未来の湊
事実を受け入れた湊は、小説を書こうとした。すると、PC内から謎のファイルが見つかる。ファイル名は「原稿」、中には、たくさんの「DATE」と記されたファイルが入っている。不審に思って削除しようか悩んだが、一度すべて見てみることにした。
【制作ログ 08】
修正内容:結衣と自分の交際
代償:中学1年の夏休みの記憶
残存率:72%
【制作ログ 09】
修正内容:テストの点数UP
代償:クラスメイトの名前
残存率:71.9%
【制作ログ 07】
修正内容:好きなデザートを食べられる
代償:過去1か月の夕食メニュー
残存率:72.1%
大量の制作ログが出てきた。修正内容に書かれた文章は、すべて物語に書いた願いだ。そして、代物として削除された記憶、残存率は、言うまでもない。
そして、「DATA1[朝比奈 湊]」という興味深いファイルを見つけたのでダブルクリックで開くと、PDFだったようで、複数の画像が表示された。そこには、自分の脳内が可視化されたような、意味のわからない文面がずらっと並んでいた。各ページの題名には、自分が過去に書いた願いが書かれていた。
つまり、これは削除された脳内データということだ。これまでに消された記憶は全部で250個以上。
さらに、データ1の中に、制作ログ31があった。それをクリックすると、未来の湊の記録が書かれていた。
「【制作ログ 31】
作成者:朝比奈湊(22)
閲覧権限:朝比奈湊のみ
最終更新:不明
もしこれを読んでいるなら、たぶん俺はまだ制作を終えていない。
あるいは、お前が途中まで同じ道を歩いてしまったか。
まず結論を書く。
能力は呪いじゃない。
あれは修正だ。
世界そのものを修正するための手段。
でも世界は無料じゃ動かない。
何かを変えるなら、
変えた分だけ、お前自身が現実から削られる。
最初に消えるのは記憶。
次に他人との繋がり。
最後に存在。
順番は多少前後するが、終点は同じ。
お前は消える。
もし今のお前が、
「じゃあ書かなければいい」
と思ったなら、
悪いけど、それはもう無理だ。
気づいてるだろ。
お前は誰かを助けるためなら、自分を使う。
昔からそうだった。
……ここから先は事故について書く。
たぶん記憶が戻り始めてる頃だ。
思い出せ。
あの日。
赤信号。
ブレーキ音。
誰が道路にいた?
正解を書く。
道路に飛び出したのは母じゃない。
俺だった。
助けようとしたのは母。
死ぬはずだったのは――
最初から朝比奈湊。
つまり今のお前は、
「助かった未来」じゃない。
誰かが修正した結果、存在してる。
その誰かは……
いや。
もう分かってるな。
俺だ。
22歳の朝比奈湊。
制作を続けた結果、生き残った残骸。
最初は小さい修正だった。
怪我。
失敗。
別れ。
後悔。
全部書き換えた。
でも人間は愚かだから、
一度救えると知ると、
全部救いたくなる。
父さんを。
母さんを。
結衣を。
友達を。
知らない誰かを。
未来を。
そのたび俺は減った。
顔を忘れた。
声を忘れた。
好きだった曲を忘れた。
そして今――
正直に言う。
もう自分が何を守ろうとしたのか、曖昧だ。
ここで読むのをやめろ。
今なら戻れる。
普通の人生を選べ。
名前を呼ばれて、
笑って、
大人になれ。
俺みたいになるな。
……
……
……
……
……
……
……
……
でも、お前は読む。
最後まで読む。
知ってる。
俺だから。
だから最後のことだけ伝える。
制作を続けるなら、
世界を救いたいなら、
ひとつだけ忘れるな。
消えるのは苦しくない。
苦しいのは、自分が消えたあとも、大切な人たちが生きていく未来を想像できることだ。
その未来に、自分だけいないことだ。
もし結衣が笑ってたら、
もし母さんが元気なら、
もし誰かが生きてたら、
多分、俺は」
【データが破損しています】
ここで文章は終わった。
未来の湊は、自分と引き換えてでも救いたい人のために小説を書いた。そう、結衣だ。
結衣は今の湊でも十分大好きだ。なんなら自分と引き換えで両想いとなった。それだけで幸せだった。でも、これから先、自分が消えても結衣は、家族は、友達は、何事もなかったかのように生き続ける。自分なんて忘れて。
翌朝、学校の廊下で結衣が笑った。
「湊ってさ、最近変だよね」
軽い口調。
いつもの声。
でも次の言葉で、呼吸が止まる。
「……なんか、見てると消えそう」
心臓が跳ねた。
「は?」
「いや、ごめん。変な意味じゃなくて。なんだろ。前までいた場所に、今もいるはずなのに……輪郭薄い感じ?」
冗談みたいに笑う。でも笑ってるのは結衣だけだった。湊は知ってる。輪郭が薄いんじゃない。存在そのものが削れてる。
放課後。
家へ帰ると、机の上に見覚えのないノートが置かれていた。
黒い表紙。
タイトルもない。
そのノートを開いて一ページ目。たった数行、書かれていた。
【救済案】
対象:朝比奈湊
現在残存率:18%
推定消失時期:制作終了時
選択可能な修正:
① 作者保存プラン
→ 制作停止
→ 朝比奈湊は存在維持
→ 過去改変を段階的に修復
→ 救済対象:消失
結果:
多数死亡
未来崩壊率:72%
② 世界保存プラン
→ 最終制作実行
→ 朝比奈湊消失
→ 救済対象維持
結果:
世界安定
作者消失率:100%
ページはそこで終わっていた。
数秒、意味を理解できなかった。
してはいけない理解だった。
つまり、簡単に言えば。
書くのをやめれば、自分は生きる。
でも救った人たちは死ぬ。喉が鳴った。息が浅い。
頭の奥で誰かが笑う。
未来の自分だ。
22歳の湊が、全部知ったうえで残した記録。
「……ふざけんなよ」
声が漏れる。
「なんだよ、それ」
机を叩く。
ノートが落ちる。
「選べるわけねぇだろ……!」
自分が生きるか。
誰かが生きるか。
そんなもの選択じゃない。
脅迫だ。
その夜、夢を見た。
雨の日。
赤信号。
ブレーキ音。
誰かが泣いてる。
『助けて』
小さな声。
振り向く。
そこにいたのは――
母さん。
血だらけだった。
湊は飛び起きる。
午前3時12分。
全身が汗で濡れている。
スマホが光った。
通知。
知らない差出人。
「送信者:
朝比奈湊(22)
本文:
お前は今、
「自分なんか消えてもいい」
って考え始めてる。
やめろ。
英雄になるな。
誰かのために消える選択は、綺麗じゃない。
本当に最後まで苦しい。
……俺は知ってる。
だから頼む。
一回だけ、
自分を選べ。」
画面が消える。
返信しようとしても、アドレスは存在しなかった。
朝になって、鏡を見た。自分の顔が、右側だけ少し透けていた。ガラスみたいに。指で触れると、とても冷たくて、次の瞬間、ひびが入った。
パキッ。
ほんの小さな音。
【制作ログ 980】
修正内容:結衣の生存
代償:事故の記憶
残存率:2%
でもその日初めて。
湊は思った。
もし制作を終えなければ。
もし全部やめれば。
もし普通に生きたら。
高校へ行って。
大人になって。
結衣と笑って。
名前を呼ばれて。
忘れられずに済んだら。
それは、間違いなんだろうか。




