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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
20/55

第20話 潜伏

 僕らはゴリさんの家のある宜都の町に向かった。


 ゴリさんの家は、宜都郊外の五キロほど離れた小川のほとりにあった。

 川沿いに、木の柱に土がむき出しの土壁で作ったみすぼらしい家が十軒あまり並んでいて、その中の一軒がゴリさんの家だった。

 そこは凛君族の集落で、川で魚を捕ったり裏の畑で作物を育てたり、又はゴリさんのようにガイドのようなことをして生計を立てていた。


 僕ら十一人は、それぞれの家に散らばって居候させてもらった。

 ゴリさんから話がついていたのか、僕らはすんなりと集落の人たちに受け入れられた。

 ゴリさんには家族がおらず、ゴリさんは一人暮らしで、ゴリさん自身も余り家に帰ってこないので、僕とラオとラビの三人で使わせてもらった。


 ゴリさんは相変わらず謎の多い人物で、多くを語ってくれないが、数日置きに帰ってきては、蜜柑や干し魚など、どこで手に入れてきたのか分からないお土産を持って来てくれる。

 蒯先生との関係など気になることを聞いてみても、昔お世話になったとしか答えてくれず、具体的なことは何一つわからなかった。


 ゴリさん達の家はなかなかみすぼらしく、壁も床も土がむき出しで、僕たちが動くごとに土埃が宙を舞った。

 ゴリさんが普段使っている一つしかない寝台は、ラオとラビに使わせ、僕は土の床の上に藁を敷いて寝た。

 土の床の冷たさが藁を通しても伝わってきて、さらに扉の下の隙間から吹いてくるすきま風に直にさらされ、とても辛い冬を過ごした。


 さらに、洗濯するのも用を足すのも体を洗うのも前の小川で、冷たい水がとても体にこたえる。

 族長の家は、木の床で布団もあって、さらに体を洗うための湯も沸かしてもらい、とても恵まれていたんだと、ようやくここで思い知った。


 食事は隣の七人家族に混ざって食べさせて貰っていたけど、毎日毎日粟のお粥と塩っぱい漬物で、たまに干し魚が出る程度で、おまけにそれを手掴みで食べた。

 これが普通の暮らしで、文句を言う筋合いはないんだろうけど、元の時代の日本はもちろん、族長の家でももう一品は野菜なり肉なりが出たのに、というふうにどうしても思ってしまった。

 最初のうちはラオたちの食欲もあまり湧かないようだったが、何日もすると、空腹には勝てずに残さず食べるようになった。



 ある夜、ラオたちが寝静まってから、僕たち九人は集まって話し合った。


 みんな口には出さなかったけど、僕同様この集落での生活にイラついているようだった。

 狩りにも出れずに世話になって家事を手伝ってるだけの毎日は、肩身が狭くて辛いものだった。

 シャムでは到底耐え切れなかっただろう。

 いつまでこんな生活が続くんだ、と不満を顕わにする者もいる。

 不満の矛先は、一ヶ月だ、と期間を明言した僕に向かう。

 僕は、一ヶ月以内に曹操軍が敗走するのが歴史上の事実だ、と改めて自信を持って断言した。


 実を言えば、とても不安だった。

 この世界の歴史は、僕の知っている歴史とは違うように進んでいて、東南の風も吹かず、曹操軍は大勝し、鐘離山の軍隊も撤退しない、という可能性だって十分に考えられた。

 しかし、僕はそんな不安を隠し、自信を持って、一ヶ月と言い切ってみせた。

 みんな僕以上に不安だろうし、ここで僕までが不安を顕わにしてしまっては、この集団はバラバラになってしまう、と思った。

 今の僕にはこの部族を守るという使命があり、そのためには自分に嘘をついてでも皆を安心させよう、という気持ちで、何の根拠もないかもしれない数字を、事実だと言い切った。


