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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第二章
41/55

第41話 進展と停滞

 熊五郎さんの恋の成就は、僕らの間で摩訶不思議なものとして暫く噂になった。


 そもそも不釣り合いなのに、女性の方は夫が死んで連れ子がいて、相手はその時の敵方の元兵士なのだから、どういう経緯でこんな展開になったのか、僕の頭ではもちろんのこと、この時代の人々にも理解できなかった。

 彼に直接聞いても例のごとくニコニコするばかりでちゃんとした答えは返って来ず、噂は絶えなかった。


 しかしこうなると掌を返すのが世間というもので、熊五郎さんは体が大きく頼りがいがあるとか、いつもニコニコしていて優しそうとか、女性の方もそろそろ新しい相手を探した方がよかったのだとか、現状を後追いするだけの意見ばかりになるのは、この時代だろうと二十一世紀だろうと変わりはなかった。


 シャムなどは一人我関せずで、この人はその体格に似合わず、実はパスポートの『凛』さんの写真に夢中な変な人なので、そういう噂話には頓着しなかった。

 僕も別の事情からあまり執着はなかったが、この時代の人の習俗に対しては興味があり、あくまでも純粋に文化人類学的観点から、そういう下世話な噂話に加わることもあった。


 しかし熊五郎さんのこの一件を含めた漢人たちのこの島での根付き方は、僕がこの時代で生きていく事について考えさせる材料を与えてくれた。



 実のところ、この時期の僕はひどく参っていた。迷っていた。足踏みしていた。

 自分の将来を見失っていた。

 毎日の作業をルーチンワークのように感じ、こなしていった先に何があるのか分からなくなっていた。


 荊北の学生服の男や黒焦げのボタンの存在が、心のどこかで、クラスのみんなと合流して日本に帰れるんだ、という希望に飛躍していたのかもしれない。

 この鐘離山での生活の他に、クラスメイトたちと合流して日本に帰る、というもう一つの人生が待っているように勝手に誇大妄想した。

 それが、荊北で青山君の白骨を目の当たりにし、儚い夢だったと思い知らされた。


 クラスメイトと再会できるヒントを失った僕は、心の支えを失ってしまったようだった。

 日本人としての過去を確認できる対象を失い、日本人としてのアイデンティティをこれからも保っていくことについて、迷いが生じていたのかもしれない。

 何だか自分の心に大きな空白が生まれたかのようだった。


 いい大学に行って色んな事を勉強し、色んな事を知りたかった。

 この島で魚や獣を獲って過ごす生活に、どんな未来があるのだろう。

 こんなに毎日生きるのに必死だけど、必死に頑張って魚を一匹多く獲ったからと言って、それが僕の存在自体を高めてくれるわけでもない。

 鐘離山に戻り、元の生活に戻って作業を続けていると、これから先何十年もこうやって暮らしていくんだろうか、という思いが時折頭をもたげ、叫びたくなる。


 僕は、この島に自分がいる意義を見失っていた。

 この島の人々の純粋さ、素朴さに対する憧れも、つまりは僕が島民とは距離を置いているからこその感情なんだ、シャムと義兄弟になりながらも、心の奥底では島の人たちを全く家族として見ていないのだ、と考えた。

