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第十話 気付いて、気付かないで

 始まりの鐘が王都中に鳴り響いてから少し、ギルドや食事処等はこれからが忙しくなる時間帯であり、どこもかしこも店先は賑わいを見せ、数多の人が団子になって殺到しているようにも見える。

 傭兵、商人、大工、鍛冶師、果ては貴族に仕えるメイドや執事等、様々な職種に就いている人物が大通りを歩き、自らの職に従事している。

 忙しなくも充実。若しくは苦々しく思いつつも仕方ないから働いている人達を視界に入れつつ、ぴょっこりと頭の左側から垂れ下がるようにして生えている赤い尻尾を跳ねる様に動かしつつ、大通りを黙々と歩くメルファティナも、何時もならば既にギルドの受付カウンターを前にして、自らの職務を全うする人物の一人だ。

 安寧とした平和な空気に満ち溢れている王都の光景、それを見渡すメルファティナは、小さくため息を吐く。浮かない表情で歩く彼女の足取りは力強さとは全く無縁の足取りだ。

 ふっと小さく息を吐く彼女の足取りには、傍目から見ても覇気が感じられない。女性が羨む体型の割に身長の低い彼女が、そんな足取りで歩いていれば、当然の如くその姿を意図的に見つけ出す事は難しい。

 すぐさま人混みに紛れてしまうそうな低い身長に、更には雰囲気まで人を惹きつける物を纏っていないとなれば、当然の事だろう。

 いくら彼女が可憐と言う言葉がよく似合う素晴らしい女性でも、雰囲気に覇気がなければその注目を集めるのは難しい。

 可憐な容姿を持ち、そして人の目を惹きつけるのは理由がある。容姿だけが大きな理由ではない。容姿に合った雰囲気を纏い、ふわりと花が咲いた様な華やかな笑顔を浮かべる。人当たりは穏やか且つ器量よし。

 魅力的な女性が何故魅力的なのか? それは容姿が優れているのも大きな理由だが、自らの容姿に合った雰囲気を纏い、それ相応の表情を作り、同じく相応の振る舞いをする。そして一所でも優れた者が持つ余裕が作り出す人としての器量。

 それらが複雑に絡み合い、最終的な結果として魅力的な女性。ひいては魅力的な人物が出来上がる。


 人気を集める人物と言う者は、朧気ながら、もしくは十全にその事を理解している。だからこそ、その様に振る舞い、その様に表情を作り、自らの才を自覚し余裕を持つ。

 カリスマ性、と言う物を持つ人種は、多かれ少なかれその事を自覚しているものだ。


 そう言った才ある者に群がる人種と言う者は、その才に美しさにカリスマ性に惹かれて群がっている。しかし、それらを振るわなくなった瞬間、惹かれていた筈の人物に大きな魅力を感じなくなる。

 つまり、才や美しさ、カリスマ性を持っていた人物が、途端に普通に人に成り下がってしまった様に見えるのだ。

 しかしこれは正しいようで正しくない。自身の才によって人を惹きつけていた人物が、途端に普通の人に成り下がる等ありえない事だ。

 その人物は才を魅力をなくしたのではない。それらを利用して、無くなった様に見せかけているだけ。

 言ってしまえば群がっていた人物達が、才ある者によって自らがその人物に向けていた感情すらも操られていると言ってもいい。

 才ある者は人から注目を集めなくなろうとも、才ある者である事に違いはないのだ。

 そうして操られた者達は、それこそ今まで熱を上げていた人物に対し、掌を返した様に興味を示さなくなる。

 今メルファティナが自らの容姿にそぐわない雰囲気を纏っているのは、それと同じ事だと言える。優れた容姿と言うのは与えられた一種の才だ。

 彼女はそれを意識的にか無意識的にか判断出来ないが、己の才能を上手く操っていると言えるだろう。

 周囲は感情の方向を操られ、それでも気がつかない。人の意識と感情を上手く操る上での隠遁は、魔法であろうがダストであろうが破る術はない。

 それは特殊能力でも何でもなく、ただの個人が持っている技能の結果だからだ。


 では、そんな中でメルファティナに興味を持ち、彼女を見つけ、態々話し掛けてくる人物とはどの様な人物だろうか?


