その甕いっぱいの水を持って行った先は、大広間だった。



 大広間の周囲は静まり返り、篝火も消え、虫の鳴き声が微かに聞こえていた。

 静けさに不安を感じ、急いで戸を開き、大広間の中に入ろうとすると、立ちこめる酒の匂いにむせ返り、思わず後ずさった。

 すると、目の前の暗闇を突然棒きれが僕のいた場所に振り下ろされ、空を切った。

 僕が習宏さんに襟首を捕まれ引き寄せられると同時に、習珍さんが前蹴りを暗闇にたたき込み、鈍い音とうめき声が聞こえた。

 仲間の漢人たちも中になだれ込み、潜んでいた数人の者たちを始末した。

 篝火をつけて彼らをよく見ると、僕らを接待してた文官たちで、彼らは生きてるか死んでるか分からない様子で横たわっていた。


 ここに至って、事態は明らかとなった。

 僕らはやはり罠にかけられ、酒に酔わされて眠ったところを捕らえられようとしていたのだ。


 皆に視線を移すと、数人が両腕を縄で縛られていたが、寝息を立てて呑気に寝ていて、皆が無事なことに少しホッとした。

 僕らは手分けして彼らの縄を解いて起こしに掛かり、起きない者には水を顔に浴びせて無理矢理起こし、酔いを覚まさせた。



 皆が目を覚ますと、外で何が起こっていて僕らがどういう状況に置かれているのかを説明し、シャムは、酒が抜けずに充血した目でそれを聞いた。


『どこまでも卑劣な奴等だ、全員皆殺しにしてやる。』


 シャムは低い声で唸るように言い、座机を足で踏み割った。

 これからどうするのか、と疑問の声が上がると、シャムは吼えるように言い放った。


『全員ぶち殺す。全てのものを奪う。そして胸を張って堂々と島へ帰るぞ!』


 凛君族の皆は、シャムの言い放った威勢のいい凛君語に対し、おおおっ!と気勢を上げた。


 僕は、まだ引き返せるんじゃないか、平和にやり過ごせるんじゃないか、と躊躇していて、シャムの言葉にも素直に反応できなかった。

 このまま行けば、本当に反乱分子になってしまう。島民のみんなが半年間苦労してきたものが、全て無駄になってしまう。

 今だったらまだ建物に火を点けただけだ、まだ引き返せる、きっと鞏志を捕まえて、問いただして僕らを騙したことを認めさせれば、あとはきっと落ち着くところに落ち着くはずだ。


『まずはアイツを血祭りだ。ニヤニヤして酒を勧めて来やがったアイツだ。俺たちをコケにしやがって。』


 シャムはまだ酔いが覚めていないようで、鞏志の名前が出てこない。

 ともかく、シャムたちより先に鞏志を見つければ、事態は良い方向に解決するような気がした。

 じゃあ鞏志が見つからなかったらどうする、兵士が襲ってきたらどうする、という現実的な問題からは目を背け、あやふやな希望を信じて、事態が進行するままに流されていくのであった。


 しかし事態は、僕の思いとは裏腹に、どんどん悪い方向に進んだ。



 まずは武器庫を襲い、武器や防具を奪った。

 どこの町の庁舎も大体同じ構造をしているらしく、習兄弟がアタリをつけた場所に武器庫はあった。

 入口には二人の兵士が立っていたが、百人相手には守れるわけもなかった。


 武器と防具を奪った僕らは、鞏志の身柄を求めて庁舎中を探し回った。

 幸いなことに、庁舎内に兵士は少なく、外で戦が行われていることが運良く働いたようだった。

 鞏志の書斎はもぬけの殻で、地面には樊冑の書いた汚れた書状が捨てられていた。

 僕は汚れた書状を回収し、引き続き寝室なども探し回ったが、やはり鞏志はいなかった。


 鞏志の身柄を確保できれば事態の解決も容易になるはずだったが、どうしても見つからず、僕らは出だしから不安に襲われた。

 僕らが鞏志を探している間にも、火の手はどんどん大きくなっていた。

 このまま脱出しようか、でも脱出するとしたら北にある裏口は火の勢いが強いから南の正門からだね、なんてウーさんと話し合ってたところ、大きな喚声が外の方から聞こえてきた。

 不安な気持ちはさらに広がり、声が聞こえた正門の方へと走っていくと、正門から漢軍の兵装に身を包んだ者たちが次々になだれ込んできた。

 れ!とシャムが号令し、中庭は、漢軍の武装をした者同士の乱戦となった。


 シャムは、武器庫で手に入れた長大な狼牙棒を両手に一本ずつ持って振り回し、当たるを幸い敵の兵士をなぎ倒した。

 シャムの羽織る白虎の毛皮は、兵士たちの返り血でみるみる赤く染まっていき、その狂獣のような戦いぶりに敵の兵士たちは怖気づき、そこをダレルの弓や習兄弟一党の囲い込みにより追い立てられ、武陵の兵士たちは門の外に逃げ出した。

 シャムを先頭に兵士たちを追って門を出ると、そこは敵の兵士で溢れていて、四方から矢を射掛けられ、急いで門の中に撤退した。


 庁舎の裏手で僕らが点けた火の手はますます勢いを増し、庁舎の北半分を覆わんとするばかりになっていた。

 このまま庁舎内に閉じ込められたら僕らも焼け死ぬぞ、と焦っていると、習宏さんが、何とかするから少しの間兵たちの注意を引きつけてくれ、と言ってきた。

 そこで、壁の上から石を投げたり、門の影から矢を放ったりして頑張っていると、中庭の奥から大きな鈍い音が聞こえ、続いて塀の外の兵士たちの後方が混乱しだした。

 習宏さんたちが、大槌で郡庁の外壁を壊し、そこから外に出て、横合いから奇襲したようだった。

 弓手たちの注意が正門から逸れたと見るや、シャムやヤナンやその他鐘離山の精鋭たちが正門を飛び出し、武陵の兵士たちに殺到した。


 包囲を崩されて負けを悟った武陵の兵士たちは我先に逃げ出し、残された者たちは僕らに捕まった。

 彼らに、鞏志の所在を聞くと、命に代えても忠誠を捧げるような対象ではないのか、町の東の兵舎にいる、と場所まであっさり教えてくれた。

 僕らの次の進軍先は、東の兵舎と決まり、郡庁舎前の大通りを全員で東へと進んだ。

 通りは真夜中で人気がなく、郡庁舎が燃える轟々という音だけが響いていた。


 東の兵舎は、篝火が焚かれ、門の前は数人の兵士に守られていた。

 彼らは僕らの着ている鎧を見て敵だとは思わず、そばまで寄って顔を見て初めて敵だと分かり、しかし気づいた時には既に習珍さんたちに切り伏せられていた。

 門は、押すとあっさりと開き、中にいた何人かの兵士たちを切り伏せつつ、僕らは鞏志を捜索した。


 鞏志は、兵卒たちのタコ部屋のベッドの下に隠れていた。


「お前、探したぞ。ここにいたのか。」


 シャムが、血をしたたらせた狼牙棒を両手に下げ、カタコトの漢語で鞏志に話しかけた。

 鞏志は恐怖に目を開かせてシャムをただ見上げて、怯えて言葉を失っていた。


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