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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
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第15話 族長の死

 僕はダレルたちを追って、所々に死体の転がる坂道を登った。

 右手に鉄剣を下げていても、僕は自分が人を殺す覚悟があるかどうか分からなかった。


 僕は前へ歩きながらも、アシムのことばかり考えていた。

 アシムこそ逃げてしまえばよかったのに、人間の子供なんて構わずに。

 おまけに知り合って日の浅い僕まで庇って死ぬなんて。

 僕は確かに感動したが、そんな一つしかない命をかけて感動したのは僕とラオたちのたった三人だ。

 僕が元いた時代の人たちだったら、何の犠牲も払わずに、SNSに写真を貼るだけで、その何万倍という数の人々を感動させることができるだろう。


 アシムの死に方は、全く効率的ではなく、とても愚かで、絶対に真似したくなかった。

 真似したくなかったが、今右手にある剣を持った兵士に殺される、と思った瞬間目の前に飛び込んできた白い影が、僕の頭に焼きついて離れようとしなかった。

 『無垢の犠牲が尊い』なんて、国家が戦争中に考えたマヤカシだ、愚かしいことだ、もっと賢くなれ、と自分に言い聞かせた。


 この時の僕はとても情けなかった。

 アシムの最期を自分に照らしたときに、心の奥底で到底できないと思い、そんな自分を正当化できる逃げ道を無意識に探していたのだ。

 そんな僕の歩く様はきっと傍から見たら、熱病に浮かされたようにフラフラと当て所ない様子だっただろう。



 僕が隙だらけの様子でフラフラと山を登って行くと、やがて上の方から大勢の人々の歓声や怒鳴り声が聞こえてきて、我に返らされた。


 林を抜けるとやや見晴らしのよい岩肌の所々見える緩やかな傾斜地に出た。

 そこには凛君族と巴蛮族の人たちが分かれて何かを囲むように人だかりを作っていて、声を上げながら何かに見入っていた。


 人だかりのそばまで行き、人垣の隙間から中を覗くと、シャムが巴蛮族の戦士と戦っていた。

 シャムとその相手とは一騎打ちをしていた。


 戦いの中で一騎打ちをするのは、この時代では、皆の中で一番武芸に優れた者同士に許される誇り高い行いとされるらしい。


 シャムは虎皮を脱いだ竹鎧姿で、槍を滅茶苦茶に振り回して相手に打ち込んでいる。身体は汗にまみれ、所々から血も流している。

 目を大きく見開き、相手だけを見て、ただ気持ちに任せて相手を遮二無二槍で叩きまくっている。

 しかし、僕の槍と同じように、すでに穂先がなくなっていて、ただの棒を相手に向かって振り回しているだけになっていた。


 相手の巴蛮族の戦士は、シャムと同じくらいの背丈だが、横幅がかなりあり、狼牙棒ろうがぼうを両手に構えてシャムの打撃をいなしている。

 頭に鉢金を巻き、顔の頬から下がヒゲで覆われていて、容貌はよく分からないが、シャムの動きを見つめる落ち着いた視線から考えると、シャムより一回り上くらいの年齢の熟練した戦士のように思えた。