「よう、シケたツラしてんな」


 いつもの話し掛けやすい雰囲気を消し、人混みに紛れる様に堂々と表通りを歩くメルファティナの細い肩に、ポンと軽い衝撃と共に飛んでくる男性の声。

 男性特有の低めの声ながらも重苦しくない雰囲気の声と遠慮のない態度。つい数日前からよく聞く様になったその声の姿が、自然とメルファティナの頭の中に思い浮かぶ。


 全体的に細身でありながら相当の筋量を保持し、人族の中では平均的な身長と体型からは想像も出来ない力を秘めている体躯は、黒の旅人用に作られている長袖丈長のシャツとズボンに包まれ、その上からは赤を基調として所々黒があしらわれている実用を考えられたロングコート。

 長すぎず短すぎない。その上であまりきちんと手入れされているとは言い難い黒の髪に、しっかりと形を成しつつも細く形の整った眉、鼻梁はスッと高く、男性的な肉付きの薄い頬や引き締まった口元と調和が取れている。肌は全体的に浅く日焼けしており、細身な体躯ながら、風が吹けば飛んでいく等と言った雰囲気を綺麗に打ち消す。

 ここまでは容姿の部位毎に見た場合、かなり整った方だろうが、問題は彼が持つ瞳。鋭い光を宿す黒い瞳は魅力的ではあるが、基本的に覇気が抜けきったような光を宿す場合が多く、尚且つ一歩間違えれば目付きが悪いと言われてもおかしくない程に鋭い。


 首だけで小さく、くりんと振り返ったメルファティナの深い深い青の瞳が捉えたのは、頭の中で描いた人物像と殆ど変わらない姿の男。

 世界的に見ても超一流に分類される傭兵が、その実力に太鼓判を押しつつも、傭兵になってから討伐を主とした依頼をこなさず、雑用に次ぐ雑用を日々こなしている。鋭い瞳を持ちながらも、威圧的に感じられない程に気が抜けた光を宿す瞳を、へらっとした笑みの形に歪め、気安く誰にでも話しかけ、遠慮のない言葉を放つ。

 メルファティナが最近知り合った中でも飛び抜けて変わり者であり、トラブルを持ち込んでくる可能性が極大の男性傭兵――コウキが屋台や露店で売っていそうな串物を手に持ち、メルファティナの後ろに立っていた。


 才ある者の隠遁を飛び越えて声をかける人物。一言で言ってしまえば――変わり者だ。


「おはようございますです」

「おう、おはよーさん」


 口調こそいつものメルファティナのものだが、浮かべる表情はギルドの受付で浮かべている柔らかな笑顔とは違い、ひっそりと少し影のある様な小さな笑み。

 目立たない様に、注目を集めない様に小さく笑う彼女は、ギルドで見た雰囲気とは違いすぎる。

 無論そんな事はコウキにも理解出来ない筈はないのだが、それでも気にした様子を見せる事なくいつもの様に鋭い黒の瞳を何処か気の抜けたような笑みの形に歪めつつ一本の串をメルファティナの目の前に突き出して見せる。


