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硬度フェチ聖女の巡礼  作者: 坂上 零
第一章:シスターの日常と日常の終わり

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4 祈りの真相

 私がこの症状に悩まされるようになったのは、数年前のことだ。

 四年前、教会で働きはじめた私は、祭壇の前で沈黙を強いられる『祈りの時間』にうんざりしていた。

 ただボケーっとするのは苦痛すぎるが、かといって居眠りをすればドミニク司祭の雷が落ちる。

 そんなある日、裏庭でサボっていた私に声をかけてきたのが、村外れに住む師匠――名前なんだっけ? まあいいか――だった。

「動きたくないけど暇も嫌だ」という私の最低な愚痴を聞き、あきれながら一つの呼吸法を教えてくれた。

「これは気を練る基礎的な技術だ。はた目には瞑想しているようにしか見えんぞ」

 教わった通りにやってみると、この『気』というやつが体の中を流れているのがわかった。

 ――それまで認識していなかったのが不思議なくらいに。

 丹田で気をこねくり回す感覚は細かいパズルに似ていて、完璧な暇つぶしとして充実した彩りをもたらしてくれた。

 だが、二年ほど経ったある日、異変が生じた。

 立っていられないほどのひどい目まいと、胃の底から込み上げる強烈な吐き気。

 あわてて相談した私を診て、師匠は大笑いした。

「ためすぎだ、馬鹿者」

 練り上げられた膨大な気が体内にあふれ、肉体を蝕んでいたのだ。

 私たちはこの症状を『気当たり』と呼んでいる。

 解決策はシンプルだ。たまりすぎたものを出せばいい。

 手順は二つ。

 まずは基本の型『水鏡』。

 体内にベッタリと粘りついた重い澱みを撹拌し、ほぐして全身へと巡らせる。

 だが、流すだけでは終わらない。

 はがれ落ちた重く熱いヘドロを、外へ排出しなければならないのだ。

 そして仕上げ――『破城』。

 圧縮した気の塊を、掌から外の的へと叩き出す。

 ここで重要になるのが、受け止める側の耐久性である。

 こちらの熱を出し切る前に器が砕け散ってしまえば、放出は不完全に終わってしまう。――内側に澱みが残る不快感は、とてもがまんできたものではない。

 だからこそ、『硬さ』が必要なのだ。

 何より――

 この排熱の瞬間に得られる感触が、私を変えてしまった。

 たまった熱を一気に吐き出すカタルシス。

 そして、全開のエネルギーを硬くて重い何かに叩きつけた瞬間に走り抜ける手応え。

 解放と硬度。

 この二つの快楽に、私はすっかり支配されてしまったのだ。

 ――ああ、まるで恋ではないか。

 今ではもう、街中で立派な石柱や分厚い鉄の扉を見かけるだけで、無意識にその硬さを視線で愛でてしまう。掌がジリジリと熱を帯び、うずきだす。

 ……あれに全力を叩きつけたら、どれほどすさまじい反動だろう……と。

 そうして次第に、私は硬いものを探すようになった。

 岩でも、鉄でも、獣でもいい。

 私のすべてを受け止めてくれる理想の硬さを。

 そう、私は硬さを求めているのだ!

 だが――甘く見てはいけない。

 硬度の世界は実に奥が深い。

 ただ硬ければいいというわけではないのだ。

 カチカチに硬いだけの岩などは論外である。あれは硬度の名を騙る救いようのない軟弱者にすぎない。こちらの気が芯に浸透する前に構造崩壊を起こすそのもろさは、排熱を受け止めるべき器としての責任放棄である。

