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VS.悪役令嬢


 俺は秘密の地下通路から飛び出した。突然床下をぶち破って現れた怪人がテーブルをひっくり返し、アツアツの紅茶を頭から被って絶叫する格好になった。腰を抜かしてしまったメイドさん達には本当に申し訳ないと思う。


 アチャチャチャと叫びながら台所から飛び出す。

 ここはスケーナ魔術学院。目標はもちろんレイさんだ。主人公容疑者の中で一番可憐で繊細なあの人を最優先にするのはごく当然のことである。

 この学院のどこかで悪役令嬢のレイさんが全ての元凶たる俺を待ち構えているはずだ。主人公補正で毒電波を跳ね返してくれていると嬉しいが、この状況下では石橋を叩き過ぎるということも無いだろう。


 俺はスゥッ…と影を薄くしてゴキブリのように壁際を移動し始めた。無敵のスニークモードである。己という存在の自己主張を限りなく控えめにして背景に溶け込むのがコツだ。小学校の運動会から中学の林間学校まで、あらゆるイベントで一度も写真に写らなかった存在感の希薄さは伊達ではない。

 予想通り、台所の騒ぎを聞きつけたらしい警備係数名が廊下を走って来る。だが連中は誰一人として目の前の俺に気付かず素通りした。バカめ! ケヒャッ!

 異世界に転移してこのかた、俺のスニークモードを見破ったのは今の所レイさんただ一人である。何故バレたのか未だに謎だが、あの人は物陰で自主的な休憩を取っていた俺を一発で看破した。だから油断は禁物だ。あくまで慎重に移動しなければならない。


 絶対に、レイさんに見つかったりなんかしない!(キッ


「あーっ! いた! 皆、あそこだよ!」


 ギェーッ!!


 廊下の角からやってきたレイさんにソッコーで発見された俺は、冷蔵庫の下へ駆け込むゴキブリのように逃げ出した。


 レイさんからは……隠れられなかったよ……


◆◇◆


 そのまま俺は天井裏の暗中をカサコソと這い回っている。声を頼りに慎重に匍匐前進し、遂に俺を探すレイさんを逆尾行するに至った。ポツポツと光が漏れている覗き穴から下の様子を窺うと、レイさんの数々の攻略対象が大名行列みてーにゾロゾロ後についている。元婚約者の王子様とライバルヒロインちゃんを初めとして、美男美女軍団がしっかりとレイさんの脇を固めていた。


 ……しかし妙だな?


 先ほどのレイさんの口調も違和感バリバリだったが、眼下の光景にも引っかかる。あの人は注目を集めるのは好きだが取り巻きを連れるのはむしろ嫌う。というか、恥ずかしがる。変なところで照れ屋なのだ、レイさんは。

 顔つきも変だ。さんさんとお日様の光を浴びて育った向日葵のような、いかにもお人好しでござい、というぽかんとした面構えをしている。いつもなら涼風にそよぐラベンダーのようなきりりとした気配をまとっているというのに。

 そのレイさんがどうしてあんな悪役令嬢のテンプレみてーなことに? これも魔王の現実改変能力の影響によるところなのだろうか。


 それならば早く正気に戻して差し上げねば、と思ったが、そこで作戦の致命的見落としに気が付いた。


 どうやって正気に戻すのだ?


 なんとなく一発どつけば目が覚めるような気がしていたが、レイさんに手を挙げるような真似は俺にはできない。フリさえできない。

 これがアホのイクシラなら何の遠慮もいらない。ここぞとばかりに乾坤一擲の一撃を食らわせてやる。

 心の友たる崇だって許してくれるだろうし、俺の数倍人生経験を積んだガインであれば筋道立てて説明すれば納得してくれるに違いない。

 が、レイさんに対しては許してもらえようが納得してもらえようが、そんなことは関係ない。


 単に俺自身が嫌だ! レイさんに手を上げるなんて考えたくも無い! どんな理由が有ろうと嫌なもんは嫌だ!


