ガインと秘密の会食
数ある主人公の類型の中でも非常に有力な容疑者候補にも拘らず、俺が直接接触を後回しにせざるを得なくなった人物が一人いる。
そう、魔王である。
魔王転生型は多い。むっちゃ多い。何だったら正統派勇者の主人公より多いんでねえの?ってぐらい多い。本当に何でだろうね? 人生の正道を歩む成功者へのコンプレックスかしら。
それはさておき、この世界の魔王も極めて有力な容疑者候補である。
が、しかし。俺は世界構造の把握と情報網の形成に手間取ってしまったせいで、どうしても魔王に直接会うタイミングを掴めなかった。しかも魔王直属の四魔竜は俺がぶっ殺したことになっちゃってるし、完全に敵対ルート入っちゃった感が否めない。
これで魔王が主人公だったら? アレ……? 詰んでる…?
いやいや、まだ早合点してはいけない。いけないが……正直この展開から魔王に取り入るのは困難を極める(できないとは言ってない)。
まあ、もし主人公だったらいくら何でも俺達人類軍に好き放題やられすぎじゃあねえの、と思わないでもない。溜め展開ばっかりでカタルシスが無いよ、カタルシスが。
ともかく上手く講和に持って行って物語を軟着陸させるため、俺はゴブリンの王。たるガインと密に連携を取っている。
件のスケーナでの大打撃は魔王軍に少なからぬ動揺を与えており、ガインはこの流れのまま一気に講和まで持っていく腹積もりのようだが、しかし……万が一にも魔王が主人公であったなら、果たしてそう上手く運ぶかどうか。
◆◇◆◇◆
ガインは俺が帝国に連行されることを聞きつけ、すぐさまこの店を手配してくれたらしい。つくづくデキる男である。
「結論から申し上げますと、魔王は講和に応じる構えを見せました」
マジですか。そいつは朗報。
「ただし、あくまで表向きの構えです。
直ちに武装を解くことは無いでしょう。あくまで一時的な休戦に留まると思われます」
フーム。となるとまだまだ油断はできませんな……
ガインの情報から推察される魔王はかなりヤバい奴である。そもそもこいつは来歴がよく分からない。ポッと出の魔族にもかかわらず、先代魔王が病死した際に王位継承権第一位の一人娘から玉座を簒奪しているのである。
病に苦しむ魔王の娘を助けたとか、邪悪な人間どもを懲らしめたとか、色々と英雄譚は聞こえてはくる。しかしその程度でやすやすと玉座を譲るだろうか?
ところが譲ったらしいのだ。それも喜んで「どうか我々の王となって下さい」と来たらしい。
そして玉座に君臨してからは様々な改革に手を付けているのだが、それが全て魔族達に好意的に受け止められ、上手く行っているのである。
「妙な話です。あらゆる文明は段階を踏んで進むものですから、例えば十分な公教育体制が整わない段階では民主政治は成り立ちません」
実際に失敗しているガインが言うと中々重い。
ところがこれが魔王のやることだと何から何まで上手く行っていたらしいのだ。政治改革だけでなく、農業、工業、経済、エンタメに至るまでが驚異的に発展していたらしい。信じ難いことだが戦争が本格化するまで向こうにはゴブリンの動画配信者がいたそうだ。
腑に落ちない点は軍備にも及ぶ。四魔竜がいい例だが、魔王軍はある日突然その規模を拡大している。4匹の竜はある日いきなり魔王が召喚して従えたらしい。そんな感じで何の前触れも無くワッと降って湧いたように魔王軍は膨れ上がり、人族の領域へなだれ込んだのである。
「あの日、先生がいらっしゃったスケーナへ現れた経緯も未だ不明です。
我々の不手際を取り繕うようで恐縮ですが、確かに魔竜軍団は東部戦線へ集結しつつありました。
それがまるで煙のように掻き消え、突然帝国の西海岸付近、つまり先生のいたスケーナへ移動したのです」
魔族達へは魔王陛下が大規模転移魔術によってスケーナへ送った、と事後説明があったらしい。
初めに聞いた時はガインが俺を担いだんじゃねえかと疑ったが、確かにあの強襲は青天の霹靂だった。何しろ進軍ルートが全く追えないのだ。手がかりすら掴めない。今のところ降って湧いたとしか言いようがないのである。
