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三国時代の蛮族生活体験記  作者: 雀舌一壺
第一章
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第13話 暗転

 しかし、奇妙なことに崖上の部隊がなかなか帰ってこない。

 おまけに、よく聞くと悲鳴は崖の上から聞こえてくるようだった。

 僕たちは、とてつもなく悪い予感にとらわれ、固まって動けなくなり、信じがたいことが起こるのをただ見守るだけになった。


 黒煙の向こうからとんでもなく巨大な物が姿を現した。

 それは、高さが十メートルくらいあるかと思うような巨大な船で、その身体を川幅いっぱいに広げ、身体の両側からムカデのように生やした夥しい数の櫂を(うごめ)かし、ゆっくりと迫ってきた。


 その巨船には百人を超える数の兵士が乗っていて、船上からは崖上の仲間たちに向かって夥しい数の矢が放たれ、高所の優位性を失った仲間たちは狙い打ちにされ次々に(たお)れていった。

 巨船は、僕らの火船の上げる火も届かず、煙もものともせず、味方の船の残骸すらも押しのけて、僕らの方に向かってゆっくりと進んできた。


 その姿を見ながら、僕らは皆どうしたらよいか分からず、隠れたところからただ見ていた。


 巨船はついに僕らが浮船で塞いでいた狭い所を、火船をはね飛ばしながら出てきた。

 横から見ると船はさらに大きく、五十メートルくらいの長さがあるように感じた。

 これは小船ではかなわない、逃げるしかない、と誰もが思っただろう。


 しかしそのときシャムが、行くぞ!と声を上げた。

 それに対し、シャムの狩り仲間十数人が、おう、と応えた。


 シャムとしては、恐怖を感じたまま逃げるのは自分の誇りにかけて自分を許せない、というだけなのだろう。しかしそれで声を掛けられると、よしやるぞ、という気持ちにさせられるのも、シャムの不思議な魅力だった。

 とはいえ僕も、その仲間たちから外れるのが嫌で、声を上げて立ち上がってしまった。


 そして、四艘の船に分かれて乗り、巨船めがけて突っ込んでいった。

 シャムともう一人が前で楯を構え、僕ら四人が後ろで櫂を漕いだ。

 シャムは楯を構えながら、そのやけくそな作戦を僕らに向かって叫んだ。


「このまま小船を精一杯漕いで、船を巨船にぶつけてやろう、船腹に大穴を開けてやろう、それで大楯に乗って素早く離れるんだ。あの化け物が沈むのを見て笑ってやろう、想像してみろ、痛快だろ、俺たちならやれるぞ、行け!突っ込め!」


シャムの言葉に、周りの男達も目の力がだんだんと強まり、シャムの号令に合わせて皆で声を上げ、皆が心を一つにして櫂を漕いだ。


 巨船からは矢が雨のように降り注ぐが、シャムたちの構える大楯が傘になってくれ、僕らも心を一つに懸命に漕いだので船足もかなり速く、上手いこと矢の雨を掻い潜ることができた。

 僕らの乗った小船は横合いから巨船に近づき、巨船の懐に潜り込んだ。


 巨船は近づくとやはり大きくて頑丈そうで、甲板は見上げたさらにその上にあった。

 巨船の船舷ふなべりは、お前たちに勇気や覚悟があるのか、と問いかけるように、その高さを迫らせてきた。

僕は上を見上げ、どうしようもないじゃないか、と心を折られそうになった瞬間、巨船のたてる大波で、僕らの小船は大きく揺らされ、巨船に体当たりすることも許されず、いとも簡単にひっくり返った。


