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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
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第27話 島への帰還

 長陽県城近くの清江の対岸の集落で、県令の樊冑はんちゅうからもらった食料で腹を満たした後、僕らは一晩を過ごした。それから、鐘離山の島民たちと雇った漢人たち総勢百人超と、白い小虎一頭は、長陽の町に入った。

 樊冑は昨日と同じく愛想よく応対してくれ、食糧も武器も十分な量を与えてくれた。


 僕らは六艘の船に分かれて乗り、残りの二艘には、馬容さん達漢人に乗ってもらった。

 風は清江の川上から吹き込んでいて、川上の鐘離山を目指す僕たちは、皆で櫂を漕いで船を進めた。

 樊冑は、僕らが港から見えなくなるまで見送ってくれた。とても親切な人だ、と僕らも感激したものだった。


 シャムの弟妹であるラビとラオは、それぞれまだ十歳と八歳の子供で、戦に連れ回すわけにはいかず、ウーさんや他の年長者何人かとともに、県令の家に預けられた。

 人質のようになってしまうが、それも仕方のないことだった。


 小虎のアイスは何故か一緒に船に乗ったが、凛君族の中では白虎が戦いに勝利をもたらすものと信じられていて、要するに縁起物なので乗っているのである。


 僕が預かっていた、凛君族の族長家に伝わる家宝の銅鏡は、シャムが帰ってきた晩にとっくにシャムに返していて、今はシャムの懐の中で大事に匿われているだろう。

 僕がシャムに銅鏡を渡したとき、シャムは僕を一瞥して無造作に奪い去るように受け取り、一ヶ月前、去り際にひどい言葉を僕に言ったことはきれいに忘れているようだった。


 銅鏡の中には実は『凛』さんという日本人女性のパスポートが入っていて、それが不思議なことに数百年以上も前から族長家に伝わっているようで、シャムは特にパスポートの中の『凛』さんの写真にご執心な様子で、銅鏡を特に大事にしている。


 僕にとってもそのパスポートは別の意味で大事なもので、僕らが何故この時代に飛ばされたのか、同じ時代の仲間はいないのか、などを考える拠り所であり、僕より遥か大昔に飛ばされ、凛君族という部族を作ってしまった『凛』さんの存在は、僕の孤独感を和らげ、僅かながら勇気を与えてくれるものだった。

 僕自身も、今着ている学生服の内ポケットに自分のパスポートを持っているが、汗や水で少し傷んできている。


 そして、シャムも僕がパスポートを持っていることを知って、同族だと誤解され、僕らは義兄弟になったのだった。


 その義兄弟という一点で、僕はシャムから族長家の家宝の銅鏡を託され、シャムのいない一ヶ月間、族長代理のような真似をする羽目になった。

 でもそれらしきことは何一つしなかったし、周りからの扱いも変わることはなかった。


 そもそも、先代の族長だって、族長らしい仕事をしていたのは、僕が初めて島に行ったときと、大漢の使者に応対したときの二度くらいだった。

 大漢の使者を相手に啖呵を切ったときの族長は、とても格好良かったが、その結果は無残なもので、漢軍に敗れ、巴蛮族に裏切られ、家は焼かれ多くの島民が殺され、族長夫妻も犠牲となってしまった。


 そして、漢人への怒りも冷めやらぬまま、今は漢人の県令に武器や船を与えてもらって笑顔で見送ってもらい、さらに漢人の兵士を雇って同行してもらっている。


 族長達の弔いも十分でないまま、仇の漢人に物資を貰い、行動を共にするのは、シャムにとってはとてもつらいことだろう。

 僕らと分かれていた一ヶ月間、シャムがどうやって過ごしてきたのかは、小虎のアイスしか知らない。

 鐘離山に突然訪れた災難と両親との死別、そして島との離別も重なり、体験したことのないような困惑があっただろう。


 彼は、この一ヶ月の中で、その心の中を整理することが出来たのだろうか。




 船はやがて隘路へと差し掛かり、清江の両岸が切り立った崖に挟まれ、西へ傾きつつあった陽の光を遮った。


 さらに進むと、一ヶ月前の戦いで僕らが漢軍の船を沢山沈めた場所に着いた。

 川べりを見ると、船の残がいや焦げた材木やらが岩場に引っかかり今だに残っていた。


 川の底には無数の死体が沈んでいて、川面を通り過ぎようとする僕らの船の船底を、今も川底から恨めしそうに見上げているかもしれない、と想像すると、寒気で身震いし、櫂を漕ぐ速さが自然と速まった。



