7 エリート聖女のスカウト【前編】
「……金貨の山……異端、火あぶり……グリル……イノシシ、うへへ」
私は広場のベンチの上で、うわごとのようにつぶやきながら寝返りを打った。
聖女の給金は魅力的だ。だが、処刑されてしまっては元も子もない。
かといってあっさりあきらめきれるはずもなく――しかし都合の良い解決策があるわけでもない。
にっちもさっちもいかない。
世知辛い現実など、全部夢の中に置いてきてやる。
そう決めて、意識を手放した。
――はずだった。
「見つけましたわ……って、なんで日の高いうちから寝てるんですの!?」
頭上から凛とした声が降ってきた。
しかし。
私を眠りの底から引きずり上げたのは、それだけではない。
――ズズゥンッ……
なんだ――この密度は。
まるで、空そのものが落ちてきたみたいな圧迫感だ。重圧がじわじわと内臓を押しつぶしにかかってくる。これほどまでにすき間なく質量を伴った気の塊がすぐそばに在るという事実に、丹田の奥が粟立った。
一体どれほどごつい男が立ちふさがっているのか。
私は重いまぶたをこじ開け、かすむ視界をそちらへ向けた。
「……どちら様ですか。安眠の邪魔をすると、大精霊様に言いつけますよ」
「職務放棄しているシスターが、何を言っていますの!」
――目の前に立っていたのは、まぶしいほどの『白』だった。
純白の聖衣に、分厚い長外套。
そして、引き込まれるほどになめらかな薄褐色の肌。
太陽がそのまま人になったみたいだ。
そのたたずまいからは、田舎娘にはない、都会のエリート特有の圧が漂っている。
これほどあざやかな女性があんな気配を放っていたのか。
ただ……その整った顔は今、すごい剣幕でまっ赤に染まっているが。
「わたくしはエリス・ルチア・コスタ。王都中央教会より参りました」
「はあ」
「単刀直入に申し上げます。シスター・マリー、貴女に王都への同行を命じます」
……初対面でいきなりの命令形である。
私はベンチの上にのっそりと半身を起こし、淀みなく答えた。
「お断りします」
「そ、即答!? ……っ、これは聖教会本部からの正式な命令ですのよ!」
「命令と言われましても」
右手の人さし指を立てて、淡々と事実を突きつける。
「まず、契約外です。いいですか、エリス様。私がここの教会と結んでいる雇用契約は、祈り、および掃除のみです」
「そんな契約、教会には存在しませんわ!」
「それに王都への長距離移動なんていうオプション、付けた覚えはありませんし、予定もありません」
「オプション!? 出張ではありませんわ、召喚です! 聖女候補として王都へ招かれることが、どれほど名誉あることか分かっていますの!?」
「出ましたね、名誉。典型的な搾取の常套句です」
私はやれやれと首を振った。
「名誉でおなかはふくれませんし、肩こりも治りません」
「聖職者としての矜持というものがありませんの!?」
「だいたい、大精霊様だって週休二日は取っているはずです。教会の名の下に無償労働を強いるのは、信仰の観点からも重大な冒涜と言わざるを得ません」
「ぼ、冒涜……!? 何をでたらめを!」
どうやら彼女の辞書には、サボりや権利の主張という項目がきれいさっぱり抜け落ちているらしい。
「自然への奉仕こそが最大の喜びでしょう!?」
「奉仕でパンが買えるなら、今すぐひざまずいてみせますけど」
「……っ、いいですわ。ならば、貴女の実績についてお話ししましょう」
「急に何の話を」
「とぼけても無駄ですわ! こちらには報告は上がっていますの!」
「報告?」
「ええ! シスター・マリー、貴女がこの地方で引き起こした数々の奇跡について、詳細な目撃証言が集まっていますのよ!」
むう……
この地での奇跡、という言葉の時点で、私は遠い目をした。
村のおじちゃんおばちゃんが目撃した、バカみたいに尾ひれが付いた噂に決まっている。
『気』を使っていることを隠すために祈りのフリを徹底してきたが、まさか、それが仇になるとは。
彼女はふところから羊皮紙の束を取り出し、芝居がかった手つきで大げさにひろげてみせた。
「曰く――指先ひとつで岩山を砂に変えた!」
ちょうどいいサイズの岩を排熱の的にしただけだ。最近はそこいらの岩では物足りなくなっている。
「曰く――霊峰の荒御霊を聖なる舞踏で鎮めた!」
舞踏というのは、日課である水鏡の型のことだろう。荒御霊とは何の話かわからないが。
「曰く――馬の過剰種を、傷ひとつ付けず浄化した!」
私がかわいがっていたうちの馬だ。うまくいって本当によかった。
「極めつけは――猛毒を撒き散らす大蛇を浄化し、毒を抜いて食料に変え、飢饉を救った!」
蛇の過剰種で気当たりを解消したあと、炭火で焼いたのだ。パリッと焦げた香ばしい皮と、ブリンとはじける白身の弾力は悪くなかった。そういえば、今回のイノシシも上質な脂をしたたらせてくれるだろうか。
「――以上が、貴女が行使した奇跡の証言ですわ!」
どうやら彼女は、今朝のイノシシの件で飛んできたわけではないらしい。――まあ、王都から馬車で一週間はかかるのだから、当然といえば当然だが。
「誤解ですね」
真顔のまま、きっぱりとシラを切った。
「私は奇跡をかけらも起こせない、ただの下っ端シスターですよ? そんな大それたことができるわけないじゃないですか」
「いいえ、証言の裏付けは取れておりますわ。これほどの証拠が揃っていて、聖女の資質がないなどという言い訳、到底通りませんことよ!」
彼女は私をまっすぐ見すえた。
「シスター・マリー。今回、教会は貴女を聖女として認定すべく、王都中央教会へと招聘しているのです」
「聖女?」
「ええ。これほどの結果を出しているマリー様の力を、王都の審査会で正式に見極め、認めさせるためのものですわ」
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※このエピソードは【後編】へ続きます。
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