 一方的な裏切りだ。

 悪と言ってもいい。

 想像してみてほしい――

 決壊寸前の排泄を、ここぞという時に物理的にシャットアウトされる絶望を。

 放たれないままの熱量が体内に居座り、内臓を焦がす濁りとなって体を侵し続ける生き地獄を。

 器側のもろさが招く無機質な拒絶、あるいは中途半端な妥協を。

 ――それでは、だめなのだ。

 空虚な不完全燃焼感しか残らない。

 私が求めているのは、表面の硬度だけではない。打撃の応力を内部で分散し呑み込む靭性だ。

 それらを兼ね備えてこそ、真の『剛性』なのだ。

 私の全霊を叩き込んでも寸分のたわみすら許さず、ありったけの熱量を底の底まで吸い込んでくれる耐衝撃性。

 そして、ズシンと重い反動を返してくれる、奥行きのある頼もしさ。

 とことん鍛え上げられた獣の筋肉のような、しなやかな反発と盤石の耐久性こそが至高なのだ。

 その点――

 今回のイノシシは稀に見る傑作だった。

 ……ああ……思い出すだけで、もう……

 評価すべきは、あの複合的な打撃感だ。

 最初に掌を阻むのは、体表を覆う高硬度の結晶の層。そこを突破しても、次は頭蓋骨の頑強な壁が、塑性変形に抵抗してしっかりと押し返してくる。

 ふつうならば、こちらからの一方的な排熱行為で終わりだが――あのイノシシは違った。

 その奥に控えていた、強靭な筋繊維がすき間なく編み込まれた首の筋肉。それが打撃の威力を逃がさず、ギュウッと貪欲に呑み込んでくれたのだ。

 ――硬いのに、吸いつく。

 ――突き放すのではなく、抱きとめる。

 この絶妙な多重構造が生み出す手応えは――格別だった。

 ……それだけに。

 ああ、それだけにか。

 たった一度の交錯で、あれほどの逸品が粉々になってしまった事実が、今になっても私の心をチクチクと刺してやまない。

 私はもっと、何度愛用しても壊れない一生モノのパートナーと巡り会いたいのに。

 人生とは思い通りにいかないものである……

 今ではもはや、そのあたりの岩などでは物足りなくなってきた。しかし幸か不幸か、近頃はこうした過剰種が村の近くでも増えている。

 排熱処理と硬度鑑賞――その双方を叶えてくれる貴重な資源だ。

 複雑な悦びを胸中で転がしながら、私はミハウ爺さんたちに運び出されつつあるイノシシに目をやった。

 荷車の上で揺れる丸太のような体。

 結晶をきれいさっぱりと失い、大きいだけのイノシシに戻っている。

 だが、結晶に突き破られていた痕跡は痛々しく、引き裂かれた皮膚の裂け目がその異様さを物語っていた。

 『過剰種』。

 ただの動物があんな姿に変わり果ててしまう原因は、この世界に満ちる『霊素』というエネルギーにある。

 収まりきらないほどの霊素を取り込んだ生き物は、あふれた分を物理的な結晶として体表へ噴き出してしまうのだ。

 さらにはそのエネルギーが肉体をゆがめ、骨格を強引に作り変える。

 異常にふくれ上がった筋肉。

 肥大化した体。

 いびつな巨体を維持するため、彼らは常に底なしの飢えに苛まれている。その強すぎる力と生存本能が合わさり、生きた災害へと変貌するのだ。

 ひとたびその猛威がふるわれれば被害は甚大だ。

 強化された膂力は軽々と岩盤を砕き、家屋を紙くずのように押しつぶす。

 運が悪ければ、村ひとつが丸ごと消え去ってしまうことさえあるという話だ。

「おーい! マリーちゃん!」

 能天気な呼び声が、私の考えを遮った。

 ミハウ爺さんが荷車の前でブンブンと手を振っている。

「いつまでボサッとしてるんだ。早く来ねえと、イノシシ鍋の旨いところがなくなっちまうぞぉ!」

「……!」

 むずかしい思考は、あっけなく終わりを迎えた。

 世界の危機よりも、今は目の前のロース肉である。

「今行きます! と、いうか! 私の獲物ですよっ!」

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

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※毎週金曜日の18:00に定期更新しています。

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