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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第二章
45/55

第45話 竜舟賽

 僕たちの暴走船は、清江の静かな水面を弧を描いて切り裂き、さらに前方の舟たちに取り付き、ある舟は沈め、またある舟は乗り手を揺り落とし、落とされた者たちから浴びせられる呪いの言葉を追い風に、島の周りを走っていった。

 こんなやり方をして、水の神様を怒らせないのかなと疑問に思ったが、シャムいわく、「水の神様も強者が好きだから問題ない。」らしく、僕は水の神様のことを全く知らないので、自分を納得させてシャムたちに付き合うしかなかった。


 シャムやノックの櫂さばきもさる事ながら、最後尾に乗っていたヤナンの手腕が冒涜的なレベルだった。

 まず、船の横につけるとシャムやノックが揺らしにかかる、と同時にシャムがヤナンに声を掛け、ヤナンは、おう、と短く返事し、冷たい水の中に躊躇なく飛び込む。

 相手の船の乗り手がシャムたちに気を取られている隙に、潜水して反対側に回り込んだヤナンが、水中から飛び出る勢いそのままに船縁に全体重をかけて舟を傾ける。

 舟が傾いて乗り手がバランスを崩したところを、シャムとノックが櫂でさらに舟を傾けさせ、横にひっくり返す。

 このタイミングがまた絶妙で、ハマるとフライパンのオムレツを返すように、綺麗に舟がひっくり返る。


 相手の舟にうまく警戒され、ヤナンが防がれて逆に櫂で攻撃されたときは、馬容さんの神業が炸裂する。

 馬容さんは突き出された櫂を両手で受け止め、相手の力を利用してあっという間に櫂を奪ってしまう。そしてその櫂を思いっきり後方に投げ捨てる。

 ある時などは、馬容さんと相手との櫂の持ち合いになり、どうなるかと思ったら、馬容さんが櫂を捻り上げ、相手は綺麗に一回転して水の中にドブンと消えていった。

 まるでヒーローショーを見てるかのように鮮やかで、僕も思わず歓声を上げてしまった。



 舟はやがて鐘離山の影を抜け、西日に照らされキラキラと光る川面を切り裂いて進んだ。

 輝く水面の先には、まだ何艘か舟が見える。

 しかし僕らの舟は圧倒的な速さで、それらの舟に迫っていく。

 男女ペアで漕ぐのがルールなのに、男一人で漕ぐというインチキをやっているので、当然とも言えた。

 前で横並びで櫂を突きあっている二艘の舟も、インコースからぶち抜いていく。

 抜かれた彼らは僕らを見て慌てて男が漕ぐ配置に変えて速度を上げようとするが、彼らがスピードに乗る前に僕らの舟は遥か先に進み、清江の魚がときおり跳ねる水のきらめきと区別がつかないほど、彼らの舟は小さくなっていった。


「鶏頭岩が見えた!」


 シャムと背中合わせで前方を見ているラオが言った。

 鶏頭岩の向こうはすぐ港で、つまりゴールが迫っていることを意味していた。

 久々に長時間全力で漕ぎ続けたので、僕の手の豆も破れて、一度櫂を離したらもう握れないほど握力も尽きかけていた。


 僕たちは、最後の一隻をその進む先に捉えていた。

 その舟も僕らに気づき、僕らの方が速いと見るや、ゆっくりと弧を描き、僕らの進路を塞ぎにかかる。


 後ろから追ってくる舟もいたので、あまり時間をかけてもいられず、船腹にひと当てして櫂でその舟を押しのけようとしたが、敵もさるもの、櫂を突き立てて僕らの舟を近寄らせない。

