風の巣#3
道具も身に着けていないお陰か伸ばす手が軽い、ちょっとした取っ掛かりさえあれば難なくよじ登れる、付近の様子を確認しながらやはりいつも見ている、通常の柱樹とは異なる。
葉は一回り大きく、養分を送る葉脈も太い、至る所に小動物たちが巣を作り登って来る人間を興味津々な面持ちで眺める、その付近にはそれらを狙う肉食動物の姿も見て取れ、ここにも立派な生態系があるのだと思った。
「樹の形が違うだけで中は殆ど同じか、それにこの樹街にしか来ない固有種―どんなもんだろうな」
「樹の上だから鳥か蟲って所だと思うけど―かわいいのがいいなぁ」
「毎回毎回かわいいのだけが出て来るとは限らないぞ」
そんな会話を交わしながら二人は中腹を目指す、すると先頭を行っていたフィンが急に手を止める、何事かと思い横に出るとカラトもまた動きが止まった。
「これは―、どうやらここが目的の場所だな」
辿り着いた場所、そこは枝葉が綺麗に折られドーム型の大型肉食獣が侵入出来ないような作りになっている、これが目的の場所と確信にも似た気持ちで近付く、網状になったそれを眺め隙間から内部を覗き込む、すると一瞬ではあるが影がフィンの視界を横切って行った。
「今の何だろう、速くて見えなかった」
必死に中を覗き込もうとするその足元でスティンクは、その細い首を伸ばし中の様子を見ている。
「何あれ! すっごく美味しそう!」
尻尾を激しく左右に振り宛ら獲物を狙う猫科の動物のようだ、すかさず抱き上げ。
「こら、あんたがそんなだから皆怯えちゃうんでしょ、少し大人しくしてて」
フィンの腕の中、口を両の手で押さえる素振りを見せると「よし」スティンクに向かって頷きまた隙間から覗き込む、するとふわふわと漂う何かが狭い視界に降りて来る、姿は細長い魚の様な姿で鱗は光を反射しないよう黒一色、顔の先にある口の両脇からは歯が二本、遠慮がちに突き出ている、だがそれとは裏腹に胸鰭と尾鰭は魚のそれでは無く、鳥の様な羽毛が生えており雛の様にもこもこしていた。
「これが―この街が保護地域に指定されている理由か?」
眺め続けていると更に奥に大量の同じ容姿の生き物が漂っていた、隙間から入り込んだ小さな蟲を捕食したり、楽しそうに群れを作り巣の中を縦横無尽に飛び回ったりと、とても元気がいい。
「何かこういうの見てると癒されるね」
目尻を下げ口角の端で笑みを浮かべながら嬉しそうに眺めている。
「それは空鯨の稚魚、カラトさんの言う通り保護対象ですよ」
後ろから声が聞こえ振り向くとあの男性が立っていた、この魚は空鯨と呼ばれているらしい。
「へぇ、それじゃこの子達が―」
「えぇ、この空鯨はとても長生きでそもそも繁殖行為自体滅多にありません、そんな中この樹街が産卵地になってるんですから当然と言えば当然ですね」
「空鯨か―、確か今も密猟者に狙われて個体数も減ってきているんですよね」
「はい、実に残念です」
カラトの質問に男性は続ける、この空鯨の口の脇から生えた牙には治療薬としての効能があると古くから云われ一時は乱獲され数が激減したのだという、その為この個体を守るとして王都ユグドラシルと樹医師団がこの空鯨とその産卵地であるこの樹街を特別保護地域と認定したのだ、だが話の通り密猟者の手によって年々その数は減っていく一方である、元々繁殖する事自体滅多に無い個体だ、そんな事をしていれば絶滅へ向かう事は避けられない。
「僕達人間が彼等の生活を脅かしてしまったんですね―、ごめんね」
そっと巣に手を触れるとそこに稚魚達が群がって来た、人間という物を知らない稚魚にとっては好奇心の対象だ、だがそれ故に捕獲しやすいのだという。
「だから我々はこの稚魚達を放す際には音を立てて驚かせるんです、人間は危険な存在だと覚えてもらう為に―辛い事ですがこの樹街では何十年も前からそうして来ているんです」
欲に眩んだ人間が罪もない生き物を狩る、ふとフィンは考えてしまったもしかしたら駆除課も同じ事をしているのではないかと。
「フィン、駆除課の事を考えただろ」
「え、い、いや考えてないよ」
「君は顔に出やすいからな―、俺達が駆除するのはあくまで樹街に害を及ぼそうとする奴だけだ、同じ害蟲でも樹街に近付かない奴は駆除対象外さ、全部が全部悪い訳じゃない」
頷き虚ろな瞳で稚魚を眺めていると一か所に集まり動かなくなった、何事かと聞くとどうやら眠りに就くらしい、言われてみれば確かに辺りは夕暮独特のあの土の匂いが混じった感じの香りが漂っている、稚魚達に別れを告げ一行は静かにその場を後にした。




