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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
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第19話 再会と別れ

 僕はゴリさんの上を通り過ぎ、暫く行った川の中に着水した。

 竹鎧のお陰で沈むことはなかったが、冬の水はとても冷たく、アイスも急いで背負袋を抜け出し、僕の頭の上に避難した。

 僕は腰に縛ったパラシュートの綱を解き、泳いで川岸に上がった。


 陸上は冬風が吹いててさらに寒く、ゴリさんに再会できた喜びも忘れ、僕は震えながらゴリさんの方へ走った。

 ゴリさんもこっちに向かって走ってきて、挨拶もそこそこに来ていた毛皮を僕に投げてよこした。

 僕はお礼を言いながらその毛皮を受け取り、学生服を脱いでその毛皮を着込み、その暖かさに幸せを感じつつ、どうしてこんなところにいたのか聞いてみた。


 ゴリさんは僕の様子に微笑みながら、蒯先生が合図を送ってきたからさ、と答えた。

 どうやら蒯先生が何度も上げていた紙風船は、実験だけではなく、ゴリさんへの信号でもあったようだった。


 その前にそもそもゴリさんは蒯先生と繋がりがあったのか、この人たちは一体何なんだ、という驚きや疑問がわき、どうなっているんだと矢継ぎ早に質問した。

 しかし、ゴリさんは僕の質問を柔らかく微笑んで躱した。


「坊やは相変わらず色んな事を知りたがるなァ。でもそんなこと話してる時間はないぞ。」


 こう言って、遠くの鐘離山の方を指さした。


 僕がそちらの方を見ると、沢山のパラシュートが飛んでいて、そのどれもがこの場所まで来るには高度が足りず、川の中に落ちてしまいそうだった。

 僕はその光景を見て、助けに行かないと、と気づき、慌ててゴリさんとそれぞれ一艘ずつ船を漕ぎ、パラシュートが落ちていく方に向かった。



 パラシュートで落ちてきた鐘離山の人たちの回収も無事終わり、僕らは元の川岸に戻った。

 漢軍に矢を射掛けられたりパラシュートが上手く操れなかったりして、高いところから墜落したものが何基かあったものの、多くの者が無事に脱出できた。

 ラオはシャムが、ラビはダレルが一緒に乗せてきて、その他にも大人同士で二人乗りしてきた者もいて、合計十二名と一頭が脱出に成功した。

 彼らを僕とゴリさんが漕いできた船に回収し、ついでにパラシュートもいくつか回収した。


 漢軍の船が三隻追ってきたので、僕らは清江の支流にはいった。

 そこは、川底が浅く水草も生えていて、中型の船では漕ぎ入りにくい。

 さらに少し入ったところに先ほど回収したパラシュートの布を広げておいたので、綱が水草に絡まり、取り除くのに多少の時間がかかるだろう。


 僕らは船で支流を少しの間遡り、上陸した。

 上陸して山の中に入れば、普段から狩り場にしている一帯なので、よそ者の集まりである漢軍の兵士たちには追いつけるわけがなかった。

 山を一つ越え、次の山の山頂に着いたところで、僕らはようやく人心地がつき、少し休んだ。


 シャムたちは、前の山に視界を遮られながらも、鐘離山の方に向かい、待ってろよ、絶対もどるからな、などと思い思いに叫ぶ。

 漢軍に聞こえちゃうよ、と心の中で思うものの、この人たちはこうなんだ、思った事はすぐやるんだ、ということは理解しているので、止めることはできなかった。

 しかしそれで漢軍に追いつかれることもなく、僕らはその日もう一つの山を越え、川原で焚き火をして、水だけ飲んでそこに泊まった。


 鐘離山に残ったみんなは大丈夫だろうか、漢軍にどんな扱いを受けているだろう、と不安に思う声がたくさん上がったが、話したところでどうなるわけでもなかった。

 僕らはもう島から離れてしまっていて、僕ら自身がこれから生き残る道を探して、前に進んでいくしかなかった。



 翌朝僕らは、ダレルが持ってきた唯一の弓矢で狩ってきた一匹の兎を、皆で分けて一口ずつ齧りながら、今後のことについて話した。

 僕は、自分の知っていることの中から、将来の役に立ちそうなことを選んで、皆に話した。


 鐘離山に攻めてきたのは曹操の軍で、主力軍は今長江を挟んで他の漢人の軍と戦っていて、それもじきに決着がつく、曹操軍はこれから一ヶ月以内に負けて、長江のはるか北へと逃げていく、そうすれば鐘離山の兵士も逃げるだろうから、奪還するのも簡単だ、という話をした。

