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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
24/55

第24話 再起

日本語…【 】

凛君語…『 』

漢語 …「 」

この話では、このように括弧を使い分けています。

 僕がどうしようか迷いながら宜都の町の城門のほうに歩いていくと、人だかりができていて、大勢の人のざわめきが聞こえてきた。


 城壁の下では、人足たちと兵士たちが総勢三百人あまり対峙していて、漢語と凛君語が入り混じった罵声が飛び交っていた。

 兵士たちは百人くらいで、全員鎧に身を包み、槍や弓矢で武装して、人足たちと距離を取って隊列を組み、人足たちに武器を向けて威嚇していた。

 一方人足たちのほうは、二百人ばかりが棒きれや石ころを手にして各々で兵士側に罵声を送っていて、勢いだけはあるけど武器が貧弱すぎて、戦いになったらすぐに敗走しそうだった。

 人足たちの中にはダレルやジェツの他、凛君族の仲間たちが沢山混ざっていた。

 そしてさらにその周りには、大勢の野次馬が囲みを作って見物していた。


 僕はそれまで悩んでいたことも忘れ、囲みの外から城壁側に回り込み、人足たちの後ろに近づき、ジェツの袖を引っ張って、何をやっているのか聞いた。

 ジェツは、城壁工事が突然中断され、器材が撤収され始めたので、工事の給金が城壁完成時に支払われる約束だったから、それをよこすよう兵士に言ったら、城壁は完成してないので払えないと言われて、それでこういう騒ぎになっている、というような内容を、漢軍のほうを睨みながら時折僕を横目で見て言った。


 続いてジェツは、『だから漢狗は信用できねえ。』と呟くように言った。


 それを聞いて僕は、しまった、コイツに話を聞くんじゃなかった、と思い返した。

 ジェツと言えば漢人嫌いの暴れん坊でお馴染みの奴だった。


 ジェツは悪態をつきながら手に持っていた石を兵士の集団に向かって思いっきり投げ、そしてその石は三十メートルほど離れた兵士のこめかみに見事に命中した。

 突然のことで、僕は石が飛んで行って兵士に命中し、その兵士がうずくまるのを黙って見ているしかできなかった。

 兵士がうずくまって地面に赤黒い斑点が広がると同時に、漢軍が襲い掛かって来て、ジェツたちも雄叫びを上げて前に走っていき、両軍共に入り乱れた乱戦へと発展していった。


 戦いが始まると、先程まで周りを囲んで眺めていた野次馬たちも、始まった、逃げろ、などと言いながら蜘蛛の子を散らすようにその場から離れていく。



 僕は野次馬と一緒に逃げるわけでもなく、かと言って皆に加わり戦うわけでもなく、目の前で始まってしまった戦いをただ呆然と眺めていた。

 ついさっきまで安穏の中にあった生活が、瞬く間に戦いの中へと放り込まれてしまう。

 もちろん覚悟はしておかないといけなかったけど、戦いが始まるのはもう少し後だと思っていたので、突然始まった戦いに心が追いついて行かなかった。


 そして、やはりこの時代の人たちと自分は違うんだと改めて認識した。

 この時代の人たちは、争いに一歩踏み出すことに躊躇しない。

 やる、となったら迷いなく敵に向かって武器を振り下ろす。

 罪の意識がどうだとか、相手の家族がどうだとか、眠たいことは考えない。

 というより、考える前に脳内麻薬が爆発してもう体が動いてしまっている、と言った方が正確だろうか。

 とにかく、僕たちの時代だったら、手を出す前にもう二段階、三段階考える過程があると思うんだけど、そこをショートカットして暴力に訴える、そういう野蛮さ、よく言えば思い切りの良さがあった。