 突き出された串とコウキ自身を、深い深い青の瞳で交互に捉えつつ、メルファティナは小首を傾げてみせる。

 やっている事は理解出来るが、意図が理解出来ないとでも言うような仕草。


「くれるです?」

「おう、暇だったんで話しかけるのはいいが、朝だしな。適当に腹に何か入れたほうがいいと思ってよ」

「私、これから朝ご飯食べに行く予定だったです」

「ふーん、じゃ、それまでの繋ぎって事で」

「はぁ、どうもです……所で、コウキさんどうしてこんな所にいるです? お仕事はどうしたですか?」


 差し出された串を受け取り、自らの横に並んだコウキを見上げつつ、何故と問い掛けるメルファティナに対して、コウキは苦笑。

 先程も同じ様な質問を受けた故の苦笑だ。無論。それに返す答えも、先程と同じ答えになるのは仕方のない事だろう。


「朝一で一つ仕事終わらせた所で相方から今日はこれで終わりだと言われてな、暇を持て余してるわけだな」

「ルクセリアさんが……何か失礼な事したです?」

「あ? 失礼な事? してねぇ日がねぇけど?」


 予想外と言えば予想外すぎる返答に、メルファティナは深い深い青の瞳をまん丸に見開き、コウキの顔をまじまじと見詰める。

 正確に言うならば見詰めているのではなく、ただ呆然と驚きの対象に視線が固定されているだけである。

 女性らしい小さくもぷっくりと瑞々しく膨らんだ唇が、唖然と開いたまま閉じる事はない。


 豪快に串へと齧り付いたコウキから、疑問を含んだ視線がメルファティナへ降り注ぎ、その視線で我に返ったのか、軽く頭を降る。

 ぴょこぴょことその動きについてまわる様に跳ねる赤く長い尻尾は愛嬌である。


「ご、ごめんなさいです。あまりに身も蓋もない答えだったですので、つい驚きましたです」

「あ? あー、そう言う事か。別に構わんぜ」

「でも、その様子だと失礼な事をして愛想尽かされた訳じゃないです?」


 小首を傾げながらのメルファティナの疑問に、串を口に咥えたまま、考える様に視線を宙へと投げる。

 多分そういう訳じゃねぇなぁ……と視線を中へと投げた仕草と同じ様な、ぼんやりとした口調で声を漏らすコウキは、メルファティナへ落とした視線でもって、この場から動く意図を投げかける。

 さっさと行こうぜ。そう主張してくるコウキの視線に、メルファティナは頭を振って辺りへと視線を向ける。見渡す限りの人、人、人だ。

 本格的に人通りが多くなってきた時間帯に、表通りのど真ん中で立ち尽くしたまま話をするなど、迷惑極まりない上にかなり目立つ。

 その事を自覚したメルファティナは、コウキに声をかける前に足を動かし始める。


 女性と言う性別から見ても、中々に小さな足を動かす事によって、足元から出る音は、やはり非常に小さな足音。

 メルファティナと言う女性が、スタイルの割に身長は小さく、体格自体は小柄なのも足音が小さい原因の一つであるが、旅人や傭兵と違って無駄な荷物を持たない彼女から大きな足音が響く筈がないのは当然の事。

 白で薄手ので作られた長袖の衣服の上から、黒の落ち着いたデザインが印象的なベストを羽織り、細長いタイを首元に装着している。

 雨に濡れた木を彷彿とさせる様な茶色のロングスカートの裾が翻った後には、すらりとしてシミ一つない綺麗な肌色が覗き、足元は動きやすさを重視したシンプルな革製の靴が顔を覗かせる。


 どうやら彼女は小柄な見た目とは裏腹に、本人のスタイル同様大人なデザインの服装。シックで落ち着いた服装が好みの様だと、メルファティナを追って足を動かすコウキは判断を下す。


「まぁ、コウキさんが休みという事ですので、これから一緒にご飯でも食べるです?」

「いいねぇ。つーか、最初からそのつもりだったけどな。まだここの事はよく知らねぇしな」

「そうでしたです。コウキさんがここに着いたの数日前なのを忘れてたです」


 少し無理をした様な弾んだ声を上げるメルファティナが苦笑を浮かべるが、それも仕方のない事だ。

 コウキはこの王都ローデンハルトへ来て、傭兵として登録してから、破竹の勢いで仕事をこなしている。雑用ばかりではあるが、その内容も王都の中だけで済むような物ばかりではない。

 今朝早くからこなしたような、王都の外でこなす雑用依頼も数多く存在し、その全てをそつなく、そして数多くこなしている。

 依頼受領から完了報告までの一連の作業をこなした数は、メルファティナが担当したこの王都にいる傭兵達と並ぶ程。

 つまり、この王都を中心に活動を続ける傭兵達と同じ程度にはメルファティナとコウキは顔を合わせている事になる。たった数日で、だ。

 無論これは王都で活動する傭兵達が仕事をしていない訳ではなく、コウキとルクセリアがこなす仕事の量が常識から外れているだけの事。


 ギルドで請け負える仕事には、ランクによる制限や一日に請け負える仕事の量等に一切の制限が存在しない。

 あくまで仕事の仲介屋としての仕事をギルドは全うしているだけで、その中から仕事を選ぶのは傭兵の仕事だと言う事だ。

 身の丈に合わない仕事を請負い、失敗するのも自らの責任。最悪死亡する事があろうと自己責任だ。

 その辺りの振る舞いについては、ギルドは厳しい世界なのだ。無論。その自由な体制による問題も過去の事例として上がっているが、それについてギルドは断固たる姿勢でもってその問題に当たった。

