VS.魔王転生
裁判官の席と一緒に自我を奪われた老人は再び金切り声を上げて判決文を読み上げる。
「至高にして偉大なるアリウス様は、その寛大なる御心のもとに慈悲を賜れる!
被告人は市中引き回しの上、皮剥ぎ、腹裂き、火あぶり、石打の刑に処す!!」
俺は噴出した。被告席の上へ血飛沫と一緒に砕けた歯がカラコロと散らばる。そのままカラコロと笑ってしまった。縛り上げられていなければひっくり返って笑い転げていたところだ。
しかしそれが魔王の癇に障ったらしい。
「何がおかしい!!」
俺は答えず被告席の裏にある柱の一つを強く蹴った。出し抜けに足元の床がバクンと開く。
「な!?」
そしてそのまま叫び声が遠ざかって行くのを感じながら、俺は闇中へ落下していった。
◆◇◆
ダストシュートのような落とし穴は滑り台となって俺の体を猛スピードで秘密のセーフゾーンまで運ぶ。俺が通り抜けた後は何重もの隔壁で仕切られ、自動的にセメントが充填される。
俺はセーフゾーンに敷かれた安全マットの上にボフッと転がり落ちた。備え付けの魔法錠ですぐさま手錠を外し、治療ポーションを頭からぶっ被る。準備してあった最低限の武装を身に着け、すぐにその場を後にした。
スケーナの地下には秘密の地下通路がアリの巣のように張り巡らされている。それはかつて魔術学院の迷宮の一部であったとも噂されているが、今では俺の保険の一つである。街の至る所に設けられた脱出口は設計図をバラバラにして別々の業者に工事させたため、全容を把握しているのは俺だけだ。
迷路そのものの通路を駆け回りながら、追っ手を撒くための仕掛けを次々に起動させる。そして秘密の中央制御室に辿り着いた。
壁一面に張り出された魔術スクリーンによって、地上すなわち街の状況が隅々まで手に取るように分かる。気分は三角塔地下に潜むコナン達を炙り出したレプカ局長である。
街中の人々が正義の魔王様にたてついた全ての元凶、邪悪の権化、世界の敵たる俺を探しているようだ。やっべえ。
しかも遠見の水晶がスクリーンに映し出す街の景色は俺が知る姿からは程遠く、シュルレアリスムの巨匠ダリの絵のように奇妙にねじれて歪んでいた。おまけに雨後のタケノコのように魔王様を讃える銅像があちこちにボコボコ立っている。マジやっべえ。
俺は状況確認を済ませて戦略を練る段階に入った。
予想はしていたがこの一件で確信した。魔王は現実改変能力者だ。しかし当然の疑問が湧き上がる。
なぜ俺には改変の影響が及ばないのか?
現実改変能力者は付け入るスキこそ数あれど、基本的には無敵に近い。その無敵具合は安易に登場させると途端に物語がつまらなくなるため、早々に退場させられるか何重もの制約を掛けられるほどだ。
対策無しに会敵すれば成す術は無い。能力者が死ねと思えば死ぬ。下手すると自意識上に登らない深層心理段階の敵意でもう発動する。もっといくと認識すらされずに、ただ能力者に不都合な何かをしたというだけで因果を逆算して自動防御的に能力が発動する。
だと言うのに俺はまんまと逃げおおせ、こうして対策を練る段階にある。これは何故だろう?
魔王が深層心理下で俺が逃げることを望んでいる? いや、それは無い。追い詰めた敵に目の前で逃げられることほどダサイ真似もそうそうない。人は心の奥底では自分が絶対に正しいと思い込んでいるものだ。現実改変能力はそうした願望をこそ反映する。
だが……考えてみれば確かに兆候はあったのだ。魔王の行動を妨害してきた様々な工作は俺に基づいている。そして依然として機能を保っている秘密の地下通路と中央制御室も同様に、俺に基づいている。
つまり俺と、俺が直接関係した事象は現実改変能力の波及を免れる、らしい。
もちろん仮説に過ぎない。現実改変による上書きが利く可能性も大きい。
だが俺自身に及ばないのはほぼ確定とみてよいのではないか。だからこそ魔王は俺を直接潰せず、周囲を取り込みにかかったのだ。
……しかし謎だ。何で効かねーんだろ。幻想殺しでも持ってるわけじゃあるまいし。
仮説も辻褄は合うが、理屈はさっぱり分からん。
ひょっとしてアレか? 俺がメタネタまみれのコメディリリーフだからか?
