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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第二章
42/55

第42話 端午節前日

 僕が精神的に停滞している中、「コンビナート」は成果物を生産し続け、鐘離山山頂の白虎堂には、織り終わった布たちがどんどん蓄えられていき、春も終わりかけ、緑の濃く香る季節になっていた。

 清江の両岸の斜面の畑に植えた麻も大きくなり、青々と育ったその葉を芋虫が貪り食い、雨も多くなり、鶏が蛙を追いかけ回す。


 雨が多くなると、夏の訪れも近い。

 といっても、この鐘離山一体には、日本のように梅雨があるわけではなく、一年の季節が雨季と乾季に大きく分かれている。夏は雨期に属していて、これから秋までは雨が多くなるらしい。

 稲を育てる集落では、この時期にようやく田んぼに水がたまり、田植えを行うところも多いようだ。


 小虎だったアイスはこの数ヶ月でますます大きくなり、シャムの弟で十一歳になるラビの身長を完全に追い越した。

 大人になったからか、気温が暑くなったからなのかは分からないが、以前より少し大人しくなり、族長屋敷の庇の影で昼間から半目になってうとうとしていることも多くなった。



 雨の日も多くなり、漁に出られない日も増えたが、かといって僕ら人間はアイスみたいに縁側でウトウトすることは許されず、布を頂上に運んだり、他にも水やら材木やら薪やら食材やら、とにかく運ぶものには事欠かなかった。

 雨で滑りやすくなった石畳の階段に気をつけながら、今では履き慣れた草履で、荷物を担いで上下する。

 道沿いの家々からは、相変わらず機織り機の音が響いてくる。機織りの音は、集落の終わりの族長屋敷まで、家が続く限り聞こえて来る。


 雨で船が出せない日には、自宅で機織りをする家を巡って出来上がった布を回収して回ることもある。

 そうした家は大抵男手が足りず、中に入ると女性ばかりで、その中に上がり込んで布を受け取るのは、いつになっても慣れずドキドキした。

 多くの家ではとても歓迎され、黄色いふわふわした塊とか緑色の練り物とかとにかく甘そうな物を用意してもてなしてくれたが、気恥ずかしいので白湯をもらって冷えた体を温めるだけで、引き止める声を分からないふりして急いで逃げ去った。


 石段を登り続けると族長屋敷に着き、そして族長屋敷の門をくぐると、糸を染める染料の香りと炊き出しの食事の匂いとが混ざり合ったかぐわしい匂いが香り、それと共に母屋の中の何十基もある機織り機から、女工たちが機を織るひときわ大きい音が鳴り響いてくる。

 操業を開始した当初は話し声がとても賑やかだったけど、数ヶ月経って皆がそれぞれの作業を黙々とこなす姿を見せていることが多くなった。

 作業に慣れたのか、作業に集中できる時間が増えているようで、それに伴い作業効率も上がっているようだった。


 雨の日ともなると、屋敷の前の広場で遊ぶ子供の姿も、中庭で干される布や糸の姿もなく、機織り作業の音も鳴り止むと、屋根を打つ雨の音と遠くで鳴くカエルの声が聞こえるばかりになる。



 雨の降らない日は、頂上の白虎堂に貯められた布を虫干しする。


 虫干し作業は、漁も狩りも出来ずに島内に留まる漢人たちの手で主に行われていたが、布が多くなるにつれ、彼らの手にも余るくらいになり、僕も二回くらい手伝った。

 白虎堂の前庭いっぱいに、円木を組んで沢山の物干しが作られ、白虎堂の大堂に山のように積まれた布を干していく。


 作業は結構大変で、三十人がかりで休まず行っても一時間くらいかかる。

 しかし作業が終わり、様々な紋様の鮮やかな布が庭一面に吊された光景を見ると、よくぞここまでやったな、と汗を拭うのも忘れて見入ってしまう。

 僕たちが一丸となって冬から何ヶ月も積み重ねてきた成果を一度に目にすることが出来るのは、やはり爽快な気分だった。


 鐘離山山頂を吹く風は、作業で熱くなった僕らの体を冷やしてくれたが、真上から照りつける太陽には夏が近づいていることを感じざるを得なかった。

 そして、夏の訪れは、納税の期限が迫っていることを示していたが、量質ともに納めるべき分を補って余りあるほどの布が、晩春の風を受けて庭一面にはためく光景を見ると、自然と自信が湧き、何があっても大丈夫という気になった。




 時はさらに進み、いよいよ夏も間近になった。


 夏を迎える端午の節句という祭日があって、鐘離山では端午の日に盛大な祭りが毎年開かれていた。

 夏を前に水の神様に祈りを捧げる大事なお祭りらしく、それに加えて今年は島を挙げて布の生産に労力をつぎ込んでいたので、ストレスをため込んで皆が楽しみにしていて、特に盛大になる様子だった。


 僕もお祭りの準備で久々に長陽の町に行き、食材を買い求めた。

 幸いなことにここ数ヶ月は漁も狩りも順調で、樊冑はんちゅうから「寄付」してもらった財産がまだ余っていた。

 久しぶりの長陽は、とりたてて変わったところもなく、変化といえば、川沿いのにれの並木の花が落ちてすっかり緑に染まっていたくらいだった。


 樊冑のところにも顔を出した。

 豪奢な調度品を僕らに巻き上げられ、今は素朴な机と椅子がひと組だけ置かれた寂寞せきばくとした広間で、布は納めるべき量を作れそうか、と彼に聞かれた。

 同行した習宏しゅうこうさんが、去年の分は作り終わった、今はもう来年の分を作っている、端午の節句を過ぎたら全て納める、と答えると、よくやった、という言葉とは裏腹に、あからさまに残念そうな様子だった。




