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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第二章
44/55

第44話 女の子

 その後、僕とペアになった女の子は、屋敷を出て港に向かった。

「そういう習慣だから」という一言で、僕は女の子に袖を摘ままれ、外へと引きずられた。

 なんか急に強気だな、と思ったけど、周りを見ると他のペアになった子たちも連れ立って下りていて、そういうものかと思い直した。


 女の子は、名前をミウさんと言った。

 僕とミウさんは、すでに晴れ間が顔をのぞかせていたが、雨がちのスッキリしない天気のおかげでまだ水気の抜けない石畳を、二人で並んで歩いた。

 ミウさんは、二人で踊って緊張が取れたのか、小声だけど早口で、いろいろなことを話してくれた。

 島が大好き、今の季節も好き、機織り面白い、両親も大好き、島から出たことない、外の世界怖い、狼とか鰐とか出る、というような取り留めのない話を、僕の方を見たり空の一点を見たりしながら、とても楽しげに話す。

 ミウさんは、石畳で滑って何度も転びそうになり、その都度僕が支え、ありがとう、と言ってくれるんだけど、それでも学んだ様子もなく、顔を上気させて楽しげに話し続け、また転びそうになる。


 僕は、同じ年頃の女の子と袖が触れ合うくらいの近さで並んで歩く、なんてことは経験したことがなかった。元の時代だったら恥ずかしすぎて逃げ出していたことだろう。

 しかし、鮮やかな赤にきらびやかな刺繍が施された民族衣装を着て、精緻な装飾品を身につけた女の子は、何だか現実離れしていた。

 しかしそれでも楽しげに話すミウさんの顔を正視することはできず、半ば照れ隠しで、小鳥のさえずりのようなミウさんの声を横に聞きながら、足元の石畳に必要以上に視線を落として歩いた。

 スッキリしない雨がちな天気に、このときばかりは少し感謝した。



 僕も、故郷の日本のことを少し話した。

 日本には四季があって、今はちょうど雨ばかり降る季節で、それが終わるとほとんど雨が降らない暑い日が続く、暑いときは氷で作った甘くて冷たいお菓子を食べる、なんて話をした。

 ミウさんは僕の話す一つ一つのことに驚いてくれ、甘い物の話には、食べてみたい!と特に大きな反応をしてみせた。

 しかし、ミウさんの純粋な疑問に対し、聞かれても答えられないことが多く、僕は如何にのうのうと生きていたのかということをここでも思い知らされた。

 梅雨つゆって何で梅の雨って書くんだろう。鯉のぼりってそもそも何なんだ。ナマズとかウナギじゃ駄目なのか。


 それから、僕らの故郷の若者事情についても少し話した。

 でも、四角いガラス板を皆が持ってて、それを使って遠くの人と話したり地球の裏側の映像を見たり自分を絵に収めたり、とにかくいろいろする、なんていう話をして、誰が信じてくれるだろうか。

 ミウさんも、他の人と同じように、要領を得た質問を返してくることはなく、信じてくれているのかどうかはその様子からは分からなかったが、ずっとニコニコして聞いてくれた。

 手元に携帯電話さえあれば、ミウさんに証明できるのに、もっと驚かせることができるのに、とひどく残念だった。



 そんな感じで話しているうちに、港に着いた。

 港は、他の祭り会場から来たであろうカップルと、野次馬たちで、熱気に溢れていた。

 多くが煌びやかな民族衣装に身を包み、少し酒気を帯びて高揚した話し声があちこちから聞こえてくる。


「これから皆で舟に乗るんだよ。舟で島を一周するの。無事に一周できれば、その男女は幸せになれるの。でも舟から落ちちゃうと、幸せになれないらしいよ。」


 ミウさんは、こちらは酒に酔っているわけではないんだろうけど、顔を赤くして教えてくれた。

 ミウさんを見ると、確かにこんなに綺麗な衣装を着た可愛い子を川に落としてしまったら、風邪でも引かせたら親御さんすごく怒りそうとか、この衣装のクリーニング代高そうとか、そもそも水洗いNGなのかも、そしたら弁償代で一生借金生活かも、なんていう考えが頭をもたげ、思わず表情を硬くした。


 ミウさんが言う「幸せ」とか「不幸」とかはもちろんそういう借金を背負うかどうかという金銭的な話ではなかったんだけど、着物は高い、何十万円もするというイメージを日本で刷り込まれていたからか、その時の僕はお金のことにばかり気を取られてしまっていた。


