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硬度フェチ聖女の巡礼  作者: 坂上 零
第一章:シスターの日常と日常の終わり

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5 聖女のうわさと給金

「王都の聖女?」

 私はスプーンを動かす手を止め、間の抜けた声を出した。

 教会の前庭。

 雲ひとつない青空の下、私とドミニク司祭の二人は昼食をとっている。

 食事を用意してくれたのは司祭だ。マメな彼は、裏の畑で採れたばかりの野菜を使って滋味深いスープを作ってくれる。それに、黒パンが二切れ。

 ……うん、おいしい。朝から何も入れていなかった胃袋に、野菜の甘みがじんわりと染み渡る。とても優しい味だ。

 個人的には、ガツンとした脂や肉のジャンクな旨味が好みではあるが、こういう素朴な味も悪くない。

 ――今朝のイノシシはというと、まだ血抜きのまっ最中で解体は明日になるらしい。ミハウ爺さんの「早く来ないとなくなるぞ」というのは冗談だったようだ。あとで一発小突いておこう。

「ああ、そうだ。王都中央教会から来る、優秀な聖女様らしいぞ。南海通商連合メルカの中でも有力なコスタ家出身だとか」

「聖女様かぁ……私みたいな下っ端のシスターには縁のない存在ですね」

 私はひとごとのようにスープをすすった。

「でも、なんでまたそんな偉い人がモッカ村なんかに? ここは奇跡よりも、屋根の修繕費を必要としている貧乏教会ですよ」

「こら、はっきり言うな。……なんでも、最近各地で過剰種が妙に増えているらしくてな。その原因や関連性を調査するために視察して回っているそうだ」

「ああ、なるほど。最近増えてますもんね、過剰種」

 私は納得してうなずいた。

 たしかにここ数ヶ月、私の排熱につき合ってくれる相手にはこと欠かない。

「過剰種と言えば、今朝の件も鮮やかだったと村長から聞いたぞ。毎度のことながら、お前の祈りはよく効くな」

「ええ、まあ。場数を踏んでますから」

 私はあいまいに笑ってごまかした。

 ドミニク司祭も村のひとたちも、私が祈りの力で過剰種の魂を鎮めていると信じ込んでくれている。

 ……実際は、私欲による体調管理と趣味がもたらした副産物に過ぎないのだが、丸く収まっているのだから結果オーライである。

「本当にありがたいことだよ。一度あんな姿になってしまえば、高位聖職者が祈りを捧げても、固まった結晶を溶かすことはできんからな」

 ドミニク司祭は温かいスープを見つめながら、すこしだけ痛ましげに目を伏せた。

「だから見つけ次第、被害が出る前に殺処分する。昨日まで可愛がっていた家畜であってもだ。悲しいが、それが絶対のルールなのだよ」

「……つらいですね」

 農家生まれの私としては、働き手を失う痛手はよくわかる。

 だがそれ以上に――一人前の硬度へと育つ可能性を間引いてしまうなんて、二重の意味でもったいない。

「その点、お前のように対象を傷つけず、祈りだけで過剰な霊素を切り離して自然な体に戻してやれるのは、本当に尊い奇跡なのだよ」

 司祭は穏やかに、しかし不思議そうに首をかしげた。

「しかし、お前は変わったやつだよ。いくら祈っても指先から光ひとつ出せないくせに、過剰種の鎮魂だけは誰よりもうまい」

 ――痛いところを突かれた。

 体内で余った熱量を硬さに叩きつけてスッキリしているだけです、などと言うわけにもいかない。

 私は目をそらして、パンくずを指で集めるふりをした。

「そ、それはほら、無言の祈りというか、心の対話というか……」

「まあ、村が救われているなら文句はない。今回も助かったよ」

 司祭は満足そうにスープを飲み干し、思い出したようにつけ加えた。

「実績だけはあるんだがなぁ」

「何の話ですか?」

「過剰種の鎮魂だよ。マリーも奇跡さえ使えれば、今すぐにでも聖女として認められるだろうに」

「私がですか? まさか」

 ばかばかしい話題だと鼻で笑いかけて、ふと聞き返す。

「ちなみに、聖女になれば給金って上がりますか?」

 ……現金なやつだと思わないでほしい。

 この村での生活は悪くないが、私の給金はささやかなものなのだ。

 そもそも田舎教会の財政は火の車で、そこから私に回ってくる給金など雀の涙と言っていい。

 さらには「マリーはよく食べるから」という理不尽な理由で食費が天引きされ、祭壇の酒を勝手に拝借した代金まで徴収されるのだ。

 結果、私の手もとに残るのは毎月銅貨が数十枚。これでは酒場で脂の乗った肉串と冷えたエールを数杯頼んだら、たったひと晩で消えてしまう。

 ドミニク司祭は残った黒パンをかじり、こともなげに言った。

「給金? 桁が変わるだろうな。だが、お前には無理だ」

 私が反応する前に、司祭は即座にくぎを刺す。

「癒やしや浄化といった奇跡を行使できるようになってはじめて、聖女として公認されるわけだからな」

「まあ、私は奇跡なんて起こせたためしがありませんからね」

 そもそも真面目に祈ったこともないし、と心の中で付け足す。

 奇跡を行使する聖女と違い、私のようなシスターはただの教会職員にすぎない。

「仮に聖女として認定されれば、今の私の年収が月給として入るレベルだろうな」

 ……

 …………

「……は?」

 あまりの衝撃に、持っていたスプーンが手からすべり落ちそうになる。

 実質、桁が二つは変わってしまう計算だ。

 脳内で欲望がみるみるふくらみ、新世界を建築しはじめた。

 ――もし、私にそれだけの稼ぎがあったなら……!

 世界各地の鉱石や特注の鋼材を買い集め、自室を私だけの排熱コレクションルームに改装できる。酒場で「ここからここまで全部」なんて夢の注文も、自室へのお肉とお酒の常備も思いのままだ。

 よだれが止まらないっ――!

 頭の中まで黄金色に染め上げられた私は、欲望に突き動かされるまま口を開いた。

「ドミニク司祭。私の過剰種の鎮魂は奇跡としては認められないのですか!? 結果は出していますよね!?」

「うーむ……できなくはないと思うぞ。過剰種の浄化なんてのはふつうに考えれば大奇跡と言われるものだからな」

「では――!」

「だが、他の奇跡を使えんのだ」

「た、たしかにそうですが――」

「やはり、異例ということになってしまう。認定するにしても、お前の鎮魂の奇跡が教義に沿うものか、きちんと調べなくてはならない」

「うっ……!」

 ――それはまずい。

 大っぴらにはできない理由があるのだ。

 もし教義に沿わないと判断されでもしたら、たまったものではない。

「やっぱり大変そうですね。やめておきましょう」

 私はすかさず撤回を試みる。

「そう言ってくれると助かる。説明できないのは困ってしまうからな」

「いえいえ、変なことを言ってすみません。ごちそうさまでした!」

 私は席を立ち、そそくさと背を向けた。

「おい待てマリー、どこへ行く。今日は礼拝堂の掃除が……」

 問答無用、逃げるが勝ちだ。

 お金は欲しいが命は惜しい。

 ……くそうっ。

 ただ、このやり場のない気持ちは、このままでは到底収まらない。せめて師匠のところで、硬い薪でも叩き割って八つ当たりしてやる。

 司祭が止める声を背後に聞き流しながら、私は広場を抜けて足早に村外れへと向かった。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

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※毎週金曜日の18:00に定期更新しています。

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