↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
硬度フェチ聖女の巡礼  作者: 坂上 零
第二章:田舎のシスターと王都の聖女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/16

11 野宿にて【前編】

「……野宿」

 すっかり日が落ちた中で、私はその単語を咀嚼した。

 ブラマの手前にある森の中。

 ふかふかの布団も、風雨を凌ぐ屋根もない。

 むき出しの夜が私を非情に包んでいる。

 隣では、エリスが手慣れた様子で薪を組み上げていた。

「はぁ……予定では今頃、ブラマの教会で温かいスープを頂いているはずでしたのに」

「まったくです。これでは王都でのリッチな生活が遠のいてしまいました」

「誰のせいですの。マリー様がしっかり荷物をまとめなかったり、道中一歩ごとに立ち止まったりしていたからではありませんか」

「心外ですね。後半の追い上げは風と見まがうほどの速さを見せたはずですよ」

「最初からその風を吹かせてくださいまし! あのいっときのやる気だけでは、浪費した時間は取り戻せませんわよ」

 エリスがうらめしそうにため息をつき、薪に向けて霊杖を構えた。

 彼女は杖を持ったまま空いた手の指を交差させ、見えない糸を編み上げるように空間に聖印を組んでいく。

「母なる大地よ、凍える夜に灯火を、生命に暖かな守りを――」

 厳かな詠唱とともに周囲の空気がざわりと揺れ、彼女の手もとへと吸い寄せられていく。

「――守護の灯火」

 カッ、と杖の先が赤く輝くと、薪から細い煙が立ち上って火がついた。

「便利ですね。各教会に一人、エリスを常備しておきたいです」

「わたくしの祈りと活力が代償ですのよ。備品扱いしないでくださいまし」

「祈り、ねぇ」

 私はゆらめきはじめた火を眺めながらなげやりにつぶやいた。

「教会の授業で奇跡の話は聞きましたが、あらためて見るとうさんくさいですよね。精霊にお願いしたらパッと火が出るなんて、まるでおとぎ話みたいですけど」

「おとぎ話と一緒にしないでくださいな」

 エリスが心外そうに眉をひそめた。

「いいですか? この世界は大精霊様がもたらす霊素の恵みで満たされています。空気中にも、土の中にも、無数の精霊たちが漂っているのです」

「ふむふむ」

 私は適当に生返事を返しながら、パンパンに張ったふくらはぎを親指でグイグイともみほぐした。

 あの重量を背負っての山歩きで、私の足腰はもう悲鳴を上げている。

「わたくしたち人間は、亜人の方々のように感覚だけで霊素を操れませんわ。だから祈りと聖印で導き、自身の器で形を与える――」

 エリスが指を折りながら力説する。

「感覚に頼らずとも奇跡を行使できる、人間が構築した確固たる体系なんですのよ」

「ふうん、面倒くさい」

 足の裏は赤く腫れ、ぷっくりとした水ぶくれがいくつもできていた。

 ジンジンと脈打つ熱を散らすようにさする。

 ……うう、痛い。

「……マリー様」

 不意にエリスの話が止まった。

 怒られるかと思いきや、彼女は私の足もとを見て小さな壺を手渡してきた。

「なんです、これ」

「特製の軟膏ですわ。水ぶくれによく効きますの」

「……へぇ」

 蓋を開けると、スーッとする薬草の香りが鼻を抜けた。

「ありがとうございます。気が利きますね」

「勘違いしないでくださいまし。明日、足が痛いと泣き言を言って、また歩みを遅らせられては困るからですわ」

 エリスはプイと顔をそむけ、薪を枝で突いた。

 私は苦笑しながら、ひんやりとした軟膏を塗り込んでいく。

 昼間はあれほど先を急かしたくせに、休憩中にはこうしてケア用品をさし出してくれる。

 ――口うるさいし生真面目だが、悪いやつではないのだ。

「そもそも、奇跡は誰にでも使えるわけでは……聞いていますの!?」

「聞いてますよ。その……奇跡の行使、でしたっけ」

「そうですわ! 生まれつき霊素を受け入れる器を持ち、長年の修行を経て術理を修めた者だけが許される特権なのです」

「なるほど」

「手順を暗記し、精神を研ぎ澄まし――それでも才能がなければ、一生かけても小さな光を灯すのがやっと。それほど厳しい世界なのです!」

「大変なんですね」

「……はぁ。一千人の候補生がひしめく中で、『白歴を紡ぐ聖女』の称号を勝ち取るのがどれほど過酷だったか。想像もつかないでしょうね」

「なんですか。その高そうな肩書きは」

「わたくしの聖女としての称号ですわ。このスヴェトリア王国において、建国以来の純潔と正道を象徴する、最も誉れ高いものですのよ」

 エリスは自身の純白の聖衣の袖を誇らしげに、しかしどこか苦々しいまなざしで見つめた。

「教皇猊下から直接賜ったこの『白』こそ、『白歴を紡ぐ聖女』の証。貴女が着ている紺色の聖服とは、全く異なりますのよ」

「へえ。色に意味があったんですね」

「その通りですわ。精霊教会において、白い聖衣というものは厳しく制限されていますの」

 エリスは小さく鼻を鳴らした。

「――ただその分、上層部の多くは快く思っていませんの。自分たちですら許されない『純白』を小娘が着ている……その事実だけで、彼らの反感を買ってしまうのですわ。わたくしが他国出身であればなおさら」

「そういえばエリス、別の国から来たんでしたっけ」

「ええ。南海通商連合の出身ですわ。わたくしのような肌の色は王国では珍しいのではありませんか?」

「なんかいつうしょう……?」

 私が首をかしげると、エリスは信じられないものでも見るような目をした。

「知りませんの!?」

「知りませんよ。おいしいものがあるなら覚えますけど」

「この国の南に位置する、大陸最大の経済圏ですわよ!」

「南といえば、冬に渡り鳥が行くところですよね。じゃあエリスは鳥なんですね」

「人間です!!」

 エリスは天を仰ぎ、頭を抱えた。

 それからひとつせき払いをして、ゆらめく炎を見つめる。

「とにかく、課題は山積みでしたわ。作法ひとつとっても王国とは違うというのに、選抜試験の競争は凄まじく……筆記に実技、家柄の審査まで。少しでも気を抜けば蹴落とされる、息の詰まるような日々でしたの」

 エリスはぽつりぽつりと語りはじめた。

「選ばれた後も、他国出身だと陰口を叩かれたり足を引っ張られたり……完璧な結果を出し続けなければ、すぐに居場所を奪われてしまいますの。本当に、気が休まる暇もありませんわ……」

 たき火のはぜる音が、妙に寂しく響いた。

 ――エリートにはエリートなりの地獄があるらしい。この小麦色の肌の下に、彼女はどれほどの緊張を抱えているのだろう。

 私があいづちを打とうとしたその時、エリスはハッとして首を振り、あわてて表情を取り繕った。

「……いけない。疲労のせいで、つい見苦しい愚痴をこぼしてしまいましたわ。忘れてくださいな」

「構いませんよ。おなかがすいていると、どうしても思考がネガティブになるものです。さっさと食事にして、カロリーで心を埋め立てましょう」

「……そうですね。食事にしましょう」

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけますと励みになります!


※毎週金曜日の18:00に定期更新しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。