 その高そうな頭飾りとかは貴重品預かり所に預けた方がいいんじゃないか、という言葉も浮かんだが、そんなものはこの時代には存在しないし、言っても通じない。

 この競技は、公園の池でアヒルボートを漕ぐような暢気なものでないな、とこの時の僕はひどく緊張したのであった。



 そんな話をしていると、近くにはいつの間にか馬容ばようさんやノックなど、族長屋敷の仲間たちが集まってきていた。

 シャムもラオを肩車して周りの賑やかな光景をラオに見せていた。シャムは、この時ばかりはちゃっかりと、いつも羽織っている白虎の毛皮を屋敷に置いてきていた。

 馬容さんもノックもそれぞれ民族衣装に身を包んだ可愛らしい女の子と一緒だった。ダレルは?とノックに聞くと、ダレルは既婚者だからこれには参加しないらしかった。


 銅太鼓がバンバンやかましい音を立て始めると、ざわめきが高まり、カップルたちは港に繋がれた舟へと移動し始めた。

 僕もミウさんに促され、舟に乗り込むと、そこにシャムたちも乗り込んできた。

 この競技は、男女五組が一つの舟に乗り、男女が左右に互い違いに座り、男女が協力して心を一つにして船を漕ぐ、というものらしい。

 見事一位になったチームには、毎年族長からの褒美があったという。

 だが、今年はそんな褒美はねえ、とシャムは言う。


「なぜなら、今年は俺たちが一位になるからだ!」


 その言葉に、僕らの気持ちも嫌が応にも盛り上がる。

 シャムは人をやる気にさせるのが上手い。

 僕らのチーム――シャム、ラオ、ノックと女の子、馬容さんと女の子、そしてやはり族長屋敷によく出入りしてるヤナンという若者とそのカップルの女の子、それから僕とミウさん――は、高まる気持ちを櫂に乗せ、雲が途切れ西日が差す晩春の清江の川面へと、舟を滑らせた。




 僕たちの舟は、その気持ちとは裏腹に、あまり速く進まなかった。

 男女の力の差が激しく、シャムとラオの列なんかはそもそもラオの漕ぐ櫂が川面にも届かず、その都度ノックが舟の軌道を戻し、そんな調子で右往左往する舟が、舟を漕いで暮らす島民たちの競技で一位になれるはずもなかった。

 しかし、シャムたちはそんな事態にも動揺する様子もなく、揺れでバランスを崩す僕や馬容さんを見てニヤニヤ笑っている。


「これでいいんだよ。」とシャムが言う。


 何がいいのか分からないまま、舟は次第に港を離れ、やがて島の岩肌に阻まれて港も見えなくなり、西にだいぶ傾いた太陽の光が鐘離山に阻まれて視界が少し暗くなった。

 そら始まったぞ、とシャムが言うので前方を見ると、少し引き離されて前の方を漕いでいる舟たちが、お互いに船体をぶつけ合い、船縁に手をかけてお互いの舟を沈ませようとしていた。

 一隻、また一隻と、舟がひっくり返され、乗っていた男女が悲鳴を上げながら水面に投げ出されていく。

 しかし落とした方も落とされた方も、叫びながらも笑っていて、なんだか楽しそうだった。


 シャムは後方を伺い、港が見えないことを確認すると、そろそろいくぞ、とノックに声をかけ、ノックはそれに、おう、と応えた。

 シャムとノックはラオと女の子を押しのけて舟の中心線に座り直し、左右の手でそれぞれ櫂を持ち、ソーレッと掛け声を上げ、思いっきり漕ぎ始め、僕らも慌てて彼らに合わせて櫂を漕いだ。

 すると、先程までとは打って変わり、舟は川面を飛び跳ねるように速く前へと進みだした。

 それまで僕はミウさんに合わせてゆっくり目に漕いでいたが、それでは逆に船を減速させてしまうので、シャムたちに合わせて懸命に漕ぎ出した。

 島の中でも力自慢の二人が櫂も折れんばかりに舟を漕ぐと、舟は船底を水面に幾度も打ち当て、櫂を船縁で支える木枠をきしませながら、前方の舟がたてるさざ波を切り裂いて進んでいった。



 舟は、速度を保ったまま前方で争っている集団に突っ込んでいった。

「ぶつかるぞ、こらえろ!」とシャムが言い終える間もなく、舟の舳先が一艘の舟の船腹を、大きな音を立てて突き破った。

 その舟に乗っていた男女は、辛うじて三人だけ船縁にしがみつき、残りは全て川に投げ出された。

 周りで楽しげに舟を揺らしあっていた若者たちも、手を止めて一斉にこちらを見た。


 もう誰も笑っていない中、シャムは穴の空いた舟の縁に櫂の先端を突きたて、気合とともに僕らの舟の舳先を力任せに引き抜いた。

 僕らの舟の支えを失い、船腹に大きく穴の空いた舟は、そのまま横倒しになり、その大半を水中に沈めていった。

 その可哀想な舟に乗っていた若者たちが、今度は本当に悲鳴を上げる中、次行くぞ!というシャムの声に促され、僕らはまた前へと舟を漕いだ。



 呆気にとられて僕らを見送る集団を尻目に、僕らはまた前へと急いだ。

 僕はまた懸命に櫂を漕ぎながら、えらい舟に乗ってしまった、と後悔していると、背後からはラオの楽しそうな笑い声が聞こえ、前からは、これまた馬容さんが楽しげに、『痛快!痛快!』と漢語で叫ぶ声が聞こえる。

 馬容さんは、本来は良家の生まれで、礼儀正しい武人なんだけど、この半年余りは鐘離山の頂上で偏屈なお年寄りのお世話をしていたので、相当ストレスが溜まっていたのかもしれない。


 他の者たちも皆楽しげに気勢を上げて舟を漕ぎ、隣りを見ると、ただミウさんだけが怯えた表情で、櫂を漕ぐ手も縮こまり、半ば以上空気を掻いている状態になっていた。

 そんなミウさんを目にすると、しっかりしないと、この娘を落とさないようにしないと、と逆に心が奮い立ち、大丈夫だよ、とミウさんを励ましながら、僕の櫂を漕ぐ手にも気持ちが入った。


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