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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第二章
32/55

第32話 烏林へ

 翌朝、僕たちは早々に宿を立ち、烏林うりんに向かった。

 ゴリさんの先導なので、例によって林の中の獣道をひたすら真っ直ぐ歩くことになった。

 桃の花もまだ咲かない早々春の枯葉が降り積もる獣道を延々と歩かされ、おまけに歩きやすい元の時代の運動靴ではなく、草鞋履きということで、僕は午前中で早々と疲れてしまった。

 それでも、僕のわがままで烏林には寄ってもらうということもあり、何とか我慢して歩いた。

 しかし幸いなことに、荊北の地は比較的平坦で、日が暮れる前には山を抜けて集落に着くことができた。


 そこは、山の麓を流れる小川沿いに作られた小さな集落で、どの家も木張りの壁と藁葺き屋根の簡素な作りだったが、折しも夕暮れどきで、炊事の煙が上がる家も何軒かあり、人が暮らしている様子が見て取れた。


 僕らは家々を回って、泊まらせてくれる家を探した。

 しかし僕らが訪ねていくと、どの家も扉を閉ざし、話すら聞いてもらえなかった。

 集落の一番端に一際みすぼらしい家があり、煙も立っていなかったので、空家かと思い、馬容さんの仲間の張三ちょうさんさんが勢いよく扉を開けると、中には一人の老婆がいて、よろよろと立ち上がってこちらを見た。


婆婆おばあさん、儂らは故郷に戻るところでの、今日だけここに泊めてくれんか。」


 馬容さんが、荊北の百姓なまりの言葉で老婆に話しかけた。

 すると、同郷の言葉に少し安心したのか、老婆は目を細めて笑顔になった。

 そして、どこの里の者だい、家の者たちは無事なのかい、など色々と聞いてきた。

 僕は荊北の百姓なまりの言葉は出来なかったので黙っているしかなかったが、話してる様子は普通の農家のお婆さんが来客を嬉しがってる様子しかなく、見てる方も心が温かくなった。


「泊まっていっても構わないが、食べ物はろくなものがないぞ。兵隊どもが畑をみんな荒らしていってしもうたからな。」


 お婆さんはそう言って、手元の籠の中からボロ布のような黒ずんだものを取り出し、ヒラヒラさせた。

 よく見ると、それは何かの菜っ葉で、穴だらけになって黒く萎びていて、そんなものが籠の中にいっぱいに入っていた。


「その川の向こうが畑での、そこに作物を植えていたんだが、どこぞの兵隊がたくさん来て、畑を踏み荒らしてしまっての。そればかりか、家々から冬に備えて蓄えた米を残らず持って行ってしもうて、みんなひもじい思いをしておるよ。」


 籠の中の菜っ葉は、踏みつけられて畑に散らばったものをお婆さんが一つ一つ拾い、小川の水で洗って乾かしたのだという。

 集落に残った若者が町へ出て、たまに多少の米を持って帰るので、それをみんなで分け、薄めてお粥にして、ボロボロの菜っ葉をおかずにして食事を取るのだという。

 馬容さんが家族のことを聞くと、子供は戦いに駆り出されて以来帰ってこない、夫は随分前に戦で死んだ、孫は食うに困って奉公に出した、と言い、目を潤ませた。


 聞けば聞くほど救いのない話で、僕はそれ以上聞くに耐えなかった。

 僕らは少ないながらも荷物の中から粟を取り出し、火をおこし粟を煮て粥を作り、お婆さんと一緒に食べた。

 お婆さんは、自分では火もくべられないので、普段は余り物の冷めた粥を隣の家から恵んでもらってるそうで、久々に食べた温かい粥をとても喜んだ。


 もっと戦争の少ない、長江の南とかに逃げないのか、と僕も思い切って聞いてみた。

 僕の言葉は蒯先生に習ったもので、もっと公用語に近い漢語だったが、お婆さんは聞き取って答えてくれた。


「こんな年寄り一人逃げたところで、生きていける伝手つてもなし、同じ物乞いするなら、顔見知りの世話になった方がよいわ。」


 僕はこの言葉を聞いて、二の句が継げなかった。改めて自分が恵まれていて、運が良かったのだと思わされた。

 この時代に一人で飛ばされ、孤独で言葉も分からずに物乞いして回らなければならなかったはずが、うまいこと拾われ、安全な場所に連れて行かれ、衣食住に困らない生活ができた。