周囲の者達への好意的な印象操作、あらゆる改革の一足飛びの成功、無尽蔵の軍勢の生産とワープ。魔王の能力は極めて広範に及ぶことが伺える。何をやっても上手く行く、そういう風に見える。
ところがその力はある日を境に陰りが見え始めた。3年前、崇達がこの世界に転移して来たあの日からである。
小王国群を滅ぼすところまでは破竹の勢いだった。集団転移したクラスメイト達など歯牙にもかけなかった。しかし崇が剣を打ち始め、イクシラがスチャラカな冒険を繰り広げ、ガインが自らの王国を築き上げ、レイさんが魔術学院の主席として名を馳せるようになったころ……魔王軍の勢いはフッと魔法が解けたように弱まっていた。
今では戦線は完全に膠着し、停滞し、お互いに投げやりでウンザリした厭戦ムードが漂っている。
俺が四人を最も重要な主人公容疑者と見なして魔王の調査を後回しにしていたのは、この辺りにも理由がある。
「しかし……できればこの機会は逃したくありません。
いっそ講和後になし崩し的に武装解除を推し進めてしまいましょう」
と言いながらもガインの顔には明らかな迷いが見られた。何しろ魔王は得体の知れない相手である。そのまま講和を進めてしまっていいものか、そうした迷いは当然あるだろう。
俺としても主人公を特定できていない現段階でエンディングまでスムーズに進むとは到底思えない。むしろ次の波乱への序章となるのでは、とすら思えてくる。
しかし講和自体は賛成だ。あくまでその構えでこちらとしても話を進めてきたのだから。ここで無理に戦争を継続させようと方針転換すると皇帝陛下に消されるかもしれない。何ならあの人、ガインともすでに話を通してるんじゃ……?
「皇帝? ああ、この国の発展を見るに、実に立派な御仁だと思います」
ガインはすっとぼけた。タイミングを外して何度かカマをかけても一度も表情は揺るがなかった。チッ
ともかく俺とガインは一先ず講和する方向で話を固めた。互いの使者が無事に行き来できる段取りを組み、近いうちに皇帝と魔王が対面する機会を作る。
「直接対面は危険が伴いますがね。使者の選定も慎重にせねば」
ガインの懸念に俺も頷く。
恐るべきことに魔王はアイドルか、それとも催眠アプリでも持ってんのか?ってくらい周囲の者たちを好意的にする力があるのだ。これは既に何度かテストをして実証済みである。それゆえガインは自身とゴブリン帝国の幹部級を一度も魔王と直接接触させていない。情報収集を間接的手段にとどめざるを得ないのも、魔王の得体の知れなさに拍車をかけている。
お互いにああでもない、こうでもないと頭を悩ませながらどうにか計画を練った。
と同時に俺は頭の中で講和が失敗した後の身の振り方を考えていた。ガインが主人公ならば邪悪な魔王が乗っ取った帝国に正義のゴブリン帝国が立ち向かい、そこへ正しい心を持った多種多様な種族が集結する――とか、なりかねないしなァ。
もっと最悪なのが魔王が主人公だった場合だ。魔王型も自分に非があることに我慢ならないタイプが多い。講和になるということはちょっとは自分も悪いということで、そのちょっとが我慢できないのが主人公だ。10対0で自分が正しくなければ満足できないのである。
だから悪いのは素ン晴らしい魔王様ではなく、無論俺達でもなく、戦いを煽っていた影の巨悪がいたのだ――という風に持っていかねばならない。
マジ面倒くせえ。
面倒くせえが、まあ不可能ではない。この場合は『描写されてないものは存在しない』という自己欺瞞の法則を有効利用できる。要するに主人公にバレなきゃいいのだ。主人公とその取り巻きが気持ちよくエンディングを迎えられれば、その裏で起こっていることなぞ大して気にも止めまい。世界は元々、主人公に対して都合の悪いところは無視する傾向にあるのだから。
こう言うと少々露悪的に聞こえてしまうかもしれないが、人は心の奥底では普遍的な善悪や倫理にそれほど関心が無い。大事なのはいつだって『自分(あるいは感情移入の対象)が正しいこと』だけなのだ。
大半の人間にとっては自分の目に映る範囲、自分の実体験、それだけが人生の全てである。
