第28話 習兄弟
元族長屋敷まで登ってくると、正門は破壊されたままだったので、僕らは歌を歌いながらゾロゾロと屋敷に入っていった。
馬容さんたち漢人部隊も、そんな僕らに呆れながら武器を構えて突入した。
敷地内は、庭に植えられた草花がきれいに取り除かれ、帳幕がいくつも張られていて、母屋は柱が立ち屋根に板が張られ、簡単に修復されていた。
帳幕からは男たちが眠そうに出てきては、武器を手にした僕らを目にして、慌てて帳幕の中に引っ込んでいった。
少しして帳幕の中から武器を持った男たちがわらわらと出てきたが、その人数は五十人にも満たず、百数十人もいる僕らから見たら小勢に過ぎなかった。
白虎の毛皮を羽織り、槍を持ったシャムが大きく前に出て、俺と勝負する勇気のある者はいるか、と大喊した。
そして、誰からも反応がないのでさらに前へ出て槍を振り回し暴れようとするシャムをゴリさんが押しとどめ、その隣から馬容さんが漢語で言った。
「この者は鐘離山の族長だ。長陽県令の許可を得て、島を取り返しに来た。お前たちは、帰還の軍令が出てるにもかかわらず、何故我々の土地に留まり続けるのか。頭目は進み出て弁明し、直ちにこの島を退去せよ。さもなくば、一人残らず処刑する。」
馬容さんが言葉を終えたころ、母屋の奥から、髪がボサボサで髭もモジャモジャな痩せた男が一人、帯を腰に回しながらダラダラとした歩き方で、外に出てきた。
男が周りに向かい手で合図すると、漢軍の兵士たちは構えていた武器を収めた。
男は続いて僕らに向かって、見た目の割に綺麗な漢語で話し出した。
「この家の主人か。すまないが、間借りしている。この島を出て行かないのは、出て行きたくないからだ。これからも島に住まわせてくれ。戦さから運び屋から借金の取立てから、色々できるぞ。」
この島では貨幣が使われてないので、最後の言葉はこの男なりのユーモアなんだろう、兵士たちからも少し笑いが起こった。
すると母屋の奥から、男がもう一人出てきた。こちらは、先ほどの男より大柄で、髪も整えられ、武器を下げて着物の上に胸当てまで付けて出てきた。
もう一人の男は、だらしない男の横に立ち、両手を胸の前で合わせてお辞儀をし、言った。
「この者は私の兄なのだが、口の利き方を知らず、申し訳ない。私の名は習宏、兄の名は習珍という。襄陽郡の出身である。訳あって、故郷には帰れないのだ。どうにかこの島に我々を住まわせて欲しい。相応には働かせてもらうつもりだ。」
話の内容はほぼ一緒だが、弟の習宏さんの話し方からは、誠実な人柄がうかがえた。
シャムは、そんな懇願にも耳を貸さず、二人を睨みながら、ダメだ、出て行け、と短く漢語で言った。
それでも習珍は怯まずに、「どうであれ住まわせて貰うぞ。」と言い一歩も退かず、そして背後の母屋に向かって声をかけた。
すると、今度は女の子が一人出てきた。女の子は、凛君族の鮮やかな青色の着物に身を包んでいて、僕らと同じくらいの年齢のようで、顔色は白く、髪もやや乱れていて、慌てて出てきたようだった。
その娘は、確かに島の娘で、僕がたまに朝早く港に下りていったときに、港に近い水場で、その娘が服などを洗濯しているところを何度か見かけたことがあった。
その娘は、俯きながら小走りで習珍の隣に来ると、習珍に寄り添い、習珍は娘の肩を抱いて、笑って言った。
「俺はこの娘に惚れて、抱いた。抱くたびに益々好きになった。これからも一緒に暮らしていきたい。だから、この島に俺を置いてくれ。」
習珍は、僕からしたら女の子と二人きりでも恥ずかしくて言えない言葉を、衆目の集まる中で言い放った。
漢軍の兵士たちは声を上げて、そんな習珍をはやし立てる。
隣にいる弟の習宏も、肩を抱かれている娘も、同じように恥ずかしそうにしてるので、この時代の人でもやはり恥ずかしいことなのだろう。
すると後ろの方から大声が聞こえ、一人の小柄な中年男性が飛び出してきた。
男は、シャムの背後まで走ってくると、凛君語であらん限りの罵詈雑言を、シャムの影から習珍に向かって浴びせ始めた。
見てみると、その人はモッコさんという名で、その娘の父親だった。
モッコさんは、宜都の町の城壁工事に徴用されていて、漢軍撤退とともに僕らと一緒に鐘離山へ戻ってきたのだった。