 そもそも、十六年間別の時代で過ごしたという奇妙な行き違いで、この時代の僕は奇妙な人生を送っているが、千八百年後の日本に生まれずに、この時代の百姓の家に生まれていたのだとしたら、僕が奉公に出されて奴隷のような生活を送っていたのかもしれない。


「それとも何かい、公子ぼっちゃんが面倒見てくれるのかい。」


 お婆さんは、僕に向かって小さな目を輝かせて、笑いながら言った。

 こう言われて、僕はまた答えに窮した。

 僕自身が居候の身で、そういう身分ではないし、財産もない、だいいち今は作戦の途中だし、と断る言葉を探したが、自分の同情が形だけのものになってしまう気がして、どれも言い出せなかった。


 そんな僕のどぎまぎした様を見てお婆さんは面白がり、冗談だよ、と大きく腕を左右に振って笑いながら打ち消してくれた。


「見たところ、公子ぼっちゃんはいいとこの子だろ、百姓にしては肌が白いし、よく見ると顔も高貴だし、何よりも偉い人の言葉を話す。公子の家なんて恐れ多くてお世話になれないよ。」


 まずい、余計なことを聞いたおかげで疑われた、と僕が思うと同時に、馬容さんが言葉を被せた。


「実はこの方は蒯家の少主あととりで、我らは今から江夏の劉琦様のところへ向かう道中である。婆婆おばあさん、このことはゆめゆめ誰にも話すでないぞ。」


 馬容さんはお婆さんを殺気を込めた目で睨みながら言った。

 お婆さんは、馬容さんの眼光を受け止め、平然と返した。


「お兄さんもやっぱり軍人なんだね、こんな死にぞこないを脅すもんじゃないよ。あんたはこの辺の言葉を話すし、こないだ荒らし回っていった奴らとか、近頃うろついている奴らとは違うんだろうけどさ。あいつらなんか私が何を言ったって、聞き取れやしないよ。」


 馬容さんはお婆さんにそう言われ、気まずそうに目線を落とした。

 このあたりを見ると、馬容さんは普段は軍人然としているが、実は気の優しい人なんだと思わせる。


「じゃあ今晩は蒯家のお坊ちゃんには、こんなに汚い家で辛い思いをさせてしまうけど、ここを譲ってあげるから、それで我慢してちょうだいね。」


 お婆さんが手招きし、竹で編んだベッドを譲ってくれた。

 僕は申し訳なく思ったが、馬容さんに目で合図され、渋々竹のベッドに移り、寝転がった。

 竹のきしむ音が耳障りだったが、思いの外柔らかく、鼻を近づけると竹の皮の香りがほんのり香り、寝心地は悪くなかった。

 その日は歩きづめで疲れていたのか、僕の意識は簡単に薄れていき、使い古したボロ切れのような掛け布団をお婆さんが優しく掛けてくれるのを、夢現ゆめうつつに感じながら意識を閉じた。



 翌朝、僕らはお婆さんにお礼を言い、朝早く出発した。

 それから僕らは、時に街道を歩き、時に獣道を歩き、孫権軍の検問を躱しつつ、東へ進んだ。

 荊北の地は、高い山が少なく、その代わりに沼地や湿地が多く、田んぼや畑を作るのに向いているらしく、荊南の鐘離山周辺に比べて人も多く住んでいた。

 僕らは、時に民家に泊まらせてもらい、時に空家に宿を借り、東へ東へと歩を進めた。


 そして五日ばかり歩き、六日目に一際ひときわ大きな沼沢地に出た。

 僕らは沼沢地を左右に見ながら、街道を一日中歩いたが、それでも終わりは見えなかった。

 ゴリさんが、ここを越えたら烏林だよ、と励ましてくれ、この辺の土地のことを話してくれた。

 この辺を含む長江北岸一帯は、夏になると洪水が起こりやすく、特に長江が氾濫して長江の水が流れ込むと、一面全て水に沈み、今歩いている道も水の底に沈んでしまうのだそうだ。


