第12話 清江の戦い
大漢の使者が来てから暫くの間、僕たちは来たるべき戦いに備えて準備した。
島の男たちを残らず募っても五百人にも満たず、これだけでは戦になるかどうかも分からなかった。
しかし、幸いなことに、大漢の使者が来た日に居合わせた巴蛮族の人が、巴都から援軍を連れてきてくれる、ということになったのは心強かった。
その間にも、島の人たちは弓矢や鎧や楯を昼夜を問わず作り続けた。
この島の人は、竹を編んだ鎧に身を包み、半身が隠れるほど大きな木の楯と、槍を持ち、戦うという。
皮の鎧は、水を吸って重くなるので着ないのだという。
竹だと、丈夫で軽く、水にも浮きやすい。
水に囲まれた土地ならではだ。
楯は、飛んでくる矢から身を隠すほか、いざとなったら楯を川に浮かべてその上にうつ伏せになり両手で水を掻いて泳ぐのだという。
だから、木で作った大きな楯がよいらしい。
この周辺には竹も木もたくさん生えているので、材料には事欠かないし、一見みすぼらしいけど環境に適したよく考えられた武装なのだ。
しかし、材料は採ってこなければないので、竹の鎧も木の楯も作れない僕のようなものたちが材料を採りに行く。
僕は相変わらず蒯先生に毎朝食事を届けに行っていたが、授業は休みにしてもらった。
そもそも、退去命令が出ているのは凛君族に対してであって、漢人である蒯先生には関係がないので、漢人との戦いに漢人の蒯先生を巻き込むのはどうか、という意見もあった。
もっと感情的になり、漢人自体を快く思わない人もいたので、皆の誤解を生まないように、蒯先生のところにはあまり長居しないようにした。
僕が授業をしばらく休みにしてほしいと伝えても、蒯先生は頷いたきりで、相変わらず泰然自若としていて、寂しいかどうか気持ちを窺い知ることはできなかった。
ただ、麓で慌ただしく準備をしているので、戦があることも察していたのかもしれない、僕に一言、君はどうするんだ、と聞いてきた。
そう聞かれて、僕は返す言葉に詰まった。
そうだった、僕にはこの島に留まっている理由はない。かと言って出て行くにも行き場はない。
そんなどっちつかずの状態で戦争に巻き込まれて死ぬのは、とてもつまらない死に方だ。
かと言って、今まで何ヶ月もお世話になっておいて僕だけ逃げるのも流石に嫌だった。
僕は結論が出ないまま、山を下りて屋敷に戻り、楯を手入れしていたシャムに聞いてみることにした。
逃げようとは思わないのかと聞くと、シャムは作業をしながら、思わない、と言った。
それでは、たくさんの兵が攻めてきて、絶対かなわないとなったらどうするか、と聞くと、それでも戦う、という。
死ぬ覚悟はあるのか、と聞くと、ない、と言った。
それから、シャムは作業の手を一旦止めて僕の方を向き、軽い口調で言った。
「死ぬ覚悟はない。だけど、俺たちが暮らしてきたこの土地をタダで明け渡すつもりはない。船の一隻や二隻沈めて、痛い思いさせてから逃げたって遅くはないだろ?」
この言葉を聞いて、僕は気持ちが明るくなった。
そうだった、勝つか負けるか、生きるか死ぬかの二択ではなかった。やってみて上手くいかなければ別の選択肢を考える、そういう場当たり的に考えたほうが気楽だし、戦ってみて負けそうになったら逃げればいいんだ、と思うと、死にそうもないように思えてきた。
そして僕は、よし、じゃあ僕も付き合うよ、とその場の勢いで返事をした。
シャムは、おう、と短く返し、また楯の手入れに戻った。
そして、何日か経った。
巴都から援軍が来た。
船は鐘離山のものより一回り大きく、十人くらいは乗れそうで、それが百艘近く来てくれた。
巴都の兵士たちの出で立ちも頼り甲斐がありそうだった。
鐘離山の男たちは、鉄製の小さな穂先がついた簡素な槍しか持っていないのに、巴都の兵士たちは、みな腰に鉄剣を差していて、鎧も鉄で補強された見るからに丈夫なものを身につけていた。
聞く所によると、巴都では鉄が取れるそうで、鉄製のものは豊富に持っているそうだ。
巴都の船には蛇の絵が描かれた黒い旗が立てられていた。
凛君族が白虎を崇拝しているように、巴蛮族は黒蛇を崇拝しているという。
巴都から援軍が来て間もなく、図ったかのように長陽からも知らせが来た。