 身の丈に合わない仕事を請け負ったが故の失敗や死亡。それについての原因究明と責任の所在を明らかにし、公正で厳正な判断の元に、損害賠償や保証をするか否か。

 それについて抗議の声も多数寄せられる事も少なくなかったが、いくら突いても姿勢を崩さないギルドに対し、周りは意識を改める事になる。


 ――傭兵とは自己で責任を負えない者がなっていいものではない。


 その事実を正しく周りが認識してからは、抗議の声もなくなり、身の丈に合わない仕事を請け負う傭兵が激減した。

 つまり、慎重さを身につけた傭兵が増えたのだ。


 傍から見れば、コウキとルクセリアがやっているのは、正に身の丈に合わない仕事を請け負っている無謀な傭兵にすら見えてもおかしくはない。

 しかし、日が経つにつれて、周りの認識はしっかりと噛み合ってくる。

 それ即ち、明らかに二人が並の傭兵と言う枠には収まらない存在である。と言う事。


 始まりの鐘が鳴る前。大方の傭兵がまだ宿のベッドで夢を見ている時間帯から、コウキとルクセリアの仕事は始まり、終わりの鐘と共に一日の仕事が終了する。

 その間に受けられる依頼を片っ端から受けていくコウキとルクセリアに、休む時間等殆ど存在しない。食事は仕事の合間に適当に食べられるものを食べる故に、そこそこの休み時間が取れそうな昼間でさえ、コウキとルクセリアは依頼をこなしているのだ。

 王都の中でこなす依頼だった場合は、依頼主の好意で昼の食事を提供してもらう時はあるが、精々その時位しかまともに食事で休む時などない。

 文字通り朝から晩まで働き詰めにも拘わらず、次の日にはケロリとした顔でギルドに顔を出す。普通ではない。

 更に付け加えるならば、王都の外で行われる雑用依頼の際には、遭遇したモンスター、魔獣等の素材をちゃっかり持って帰ってくる程の余裕が存在する。


「お店はどこでもいいです?」

「あぁ、特にこだわりはねぇしな。お前の好きな所でいいぜ」

「了解です。でも、男の人だから量とか気にした方がいいです?」

「あー、そう言うのいいから。好きに行ってくれ」

「分かりましたです。何分男の人とお食事なんて初めてなのです」


 えへっと小さく笑うメルファティナの表情は自然なもので、振る舞いも彼女の人柄を考えれば自然な振る舞いだ。

 しかし、コウキから視線を逸した瞬間の少し影が差し込んだ表情や、振る舞いや表情とは裏腹に、全身に纏う『目立ちたくない』『注目されたくない』と言う雰囲気は明らかにちぐはぐなもの。

 ギルドでのメルファティナと、今コウキの前を静かに歩いているメルファティナ。どちらが無理をして作っている彼女なのか、串を咥えて彼女の後ろについて歩くコウキには、まだ判断がつかなかった……。




 王都の南西に広がる商業区。

 商人や旅人が売買を繰り広げている活気あふれる区画にいくつか存在する食事処の一つ。大衆食堂に分類されており、比較的人の出入りが盛んな店である『熊と昼寝食堂』のテーブル席に、向かい合って座るコウキとメルファティナの姿はあった。


 くぁっと頬杖をついたまま大口を開け、片手で口元を覆う様に欠伸をかまし、目尻に涙を浮かべた瞳で食堂内を見渡す。

 肉付きの薄い頬が潰れる事によって歪んだ瞳でパタパタと店内を動き回るウェイトレスの女性を、にやにやと笑みを浮かべて視線で追いかけるコウキを、溜息と共にメルファティナは呆れた表情で見据える。


「女の人好きなんです?」

「女が嫌いな男ばかりだったら世界は終わってるだろ」

「……まぁ、間違ってはいないです」


 マリンブルーとさえ言える鮮やかな青の髪を二房のゆるい三つ編みにした髪がふわりと体の動きに合わせて揺れ、垂れ気味な目元と女性的なふんわりとした輪郭が特徴的なウェイトレスの女性。

 全体的にはシックなデザインだが、少し短めなスカートの裾が揺れる様や、ふるふると柔らかくも小さく跳ねる胸元から視線を外さないままにメルファティナの声に答えてみせるコウキ。

