第11話 漢人
ある日の午後、僕らは清江の上で櫨を漕ぎ、小舟を走らせていた。
霧は朝のうちで消え、午後は大抵晴れるのだけれど、その日は曇りで、西風が着物の隙間に入り込んできて、とても冷たかった。
船には僕の他に子虎のアイスともう一人シャムの狩り仲間のダレルが乗っていて、僕ら二人で船を漕いだ。
アイスも寒かったようで、僕の腿の上に乗ってきて、そのおかげで僕はとても温かかったけど、アイスも成長して結構重くなっていて、船を降りて岸に上がるときには足がしびれてヨロヨロしてしまった。
僕らはこの日、清江の南岸に狩りをしに来た。
山の木々はだいぶ葉を落としていて、吹く風がとても寒く、僕らは急ぎ足で山奥へと進んだ。
午後からということもあり、僕とアイスとシャムとダレルのほか数人だけの少人数での狩りだった。
獣はなかなか見つからず、山を一つ越え、二つ越え、緑が濃くなってきたところで、シャムが皆に合図をした。
シャムたちは風下へと進み、僕はアイスを連れて風上へと回り込む。
風上から来る虎の臭いと鳴き声で、獲物が風下に逃げたところを、シャムたちが弓矢と槍で仕留める。
僕たちのやる最も簡単で結果の出る狩りのやり方だ。
この時の獲物は鹿だった。
鹿はアイスの吠え声から逃げてシャムたちのほうへ向かっていき、ダレルの放った矢が命中し、あっさりと命を絶たれた。
なかなか大物の牡鹿で、この一頭だけでもかなり幸運だったが、それだけでは終わらなかった。
まだいる、とシャムがつぶやき、突然風上に向かって走り出した。
牡鹿の処理はダレルたちに任せ、僕とアイスもシャムを追いかけて行った。
獲物を追って走ってるときのアイスはとても楽しそうで、僕とシャムをあっさりと追い抜かし、立ちふさがる木々をリズムよく躱し、前へ前へと走っていった。
僕らもアイスを追いかけて夢中で走っていると、すぐに人の叫び声が聞こえてきた。
遠目に見ると、大木の根元に男が一人腰を落としていて、その隣には男がもう一人いてへっぴり腰で槍を構えていた。
その手前には一頭の猪が男たちの方を向き、四本の足を踏み鳴らして男たちを威嚇していた。
猪は頭に血が上ってるのか、僕たちの方を見向きもせず、今にも男たちに突進しようとしていた。
そのまさに突進する瞬間、アイスが横合いから猪の首めがけて噛み付いた。
猪の突進は止まったものの、アイスの幼い牙では猪に致命傷を与えられなかったようだった。
猪は体全体を振って激しく抵抗し、アイスは猪に下敷きにされそうになって猪の首から離れ、シャムの声に反応してこちらの方に後退した。
アイスが後退するのと入れ替わりに僕が矢を放ち、見事前足に当たったものの、僕の力も弱く、猪を怒らせただけで終わった。
猪が僕を見定め、僕の方を向いて突進する体勢に入ったところで、シャムが猪に向かって手に持っていた槍を投げた。
槍は身をしならせながら素晴らしい速度で一直線に飛んでいき、猪の胴体を横から貫いた。
猪はその一撃で完全に絶命し、僕は、猪の死骸から槍を引き抜くシャムを見ながら、虎より強いんだもんな、と呆れながら思ったものだった。
僕らが猪の処理をしていると、二人組のうちの一人が声をかけてきた。
話す言葉を聞くと、二人は漢人のようだった。
蒯先生の話し言葉とは少し違い、訛りが強くて聞きづらかったが、その猪は我々の獲物なので、我々によこせ、と言っているようだった。
彼らの様子を見ると、一人は足を挫いたようで立ち上がれず、もう一人の声をかけてきたほうの槍の構えを思い起こしても、猪に狩られる方だったんじゃないかとしか思えず、その漢人の言い分は、僕でさえ、とても横暴だと感じた。
当然シャムは怒り、俺たちが殺した、俺たちのものだ、と拙い漢語で返した。
漢人は、みすぼらしい槍を持って毛皮を着込んで靴も履いていないシャムの姿を一瞥した。
そして、じゃあ買ってやるからこの猪を我々の住む町まで運べ、と言ってきた。
その態度には、シャムの拙い漢語と異民族ということに対する侮りが少し滲んでいた。
漢人のその態度はシャムの怒りに油を注ぐことになった。
『漢狗が俺たちの土地に勝手に入って勝手なことを言うな!』
シャムは漢人たちの分からない自分たちの言葉で怒鳴り、その剣幕に押された漢人たちは、慌てて僕らから逃げ去っていった。
捻挫で歩けない一人をもう一人が支えて逃げるので、とても遅い。
シャムは怒りが収まらないようで、彼らの背中に向かってさらに追い打ちをかける。
『貴様ら漢狗を今後一人でも俺たちの土地で見かけたら皆殺しにするぞ!』