 でもじゃあ、どうしよう……


 俺は学院内を練り歩くレイさん達を天井からカサコソ追いながら思い悩んだ。

 しかしこうしてると、アレだな。やってることはストーカー丸出しだな。パリピに囲まれるスクカー頂点のマドンナを陰キャのクソ童貞が付け回す構図だ。少女漫画や悪役令嬢ものならどんなに頑張っても引き立て役にしかならんポジである。だが単なる噛ませ犬で終わってしまってはこの状況を打破できまい。運命力を高めるイベントが必要だ。

 ジリジリと天井裏を這いながらレイさんの様子をうかがう。


 レイさんは自分を慕う美男美女に囲まれて楽しそうだ。

 あの人にはイケメンとキャッキャウフフ出来る学園ライフを満喫して欲しい。そう思っていた俺の心にも温かいものがこみ上げ……ることは無かった。


 なんだ? モヤモヤする。


 い、いや待て。俺は断じて声優の熱愛報道に発狂するような弁えない豚野郎ではない。節度あるファンは「ここは超えちゃダメ」という一線を引くものだ。それは信仰対象だけでなく自分自身をも守る線だ。それを超える奴は精神を病み、果てはアイドルにもファンにも社会全体にも迷惑をかけるのである。


 絶対に、嫉妬心なんかに負けたりしない!(キッ


「あっ」


 レイさんが躓き、咄嗟に横の王子様が体を支える。


「大丈夫かい、レイ。君は昔っからそそっかしいな」と優しく微笑んだ。


 レイさんは「も、もう! 恥ずかしいなあ。子供じゃないんだから!」と、頬を染めて王子の体を押し返した。


 頬を染めて、俯いた。




 NTR(ネトラレ)やんけ~~!!




 俺の中のモンスター童貞が吼えた。『寝てから言え!』などという理性的なツッコミは聞こえない。


 ああ!俺も所詮は一線を弁えぬ豚野郎だった! しかしそれこそが人間の生きざまではないか!?


 キモがられようと何だろうと、告ってようと無かろうと、付き合っていようと無かろうと、そんなことは問題じゃない。一度惚れ込んだ相手は独占欲の対象なのだ!!経緯なぞ知るか!それを奪われればNTR(ネトラレ)と同義!(僕の方が)(先に好き)(だったのに)など、女々しくセンチメンタルな逃げの分類に過ぎない!!

 クソッ!脳が破壊される!!

 なればこそ、俺は胸の内でみっともなくも雄々しく叫ぶぞ!



 NTR(ネトラレ)やんけ~~!!



 全部声に出てたらしい。「くせ者!」という声と共に下から槍で突かれ、天井裏を突き破ってビタンと廊下に墜落した。レイさんが下敷きにならなくて良かったが、そのままあの人の取り巻きにボコボコにされた。


 嫉妬心には……勝てなかったよ……


「みんな!もう止めて!」


 身動きが取れなくなったあたりでレイさんの鶴の一声がかかった。もう少し早く言って欲しい。こちとら既に顔面が変形しとんのやぞ。


 取り巻きがサッと身を引いて出来た道から堂々と進み出るレイさん。その神々しさはまるで聖女のようだ。

 レイさんは俺を見下ろして、ぽややんとしていた顔をきゅっと引き締めた。


「私にはあなたの苦しみは分かりません」


 ええ。そりゃ、ボコられてねっすからね。


「でも、魔王さんを傷つけようとしたこと、戦争を煽ったこと、きっとあなたにも譲れない何かがあったんだと思います」


 酷い中傷だ。そう思ったがボコられ過ぎて舌が回らなかったので愛想笑いを浮かべた。ケヒャッ!

