風の巣#4
元来た道を歩き長の家へと戻った一行、初めて見た空鯨の姿にフィンとスティンクは興奮していた、すると。
「あんなに小さな子供達でも大人になればとても大きくなるんですよ」
そう言うと立ち上がり棚に手を伸ばす、手に取ったのは一冊の本、付箋が張られているページを捲りフィン達に見せた。
それは柱樹を描いた絵、根元には街が描かれその上には巨大な二本の牙を携え羽の様な鰭に背中は木々が生えている生き物が描かれている。
「もしかしてこの絵が?」
「えぇ、空鯨の成体と言われています、ただ何分目撃例も少ないですからね―全体を見た人間なんているかどうか」
絵を見ただけでも分かるほどの巨体の持ち主、あんな小さな稚魚がここまで成長するとは―手をそっと本に乗せ空鯨の絵を指でなぞるフィン。
「空に浮かぶ宝島のお話はご存知でしょうか? あれは空鯨の背中を指しているとも云われているんですよ」
空に浮かぶ宝島、子供の頃聞かされた事がある、緑色の雲、その中には空に浮かぶ島があって、そこには宝の山があるという―一種の御伽話だ。
だが今この街には空鯨がいる、そして目の前にある本に描かれた挿絵、その背にあるという宝島、心の内でフィンは高揚していた、更に。
「他にもその宝島にはどんな病も治す泉が湧き出ているとか、まぁ御伽話ですから事実はどんな物か私には想像できませんけどね」
病を治す泉、フィンはハッとする、もしかするとその泉が探しているウルズの泉ではないかと。
「そうそう最後に―これは非常に貴重な一枚です、偶然ヴァナヘイムの近くを泳いでいた空鯨を撮影した写真だそうで」
手に取るそれを眺める、しかしそれは普通のどこにでもありそうな風景を映している写真にしか見えなかった、山脈が並びその向こうに柱樹が二本。
「これのどこに空鯨が?」
カラトが口を開くと長は人差し指をそっと柱樹に置いた。
「え? でもこれ柱樹ですよね?」
「いいえ、こちらが柱樹です、そしてこちらが―柱樹に見えるこれが空鯨の前鰭ですよ」
二本に見えた柱樹の内の一本、それは空鯨の前鰭だった、確かに良く見てみるとそれは雲から地面に向かって伸びている様にも見える、白黒で色はハッキリしないがその体が途轍もなく巨大という事だけは分かった、思わず口に手を当て。
「これが―空鯨、すごい、僕知らなかった、こんな大きい生き物がいたなんて」
思わず零れる本音、柱樹すらも凌駕する巨体、背に宝島があるという話もますます現実味を帯びて来る。
樹の隙間から僅かに差し込む月明かりが室内を優しく照らす、ベッドに仰向けに寝転がり天井の一点を見詰めているフィン、そよ風が木の葉を揺らし乾いた擦れる音が耳に入る。
「空鯨―、もしかしたらそこに泉が」
一人考えに耽っていると外から心地良い葉音に混ざる野良猫の鳴き声、それはどんどん大きくなる。
「何だろう、こんな時間に騒いでるなんて」
「猫なんていつもの事だよ」
起き上がり窓を開ける、視線を下に向けると数匹の猫が一か所に集まり何かを煽っているようにも見えた、不思議に思ったフィンは部屋を後に外に出る、薄暗く良く見えない道に四苦八苦しながらも先程部屋から眺めた場所へと向かう、辿り着いたそこは更に数を増やした猫が必死に積み上げられた箱に向かって鳴いている、それを蹴散らす様にスティンクが群れの間に突っ込み騒ぎ立てる、面白いように四方八方に散っていく猫「少しかわいそうだったかな」鼻の頭を軽く掻きながら苦笑いを浮かべるフィン、振り返り猫達が声を上げていた箱を取り中を覗き込むと。
「あれ、なんでここに―」
箱の中にはあの稚魚がいた、隅で力無く横たわり片方の鰭が欠けているその姿を見て。
「た、大変! 早く宿屋に戻って手当しなきゃ!」
箱を揺らさないよう注意を払いながら急ぎ足で宵街を駆け戻る。