 そんな彼に些か憮然とした表情を作り、じとっとした視線を向けてみせるが、コウキにとっては何のその、にやにやとした笑みを崩さないままに、いたる所が揺れるウェイトレスを視線で追い続ける。


 極論と言えばそれまでだが、確かに女性が好きな男性と言うのは生物として見た時に正しい。そして何より生産的だ。

 メルファティナとしては非生産的な関係に対してある種の熱を上げる人種の感性は、全くと言っていい程に理解出来ない人種だった。

 しかし、だとしてもだ。例え顔見知り程度でも女性と食事に来ている中で、別の女性。しかも他人と言ってもいい人物に見惚れるとは何事か。


 憮然としたメルファティナを尻目に、にまにまと笑みを浮かべたコウキは、丁度ウェイトレスの女性と目が合ったのか、ひらひらと手を軽く振ってみせる。

 客の主張を見たウェイトレスの女性は、目元の柔らかさを前面に押し出し、ほにゃりと柔らかな営業スマイルを浮かべ、軽い足音と共にコウキとメルファティナの座るテーブルへと近づく。


「えと、ご注文はお決まりでしょうか?」

「俺はヒッピー鳥の香草焼き定食。あ、サラダましましでな」

「ましまし、ですか?」

「あぁ、ましましだ。大盛りと言い替えてもいい」

「恥ずかしいからやめてくださいです」


 じとっとした視線でコウキを咎めるメルファティナに、コウキはウェイトレスの女性へ乾いた笑みを送りつつ、肩を軽く竦めてみせる。


「怒られちまった」

「くすくすくす……ましまし、承りました」

「おう」


 コウキの軽口に応えて見せつつ、穏やかに口元を片手で覆い控えめに笑うウェイトレスの女性に、にっと笑みを浮かべて見せるコウキを、メルファティナはやはりじとっと視線を送るが、溜息と共にその視線を霧散。

 いちいち構っていても仕方がないと判断したのか、手に持った簡素なメニュー表に視線を落とす。


「私はいつもの……って言っても多分わからないです。朝食セット、食後のデザート付きで」

「承りました。朝食セットデザート付きがお一つ。ヒッピー鳥の香草焼き定食、サラダましまし、ですね?」

「ははっ、おう、頼むわ」

「よろしくです」


 軽口にも快く付き合ってくれるウェイトレスの鏡の様な女性が一礼し、厨房へ向かっていくのをにやにやと笑みを浮かべたまま見送るコウキの耳に、明らかに呆れた様な溜息が聞こえてくる。

 呆れを込めた溜息に反応し、視線を正面に座るメルファティナへと向けるコウキの視界には、両肘をテーブルに立て、両手で頬を包む様に乗せて不満そうに頬を膨らませて唇を尖らせる彼女の姿があった。


 絶好調でメルファティナの機嫌は下降しているが、これはコウキに対し特別大きな感情を抱いているわけではなく、ただ単に常識的な感情の動きだ。

 女性と食事に来ていると言うのに、それを見事に無視して別の女性に見惚れる等デリカシーの欠片もない。

 つまり礼節の問題だ。とメルファティナは自らに言い聞かせる。

 デリカシーが崩壊している男として認識されたコウキは、片手で頬杖を付いたままメルファティナをじっと見据え、うーむ……と唸り声を上げている。


「何です?」


 小さな唇をついて出た声は、メルファティナ自身も予想できない程に不機嫌な声だった。


 静かにコウキを責める様な声。それもギルド内では聞く事のない、感情を小さく圧縮した押し殺したような声で、ギルド内で働いている時の彼女ならば、もっと感情を強く押し出しても不思議はない。

 そこで首を起こすのは、今日メルファティナと出会ってから感じている違和感。ギルド内で明るく、そして愛想よく振舞う彼女と、今コウキの目の前にいる無理矢理目立たぬ様に感情を抑制する彼女との決定的な差違。

 腰を落ち着け、意識を絞る事によって、決定的な違和感が浮き彫りになっている。


「今日は随分静かなんだな?」

「……『今日は』と言う訳ではないです」

「ふぅん?」


 コウキの一言を切欠として、メルファティナの雰囲気がガラリと入れ替わる。先程まではまだ自然に振る舞えていた彼女の雰囲気は、違和感が付き纏う仮面を被る。

 仮面を被った口から飛び出た意味深とも言えるメルファティナの小さな声に、コウキは頬杖をついていた腕を外し、少し考えるように口元を手で覆い、メルファティナから視線を外す。