 取り巻きがずざざっと後ずさる。が、こんな時でも流石レイさんは怯まない。


「だから私はあなたの話が聞きたい。あなたのことが知りたい。

 だから一人で抱え込まないで」


 いや、お喋りしたいっつーてもですね? そちらさんの取り巻きのイケメン軍団にボコボコにされてこっちゃ口を開くのも億劫なんですが……

 周りもほら。「レイはお人好し過ぎる」とか「レイさんは優しすぎます!」とか言ってますぜ。


 けれどもレイさんは慈愛に満ちた微笑を浮かべて、うずくまる俺へと手を差し伸べた。


「全部を分かり合うことはできなくても、きっと、言葉を交わし続けることはできるから―――」



 それを見て俺は。


 俺は。


 俺は。



 猛烈な怒りに駆られた。



 どうして怒っているのか上手く説明できない。だが俺の腹の底で何かが荒れ狂っていた。

 胸の中に鍵をかけて大事にしまっていたキラキラしたものを引きずり出されて泥まみれに踏みつけられたような、この感覚。

 何かが、何かが激烈に許し難かった。


 その瞬間、稲妻のように脳裏をよぎった閃き。

 見えたぜェ……俺の『一発』がよォ……!


 周囲の取り巻きどもがレイさんのありがたいお言葉にジーンとしている中、俺はよろめきながらも自力で立ち上がった。レイさんの手を取らなかったことにどいつもこいつも非難の眼差しを飛ばしてくるが、お前らの三文芝居に付き合うつもりはねえ。

 よく見てろ三下ども。これが俺流のどつき方ってやつよ。


 レイ……さん……


「……はい」



 好きです。



「はい……えっ?」



 人の弱みを握ってほくそ笑む悪い顔が好きです。

 思惑通りに陰謀が運んで小さくガッツポーズするところが好きです。

 特に難解な計略が決まった時に嬉しさの余り部屋で変な踊りをするとこはもっと好きです。


「えっ えっ ええっ!?」


 夜弱いくせしてテスト前に無理して勉強してちょっとむくんだ顔が好きです。

 そのくせ全然勉強なんかできなかったみたいな風を気取るとこが好きです。

 丸一日の試験の終わりにヨレヨレになった顔が好きです。

 駄目だったところを思い出してベッドにうずくまってトラみたいに唸るとこはもっと好きです。


「ちょっ!? 待って!待って待って」


 慣れないケーキ屋さんでどれを買えばいいのか悩んで小一時間ウロウロするところが好きです。

 店員さんに声を掛けられると恥ずかしがって逃げるくせにまた戻ってくるのを無意味に繰り返すとこが好きです。

 帰り道の路地裏で野良猫に挨拶してから干し肉をあげて話しかけるとこが好きです。

 話しかけた後で誰かが聞いてなかったか周りをキョロキョロするところはもっと好きです。

 別れ際にまた会う約束を猫としちゃうところがもっともっと好きです。


「何で!? どうして、そんな、ちょっ」


 友達以上恋人未満の二人をくっつけるために権謀術策を練る真剣な顔が好きです。

 でも陥れた二人がちゃんとくっつくまで陰から見守るハラハラした顔はもっと好きです。

 サバサバしてる風を装っていて蛇みたいに執念深く根に持つところが好きです。

 でも自分からは絶対に引き合いに出さずに裏でひっそりと因縁に決着をつけるところはもっと好きです。

 自分の隠し事はめちゃくちゃ多いくせに人の隠し事は何が何でも暴こうとするところが好きです。

 でも暴いた秘密は絶対に守って漏らさない所はもっと好きです。

 それでいて陰ながら秘密の手助けしてあげるところはもっともっと好きです。


「やめろ!オイ!やめろって言ってるんだ!!」


 レイさんのそういう、ところが!


 全部!! 全部好きです!!


 大好きなんです!!!


「バカァーーーーッッッ!!!!」


 痛烈な平手打ちが頬に炸裂した。風船が破裂したような小気味よい音だった。

 レイさんの勢いは収まりきらず、衝撃でひっくり返った俺に馬乗りになって往復びんたをかます。


「バカ!バカ!バカァッ!!

 何で知ってるんだ!

 どうして知ったんだ!