 そして、短い間だからみんなで耐えて生き抜こう、という言葉で締めた。

 みんな半信半疑だったが、希望が持てる言葉で目に少し活気が戻ったのは確かだった。


 それからゴリさんが、自分が住んでいる町に来るように言ってくれた。

 彼は、蒯先生の肝いりで既に色々と手配してくれているようだったし、島のみんなは、僕を鐘離山に連れて行った時に同行していた彼とも面識があり、それなりに信用しているようで、ゴリさんの町に行くことであっさりと決まった。


 しかし、一人シャムだけが(うつむ)いて動かず、目を怒らせて川原の石か何かを見つめていた。

 どうしたのかと皆が誰からともなく彼の方を向くと、シャムは突然僕の方に顔を向けて、「一ヶ月なんだな?」と低く鋭い声で言った。

 僕は不安を押し殺しながら、そうだ、一ヶ月後に僕らは鐘離山を奪い返す、と言うと、シャムは立ち上がってこう言った。


「約束だぞ、一ヶ月を一日でも過ぎてみろ、お前の肉を切り刻んで、清江の江豚(カワイルカ)のエサにしてやるからな!」


 シャムは僕に向かってこう言い放ち、呆気にとられている僕を尻目に、脱出の時に持って来ていた白虎の皮を羽織った。


 僕はシャムどころかこの時代に来て以来こんな言葉を浴びせられたことがなかったので、呆然とし、義兄弟になる、つまり身内になるってこういうことなの、などと考えながら、返す言葉を失って、シャムの行動をただ見送っていた。


 シャムはそんな僕の前に立ち、懐から鏡を出した。

 『凛』さんのパスポートが入った銅鏡だ。

 シャムはその銅鏡を僕の方に差し出して、僕の目をじっと見て言った。


「これはお前に預ける。一ヶ月したら必ず戻ってくるから、大事にしていてくれ。」


 僕は差し出された銅鏡を受け取りながら、何言ってんの、と聞いたが、その返事は返ってこず、シャムはうさぎの骨に食いついている子虎のアイスの背中をたたき、アイスを引き連れ僕らに背中を向けて森の中へ歩いて行き、追いすがるラオやラビたちも振り払い、森の中へ消えていった。


 僕はシャムに振り払われて地面に倒れたラオたちに向かって走って行って彼らを助け起こし、森の中へ消えてゆくシャムに向かって、何なんだよ、何処へ行くんだよ、何がしたいんだよ、と怒鳴った。


 それでもシャムは一度も振り返ることはなかった。


「放っておけ。」と真後ろから突然声をかけられた。ダレルだった。


「恥ずかしいんだろ。両親を殺されて島まで奪われて、その上、人の計画にそのまま従って、島民じゃない人の世話になって暮らすなんて。誰にも見せたくないんだろ、族長として何も出来ていない自分を。」


 ダレルは、シャムが消えていった森を見つめながら、頭の中の文字を追うように無表情に語った。

 それでも、肉を切り刻んで江豚(カワイルカ)のエサにする、は言い過ぎなんじゃないかと反論した。

 するとダレルは、僕の背中を軽く叩いて、やや口角を上げて細目をさらに細くし、微笑みというにも足りない微かな笑いを浮かべて、言った。


「あいつは甘えてるんだよ、お前に。」


 そう言われても到底納得は出来ず、義兄弟になって逆に扱いが下がるのはおかしい、あいつは僕を義兄弟にして言いなりにできる手下を一人増やしたとでも思ってるんじゃないか、とまで思った。


 でもそれは一時の怒りに過ぎず、僕はこれから過ごす一ヶ月で、そんなことは綺麗に忘れ去った。

 それ程までにこれからの一ヶ月は忙しく、そして変化の大きいものだった。

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