漢軍の大船団が長陽の港を出発したという。
鐘離山へは明日か明後日に到着する。
その知らせを聞き、僕らは気勢を上げた。
迎え撃つ準備は十分できていて、待ちくたびれていたくらいだった。
漢軍は必ず川下から攻めてくる。
なぜなら、鐘離山は島なので、船がないと攻めて来ることはできないからだ。
僕らは、鐘離山の川下に罠を仕掛けていた。
鐘離山を川下に5キロメートルあまり下ったところから、川幅は狭まり、両岸に崖がせり出す。
漢軍の船団がそこを通りかかったところを、出口を塞ぎ、両岸から岩を落として、出来るだけ船を沈めてやろう、という作戦だ。
残りの敵は、鐘離山に引き込んで叩いてもいいし、敵が多すぎればそのまま逃げてもいい。
巴都からの援軍も来たし、鐘離山に引き込んでも勝てる戦力は整った。
僕らは勝利を信じ、希望に気をはやらせ、その日の深夜に島を出発した。
島を出発した戦力は、小舟が約百艘。隊長はシャム。
島には、巴都の援軍が残り、万が一の奇襲に対応してくれることになった。
百艘を、上陸して崖から攻撃するダレル達の隊と船で川を塞ぐ隊の二隊に割り、僕はシャムとともに川を塞ぐ隊になった。
僕とシャムは同じ船に乗り、その他に三人同乗している。
シャムはこの時は白虎の皮を羽織っていた。
族長は島に残り、シャムが大将として白虎の皮を着てきたのだという。
あとは何故か子虎のアイスもついてきて、一緒の船に乗っている。
白虎は始祖である凛君の生まれ変わりで、凛君の加護がついているから、いてくれると皆の士気も上がるのだという。
そうは言っても、朝方は霧が出るのでその白い姿はろくに見えないだろう、と思った。
僕らが望む理想の形は、朝方の霧が濃いうちに漢軍がこの場所をとおり、漢軍が何も見えずに混乱しているうちに殲滅することだ。
船は冬の西風に乗って飛ぶように進んだ。
夜空には満天の星が広がり、見上げると高いところにオリオン座が見えた。
星座は僕らの時代と変わらないんだ、と今更ながら当たり前のことを考えていると、あっという間に目的地に到着した。
夜明けまでは随分時間があった。
上陸隊は船を降り、僕らはその残された船を繋ぎ合わせて浮橋を作って川を塞いだ。
そして、じっと隠れて漢軍が来るのを待った。
漢軍は夜が明けても来なかった。
日が高くなり、霧が晴れた頃になってようやく、崖の上に待機した者たちから合図があった。
それから間もなく、曲がりくねった川の岸壁の間から、船影が幽かに姿を見せた。
やがて、後続の船団の姿も見えた。
巴都の船と同じくらいの大きさの十人乗りくらいの船が、視界には百艘くらい映り、視界に映らない岸壁の向こうにも船団は続いているようだった。
それぞれの船には武装した兵士と船の漕ぎ手が五人ずつくらい乗っていて、船の後ろには「漢」や「曹」の旗がはためいていた。
船団は、船で作った浮橋のところまで来て、浮橋を撤去するため停船し、そのときを見計らい僕らは浮橋をめがけて一斉に火矢を放った。
船の上には藁をたくさん載せ、その上に桐油をたくさん染みこませた布を被せていた。
火矢の火が燃え移ると布は激しく燃え、藁の火力も加わり、火煙が空高く上がった。
その火の手を合図に、下流で待機していた部隊が岸壁の上から次々に岩を落とし、船団の退路をふさぐ。
漢軍は、前の方の船は浮橋の火を避けるため後退しようとし、後ろの方の船は岩を避けようと前に行こうとし、互いに衝突し、混乱を極めた。
崖上の部隊は岩を落とし終わると、今度は川の中で混乱する漢軍の船達めがけて火矢を放った。
漢軍の船達は、火矢で燃えるものもあり、互いにぶつかって沈むものもあり、百艘あった船はみるみるうちに数を減らした。
兵士や水夫も、船を捨てて川に飛び込む者や、船と共に命を失う者もあり、正気を失っていた。
川辺の僕らの部隊も、燃え上がる船の浮橋を繋いでいた縄を切った。
船はお互いの繋がりを失うと、川の流れに従い下流へ流され、さらに西風の追い風が加わり、火の勢いのまま、後退する漢軍の船達に突っ込み、漢軍の船団をさらなる混乱に導き、巻き上がる黒煙と漢軍の兵達の怒号や悲鳴で、僕らもその状況をつかめないくらいになった。
漢軍を散々に痛めつけたので、まずは出鼻をくじいた、と僕らは安堵しかけた。