 集団を引っ張るということは、こんなふうに、落ち度もないのに不満をぶつけられ、つきたくもない嘘をつき、みんなのために頭を使わないといけない。

 こんなふうな役割は元の時代の日本では回ってこなかったし、やってみると案の定、嫌な気分にさせられる。

 突然シャムの顔が脳裏に浮かび、シャムもこんな気持ちになったのかな、と思い返す。

 そして、僕にはやっぱり向かないな、と改めて思い、たった一ヶ月の辛抱だ、と自分に言い聞かせる。


 そんな中でも横から無表情に僕を見つめるダレルには、僕のそんな思いが全て見透かされているような気がして、少し気を引き締める。

 僕がダレルに視線を送ると、ダレルが口を開いた。


 「いずれにせよ、世の中の動きについても情報を集めないといけない。我らに追手がかかっているか、戦争の行方、曹操軍の動向。誰かに宜都の町に行ってもらわないと。」


 続いて、ノックも意見を述べた。


「追手が来ないようだったら、俺らも町に出て稼ぎたいな。食わせてもらってばかりだと申し訳ない。」


 続いて他のみんなも、そうだな、何か別の食べ物も欲しいし、などとザワザワと話し合い、偵察に誰が行くかを決めることにした。



 そして話し合いの結果、宜都の町の偵察にはやはり僕が行くことになった。

 理由は、漢人の言葉が一番分かるのが僕だったし、漢字にも長けていたし、肌の色も白くて漢人っぽかったからだ。

 宜都近郊に来てからは、僕は学生服とスニーカーは封印して家の隅にしまい、ゴリさんに借りた漢人の服を着て、脚絆(きゃはん)の下に草鞋(わらじ)を履いた格好をしていた。

 肌の色も相変わらず白く、確かに格好だけ見ると漢人の良家の子弟に見えなくもなかった。

 さらに、みんな退屈しているのか、結構な数の者たちが宜都に行きたがったが、その中でも一番色が白くて何となく漢人っぽいジェツが一緒に行くことになった。



 その翌朝、朝食を済ませると、僕とジェツは旅支度をし、羨ましがるラオたちをなだめ、二人で出発した。

 朝日が照らす方向に向かって歩き、朝日が照らす影が短くなる前には、もう宜都の町に着いた。


 ジェツは、シャムの狩猟仲間で、僕と同い年で背の高さも同じくらいだ。

 彼は賑やかな人で、狩りに行く集団にジェツが混ざっていると楽しくなるのだが、その明るさが落ち着く瞬間に出逢いたくなくて二人きりにはなりづらい、そんな人だった。

 道中もジェツはウキウキした様子で、白い息を吐きながら、何か旨いものあるかな、とか、可愛い娘いるかな、とか話しかけてくる。

 偵察だから、静かに、とにかく騒ぎを起こすな、と僕が口うるさく言っても、分かったから、と言って耳を貸さない。


 正直に言えば、僕も久々の都会に心が浮き立っていて、舗装されていない土道にできた霜柱をジェツと二人で見つけては踏んで、その感触や音を楽しみながら歩いたので、町に着くのも早く感じた。



 三ヶ月ぶりに来た宜都の町は、前にも増してごった返していた。

 町を城壁で囲もうとしているようで、町の入り口には人足がたむろし、掘り起こした土があちこちに積んであった。

 周囲には土埃が舞い、人足たちの汗や糞尿のにおいが立ちこめ、僕は、多くの人であふれた町という存在から挨拶代わりに臭い息を吹きかけられたように感じ、嫌なところに来てしまったと少し暗い気分になった。


 町の中は、以前来たときのように、木造白壁瓦葺きの二階建ての建物が並んでいたが、雑踏の中に鎧を着て剣を下げた男たちが多く混ざっているところが、以前とは違う光景だ。

 ジェツは、宜都の町には初めて来たということで、左右に立ち並ぶ二階建ての白い建物たちに目を移らせながら、僕の後ろにくっついて歩いた。


 しばらく歩いて港に出ると、そこには先日僕らを圧倒した巨船と同じくらいの大きさの船が五隻も泊まっていて、その他にも大小さまざまな船が泊まり、行き交う人たちや筵を敷いて物を売る人たちで、とても賑わっていた。


 露店では、陶器の皿や壷、竹の籠や箒、古着や刃物、その他に干物や野菜果物など様々なものを売る店が並んでいて、眺めて歩いているだけで楽しかった。

 ジェツも古着屋の前で物欲しそうに立ち止まっていたが、彼には先立つものがないのでどうしようもない。


 僕はその斜め向かいの変なガラクタばかり置いてある店に興味を引かれ、竹の笛とか木彫りの魚とか土偶みたいな人形とかが所狭しと置かれた中から、一際小さな金物に目をつけた。

 僕はその露店の前にしゃがみこみ、その金物を手に取ってよく見ると、どうやら服に付ける丸いボタンのようだった。

 ボタンは真鍮か何かで出来ていて、正面が盛り上がり、何かが刻まれていた。

 服の袖で擦って汚れを取ってその刻まれたものをよく見ると、『高』という字を稲穂の輪で囲っていた。


 それは、僕の高校の制服のボタンだった。

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