風の巣#5
階段をバタバタと騒がしく駆け上る音が薄い壁を突き抜けカラトの耳に入る、次いで扉が閉じる音が響き、テーブルに置いてあるグラスに注がれた水が波紋を作りだした、ベッドに横になっていたカラトが「何だ?」と口にし起き上がると隣のフィンが使用している部屋に聞き耳を立てる、何か呟いているようだ。
「どうしよう―、まず―消毒かな―、我慢してね」
足音も部屋の中を行ったり来たりと落ち着きがない、不思議に思ったカラトはフィンの部屋の扉をノックした。
「フィンどうした? 何かあったのか? ―入るぞ?」
静かに扉を開け足を入れるとベッドの上で俯き何か懸命に手を動かしている、その横ではスティンクとドングリが手の先にある何かを見守っている様にも見えた。
「どうしたんだ一体」
「カラト―どうしよう、この子飛べないみたいなの」
腕の中を見るとそこには片方の鰭を失くした空鯨の稚魚が力無く収まっている、手を差し出し稚魚を受け取ると鰭の付け根の部分を見詰める、すると。
「俺は獣医師じゃないからどうとは言えないが、元々この稚魚は鰭が発育障害っぽいな」
指さした所を凝視するとそこには小さな鰭があった、気が動転していて気が付かなかったのだ、それを見たフィンは大きく安堵の息を吐き出す。
「良かった、てっきり野良猫に齧られたのかと思ったから―でもこれじゃ」
「空を飛ぶのは難しいだろうな」
指で小さな鰭を抓む様に優しく撫でる、微かに動いてはいるが正常な鰭とは比べ物にならない程力が無い、野良猫に追い回され必死に逃げていたのだ体力も限界だっただろう、そのまま眠る様に動かなくなり微動だにしなくなった。
「寝ちゃった、よっぽど疲れてたんだね」
「俺達も一先ず休もう、もう夜中だ―」
静かに部屋を退出する背中を見送り、テーブルの上に畳んだマフラーを置くと稚魚を寝かせる、それを囲む様にスティンクが横になるとドングリもまた寄り添う様に眠りに就く、蝋燭の火を吹き消し静寂と薄闇の中、フィンもまた瞼を閉じた。
風が揺らす枝葉は子守歌の様に優しく眠りへと誘う、自分の呼吸すら聞こえそうな空間の中、今はただ日が昇るのを待つしかなかった。