 端午の祭りは、早くも前日から準備が始まった。


 僕が島の外で薪拾いをして昼過ぎに帰ってくると、船着き場の上の広場では、一面にむしろが敷かれ、机が川の字に並べられていた。

 薪を背負って族長屋敷への坂を上るまでの沿道の家々でも軒先から煙が立ち上り、端午の節句を祝うためのちまきを作っていた。


 ちまきとは、味をつけた餅米を笹の葉に包んで蒸したもので、笹団子みたいな感じの食べ物だ。

 笹の葉の包み方も、ピラミッド型のものや俵型のもの、チョココロネ型のものもあり、各家庭でこだわりがあるようだった。

 中には肉や菜っ葉や卵などの具材が塊で入っていて、僕はタケノコが入っているやつが好きだった。タケノコの風味と歯ごたえが心地よかった。


 普段は餅米なんか食べられなかったが、今年はお金もあったし、ふんだんに買い求め、端午の節句をみんなで盛大にお祝いしようということで、粽を炊く煙がそこかしこで立ち上るという光景につながっていた。



 族長屋敷の門をくぐると、ここでも祭りの準備が始まっていて、染料で満たされた大甕おおがめや糸や布を干すための竿などが片付けられ、いつもは機織りしている女性たちが庭に筵を敷き詰めているところだった。


 子供たちも普段と違う光景に、はしゃいで筵の上を裸足で走り回り、机を並べようとする大人たちに追い払われていた。


 庭の端のいつもは女工のための炊き出しをしている炊事場では、やはり大鍋でちまきいている。

 僕は背負ってきた薪をその傍らに卸し、井戸から水を汲んで顔を洗い口をゆすぐ。

 そして、僕が背をかがめた隙を狙って背後から体当たりをしてくるラオを、足音で察知して華麗にかわす。

 背後から迫る足音を察知する技能は、僕が島で身につけた数少ない技能の一つだった。ちなみにこの技能は、ラオをかわす以外に役に立ったことは一度もない。


 ラオの兄のラビは、粽を包むための余った笹の葉で、バッタとか甲虫とかを作っている。僕は笹舟しか作れないが、ラビは器用なものだった。

 僕がその出来を褒めると、顔を上げて照れた様子の笑顔を見せ、また目を落として作業に入る。この兄妹は性別が男女逆なんじゃないかと思えてくる。


 僕もラビに並んで座り込み、笹の葉で船を作り始める。

 出来た笹舟は、すぐにラオに奪われる。

 ラオは庭一面に敷かれた筵を水面に見立て、その上に笹舟を手で滑らせて駆け回る。

 笹舟がさらに二つ三つと出来上がると、出来たそばから他の子供たちに持って行かれ、筵の上のボートレースが開催される。

 そして、また大人たちに怒られ、ボートレースは中止になる。


 ラビを見ると、自分で作った笹の葉のバッタや甲虫を左右の手に持ち、その両方を戦わせている。

 僕は既に敗れたバッタ細工を手に取り、笹の枝と糸で結びつけ、糸につけたバッタ細工を軒先で寝ているアイスの鼻先に垂らす。

 アイスは目を開けるや否や鼻先のバッタに左フックをかますが、僕はそれより素早く竿を上に上げる。

 そんなことを二、三度繰り返すと、アイスは完全に目を覚まし、バッタ細工を獲物と定めて本格的にじゃれ始め、僕は竿を巧みに操ってバッタを潰すアイスのパンチを躱して行く。


 横を見るとラビが側に来ていて、羨ましそうにこちらを見ているので、竿を渡すと、途端に笑顔になってアイスにかまい始る。

 しかしラビの短い手足で竿を操ってもアイスのパンチを躱すことは出来ず、ラビは竿を担いで走り出す。

 ラビの担ぐ竿の先で風を受けてヒラヒラ舞いながら飛ぶバッタ細工を追いかけて、アイスもラビの後を走り、それを見たラオや他の子供たちがさらに追いかける。

 そして、ついに怒った大人たちに、子供たちは庭の外に追い出される。



 ラオとラビの二人は、冬に鐘離山を脱出して宜都の町の外れに隠れ住んでいたとき、毎晩僕が帰るのをおとなしく迎えてくれた。

 その当時は、両親を亡くして故郷を追い出され、さぞ辛いだろうに、しっかりした兄妹だな、と思っていたけど、こうやって元気に遊んでいる姿を見ると、あの頃はやはり無理して気丈に振る舞っていたのかな、と思い直す。


 僕は、門の外に走って行く彼らを見送り、途端に静かになった庭で大人たちと一緒に、子供たちがぐちゃぐちゃにした筵を敷き直し、机を並べるのを手伝いつつ、子供たちが生まれ故郷で元気に遊べる環境はやはり貴重だな、などと感慨にふけりながら、長かったこの数ヶ月を思い返したのだった。


 戦争の混乱から立ち直って僕らの鐘離山が新たな始まりに就くための作業が、この数ヶ月の努力により、ようやくゴールを迎えようとしていることを、僕は机を並べながら実感していた。


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