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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
14/55

第14話 アシム

 僕らは屋敷の中に入った。


 屋敷の中には、巴都の兵の死体がいくつも転がり、島の人たちも所々で息をせずに血みどろで横たわっていた。

 島の人たちは、みんなどこかしらで顔を見たことがあり、中にはいつも屋敷でお世話になっていた侍女の姿もあった。


 僕は、そんな無残な光景を目にし、少しの間呆然として敷地内をさまよい歩いた。

 平和に暮らしていた日常の生活がこんなにもあっという間に壊し尽くされたことを、受け入れるのを心が拒否していたのかもしれない。

 傍らにいた子虎のアイスが低く吼え、僕は我に返らされた。

 吼えてから裏門のほうへ走って行くアイスを一匹にしないよう、僕は追いかけた。


 屋敷の裏門を出ると、道は山頂の白虎堂に続いている。

 道には兵士の死体が敵味方入り乱れて所々倒れている。

 アイスはその道を外れて屋敷の裏手の林の中へ向かっていき、僕はそれを追いかけた。

 行き着いた先では、巴都の兵たち四人が剣を手に、親虎のアシムを囲んでいた。



 アシムは、木の下にうずくまりながらうなり声をあげて彼らを威嚇し、兵の一人の腕にはアイスが飛びつき、簡単に振り払われていた。

 アシムをよく見ると、身体が傷だらけで、所々から血を流し、その白い毛皮を桃色に染めていた。

 四人で傷ついた動物をいじめてるのか、と思って怒りがわき、やめろ、と僕は思わず大声を上げてしまった。

 四人の兵は一斉にこちらを振り向き、その隙を逃さずアシムは兵の一人の首に飛びつき、その首を食い破りながら軽く身体をひねって兵の身体を地面に叩きつけた。


 アシムが木の下を離れると、そこには頭を隠して小さくうずくまる二人の子供の姿が見えた。

 その着物は僕が見慣れたもので、ラビとラオだ、と察知し、怖いのも忘れて前へと走り出した。


 兵士を地面に叩きつけると、アシムはその次の兵士に飛びかかったが、兵が一人やられたのに気付いた三人はアシムに向き直っていて、奇襲にはならなかった。

 それでもアシムは兵の一人に飛びかかって爪を振り下ろし、兵の顔面を深く傷つけたが、兵がでたらめに突き出した剣先を胸に受けてしまい、毛皮の桃色がまた一つ増えてしまった。

 アシムは傷がさらにひどくなり、思うように動けないようだったが、子虎のアイスが闘志をむき出しにして残りの二人の兵士に襲い掛かり、捕まりそうになったら逃げ、襲っては逃げを繰り返し、兵士たちを上手く攪乱していた。


 白虎の親子に兵士たちが気を取られてる間、その隙に僕はラオたちのところまで走った。

 ラオたち二人に声をかけると、二人共顔を上げ、僕を見ると泣き声を上げて抱きついてきた。

 ラオたち二人が無事なことにひとまずほっとしたが、泣き声に反応した兵士一人がこちらに向かってきた。


 僕はいつもだったら逃げていたけど、僕を見て泣きついてきた二人の子供を置いて逃げることは、このときばかりは考えられなかった。

 僕は無我夢中でただの棒になりさがった槍を兵士に向かって繰り出したが、剣の腹で簡単に払われた。

 そしてその兵が剣を振りかぶり、ああ、この剣が振り下ろされたら僕の人生は終わるんだ、子供を守ろうなんて格好つけた罰だ、と半ば諦めたところで、不意に目の前に白いものが飛び込んできた。

 親虎のアシムだった。


 振りかぶられた剣は、僕の代わりにアシムに向かって振り下ろされ、その刃を首筋に受けて動けなくなったアシムに対し、混乱した兵士は何度も剣を振り下ろした。

 倒れて動かないくアシムが剣で痛めつけられる光景を目の前にして、僕は頭の中が真っ白になり、手の中にある棒を無意識に両手で握りしめ、足を大きく踏み込んで、剣を振り下ろす兵士の額めがけて棒を力一杯ひねり出した。

 棒の先端は兵士のこめかみに命中し、ゴツッという鈍い音を上げ、兵士は膝から地面に崩れ落ちた。

 残りの一人は、駆けつけてきたダレルが放った矢で倒された。



 アシムに目を移すと、アシムは目を閉じて微動だにせず、アイスが甘えた声で鳴きながら、アシムの体にいくつもある傷を、短い舌で忙しく舐めていた。

 僕も、アシムの横で膝をつき、抱きついてみた。

 少し温かかったが、やはりピクリとも動かなかった。

 ラオたちも来て、やはりアシムに抱きついた。

 僕らはしばらくそうやってアシムに抱きつき、温かくて柔らかい毛の中に体を埋めていた。


 この温かさ、柔らかさも、強さも、勇気も、愛の深さも、僕はこの獣には到底叶わなかった。

 ラオとラビを守って傷だらけになりながら、僕まで守ってみせた。

 護り神、母の愛、何だろう、言葉にするとひどく下世話になるように思えた。

 獣であるアシムの命が、人間である僕の命と引き換えにするには到底比べられないくらい、尊いもののように思えた。


 いつまででもこうやって、アシムの体に身を埋めていたかった。

 しかし同時に、冬の寒空に晒されて少しずつ冷えていくアシムの体温も感じ取れてしまった。

 僕は次第に現実に返っていき、顔を上げ、起き上がった。

 空気をひどく冷たく感じ、自分の顔を撫でると、涙や鼻水がたくさんついた。

 どうやら泣いていたようだった。

 この時代に来て死体はたくさん見てきたけど、母虎のアシムの死で、初めて泣いたのだった。



 顔を上げるとダレルが立ったまま無表情でこちらを見ていた。

 僕は少し恥ずかしくなり、急いで自分の顔を拭い、相変わらずアシムの上に突っ伏している二人の子供の背中に触った。

 僕は二人に、行くぞ、と声を掛け、何度背中を叩いても、子供たちは離れようとしなかった。

 業を煮やしたダレルが二人をそれぞれ両脇に抱き抱えて強引に持ち上げ、アシムから無理やり引き剥がした。

 ラオたちは泣き叫んだが、それに構わずダレルは二人を両脇に抱えたまま歩いて行った。


 僕も後を追おうと、アイスを抱き抱えるが、アイスもアシムから離れようとしない。

 強引に持ち上げようとすると、腕を思いっきり噛まれた。

 服の上からだったけど、骨が折れたのかと思うほど痛く、あまりの痛さにアイスを離してしまった。

 今までも噛まれたことはあったが、今までのはじゃれていただけだったのかと思い知らされた。


 アイスはアシムのそばに戻ってしまい、僕は諦め、巴都の兵の死体から鉄剣を奪い、ダレルたちを追って道に戻った。


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