 ゴリさんいわく、だから曹操は馬鹿なんだそうだ。


 夏が来て、雨が降れば、この辺一体は湖に変わり、烏林の地は大きな湖の中に浮かぶ孤島に変わってしまうのだという。

 夏まで戦が長引けば、水戦に強い孫権軍に水上を制圧され、曹操軍は孤島の上で死を待つしかなくなる。

 つまり、曹操が本陣を烏林に構えている限り、孫権軍は動かずに夏を待ち、夏になったら孤島と化した烏林を包囲し、じっくりと殲滅させれば勝つのは容易なのである。

 だから、この辺の土地を知っている者からすれば、曹操が烏林に本陣を設けたのは、愚行なのだという。


 ゴリさんの言うことはとても理屈に合っていて、面白かったので、僕も曹操の立場に立って少し考えてみた。


 曹操の立場で考えると、南方の一大勢力で、強大な水軍を持つ孫権軍と戦うのは、とても勇気のいることだったのではないか。

 曹操自身もそうだし、軍団全体としても勇気がいることだった。


 特に、北方から来た兵たちや、現地で無理やり徴用された兵たちは、わざわざ長江の中に死ににいくようなことはしたいはずがない。

 配下の武将たちも、荊州だけで戦功は十分なのに、孫権に勝ってしまい、未知の江東の地を占領することにでもなったら、中原の都近くの発展した場所から未知の江東に転居を命じられるかも、と不安に思う者が多かったかもしれない。

 慣れない水戦にも士気は下がるだろう。


 曹操は、そんな配下の者たちの空気を感じ、夏までに決着をつける、という意志を強く示すために、敢えてこの布陣にしたのではないか。

 烏林の周辺が夏には水没する、というのを知った上で、敢えて本陣を烏林に置いて、軍団全体を早期決戦に駆り立てる。

 烏林への布陣は、曹操なりの背水の陣だったのではないか。


 こんな風に考えて、ゴリさんに言ってみた。

 ゴリさんは、小さな目を見開いて僕の推察を聞き、聞き終わると大きく笑い、ひどく褒めてくれた。


「坊やも大将の身になって考えられるようになるなんて、随分大人になったもんだなァ。それに兵法を語るようになったのかい、すごいなァ。」


 僕は、自分の少ない経験から、皆をまとめたり士気を保つのってとても難しいなと思い、素直に考えただけだったが、ゴリさんが余りに褒めるので、子供扱いされている気分になって、逆に気分が悪くなった。

 その後もゴリさんは、すごいなァ、すごいなァ、と独り言を繰り返し、馬容さんたちが近づいてくると、すかさず僕の推察を話し、自分のことのように自慢げな顔で僕を褒め、僕の方が恥ずかしくなった。

 馬容さんは馬容さんで、蒯家の跡取りというのもあながち出鱈目じゃないんじゃないか、などと冗談をいい始めるしまつだった。

 僕がいくら止めてくれと言ってもなかなか聞き入れてもらえず、景色が変わらない道中の退屈しのぎに暫くさせられたのだった。



 そんな風に僕たちが賑やかに話しながら街道を歩いてくると、前方から大きな地響きがしてきて、大勢の騎兵が馬の足音を大きく響かせて近づいて来た。

 僕たちは道を避けようとしたが、騎兵たちは大勢で街道いっぱいに走ってきていて、僕たちは街道をはみ出て、泥濘ぬかるみに足を踏み入れ、冷たい泥に足首までつからせながら、騎兵たちが通り過ぎるのを待った。


 騎兵たちが通り過ぎると、僕たちはようやく街道に戻ることができた。

 やれやれと言いながらゴリさんたちが街道に上がり、僕も戻ろうと思ったが、右足首に針が刺さったかのような違和感があった。

 力を込めて泥から右足を引き抜くと、右足首に小さな蛇が噛み付いていた。


 その蛇は、水気を吸って緑に輝く胴体の側面に青いアーガイルチェックが並んでいて、綺麗だな、と思う間もなく、噛まれた箇所が痛み出した。


 ゴリさんが何やら喚いて腰に下げた鉈を蛇に振り下ろし、蛇の首と胴体が離れ、それを見たのを最後に僕は意識を失った。


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