 そんなこと!」


 土俵上でお相撲さんがかまし合うような音がバッチンバッチン鳴り響く。早くも俺の頬はおたふく風邪みたいにパンパンだ。余りの剣幕に誰一人手を出せない。それだけでなく、取り巻きの誰もが急に目を覚ましたようにポカンとしていた。

 俺は懐かしい痛みを受け止めながらされるがままになっていたが、やがてレイさんの手のひらも俺の頬のように赤みが差し始めたため、大分勢いを無くしていたその手を優しく受け止めた。


「どうして……」


 レイさんはどこか呆然として呟く。俺はレイさんの手を握ったまま答えた。


 レイさん。


 俺は貴方に救われたから、貴方を好きになったんじゃない。

 劇的な何かがあったから、貴方を好きになったんじゃない。


 俺は貴方の優れた能力を好きになったんじゃない。

 貴方の素晴らしい功績を好きになったんじゃない。


 俺は貴方が俺を大切にしてくれたから、貴方を好きになったんじゃない。


「じゃあ…どうして……?」


 それは分かりません。俺にも分からない。

 ただ貴方に会って、貴方を知るうちに、いつの間にか好きになってました。

 貴方のしぐさの一つ一つが、貴方のつぶやきの一つ一つが、たまらなく好きになってました。


「そんなことって……あるのかな?」


 あります。ありますとも。

 愛に理由は要らない。

 だからこそ言えることもある。


 俺は世界中のどこで、いつ、どんな出会い方をしたとしても。

 きっとレイさんが好きになってました。

 だって貴方がただ貴方であることが、こんなに、こんなに愛おしいんだから。



「……っ」



 ああ。言った。言ってしまった。

 ずっと都合の良いぬいぐるみでいようと思ってたんだけどな。

 でも、これしか思いつかなかったんだからしょうがない。


 けれどレイさんの顔に侮蔑や嫌悪の色は無かった。

 代わりに漏れたのは小さな、小さな、嗚咽。


「…っ……っ………

 そっか……そうなんだ。

 でもね」


 ぽたり、と温かいものが俺の頬を濡らした。



「私はずっと自分が嫌いだった」



「人と真っすぐ向き合えない臆病な自分が嫌いだった。

 悪だくみでしか人と関われない卑怯な自分が嫌いだった。

 体の弱さにかまける怠惰な自分が嫌いだった。

 満足に出歩くことさえできない不出来な自分が嫌いだった」


「友達がいない一人ぼっちの自分が嫌いだった」


「ずっと素敵な女の子になりたかった。

 どんな人もいたわれる優しい子になりたかった。

 どんな困難にも立ち向かえる勇敢な子になりたかった。

 どんな高い木にも登れる強い子になりたかった」


「いつも周りに誰かがいる、友達がたくさんいる素敵な子になりたかった」


 ぽたり、ぽたり、と幾つもの雫が俺の頬を舐めるように伝った。キラキラと光る雫はとめどなく俺とレイさんの頬を濡らし続けた。

 

「でも、そうじゃない。私はそういう子じゃなかったんだ。

 君のせいだよ。

 君のせいで、思い出しちゃったじゃないか……」


 夢は、覚めちゃいましたか。


「うん……さめちゃったね……良い…ううん、悪い夢だったのかもしれない。

 私は……私なんだ。

 どこまで行っても、ここにいるどうしようもない自分が、私なんだ」


 レイさんは恥ずかしそうに、けれども涼し気に笑って手を差し伸べる。

 俺は今度こそその手を取ってヨロヨロと立ち上がった。


 周りの取り巻きどもは明らかに困惑してヒソヒソザワザワと落ち着きが無い。その輪の中で俺とレイさんだけが全部を分かっていた。


「……行くんだね」


 ええ、大事な仕事が残ってますから。


「帰って、来るよね」


 その気概はあります。


「帰ってこなかったら君が隠してる悪事を全部みんなにバラすからな。

 君のお墓の前で毎日ワンワン泣いてやるんだからな」


 ズルいですよ、そりゃ。


「そうさ。私はズルいんだ」


 レイさんは笑った。キラキラ光る眼もとを柔らかに細めて、涼しげに笑った。


「私はズルくて、意地悪で、泣き虫なのさ」


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[良い点] >寝てから言え! 飾っておきたい名言 [気になる点] イクシラのターン・・・あるよね?無いと泣いちゃうよ?
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