神も不死者も殺せる最強すぎる即死チートも、作者を脅迫して展開を書き直させる第4の壁の破壊者相手だとイマイチ効かない、とかそういう?
皆目見当もつかんし真剣に考える余裕も無い。
ただ俺のカンなのだが……ものすげーシンプルな理由な気がする。
突然バイクのスピードが落ちたからクレイジー・Dでも直せない重大な故障かと思って焦ったが、単にガソリンがカラだった。みたいな。それぐらい単純で身も蓋もない理由な気がする。そうでなきゃ現実改変なんてクソチートをかわすのは不可能だろう。
ともかく現状、これ以上の推理材料は無い。仮説が正しいものとして検討を次に進める。
退くか、戦うか。
ここで重要なのは作劇展開の視点だ。もっと言うと【俺】の役割についてだ。
もちろん俺は主人公ではない。主人公ではない、が……ある種のキーキャラクターである可能性は高いのではなかろうか。主要キャラではないにせよ、たまたま主人公達の明暗を分ける位置にいるようなキャラである。
現実改変能力を回避している点、魔王にギリギリまで追い詰められてなお逃げおおせた点、認めたくは無いが直前まで英雄扱いされていた点……流石にもう『モブです』という言い訳が苦しくなってきたところだ。
すると魔王を含む現状有力な主人公容疑者の誰が本命だったとしても、ここで逃げ出すのは得策ではない。むしろあからさまな死亡フラグ……!
次に考慮すべきは時間的制約だ。魔王の様子からして発狂まで幾ばくも無いだろう。放っておけば現実改変能力は自我崩壊と同時にタガが完全に外れ、世界を壊れ切った精神の在り様と同じく変貌させてしまう。さながら旧劇エヴァのラストシーンのように。冗談じゃねえぞ。
主人公は原則的に絶対の存在だが、何事にも例外はある。バッドエンドという例外が。
したがって結論は一つ。逃げない。逃げられない。
だが俺単独で挑むのは余りに分が悪い。世界を救うのは魔王、勇者、聖女といった役柄のみ。すなわち主人公のみだ。
魔王以外に現状有力な候補は四人。その四人も既に魔王の毒電波にやられている可能性が高いが、キーキャラの俺がぶん殴れば「おれは しょうきに もどった!」となってくれるかもしれん。アレさぁ~…よくネタにされるけど幼馴染を親友にNTRておいて仲良しゴッコ続けるほうがよっぽど狂気の沙汰だと思うんだよね。女1男2の組み合わせってやっぱ危ないよ。もちろん性別が逆なら安全かってーと全然ンなこたァねーよ? 万事バランスが大事よバランスが。
話が逸れた。
閑話休題。
本当に四人のうちの誰かが主人公ならきっと何とかしてくれるだろう。俺は元より他力本願なのだ。
正面モニターを睨む。モニターには四か所、大きく光る点がある。こんなこともあろうかと俺は四人の動向をいつでも追えるように追跡システムを組ませてある。ありがとう、魔術師ギルド暴徒鎮圧兵器開発チームの諸君。彼らの睡眠時間とメンタルヘルスは犠牲になったのだ。
俺は制御室を飛び出した。
か、勘違いしないでよねっ!別にみんなのためなんかじゃないんだからね!自分の命が惜しいだけなんだからねっ!
そう――みんなの勇気が、世界を救うと信じて―――!
俺が行きます!!ウオオ!!!