 僕は人と人がぶつかり合う音や雄叫びを耳にしながらそんなことをぼんやりと考えていた。


 朝この門をくぐって通勤したばかりなのに、その日の午後にはその場所が戦場になってしまう。

 平穏と混沌の境い目ってこんなに近いものなのか。

 それまで平成の日本という平和な国の平和な時代に生きてきた僕には、理解し難かった。


 僕もこの人たちと長く暮らしていたらこんな風になってしまうんだろうか。

 この時代に染まってしまったら、この人達のやり方を自分に許してしまっては、日本人としての自分が失われてしまうんじゃないだろうか。

 こうはなりたくない、もう嫌だ、逃げよう、遠くへ逃げよう。

 そう思って僕が身を反転させると、左目のすぐ横を黒いものが通り越していった。


 僕の目に見えたのは、ジェツが猛然と走り去る後ろ姿だった。


 やはり、武装した漢軍には棒切れや鍬じゃ敵わなかったのだ。

 周りに目を向けると皆バラバラに敗走しだしていて、僕も急いで皆と一緒に門の外へと駆け出した。



 漢軍は門の外までもしつこく追って来たが、徒競走になってしまえば、鎧を着込んだ兵士たちが着の身着のままの僕たちに追いつけるわけはなかった。

 何だか逃げてばかりのような気もするが、しつこく追いかけて来た最後の一人の兵士がへたり込むのをはるか後ろで見た時には、何だか気分が良かった。




 夜になった。

 僕らはまた、この宜都の町に来た時のように、森の中に逃げこんで一夜を明かした。


 逃げる途中で集落に寄ってラオとラビとその他違う仕事に出ていた仲間たちも拾って来たので、彼らも一緒に焚き火を囲んでいる。

 ラオとラビは、よっぽど寒いのか、僕の両脇にぴったりと寄り添っている。

 僕は、昼間一人で逃げようとした手前、少しいたたまれなかったが、一時の気の迷いだ、ということにして、大人になって、自分に都合の悪いことは忘れることにした。ここでは正直に告白しているので、それで勘弁してほしい。



 冬の森の夜はとても寒い。

 島の仲間たちが久々に全員集まっているが、逃げて来た興奮と久々に集まった喜びで喧しかった彼らの口を、ついには冬夜の寒さが閉ざした。


 静けさが場を支配し、あちこちから時折聞こえるひそひそ話も、焚き火にくべた木の枝のはじける音で、また静まり返る。

 焚き火の火を見つめながら、皆は自分たちの置かれた厳しい境遇を思い返していたのかもしれない。

 生まれ故郷の鐘離山から追い立てられ、さらに宜都の町で貧しいながら、一ヶ月近く暮らし、漸く慣れたところで再び追い立てられ、そして漢人の軍事施設を作らされておまけにタダ働きで終わり、そして今は暗い森の中で寒さに震えているのである。

 ほとんどの者は鐘離山に身内の者を置いて来ていて、家族を思い出していた者もいただろう。


 島の人たちは、ダレルみたいにロボットみたいな人もいるが、一般的には感情の起伏が大きめで、ネガティブな感情が支配するとどうなってしまうか分からない。

 次の日目覚めたら誰もいなくなってるということも起こらないとは限らない。

家族が心配だからといって勝手にバラバラに鐘離山に戻ってしまう、という行動を取ることが最も考えられた。

 そんなことをされたら、鐘離山にまだ漢軍が残っていた場合、簡単に捕まってしまうし、警戒されてしまうしで、僕らにとって最悪なことは、戦さ素人の僕でも分かる。


 だから、何か言葉を発して、次の指針なり、取り敢えず明日何をするかについて、皆の気持ちをまとめなくてはならなかった。

 シャムから秘伝の『凛さんの鏡』を預かっている身だし、厚顔無恥だと思われるかもしれないが、気づいた僕が何とかしないといけない。

 みんな黙りこくって静けさが支配する場で発言するのは、元の時代で何のクラス委員もやってこなかった僕にとってはとても緊張することだったが、自分の羞恥心に負けて行動せず、そのため人が犠牲になるのはそれ以上に耐えられないことだった。


【えーとー。】


 立ち上がり声を発したはいいが、緊張のあまり日本語が出てしまった。

 でも僕の発した意味の分からない言葉は、皆の注意を上手い具合に集めてくれ、僕が話しやすい雰囲気に変えてくれた。


『今こうやってみんなでまた集まることが出来て、とても嬉しい。みなも同じだと思う。次は、みんなで鐘離山に帰ろうと思う。どうだろうか。』


 皆はたどたどしさの残る僕の凛君語をじっと聞いてくれ、僕の問いかけにも反応を示してくれた。


『当たり前だろ、その他に何があるんだ。』といの一番に元気に答えたのはやはりジェツだ。


『でも漢軍や巴都族とどう戦うんだい』と続いて発言したのはノック。大柄で大楯の扱いが上手い人だ。


 僕はそれを受けて発言した。


『もちろん今の人数と武装では、僕たちが追い出された時の漢軍たちには敵わない。でも、その時と状況は一緒じゃない。おそらく、遠い東の大きな大きな戦いの決着がつき、そこで漢軍が負けたんだ。鐘離山の漢軍も元いた北の地に引き上げると思う。』


