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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
16/55

第16話 白虎堂の戦い

 巴蛮族を撃退して息つく間もなく、漢軍の数百の兵が上陸してきた。

 漢軍は『漢』と『曹』の旗を押し立て、あっという間に族長屋敷まで上ってきた。

 漢軍は鎧甲を着込み前線に楯を並べて後方から矢を絶え間なく射かけ、整然とした隊列で上ってくる。

 数でも武装でも兵の練度でも劣る鐘離山の兵たちは、漢軍の兵たちに全く被害を与えられずに、ひたすら後退を迫られた。


 シャムもついに撤退の号令をかけ、自分も族長夫妻の亡骸を両肩に抱え、山頂に向かって走って行く。

 続いてダレルが、ラオとラビを両脇に抱えてシャムの後を追い、僕もそれに続く。

 殿軍しんがりは、ノック達の大楯を持った連中がつとめる。


 山頂へ登る山道は、道も狭く斜面も急になり、大軍が一度に攻めてくることはできない。

 さらに、日も落ちて薄暗くなってきていて、漢軍の視界も悪くなり、それも僕らの退却を助けた。

 それでも大漢帝国の正規軍数百人に対し、僕らは二百人に満たない粗末な装備の島民なので、疲労で動きも鈍るし、鉄槍に楯を砕かれたり強弩に竹鎧を貫かれたりして、死傷者も少なからず出た。

 あたりが暗くなっても漢軍の追撃は止まらず、僕らは山頂付近まで後退した。


 山頂の平地に至る最後の坂道まで来て、そこである異変に気づいた。

 最後の斜面を登ったところに、木で作った柵が張り巡らされていた。

 柵の向こうには大きな岩がたくさん積まれていた。

 柵の向こうから、「全員ここまで上ってこい!」と漢語で叫ぶ声が聞こえてくる。

蒯先生だった。


 漢語の分かる者何人かも、『柵の上まで退却!』と部族の言葉で仲間に声をかけている。

 僕らが皆最後の斜面を上りきる頃、柵という柵が切って落とされ、大小たくさんの岩が柵もろとも大きな音を立てて斜面を転がっていった。

 それらは斜面を連なり上って来ていた漢軍の兵士たちを巻き込み、どんどん勢いを増して斜面を落ちていった。

 運良く生き残った漢軍に対しても、僕らは残っている石を投げおろしたり、矢を射かけたりし、散々に痛めつけて、遂に漢軍を退却させた。


 鐘離山の兵たちは士気が大いに高まり、山道を下って漢軍を追撃したが、今度は巴蛮族の兵たちに阻まれた。

 漢軍は今度は巴蛮族の兵たちを先鋒に据えて山道を進み、僕らは再び山頂まで退却した。

 柵も岩も既にないので、さらに白虎堂まで退却した。


 白虎堂の敷地の正面には、いつの間にか木の壁が張られ、簡素なやぐらが立ち、その手前には簡単なほりも掘られていた。

 僕らは白虎堂の敷地に入り、門を閉ざし、櫓や壁越しに矢を射かけ、敵軍は不利と見たのか一旦退却した。


 僕らは篝火かがりびを焚いて見張りを立て、ようやく武器を下ろして地面に座り込んだ。

 水を飲んで一休みすると、族長夫妻を埋葬しようと、何人かで重い腰を上げた。

 族長夫妻の亡骸のほうに目をやると、どこから入ってきたのか、子虎のアイスが亡骸の傍らに座り、二人の顔をじっと見ていた。

 アイスはその大きな黒目で微動だにせずに見つめていて、僕らは彼をそのままにして、すきを手に取り、その傍らで穴を掘った。

 そして、族長夫妻をその穴の底に慎重に横たえ、穴を埋め、土を盛って、墓標を立てた。

 その様子についてもアイスは動かずにじっと見守っていた。

 それから、シャムが葬送の歌を歌い始め、続いて皆の歌声が合わさり、兵士たちの朗々とした低い歌声は、暗がりを引き寄せ、星々を目覚めさせていきながら、冬の夜空にどこまでも吸い込まれていった。



 この日は前の晩から徹夜で戦っていたので、みんな眠たかった。

 白虎堂の中には島の人たちが男女合わせて十数名いて、食事や寝床の準備をしてくれていた。

 皆で白虎堂の大広間に集まり、芋粥と漬物を腹に流し込み、食べ終わったものから次々に眠っていった。


 僕は、食べ終わったら上の階に上がり、蒯先生と少しだけ話をした。

 白虎堂の正面の濠や壁や昨日の木柵や岩などは、全て蒯先生が自分で準備したり、島民に準備させたりしたものだった。

 今白虎堂にいる島民たちに手伝ってもらい、前々日から穴を掘ったり水や食料などを運び上げたりしてもらっていたという。

 つまり、蒯先生は僕らが山頂の白虎堂まで追い詰められることも予測していたのだった。


 どうしてそんなことを予測したのかと聞くと、巴蛮族の裏切りを予想していたらしい。

 漢の使節が来たときに巴蛮族の者が居合わせるのは偶然とは思えない、巴蛮族の救援と漢軍の進軍のタイミングが合いすぎている、それに、歴史上から見て数万の軍勢で攻めても降せなかった部族に対し、長江で大会戦が行われてる中で、そんな部族を倒せるほどの戦力を出す余裕があるのか、必ず何かあるはずだ、曹操の軍団が安易な作戦を立てるわけがない、という。