それからひとしきり罵りの言葉を浴びせ、何事かと駆けつけてきたダレルたちになだめられて、シャムはようやく落ち着いてきた。
それから今日の大物二頭の収穫に話題が移ると、シャムはその前の怒りを忘れたかのように上機嫌になって、みんなで獲物を担いで唄いながら家路に着いた。
近頃はこんなトラブルが特に多くなっているようで、戦争による難民と食糧難の問題が、漢人と蛮族の関係にもヒビを入れ始めている。
こんなことの積み重ねだったんだろうか、やがて鐘離山は重大な局面に陥ることになった。
それからまもないある日の朝、僕はいつものように蒯先生のところに食事などを持っていき、講義を受け、昼頃に族長の屋敷に戻ってきた。
すると、屋敷の周りの様子がおかしかった。
人が多く、槍や楯を持つ男たちが入口近くにたむろし、それ以外にも野次馬が集まっていた。
その中のひとりにどうしたのか聞いてみると、族長の屋敷に漢人の偉い人が来ているらしかった。
僕は不安に思ったが、帰る場所がそこしかないので、意を決して門の中に入った。
大広間では会談が開かれているようで、通り抜けられなかったので、庭の方から裏手に回ることにした。
大広間からは大声が幾度も聞こえてきて、会談は順調にはいっていないようだった。
大広間の縁側の窓の下には、ラビとラオが親虎のアシムを踏み台にして、精一杯に伸び上がって窓の中を伺っている後ろ姿が見えた。
僕は彼らの隣に行き、彼らと一緒になって、腰をかがめて中から見えないようにして、中を伺った。
大広間では、奥の台座に族長と奥方が座り、下手にはツヤツヤした着物を着て丈の高い帽子をかぶった人物が立っていて、その後ろには同じような格好をした人たちが二人立っていて、族長と何やら言い合って揉めていた。
大広間の両端には、シャムたちや、族長の親戚たち、それからたまたま来ていた巴蛮族の人が座っているのも見えた。
揉め事の中身は、どうやら、漢人の偉い人が、上座を譲れ、と言って、族長は、そうはいかぬ、と言って平行線になっているらしい。
そんな状況がけっこう続いていたらしく、シャムたち両脇に座る面々たちはとっくに集中力をなくし、互いに喋ったり野次を飛ばしたりしていた。
間もなく漢人たちは諦め、青い刺繍の入った煌びやかな巻物を取り出し、開いてその内容を読み出した。
その内容がまた振るっていた。
曰く、汝ら化外の民として大漢帝国の地を間借りしている身でありながら、それに恩を感じぬばかりか、土地を我がものとし、大漢の臣民を脅しつけて財貨を奪うなどの悪行を働く始末、本来ならば誅殺して一族根絶やしにすべきところ、大漢皇帝の特別の恩赦により、以下の処遇で済ませてやるから、謹んでお受けしやがれ、という内容だった。
その処遇というのがまた、
一、長陽、鐘離山及びその周辺の土地一帯を全て武陵太守に明け渡すこと。
一、蛮族住民は全て西の巴都の地に一ヶ月以内に移住すべきこと。
一、以降この周辺に蛮族が足を踏み入れることを禁じ、その禁を破ったものが一人でもいれば一族を誅殺すること。
という無茶苦茶なものだった。
この内容にはその大広間にいた誰もが怒り、シャムなど何人かはその場で漢人の使者に殴りかかろうとして、その周りの者たちに必死に止められていた。
周りの空気に後ろの二人は怯えきっていたが、前の使者の胆力は大したものだった。
彼は怯える様子を見せず、手の震えもなく巻物を巻きながら、落ち着いた声で言った。
「ごく最近でも、獲物の猪を奪われたばかりか威嚇されて怪我を負った、という苦情もあった、と聞いている。我々は御身らを山賊とみなす用意が既にある。この警告を無視すれば、厳しい未来がすぐに訪れることと心得よ。」
言い終わると、前に進んでその巻物を族長に差し出し、返答を迫った。
族長は座ったまま、使者の手ごと巻物を払い除けて、漢語も流暢に言い放った。
「我らは先史の時代より凛君を始祖とし、この地に住み続けている、漢人の頭目からは土地を奪われたことはあっても、土地をもらったことはないし、恩を感じる謂れなどない。土地を奪いたいなら力尽くで奪ってみせよ、我ら全てが死に絶えるまで一辺たりとも奪えると思うな!」
族長は格好よく啖呵を切り、皆が喝采を上げ、使者たちはすごすごと帰っていった。
使者たちが族長の家を出て、麓の船着場から船が離れるまで、島の人たちは彼らに罵声を浴びせ続けた。
船が見えなくなるまで皆で罵声を浴びせ続け、皆でスッキリしていたところ、誰かが思い出したように、戦になるのかな、とつぶやき、それから皆これから先のことを考え、島は静かになった。