モッコさんとは僕はそんなに面識はなかったが、漁師然とした朴訥な人だという印象だったから、目をむいて口に泡を吹きながら大声で罵る姿に驚いたが、仇に娘をキズモノにされてしまっては、それくらい怒るのもしょうがなかった。
シャムは自分を盾にして怒鳴り散らすモッコさんを横目で見て、逆に冷静になったのか、習珍に槍の穂先を向けて、漢語で提案を持ちかけた。
「分かった。じゃあ、お前が俺と勝負をしろ。お前が勝ったら、お前たちの式を挙げて、島にも住まわせてやる。お前が負けたら、その娘を連れてどこへでも失せろ。」
習珍は、モッコさんに顰められた眉を開いたが、さらに条件をつけた。
「いや、俺だけじゃない。ここにいる全員を住まわせてくれ。勝負するのは俺一人だ。俺が負けたら全員煮るなり焼くなり好きにしろ。」
シャムは習珍の言い様を聞き、自信の表れだと受け取ったのか、「いいだろう。」と短く言い、槍を低く構えた。
習珍はそんなシャムの様子を見て、慌てて押しとどめる動作をして、部下に合図を送りながら、言った。
「その勝負は、俺はあまり得意じゃないんだ。こっちで勝負してもらおう。」
そして、漢軍の兵士が三人がかりで、大きな酒甕を重そうに運んできた。
習珍は、酒甕になみなみと入った酒を嬉しそうに茶碗で掬い、その茶碗いっぱいに入った酒を一気に飲み干した。
酒を飲み干した茶碗を笑顔で差し出してくる習珍の様子に挑発されたシャムは、槍を放って茶碗を奪い取り、酒甕から酒を掬って、やはり豪快に飲み干した。
それから暫く二人の飲み比べは続いた。
僕の記憶では、シャムも特に酒が強いわけではなかったはずで、相手の挑発に乗って馬鹿みたいに不利な戦いをするなよ、と思いながら見ていた。
習珍に比べてシャムのスピードが遅くなっていき、案の定負けるかと思うと、茶碗を受け渡すときに習珍が手を滑らせて茶碗を割り、その次にはシャムが足を縺れさせて転倒し、やがては二人とも酒の入った茶碗が口の前に定まらなくなり、床に酒がたくさん零された。
二人の飲み比べも、二人とも酔いが回っているようで、勝負がつく前にグダグダになってしまった。
周りの皆も、酒の匂いに我慢ならなくなったのか、各々で茶碗を持ち寄って甕の酒を飲み始め、しまいには漢人も凛君族も入り乱れて酒盛りが始まった。
そのうち騒ぎを聞きつけた島の人たちが、酒の匂いに惹かれて宴会場に次々と入ってきて、魚の干物や粟餅や粥なんかも持ってきてくれ、宴会は賑やかになる一方だった。
シャムと習珍さんの二人もいつから仲良くなったのか、抱擁したりしている。
習珍がこんなふうにシャムと並んで主役として振舞う中、弟の習宏は、凛君族のみんなに酒をついでまわり、挨拶程度の凛君語ながらも笑顔でコミュニケーションを取っていた。
こんなふうに役割分担できるなんていい兄弟だな、という印象を持った。
僕も雰囲気に釣られて、漢人たちにお酌をしに行ったが、身につけていた黒い学生服のおかげか、漢人たちに避けられること疾風の如くだった。
長江の北では、学生服が死神だか疫病神だかのように恐れられているようで、先の戦いの中では、僕の制服を避雷針替わりに利用できたものだったが、宴席に場面が移ると、とても寂しい思いをさせられることになった。
気分を害したので手酌で一杯だけ飲んだら、すぐに気持ちが悪くなって後悔した。
日なたで毛繕いをしていた小虎のアイスの前にお酒の入った茶碗を置いてみた。
アイスは、すぐに舌で味見しだし、すぐに舌を引っ込めて苦そうに顔を顰め、立ち上がって体を反転させて歩き出した。
やっぱり酒なんて碌な飲み物じゃないよな、と同志を見つけたように嬉しく思い、僕はアイスを追いかけた。
アイスは、屋敷の裏口の方に歩いて行き、そのまま裏口から屋敷を出て、裏の林の方に歩いて行った。
僕もアイスを追って林に入っていくと、そのときの映像が脳裏に蘇ってきた。
それは、アイスの親のアシムが、僕と子供たちをかばって死んでいった場所だった。
一本の木の下に、僕の胸くらいの高さのかなり大きな盛り土が一つだけあった。
その木は、アシムがラオとラビをかばって蹲っていたところだった。
その盛り土の前で、アイスは座り、大きな目で盛り土をじっと見つめていた。