 それから、お前は日頃から何を聞いているのか、物事の表面ばかり追うな、意図を探れ、と言っているだろ、と説教が始まるのはいつもの通りだった。

 そんなこと僕に言われても、部族の作戦に口が出せるほど影響力ないし、そもそも変なことを言って巴蛮族の人たちを怒らせたら、助けてくれるつもりだったとしても助けてくれなくなってしまう、と咄嗟とっさに心の中で反論してしまった。


 しかし、こういうふうにも思った。


 でも、僕だったら、凛君族でも漢人でもない立場を使い、蒯先生の知恵を積極的に借りれたかもしれない。そうすれば、犠牲はもっと少なかったかもしれない、アシムや族長夫妻や屋敷の人たちも死なずに済んだかもしれない。

 蒯先生も、僕が聞いてくれるのを待っていたのかもしれない。

 そして僕が族長たちを一生懸命説得すれば、巴蛮族を上陸させないだとか、族長たちを頂上に逃がしておくだとか、そもそも巴蛮族と話し合いをして戦い自体を回避する道なんかも探れたかもしれなかった。


 ここまで考え、僕は自分が全く成長してないことを知った。

 何もしないで周りに流され、後で何か言われれば、あの時はしょうがなかった、と自分を慰める。

 元の時代でもそんなことの繰り返しで、この時代でも、人が死んでいても、同じようなことを考えている。


 何でアシムたちのような尊敬すべき存在が死んで、自己弁護ばかりする僕のような存在が生きているのか、答えがでなかった。

 彼らが死んで、この時代では異分子の僕が生き残るのは、不条理なんじゃないか。


 ふと、蒯先生に聞いてみた。僕は生きている資格あるんですか、と。


 蒯先生は眉間に皺を作り険しい顔になり、それを言うならまず死ぬべきは私だ、と言った。

 そして、物事の順序を履き違えるな、一番悪いのは漢軍、次に巴蛮族だ、反省したら未来に活かせ、過去に押しつぶされるな、常に平常心であれ、と言った。


 日頃に似合わず熱のこもった言い様で、珍しく僕を励ましてくれているかのようだった。



 翌日になって、漢軍は再び白虎堂に攻め寄せてきた。

 その後ろには、巴蛮族の姿も見える。


 僕らは壁の内側に閉じこもり、ひたすら矢を射かける。

 壁の内側は濠を掘った土が盛られて高くなっていて、壁の上から矢を射ることができ、敵軍は濠の内側まで近づけずにいる。

 白虎堂は三方を崖で囲まれていて、正面はとても簡単な防御施設だったが、これくらいの敵の数を守るには十分なものだった。


 火矢を射かけられ、白虎堂ごと燃やされるのが一番怖かったが、それもなかった。

 漢軍は火矢を射ようとしていたが、巴蛮族がそれを止めていた。

 白虎堂は布の貯蔵庫でもあるので、それを知っている彼らは、布を燃やしてしまうのが惜しいのだろう。

 凛君族や巴蛮族を含む五渓蛮は布で税を納めるので、布を金のように大事にしている。

 僕らが札束の詰まったカバンを火の中に放り込むことができないのと同じようなものだろう。


 かと言って、犠牲を顧みずに力押しで門を壊して中に入ろうとして来ることもなかった。

 漢軍は、数にまかせて攻めてくる時もあったが、急に何かを恐れるかのようにわらわらと逃げ出していく。

 固く閉じこもった僕らを誘い出す作戦なのかな、とも思ったが、巴蛮族は逃げずに留まっているし、連携が全くなく、しばらくは訳が分からなかった。


 そのうちに、漢軍の兵たちが逃げていくきっかけが分かった。

 それは、僕だった。

 僕が壁や櫓の上に姿を現すと、僕の姿を恐れるかのようにして漢軍の兵たちが逃げ出す。

 彼らは悲鳴とともに、疫病神だとか何とか言って喚きながら退く。

 僕が交代で白虎堂の中に退くと、彼らは門に近づいて来て激しく攻撃してくる。

 僕が出て行くと、彼らは急いで逃げ、遠巻きに矢をパラパラと射かけてくるだけになる。


 全く奇妙なことだった。

 蒯先生に聞いても、全く分からず、皆で首をひねるばかりだった。

 そんな訳で、僕がなるべく櫓の上に立つようにしたが、僕の放つヘロヘロの矢では漢軍の兵たちの鎧を貫けず、脅しにもならない。

 僕は弓の名手でも何でもなく、怖がられる理由がない。


 そんな奇妙な感じで一日の戦いが終わり、僕らは眠りに就いた。

 眠る時は、白虎堂の大広間でみんなで雑魚寝する。


 僕は周りからいびきが聞こえる中、天井を見つめながら考えた。


 もしかしたら、僕のクラスメイトが僕と同じようにこの時代に飛ばされ、曹操の軍勢を相手に暴れまわっているのかもしれない。

 僕の着ている学生服をこの時代で着ている者は僕ら以外にはいないし、だとしたら、漢軍の兵士たちは、僕を恐れていたのではなく、僕の服装を恐れていたのかもしれない。


 こんな突拍子もない思いつきをして、もしかしたらクラスメイトに会えるかも知れない、などと少しウキウキしながら僕は眠りに就いた。

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