一番問題になるのがプロレスをかますヒール役だ。ガインを当てるわけにはいかない。上手いこと八百長が決まればいいが、失敗すれば死は免れないからな。もちろん俺が脇で太鼓を叩いて、魔王が舐めプするよう仕向けるつもりだが、危うい綱渡りになるだろう。
ぬぅあ~…めんどうくっせェ~……
TRPGの接待セッション任されたGMの気分だぜ。
◆◇◆◇◆
「お疲れ様です。また、近いうちにお会いして検討しましょう」
計画の大筋を固めたころにはさすがに俺もガインもヘトヘトだった。
「ここでは少々寂しいですから」というガインの勧めで個室を出て、大広間で軽く夜食を取ることにした。
店に入って最初に目が合った少年に改めて席に通してもらう。
既に時刻は夜半を過ぎているはずだが、ホールは依然として活気に満ちていた。人間とコボルトが笑い合いながら上等なワインを飲み交わしている。ゴブリンが飛ばすきわどいジョークにリザードマンが笑い転げている。オークと人間が同じ皿から料理を取って熱心に何事かを話し合っている。
俺は何だか胸がじんわりした。ここには確かに何かの救いがあった。
ガイン、ここは本当にいい店ですね。
「私もそう思いますよ、先生。心からそう思います」
ガインは店の来歴を簡単に説明してくれた。歴史は古く、この国の王国時代まで遡る。ここははぐれ者達の寄り合い所として始まった。
他種族相手に商売がしたいゴブリン、同性愛者のオーク、一族の掟を破ったリザードマン、突然変異の巨大コボルト、森を追われたダークエルフ、人間の犯罪者たち。そうした者達が身を寄せ合い、独特の立場を使って人族と魔族の仲介を商売にした。それがこの店の起こりである。
もちろん相変わらず人族と魔族は争いを続けているし、長い年月をかけても店の規模はそう大きくはなっていない。
けれども俺はそれで構わないと思っている。
どんなに小さくてもいい、安易に可能性を消さないこと。必要に合わせて住み分けること。この店はその象徴だ。
「先生のお気に召して何よりです。それと、今晩は特別な料理を用意してもらいました」
ガインが曰く有りげに笑い、ウェイターの少年に合図する。
漂ってきた懐かしい香りに、まさか、と思った。しかしぬか喜びを裏切られる痛みは知り尽くしているので、敢えてそのワクワクを打ち消した。
だが運ばれてきた料理の正体を知って……俺は……ビックリした。
それはなんとカレーであった。いわゆる日本式のカレーより、日本人向けにネパール人が作るインドカレーっぽいやつに似ている。ナンによく似た薄焼きのパンも一緒についてきた。
「驚かれたでしょう。オリジナルレシピは開店当時まで遡るようです。
何でも初代女将が得意客の求めで試行錯誤の末に完成させたとか」
申し訳ないがガインの丁寧な解説はまるで耳に入らなかった。俺の五感は香しい湯気を立てる黄金色のカレーに釘付けだ。
火傷しそうなアツアツの焼きたてパンを摘まんだり離したりしながら慌ただしくちぎり、カレーにたっぷりと浸して恐る恐る口に運ぶ。
口に含んだ瞬間の感動たるや!
玄妙にブレンドされたスパイスが奏でる素晴らしい香り。丹念に炒め煮された野菜と鶏肉の深い旨味。期待と興奮を全く裏切ることなく、口いっぱいに幸福が広がった。美味い。美味すぎる。なんちゅうもんを食わせてくれたんや…なんちゅうもんを…
俺は無我夢中でガツガツと貪り食った。
ガインははしゃぐ孫を見守るように微笑み、自身もパンを手に取った。
◆◇◆
楽しい食事を終えて俺はガインと店の前で別れた。今日は皇帝陛下との会食にガインを誘えなくて無念だったが、いつかは同じテーブルでみんなが食事をとれるかもしれない。かつてキング牧師が夢見た光景が異世界でも現実のものとなるかもしれない。
どんなにちっぽけでも可能性が残されているというだけで、腹の底がお風呂に浸かったように温かくなる。生きてて良かったなァ、と幸せになる。
この世界の主人公が誰であれ、そうした光景を許容してくれる奴ならいいと思う。何より俺の生存確率が格段に上がるからなァ……!