 隘路を抜け、川原に出たところで僕らは船を岸につけ、夜まで休むことにした。

 夜まで休み、夜中に船を漕ぎ、夜陰に乗じて島に上陸し、夜明け前に漢軍の残党に奇襲をかける、という手筈だ。


 僕らから遥かに遅れ、漢人の船二艘が川原に着いた。

 清江という川にも船の扱いにも慣れない彼らが僕らより遅れてくるのは当たり前のことだった。


 馬容さんたちは汗をたらし息を切らせながら岸辺に上がってきて、進軍する際には隊列がどうだとか、シャムに向かって文句を言ったが、シャムは馬容さんを横目で睨み、明日は分かれて船に乗れ、と無愛想に言ったきりだった。



 その夜、星明かりしかない暗闇の中を、僕らは船に乗り込み、鐘離山に向けて出発した。

 漢人たちは船を漕ぐのが遅いため、八艘の船にばらけて乗ってもらった。

 清江の両岸は暗くてよく見えなかったが、夜空の星々が木々に遮られない空に道を作っていて、僕らが進むべき方向を照らしてくれた。

 櫂が川面を漕ぐ音だけが聞こえる暗闇の中、清江を熟知した島民たちの船は、暗礁に乗り上げることもなく、速やかに清江を遡っていく。


 東の空がほんの少し青みがかった暁闇ぎょうあんの頃に船団は鐘離山に着岸した。

 鐘離山は、まだ明かりのついた家もなく、漢軍が侵略する前の平和な日々のままだった。

 僕らは何人かずつに分かれ、港の番小屋や付近の民家に入り込み、少し休んだ。

 島には数百人しか住んでおらず、皆が顔見知りなので、鍵もかけていなかったし、泥棒扱いされることもない。

 僕は、漢人たちと一緒に港の番小屋に入った。


 番小屋には、昔から港にいつもいたチュウさんというおばさんが寝ていた。

 チュウさんは、少し脳に障害のある人で、港に入ってくる船を見ては寄ってきて、島の外で採れた魚とか作物とかを持っていく。

 島の人は、島に帰ってくると、いつもありがとう、と言って、チュウさんにものをあげる。

 僕も、外から戻ってきたときにはチュウさんに、ありがとう、と言い、ものをあげるようにしていたが、それ以上の言葉をかけても、チュウさんはニコニコするばかりで、まともに口をきいたことがなかった。

 それでも、島に帰ってきたときに港でウロウロしてるチュウさんを見ると、ああ帰ってきたんだ、という実感が沸いたものだった。


 僕が戸を開けると、その狭い空間に冷たい夜風が吹き込み、チュウさんは起き出して少し声を上げた。

 僕が声を掛けると、チュウさんは僕を認識したようで、安堵して寝具に腰を下ろした。

 それからチュウさんに島の状況を聞いてみたが、やはりニコニコするばかりで何も返事は返ってこなかったが、チュウさんがこうして無事で笑顔でいられる状況であることが分かり、少し安心した。



 それから、空が白みがかった頃、僕らは再び集まり、鐘離山を上る準備をした。

 漢軍の情報はすぐに集まり、残党は族長の屋敷があった敷地でたむろしていることが分かった。

 僕ら総勢百二十名余りは、白虎の毛皮を着込み槍を掲げたシャムを先頭に、意気揚々と坂を上った。


 道脇からは、僕らの足音で眠りから起こされた島民が時折窓から顔を出し、僕らを見て笑顔で手を振ってくれる。

 進軍する僕らの多くは顔見知りなので、手を振り返したり奇声を上げたりして応える。

 そして気持ちが盛り上がってきたのか、しまいには歌まで合唱し出して、もはや奇襲という作戦を忘れているようだった。

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