『じゃあ明日から鐘離山に向かって、明後日には鐘離山に帰れるんだな!』

『何故漢軍が引き上げるって分かるんだ。』


 ジェツは早合点するが、ダレルが即座にそれを制して、疑問を投げかけた。

 僕は、商店での荷動きや漢軍撤退の情報についてを話し、さらに城壁工事も中止になったことも撤退情報が事実であることを裏付けていると説明した。

 加えて、現に今もここでたむろしてても漢軍は追ってこない、きっと彼らも故郷の北方へ引き上げるのに気がはやっていて、こちらには構ってられないんだ、と話した。


 ここまで話して僕は漸く、勇気を出して発言して正しかったのだと自覚してきた。

 漢軍撤退の情報をはっきり言葉で聞いたのは、港の商家で働いていた僕だけだろうし、他の連中は城壁工事の人足をやったり仲間と漁に出ていたりだからそんな情報を掴む機会もなかっただろうし、何よりも「赤壁の戦い」というものの顛末を知っている僕だからこそ、信念を持って皆に話せるのだろう。


『それでは鐘離山から漢軍が撤退したかどうかは分からないではないか。』


 ダレルはあくまでも冷静に、一本の矢で獲物の急所を射抜くように的確に、僕の足りない所を突いてくるが、僕にはそれでも折れないだけの信念があった。


『だから、情報を集めよう。これから長陽の町へ行って、漢軍の動向を探ろう。』


 そうだった。僕が知っているのはあくまでも大まかな歴史だけで、この時に鐘離山に漢軍が留まり続けているかなんて、知っているわけがなかった。でも、知らなかったら調べればいいんだ、と考えられるようになったのは、少し成長したところだと思う。

 何日か時間を無駄にする事になったとしても、情報を得てから動く事は大切だ。

 とても平凡で当たり前のことを言っているようだけど、血気にはやり勢いで動きがちなここの人たちを押しとどめてまで自分の主張を通すには、こちらにもそれだけの信念が必要だった。


 僕の提案に対し、工事人足で徴用された島の年配者の何人かが同意を示し、それから空が明るくなったら長陽の町に向けて出発しよう、ということになった。

 進行ルートは、川を遡らずに山越えをするルートに決まった。

 清江を遡って、撤退してくる漢軍と鉢合わせたら目も当てられないし、そもそも乗る船もなかった。



 僕らの話が終わって再び静かになり、僕もラオたちのところに戻って少し休もうかと体を向けると、人足をやらされていた漢人の一人が、木の枝を両手に抱えてこちらに歩いてくるのが見えた。

 どういうわけか、この野営地には漢人の人足たちも少なくない数が混ざってたむろしているのだ。

 城壁工事の人足には、漢人も少なくない数が徴用されていた。

 この森まで逃げてくる道すがら、漢語を辛うじて話せる僕やダレルなどで彼らから少し話を聞いてみたところ、北方からの難民のほか、罪人や捕虜で賦役として働かされていた者も混ざっていて、境遇も様々だった。


 漢人の人足は、長い間苛酷な労働を強いられていたのか、痩せ細って生気の無い者も多かったが、木の枝を持ってきた人は、僕より背も高く筋肉もしっかりついた姿勢の良い人で、一見して捕虜の軍人だったのだろうと推測できた。

 彼は、両手に抱えた木の枝を僕らの焚き火の前に置き、枯れ枝を火にくべてくれた。

 僕が彼に向かってどうもありがとうと声をかける前に、彼は綺麗な漢語でこう言った。


「これから戦さかい?」


 僕はこの言葉を聞いて、僕らの話を聞いてたのかな、この人実は凛君語が分かるのかな、と思った。

 道中彼と少し言葉を交わした限りでは、彼は凛君語が分からない様子だったので、少し驚き、そして警戒した。

 彼は僕のそんな気持ちを読み取ったのか、続けてこう言った。


「さっきの話し合いを見てればそう思うさ。これから戦さっていう時は、みんなああいう……楽しそうな表情をするものさ。」


 言い終わると彼は軽く笑みを漏らした。

 そんなに楽しげだったかな、それに正確には戦さじゃなくて戦さの前準備というか、戦さを避けるための算段なんだけど、と思いつつ、「そうです。」と短く肯定した。

 あ、でも、この人漢人だった、これから漢人と戦うのにそれを言っちゃまずかった、と後悔し、取り消そうと思った矢先、驚くべき言葉が返ってきた。


 「私たちを雇わないか?住処すみかと食糧だけしばらくの間くれればいい。」

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