ケヒャッ!
そして次の日、セレモニーを終えて俺は皇都を後にした。馬車の中にはイクシラ、崇と奥さん、レイさんが一緒に乗っている。少し遅れて別の馬車にガインもいる。
交易都市スケーナに戻ると騎士団員のみんなにもみくちゃにされた。改めてお祝いの飲み会まで開いてもらった。
いつになくフワフワとした気分でベッドに倒れ込み、明日を思ってまどろんだ。
明日からはまた忙しい。イクシラがアホをやらかさないか見張りらないといかんし、崇に武具のメンテしてもらわんといかんし、レイさんとお見合いの準備しなきゃいかんし、ガインと講和に向けて東奔西走せにゃならんし。
そもそも主人公もまだ見つかってないし、噛ませ犬にされる危険は依然として……スヤァ。
◆◇◆◇◆
まどろみの中で殺気だった金属ブーツの駆け足が聞こえた。ぼんやりした頭はドアをぶち破られた衝撃と同時に覚醒する。だが脱出装置のスイッチを押す間もなくベッドから引きずり出され、首根っこを掴まれて冷たい床に叩きつけられた。
「確保! 確保ォーッ!」
「身を検めろ!!」
部屋に押し入った騎士団の仲間達は俺の顔面をサッカーボールのように蹴り飛ばす。ぐったりと動かなくなった俺のパジャマを乱暴に破り捨て、何も隠し持っていないことを確認したのち、手錠をかけて拘束衣を着せた。
目の前で俺をゴミのように見下ろすのは優しく頼もしい騎士団長殿だった。
俺は何か言いたかったが舌を嚙んだらしく上手く口が回らない。鼻がひしゃげて息が上手くできないし、歯も何本か折れたくさい。
騎士団長は最後に強烈なボディブローを叩きこんだ。
ひっくり返った胃が昨晩に詰め込んだ中身全てを口から床へぶちまける。
「クズめ……! 引っ立てろ!!」
顔面をゲロと血反吐まみれにしたまま、俺は引きずられていった。
◆◇◆
俺は裁判所に連行された。何の聴取も取っていない。正式な手続きを一気にすっ飛ばした格好だ。おまけに裁判所は俺の見知った光景ではなかった。簡素だった法の牙城は被告席はよりみすぼらしく汚らしく、裁判官の席はまるで天上から罪人を見下ろす神の御座の如く美しく飾り立てられている。
席の主を讃える彫刻の数々。大理石の御座には満点の星々の如く埋め込まれた眩い宝石。当然、一朝一夕に用意できるものではないが、少なくとも皇都に行く前にあんなものは影も形も無かった筈だ。
「罪状!
一つ、勇者の名を騙りし事!
二つ、その名を騙りて戦を無用に煽りし事!!
三つ、畏れ多くも至高にして偉大なるアリウス様に歯向かいし事!!!」
跪いて金切り声を上げているのは、二日前まで厳格に法の裁きを代行していた老人だ。
俺は血と反吐に塗れた顔で、老人の代わりに座る男を見上げた。
……周囲の者達への好意的な印象操作、あらゆる改革の一足飛びの成功、無尽蔵の軍勢の生産とワープ。そして一切の景色を自らの願望のまま自在に変貌させる。これら広範な能力をたった一言で表す異能がある。
「お前だな。ずっとずっと俺の邪魔をしていた奴は…!」
宝塚みたいに飾り立てられた男は血走った目で、口の端から泡をこぼしながら呟いた。
名をアリウス・メイ。男性。年齢不詳。魔王。現実改変能力者。
世界の終幕が上がった。なぜなら。
―――現実改変能力者は原理的に必ず発狂する―――