 僕らは川の中に投げ出され、飛んでくる矢を躱すために潜水し、川面に浮かんだ大楯の下に潜り込み、そのまま大楯の下を潜水して巨船を離れた。

 他の三艘の船も巨船に突っ込む前に巨船の波であっけなく転覆し、乗員たちは同じように大楯の下に身を隠して川岸に向かって泳いだ。


 清江の水は清らかで、僕らが潜水しても水の中がきれいに見えるのはいいけど、船の上からもそれは同じようで、大楯からはみ出した足を狙われて怪我を負った者も何人かいた。


 川岸には四十艘弱の船が待機していた。子虎のアイスや崖上部隊だったダレルの姿も見えた。

 僕ら特攻部隊はそれぞれ船に救い上げられ、回収を終わると小船の船団は上流へ向かって一目散に走った。


 巨船の上の兵達は、僕らの逃げる様を見て馬鹿にしたような声を上げて囃し立てていて、僕らを追いかけてくるような様子はなかった。


 もっとも船と共に生活している僕らの小船の速さに追いつけるはずもなかったが。



 巨船を離れてからも僕らは懸命に船を漕いだ。


 やがて、岸壁の向こうから鐘離山が姿を現した。

 西日が鐘離山に重なり、その美しさに少し心を奪われる。


 しかし、その光の中に、違う光源が混ざっているのにすぐに気付かされた。

 遠目のきく者が、屋敷が燃えている、と言い、皆に動揺が広がった。

 早く戻りたいと気持ちが焦り出したが、焦るほど船の進みを遅く感じ、川が逆流しないものかと、川の流れを恨めしく思った。


 漢軍に奇襲を受けたのか、と思っていたが、港が近くなり、泊まっている船は巴都のものしかないのが見えた。

 そして、島から僕らに向かって矢がたくさん射かけられ、それらを放ったのも、やはり巴都の兵たちだった。

 どうやら僕たちは、巴都の裏切りを受け、巴都の兵達の攻撃を受けているようだった。


 漢軍の船から逃げ帰ってきたところに、さらに裏切りを受け、あまりのことに僕の頭は真っ白になり、櫂を漕ぐのも忘れてしまった。

 しかし、シャムを始め島の人たちは逆に、怒りで闘志を掻き立てられたようだった。


 先頭を走るシャムの船からは、言葉にすらなっていない雄叫びが聞こえ、シャムの船は大楯で矢を防ぎながら、速度を全く緩めずに島の港に向かった。

 シャムを孤立させないようにと他の船達も、飛んでくる矢もかまわず、島めがけて突き進んだ。

 そして、僕らは多少の犠牲者を出しながら、概ね島にとりついた。


 シャムの船は先頭に上陸し、シャム達は楯と槍を持ってそのまま船を走り降り、行く手を塞ぐ二百名あまりいる巴都の兵達のほうへ、楯を構えて怒りにまかせて突っ込んでいった。

 シャム達は、弓や剣を構える兵達を、楯で弾き飛ばし、槍でなぎ払い、倒れた者を踏み越え、それらに一顧も与えずにひたすら上を目指した。

 シャム達の突進する力に押され、巴都の兵達は陣を乱して道を空けた。

 僕らもシャム達を追いかけて島の上を目指し、正気を取り戻して押し返してくる巴都の兵達を防ぎながら進んだ。


 二百名弱で島に上陸した僕たちは、一人一人その数をさらに減らしながらも、漢軍との戦いと船を漕ぐので疲れ切った身体で、汗と血でどろどろになりながら、着実に島の上層に進んでいった。

 僕は槍の使い方もろくに知らずに振り回すだけだったが、そんな僕のそばにはシャムの狩り仲間で楯の名手のノックがついてくれ、僕に迫る剣を上手くしのいでくれた。


 僕らはノックたちの大楯で敵の攻撃を防いでもらい、槍を繰り出して敵を牽制し、ダレルたちが上から矢を放った隙に急いで上に登る、というサイクルを何度も繰り返しながら、少しずつ進んだ。

 僕は槍を握っているのもやっとだったが、がむしゃらに槍を振り回した。しまいには槍の穂先が緩んで何処かに飛んでいってしまい、ただの棒になっていた。

 そんな僕らの必死の抵抗に恐れをなしたのか、巴都の兵達もそれほど激しく攻め立ててこなくなった。

 僕らはくたくたになりながらもシャム達を追いかけ、槍を杖代わりにしながら坂道を上った。


 道中の家々は窓を閉め、門を閉ざしていて、略奪などを受けた形跡もなく、巴都の兵たちは島の上層へと真っ直ぐ向かった様子だった。


 僕らは周りの光景に目を走らせながら坂道を登り続け、やがて族長の屋敷が見えてきた。


 屋敷の門は破壊され、母屋は火をかけられ、全体が激しく燃えていて、中にいる者がいたら生き残れそうにもなかった。

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