 シャムは勝手知った鐘離山の岩場を、凹凸が多くても器用に動き回り、自由に動けない相手の受けにくい位置に回り込んで強烈に打ち込む。

 相手の戦士も少ない動きでよくいなしているが、シャムの疲れを知らない滅茶苦茶な打ち込みをかわしきれずに何回か打たれていた。


 シャムの攻撃が当たるたびに、島の人たちから歓声が上がる。

 しかし、武器がただの棒なので、鉄の胴巻きと厚い筋肉に阻まれてあまり意味はなかった。

 シャムは、それらのことは頭の中にないようで、目を見開いて相手の戦士だけを見据え、岩の上を動き回りながら、一心に棒を打ち下ろしていた。

 相手の攻撃を防ぐことなども全く頭にない様子で、狼牙棒の打撃を何回か既に受けたらしく、顔や二の腕から血を流していた。



 僕はシャムのそんな一切を顧みない異様な戦いぶりに不安を感じ、周りを見渡した。


 人だかりの輪から離れたところに、島民が何人かで輪になってひざまずいて輪の中心に向かってうつむいて何やらぶつぶつと呟いていた。

 僕は胸騒ぎがしてそちらへ向かって急ぎ足で歩いた。


 輪の中心にはシャムが着ていた白虎の毛皮が敷いてあり、その向こうには、族長と族長夫人の目をつぶった顔が見えていた。

 島民の人たちはぶつぶつと葬送の歌を歌っていて、族長達の顔の傍らにはラオとラビがひざまずいて頭をたれて目をつぶって、やはりぶつぶつと歌っていた。

 二人の子供は時折嗚咽(おえつ)していたが、もう涸れているのか、涙は出していなかった。

 僕も族長夫妻の亡骸の傍に行き、ひざまずいて目をつぶり、合掌し、冥福を祈った。

 この時代に冥土や仏様が存在するかどうかは分からなかったけど。



 凜君族の第何十代か何百代目の族長とその夫人は、こんな形で最期を迎えた。

 同族の五渓蛮ごけいばんの一つ、巴蛮族の裏切りに遭い、その凶刃きょうじんに遭って命を絶たれた。

 さぞ無念だっただろう。

 前の日にはみんなで僕らを笑顔で送り出してくれたのに。

 この時代に来て右も左も分からなくて不安だった僕を家族のように受け入れてくれ、居場所を作ってくれた。

 こんないい人達がなぜこんな死に方をしないといけないのか。

 自分たちの土地で平和に生きていたのに、侵略や裏切りに遭って殺される。

 この時代の運命の神様も、やはり理不尽だった。


 合掌して黙祷していると、不思議と僕の頭も落ち着いて、族長達の死を短い時間で受け入れることができた。

 幸いなのは、住んでいるこの島で最期を迎えられたことと、子供が三人ともまだ生きていることだ。

 僕らの手で、族長達や、アシムやその他の島の犠牲者たちを、安らかに弔ってあげたい。

 これ以上犠牲を出さないためにも、目の前の侵略者達を排除して、平和を取り戻すしかない。

 そう、僕らはどんなに悲しくても、前へ進んでいくしかなかった。


 考えが落ち着くところに落ち着き、僕は目を開き顔を上げ、白虎の毛皮の向こうを見た。



 冬の太陽が川の向こうに沈もうとし、その最後の光が人だかりを照らしていて、人だかりの中では、まだシャムが男と闘っていた。

 シャムは相変わらず相手の戦士に向かってがむしゃらに棒を振り回している。

 今だったら、シャムがこんなに無茶苦茶な戦い方をしているのも少しわかった気がする。


 両親が殺されたこと、巴蛮族に裏を突かれたこと、屋敷を焼かれ、島の仲間たちを殺されたこと、そして自分が次の族長で、今のこの危機を何とかしないといけないこと。

 様々なことが頭の中で入り混じり、整理がつかなくなり、全てをごちゃまぜにして怒りとして目の前の男に吐き出し、叩きつけているんだろう。


 シャムは手に持っていた棒を相手の戦士の狼牙棒に弾かれ、汗で滑ったのか簡単に飛ばされてしまった。

 僕が危ない、と思う間もなく、シャムは相手の懐に飛び込みざま顔面に右の勾拳(フック)を叩き込んだ。

 相手の男の身体は横に泳ぎ、シャムは男のみぞおちに正面蹴りを入れ、男は武器を離して岩肌に倒れ込み、その様に島の者たちは、わっと歓声を上げた。


 男は頭を振って起き上がり、素手で構えるシャムに向かって、やはり素手で突進する。

 頭から突っ込んでくる男の突進をシャムは正面から受け止めようとし、横幅が自分の倍もある男の突進力を抑えかね、今度はシャムが男共々地面に背中から倒された。

 その後はお互いに上になったり下になったりの力比べが続き、お互いに殴ったり殴られたりで顔の腫れも酷くなっていった。


 思いっきり冷めた目で見れば、ガキ大将同士がケンカしてそれを周りが見てはやし立てているような、技術も何もない汚らしい闘いだった。

 しかし、僕はこのケンカを美しいと感じた。


 顔を腫らしてみっともなくて、それでもがむしゃらに戦う姿が、とても美しかった。

 何があっても決して負けないし折れない、というこの人の生き方が現れているような気がして、まぶしく感じた。

 こんなふうに強烈に感情を力に変えて真っ直ぐに表現できるシャムが羨ましかったのかもしれない。


 周りの目を気にして妥協に妥協を重ねて生きていた僕たちには、到底できないような気がした。



 しかし僕は、地面に落ちていた、戦いを見物してる兵士が放置した弓矢を拾い上げた。


 こんなに馬鹿げた、子供じみたケンカをいつまでも黙って見ている訳にはいかなかった。

 人が沢山死んでいる戦いの最中に、みんなでケンカを呑気に見ているのは、明らかにおかしい。

 この時代の一騎打ちの作法など、僕にとってはクソくらえだった。

 この違和感ある状況を打ち破るのは、この時代の常識のない僕の役割のような気がした。


 僕は矢をつがえ、弓を引き絞って、シャムの一騎打ちの相手の男を狙った。

 男が上になった瞬間を狙ったつもりが、矢は男の身体を逸れ、すぐ横の岩に当たり、コツンと乾いた音を上げた。

 男は少し驚き、その隙にシャムが男と体を入れ替え、男の上に馬乗りになり、真上から顔面を何度も強く殴りつけた。


 それまで後ろで見ていた巴蛮族の兵士たちは激昂し、武器を手にシャムに向かって雪崩を打って押し寄せてきた。

 それと同時に鐘離山の兵士たちもシャムたちに向かって殺到し、乱戦の様相を呈した。


 シャムに殺到した巴蛮族の兵たちの剣は、いち早く飛び出したノックの大楯に阻まれ、シャムを傷つけるに至らなかった。

 シャムは大楯が剣を弾く音にようやく我に返り、立ち上がって自分の下で気絶している大男の横腹にひと蹴り入れて、味方の側に退いた。


 シャムが退く間に巴蛮族は気を失った大男を回収したが、最強の戦士を失って勢いをなくし、鐘離山の兵たちに次第に追い立てられ、山の下へと撤退していった。


 僕たちは一息つき、シャムは族長夫妻の亡骸の下へ行き、少し休んだら追撃だ、と心を準備していると、島の下層の方から、味方の島民が息も絶え絶えに登ってきた。

 彼は何やら大声を上げながら走ってきて、近づいて来るとようやくその中身が聞き取れるようになったが、それは、僕らの敵はもっと強大だったことを思い出させるものだった。


「漢軍が上陸してきた!巨船一隻に小舟数十艘で上陸、兵数は数百!」

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