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閑話 父に手を引かれて

 馬車に揺られて王都の町並みを眺める、正面の席には王国騎士団長のフーホウ卿……、いえ、私の父であるレイガスが座り、私の方へ静かに視線を送ってきます。


「どうかしましたか?」


 こちらに視線を向ける父、私は何か言いたい事があるのかもしれないと、昨日パウを駆ってシュウゴ様と駆け抜けた王都の町並みから、父へと視線を移してそう尋ねました。


「あ、うん……、いや、なんでもない、ただ、見ていただけなんだ」


 王国最優の騎士と称される方の発言としては、随分と歯切れの悪い返答に、私達の間にある微妙な距離や空気が見て取れます。


 きっとこの方も戸惑っているのでしょう、自らの頭の中にある人生の記憶と、心の中の感情が食い違い、ここではない、今ではない過去の記憶や思いがはっきりと胸の内に浮かぶのですから。


「そう、ですか。ですが私は見ても面白くも可愛げもない女ですから、ご覧になられても面白くはないのではないですか?」


 私はロリーエさんのような誰かを癒やすような暖かくなるような心の柔らかさもなく、エレレファさんのように見聞きした全てに感動をして驚きを伝える朗らかな事も言わない、堅くてつまらない女、きっと殿方としては不満の残る女だと思います。


「いやっ、そんな事はないぞ!レーミクはっ……」


 父は急に大きな声で私に返事をされたので、そのせいで何かあったと思ったのか、御者の方が小さく何度か壁を叩いて確認をしてきました。


「そんなことは無いと思うが……」


 壁を叩く高い音を聞いた父は同じように壁を小さく叩いてから、少しだけ気まずそうに否定を口にし言い淀むと、私と同じように外の景色に視線を移して口を閉ざしてしまいました。


 そうして車輪が石畳を蹴る音だけが車内を支配する中、大怪我をおったのに私を心配するシュウゴ様には内緒にしている事を考えます。

 

 呪いによって何度も変えられてしまった過去は、何度もバラバラに裁断されて、その度に繋ぎ合わされながら、どこかが擦り切れてしまって、自分の記憶のはずなのに朧気になって、何処から何処が本当の自分の記憶なのか、確証がもてなくなっています。


 そんな中、唯一私がこれだけは自分のものであると信じられるのは、シュウゴ様と過ごした僅かな日々の記憶だけ、もう私は一度壊れてしまったのかもしれません。


 だからこそ私はこう思います。


 本当の自分を取り戻したい、少しでも、ほんの少しでも自分の過去を取り戻したいと強く願うのです。


 過去を捨てたはずの私が、過去を取り戻したいなどと考えること自体が可笑しな話なのかもしれませんが、きっと過去を無くしてしまえばシュウゴ様は悲しむのだと思うからです。


 過去を取り戻す思いを胸に、私は重く響く車輪の音に包まれる中で、父と最後に竜車に乗った日を思い出してみました。


 あれは、自らの巫女修行が決まった日でした。まだ幼かった私の心は、家族である父に捨てられた自分は、もう二度とこの屋敷の門をくぐることはない、そう思って居ました。


 大社に着いた時に神官長が私に「稀人の巫女になるというのは過去を捨てる事」と、静かに呟いたのを今でも忘れずに覚えています。


 自らの過去を捨てさってこれから現れるかも知れない英雄に自らの生涯を捧げる。


 私はシュウゴ様に全てを捧げる事だけが、自らに残された価値であると示され、これから来るかどうかも解らない稀人様を待ち続ける事、唯一残された巫女としての生き方に全てを依存して生きていました。


父と同様に剣と盾を使った武を磨くのも、巫女としての能力を磨くのも、女としての美しさを磨くのも、全ては主となる方のため。


 そうでなければ私には何の価値も無い、そうやって自らを追い詰めていたのだと、シュウゴ様と出会って、あの方の思いに触れた今なら分かります。

 

 氷の女……、などと影で囁かれる程度には、私の心は引き絞った弓のように張り詰めていたのだと思います。


 世界が忘れてしまった、私の記憶の中にしか無くなってしまった過去と、自らが巫女となった日に自ら捨て去った過去に、どれだけの違いがあったのかなどもう分かりません。


 幼い頃の記憶は呪の影響なのか、水に墨を流し込まれた様に見渡せず、暗く濁ってしまった水底を幾ら覗いても、自分の中でも朧気ではっきりとした確信がもう持てなく、最早、世界の全ての人に存在した事すら忘れられてしまった。


 そんな私の記憶、自分のことを思い出していると、車輪の音は静かになり、代わりに竜車の扉が開く音が聞こえて視界が広く開け放たれました。

 

「降りなさい、屋敷に入ろう」


 お父様に手を引かれ、促されて竜車を降りた先、目の前にある屋敷の印象は、僅かに残った記憶の中にある姿とは違い、少しだけくたびれたような印象を覚えますが、それでも自分が生まれ育った場所だと、はっきりと分かる姿と懐かしさで私を出迎えました。


「さぁ、入りなさい」


 こうしてフーホウ家のお屋敷に父に手を引かれて帰る……、今までの私では考えも想像すらも出来なかった出来事です。


 それを叶えてくれたのは私という人間の幸せを諦めず、呪の悪意に沈む世界で積み上げた全てを無かった事にされてなお、それでも諦めにずに何度もやり直してくれた方のお陰だと、感謝の気持ちが自然と胸を満たしていきます。


「はい、失礼します」


 変わってしまった世界の記録では、記録の全くない孤児になっている私には、もう帰るべき家など無くなっています、いえ、むしろその存在すら何処で生まれ、どうやって育ったかすら残されていません。


「失礼します、か……、レーミクここは君の家だ、だから……」


 そのせいなのか、他人行儀な私の言葉にお父様は、少しだけ言い淀みながら何かを伝えようとしてくれます。


 今の私には、帰るべき場所がある、迎えてくれる人が居るんだと、お父様は伝えようとしてくれたのです。


「ただいま……、ですね?お父様」


 私はその想いに押され、シュウゴ様に出会う前では決して父に言えなかったであろう言葉を、口に出しました。


 この言葉を口にしたら、なぜだか嬉しさと涙が溢れるのはなぜでしょう?嬉しくて苦しくて胸が詰まる程に喜びで満たされるのは何故なのでしょうか?


「ああ……、お帰りっ、お帰りレーミクッ」


 私とお父様の間には、呪によって失ってしまった沢山の思いや多くの記憶があった、それはもう取り戻すことが出来ない過去なのかも知れない。


 それでもここに、心に残った思いは確かにあって、消えなかった、それでも失わなかった思いは確かに私達の間には存在している。


 そうでなければ、涙で滲んでしまった父の姿が、私と同じように涙を流していることなど無かったでしょうから……。

怪我の症状悪化で本日より二週から一ヶ月程入院することになりましたので、暫く更新が滞ると予想されます。ご迷惑をお掛け致しますが宜しくお願いいたします。


皆様の彼等への変わらぬ暖かなご支援を私はを期待するばかりです。

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