 水深が浅くてヤナンの潜水による奇襲もできず、逆に僕らの舟は岸に寄せられて切り立つ岩壁に衝突させられそうになっていた。

 追い込まれて苛立ったシャムは、ノックの方を一瞥し、「跳ぶぞ!」と鋭くひとこと言った。

 ノックはそのひとことで理解した様子で、舟の反対側に寄り、シャムが船縁に足をかけると同時に、反対側に全体重をかけた。

 シャムの踏み切りとノックの重心移動のタイミングもまた完璧で、シャムは自分の身長ほどの距離を跳び越え、見事相手側の舟に着地した。

 シャムに同じ舟に乗られてしまったら敵う者のあるはずもなく、向けられる櫂も組み付いてくる人も、一合のもとに川へ投げ込まれた。


 その時、もう敵わないと見た相手側の乗り手が、こちらの舟に向かって櫂を投げつけてきた。

 櫂の飛ぶ先には、ミウさんがいた。

 シャムは相手の舟だし、ノックは櫂を漕いでるし、どうするんだ、と思ったとき、僕の体は動いていた。

 舟の竜骨を大股で跳び越え、恐怖に固まるミウさんを押しのけ、飛んできた櫂を、左右の手と胴体でしっかりと受け止め、ミウさんを守ったのだった。


 これが、この競技で僕が活躍した唯一の場面だった。

 その後数日は肋骨が痛み、手のひらも腫れていたが、痛みが走るたびに僕はその時の自分の行動に満足し、一人でニヤけたものだった。


 櫂をミウさんに投げた男は、シャムの怒りを買い、両手で高々と持ち上げられ、遙か後方へと放り投げられた。

 その後はその舟をしっかりとオムライスのように裏返し、僕たちは再びゴールの港へと櫂を漕いだ。

 大立ち回りをしたおかげで、後ろの舟たちに追いつかれそうになったけど、それらの舟を振り切って、僕たちが何とか先頭でゴールしたのだった。




 港の人たちに僕らの大立ち回りを見せてしまったからか、ザワザワとざわめく不穏な空気の中を上陸した。

 それでもシャムが手を挙げて勝利をアピールすると、歓声や足踏みの音でその場が満たされた。


 僕らの舟は色々やり過ぎていたので、怒られるんじゃないかとか取り消されるんじゃないかとか思い、僕は身を縮ませて上陸したが、歓声を受け、銅鑼の音と笛の音が聞こえ始めると、そんな後ろ向きな気持ちも吹き飛んだ。



 気分が晴れると、緊張が解けたのか、それまでの疲れが急に押し寄せ、僕らは港の石畳にスペースを見つけると、そこにへたり込んだ。

 僕らは地べたに座り込みながら、お互いに豆の潰れた手のひらを見せ合ったり、それぞれの活躍を称え合ったり、しばらく優勝の余韻に浸った。


 僕が合気道を思わせるような馬容さんの華麗な奪杖術を褒めると、馬容さんも僕が最後ミウさんを身を挺して守ったことを褒め、『英雄、美人を救う』だとか、彼女は僕に『嫁がざること能わず』だとか言って、僕をからかった。

 僕はミウさんに聞こえるんじゃないかと恥ずかしくなり、当然のように僕の隣に座っているミウさんを見たが、彼女は馬容さんの話す漢語は分からない様子で、俯いて首飾りを白い指先で弄っていた。

 僕は少しほっとしたけど、今度は急に体をひねったせいで肋骨が痛み出した。

 照れ隠しで、馬容さんのせいで脇腹が痛くなった、と因縁を付けると、スマン、と笑顔で謝られ、大人だなと思わされた。



 やがて、遅れてゴールした連中が、続々と港を上がってきた。

 彼らの多くは、シャムを見つけると抱擁して勝利を祝福してくれるのだが、とても朗らかな表情で、特に悔しさも滲ませず、男女で手を取り合って仲良さげに人ごみに消えていくのであった。

 その様子を見ると、この競技は、速さも競うけど、それ以上に男女が協力して一緒に櫂を漕ぐことに意義があるようだった。


 何組目かに、全員ずぶ濡れになった十人が、水を滴らせながら僕らのところに来た。

 最後に僕らにオムライスにされた舟の乗り手たちだった。

 彼らは他の組とは違い、僕らのことをひどく恨めしそうに一目見て、でもシャムに恐れを成したか、すごすごと立ち去ろうとした。

 そんな彼らをシャムは笑顔で呼び止め、大将らしき男の肩を強引に引き寄せ、彼らを焚き火のそばに引きずっていった。

 焚き火には、大きな鹿が丸焼きにされ、ダレルたち数人が火加減を見ながら薪を弄っていた。

 シャムたちが狩ってきて族長屋敷で焼いていた鹿を、僕らがボートレースしている間にダレルたちが持って来たようだった。

 シャムは、ダレルに指示して鹿の首を切り落とさせ、冷たかったろう、これでも食べて温まれ、と労いつつ、濡れそぼった彼らの手に鹿の首を渡した。


 頭なんて食べるところないんじゃないかと思ったが、ノックが言うには、鹿は首や顎の肉が繊維がしっかりしていて一番美味いそうだ。

 濡れそぼった彼らも、とても喜んで鹿の首を押し頂いていて、本当なのかと信じる気になった。

 しかし、動物の生首を解体して肉をそぎ落として食べる、という光景を正視できるレベルまでは僕もまだ到達しておらず、思わず背を向けてその場から離れた。



 その後も、シャムの所に恨み言を言いに来るチームが後を絶たなかったというが、その都度シャムは鹿肉の部位を分け与えて労い、彼らの機嫌を取り持ち、さすがは族長の後継ぎ、という度量を皆に見せつけたのだそうだ。

 しかし、舟を壊したり怪我をさせたりしたお陰で、後でカライ長老からキツく小言を言われ、さらに舟の弁償やその他見舞品などで、残っていた樊冑はんちゅうの寄付の大半を使ってしまったらしい。


 シャムが怒られた話は、後になってラビから聞いた。

 ラビは、シャムが怒られて萎れている様を喜々として話してくれたが、もしかしたら彼らの父親が生きていた頃の光景を思い出して、嬉しくなったのかもしれない。


 僕もシャムが怒られて萎れている姿は久々に見たかったが、僕は僕で大事件が発生し、それどころではなかったのだった。


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