そうか、追って来たのは邪魔だったかな、と思い、立ち去りかけた。
でもこの盛り土の下に埋まっているのはアシムとは限らない、ここで死んだ巴蛮族の兵士かも知れないな、と思い直した。
そして、注意して見ると、盛り土の前に大きめの丸くて平べったい石が立てかけてあった。
その石には何かが書いてあり、よく見ると、『虎』という漢字だった。
その筆跡は、僕にとってはとても懐かしく見覚えのある、蒯先生のものだった。
僕は思わずその石を手に取り、字をじっくり眺めながら、先生は無事だったんだな、わざわざここまで降りて来てアシムを埋葬してくれたのかな、と心が沸き立ち、想像を膨らませた。
石に集中した視界を戻すと、アイスがいつの間にかこちらを見ていた。
僕はああごめんと言い、石を元のように盛り土に立てかけ、盛り土に向かって手を合わせて頭を垂れ、少しの間アシムのことを考えて過ごした。
アシムのような人間になりたいと思った。
普段はみんなのことを静かに見守り、いざという時に一瞬の迷いもなく自ら身を投げ出す。
二十一世紀の日本に生きていた僕たちは、神様も死後の世界も存在しないことを知ってしまっていて、そして人には表の顔も裏の顔も存在し、さらにネット上ではハンドルネームやらアバターやらでもっと多くの顔を使い分けていて、如何なる事でも人でも先に信じた方が馬鹿扱いされる社会に生きていた。
自分が本当にここで命を張る価値があるのか、何か騙されてるんじゃないか、他の人がやりたくないからやらされてるんじゃないか、と疑う癖がついていて、躊躇してしまう。
一瞬でも躊躇すれば、その後は何もかも無価値に思えてしまう。
そういう時は何も考えちゃいけない、アシムのことを思い出そう。少しでもアシムの高みに近づこう。アシムという存在の意味を僕の中で大事に育もう。
盛り土の前で合わせていた手を下げ、目を開けると、アイスがいなくなっていた。
遠くに、屋敷の方に動いていく白い影が見えた。
親に似ず気ままな性格だな、と思いながら、僕はアイスを追って屋敷に戻った。
僕が屋敷に戻った頃には、太陽も高く昇っていた。
宴もたけなわになっていて、どういう流れからか、習珍さんとモッコさんの娘さんとの結婚式が行われようとしていた。
結婚式といっても、ただ単に新郎新婦を向かい合わせに座らせて、シャムが真ん中で媒酌し、新郎新婦に盃を酌み交わさせるだけのものだった。
服装も朝起きた着物のままで、酌み交わす盃も茶碗だし、何もかもがグダグダだったが、習珍さんがモッコさんに土下座し、それをモッコさんが助け起こして、それを娘さんが泣きながら見ている光景は、他人事ながらいいものを見させられた気になった。
結婚式が終わって程なく、酒甕に入った酒も尽きるころとなった。
シャムが茶碗で掬えなくなった底の酒を飲もうと、シャムが酒甕を両腕で持ち上げた。
すると、思いのほか酒が残っていて、俺にも飲ませろと寄ってきた習珍さんと一緒に溺れるほどの酒を顔面に被ってしまった。
それが気持ちよかったのか、彼らはそのまま倒れて寝てしまった。
周りを見ると、僕や習宏さんや馬容さんのほかは、大体の者が寝たり前後不覚になってたりしていて、庭や母屋の床には、干し肉やお粥や吐瀉物やらが無残に散乱し、壮絶な戦が行われた跡のようだった。
ふと習宏さんのほうを見ると、習宏さんもその光景を遠い目をして見ていて、僕と目があって、苦笑いをされた。
その様子が何だか日本人ぽくて、僕も笑ってしまった。
習宏さんは僕の方に笑顔で近寄ってきて、周りを見ながら、ひどい有様ですね、丁寧な口調で言った。
僕が何とはなしに相槌を打つと、習宏さんはしみじみと言った。
「全ての戦いがこんな風だったら、この世はどれだけ笑いに溢れたものとなるでしょうか。」
そうだった。僕らは島を奪い返すために漢軍と戦いに来たんだった。それが今は、島の人も漢人も関係なく、入り乱れて倒れている。
しかしここで倒れているのは、血を流した死体ではなく、よだれを垂らした酔漢達だった。
確かに習宏さんの言うとおり、これはとても幸せな光景のようだった。
僕らは、そんな幸せを邪魔しないように、まだ騒いでいた島の人たちをそっと追い出し、残った人たちと一緒に後片付けをして、彼らの幸せの代償を請け負ったのだった。