 習珍さんや熊五郎さんたちの恋愛話も、自分は違う、この島にいるのは今だけだ、ここは僕の住む時代じゃないんだ、という気持ちがあり、どこか他人事だった。

 そして僕は、この時代で一生を過ごしていく、という人生を僕の幼い精神が未だに受け入れていなかったのだ、ということをようやく自覚したのだった。



 僕はこの時期、夜に外に出て、夜空を見上げていることが多かった。

 この時代の夜空は星々が満面に輝き、夜なのに明かりに包まれているようで、いつまで見ていても飽きなかった。

 僕は三月に、十七歳の誕生日を迎えた。

 しかしこの時代の暦が二十一世紀の何日に対応しているのか、さらに今の正確な日付も分からず、いつ来たかも分からない十七の誕生日を、夜空を見上げながら一人過ごした。

 日付も自分の人生もこの先の行方も全部分からない僕には、空一面に停まり輝き続けている星々が、心を癒やしてくれるように思えた。

 流れ星が時折横切ると、あれは飛行機じゃないだろうか、僕らを乗せた飛行機が光の尾を引いて再び飛んでいるのではないか、とついつい見入る。

 僕の目に見えている光は、何千年何万年も前のものだという。それなら、僕の言葉も千八百年後の未来に届けてくれないだろうか。


 自分がこの時代でどれだけ年齢を重ねても、千八百年後には届かないし、それでも何十億年と生きる星々の輝きの一瞬にも届かない。

 とっとと死んだ青山君を羨ましいとさえ思った。

 僕が死のうが生きようが、僕が知っている二十一世紀は全く変わらずに、同じようにやって来る。

 何の意味もない人生を、これから何十年も過ごさないといけないのか。

 未来を知っていることを、呪わしいとさえ思った。


 そんな気持ちを抱えながら、寝て起きて食事して排便して、ただただ日々を過ごした。

 これが自分の人生だなんて認めたくなかったけど、かと言って何か行動を起こすわけでもなく、漁や狩りや荷物運びなどで気を紛らわした。



 当時の僕はこんな感じだったので、熊五郎さんや習珍さんやその他の漢人たちのこの島での振る舞いは、進むべき道を見失って足踏みを続ける僕を、大いに焦らせた。


 僕は、自分が何をしたいのか、どの道を進むべきなのか分からないまま、気を紛らわすため、胸の空白を埋めるため、島での仕事に打ち込んだ。

 助かることには、僕が内心でどんなことを考えていようと、網を上げれば魚は捕れるし、鍬を振るえば畑は耕される。

 僕の内心とは裏腹に、体を動かせば動かすだけ、島民の一助となれる成果物が産出されていく。

 鐘離山の人たちに何かしらの貢献ができている、という感覚は、僕の心をいくらか満たしてくれた。

 働くことの意味が、必ずしも対価としての報酬を得るためだけではないということを、このときの僕は感じ始めていた。



 人は何のために働くのだろうか。

 生活の糧を得るためにだけ働く者もいれば、愛する人のために働く者もいるし、自分の夢を叶えるために働く者もいるだろう。

 人が働くのにはさまざまな目的があるだろうけど、この時期の鐘離山の皆の働き方の中には、理想的なものを見出すことが出来るのではないだろうか。

 皆が皆のために働く。

 狩る、採る、紡ぐ、織る、というシンプルな作業に皆が没頭し、私心を挟む余地もない。

 そして作業中でも、この島の人たちは笑顔と歌声を絶やさない。


 この中にいると、働くということ自体が幸せであるかのように感じる。

 まるで鐘離山という一つの生き物の中で自分も生きているような一体感だろうか、元の時代で勉強や部活などに勤しむ中では決して感じられないような、充実感のようなものを感じた。



 僕はこの時期、島での労働と「コンビナート」という概念に相当入れ込んでいたように思う。

 自分の心が辛くて救いを求め、ありもしないものを崇高な存在と仮定して希求した結果、「鐘離山紡織コンビナート」のあり方がひどく崇高なものに思えたのかもしれない。

 「コンビナート」というシステムが安定して存続し続けることで、文明の残滓ざんしを感じることができたのかもしれない。

 機織り機を動かす様を見るのが好きなのも、そういう感覚なのかもしれない。


 そんな僕の深層心理を抜きにしても、この時期の鐘離山には、人間が理想とすべき何かが含まれているように思えた。



 戯言たわごとばかりを並べ立ててしまった。

 つまり、僕は、習珍さんや熊五郎さんたちが島の女性たちとイチャイチャ過ごしているのを横目で見ながら、労働の尊さとやらを噛みしめながら、幸せとは何かを考えながら、時には夜空の星々を数えながら、悶々と過ごしていたわけだ。


 いくら考えても、答えなんか何一つ出なかった。行動してみないと答えなんか分からない。

 この時代に来てからは、いつだってそうだった。

 先生が予め用意してくれた答えなんてない。

 全ては手探りで、自分がどんな答えを選んだところで、正解を教えてくれる人なんていないし、例えどんな答えを選んだにせよ、大きな歴史には何の影響も与えない。


 しかし、熊五郎さんの恋の成就なんかを見ると、物事は僕が考えているよりひどく単純な原理に基づいて動いているのかもしれない、と思えてくる。

 敵同士の男女が心を通わせ合うのだって、どんなに高い壁があったとしても、同じ道を何十回も往復するだけで解消してしまうような、そんな単純なものなのかもしれない。

 謝罪とか賠償とか、そういった種類の儀式では永遠にたどり着けない、もっと簡単な答え。


 僕が鐘離山の人々に溶け込んでいるかどうかに一人で頭を悩ませるのもとても愚かしいことで、熊五郎さんみたいに誰かを好きになってその人のことを追いかけ続ける方が、馬鹿みたいだけど島に溶け込めるのかもしれない。


 行動することでしか事象は進展しない。


 いろいろ考えた挙げ句、結局こんなふうな、いつも同じような結論に落ち着く。

 僕は成長してるんだろうか。進歩してるんだろうか。

 仮に進歩したからと言って、どこに意味があるんだろう。


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