 少しばかり思案するポーズをとった事に特別な意味など何もない。強いて言うならば、現在のメルファティナと言う女性の観察と言うのが理由として挙げられる。

 態々今日はと言う言葉を区切ったからには、ギルドが休みの日は毎回こうだと言う意味で間違いない。そして深い深い青の瞳を、彼女自身に突き刺さる鋭く光る黒の瞳から僅かに逸している事から見ても、僅かなりとも現状が本意ではない事が理解出来る。

 それはすなわち、彼女自身の状況が、そう振舞わざるを得ない状況にある。もしくはだた単に彼女自身がそう言った二面性を持っているかのどちらかだろう。


 若干コウキの鋭く光る黒の瞳から視線を逸らしつつも、机の下で足を組み替えているのか、小さな身じろぎの動作やテーブルの上についた両肘をゆったりと解き、静かに両腕をテーブルの上に寝かす動作は自然な物。

 自然な動作の中で違和感を放つのは、コウキから逸らされる深い深い青の瞳。感情の発露さえ深く閉じ込めている様な青の瞳だけが、今の彼女が真実の物ではないと語っている。

 しかして、その原因をコウキが察する事はない。それが語られるべき小さな口は、固く閉じたままだ。


 コウキの観察自体はそう長い時間を掛けたわけではないが、しばしの沈黙がコウキとメルファティナの座る席に舞い落ちる。

 口元を覆っていた手を解き、またしても頬杖をついて空いた片手の人差し指で、こつこつと一定の音をコウキの指が刻む頃に声が上がったのはコウキの口から。


「んで? おめぇのその雰囲気と振る舞いには、何かあると思っていいわけだな?」


 何かがある。そう確信を込めたコウキの問いに対して、メルファティナはテーブルに上に寝かせていた両腕を下ろし、ゆったりと太ももの上に両手を重ね合わせるようにして着地させる。

 そんな彼女の表情は、何かを諦めて乾いた様な、それでいてそれに慣れてしまった様な柔らかい笑み。

 小さくふっくらとした彼女の唇が紡ぐのは、遠まわしな拒絶の言葉だ。


「コウキさんって、面倒臭い事嫌いなのです」

「まぁそうだな」

「私って面倒臭いんです。誰にも言えなくて、でも誰かに気づいて欲しくて、ただその時を待ってるです」


 そう言って笑うメルファティナの表情には、今日初めて確かな感情が篭っていた。

 苦しい。辛い。怖い。誰か助けて。でも迷惑を掛けたくない。自業自得だ。虫が良すぎる。だから押し込めよう。死ぬまで。誰にも気付かれる事なく、沈めてしまおう。

 様々な感情が複雑に絡まり合い、浮かび、そして最後には笑顔の仮面で深く深く閉じ込めてしまう。

 誰にも悟られる事なくひっそりと咲く花の様な儚い笑顔は、彼女が持っている最後の良心としての仮面なのかもしれない。

 それでも欠片の様に、残滓の様に、最後に浮かんでは消えていく感情。


 ――助けて。


 小さく産声を上げるような、しかし、真撃な願いとも言える彼女の裸の感情に、コウキは鋭く光る黒の瞳を見開き、静かな驚きを示す。

 短い驚きが消えた後には、スッと細められ、黒曜石よりも鋭い輝きに、鉄の様に冷たい光を宿す黒の瞳を持つコウキの口元は、しかして、小さく笑みを浮かべている。


「確かに面倒臭い話だ。誰かが見つけてくれるといいな」


 メルファティナから見れば、冷たく笑みを浮かべるコウキの言葉。

 その表情と言葉を受け取った彼女に浮かぶのは、やはり儚く小さく、それでいて柔らかく何かを諦めた笑顔。

 笑顔の仮面に押し込められた感情は、やはり複雑なもの。これでいい。仕方がない。でもこの人なら。

 諦観、失望、そして都合のいい考えを持っていた自分への嘲笑。

 何も語らず、語る事を恐れ、手を伸ばす事を恐れ、それでも誰かに助けてもらいたい。そんな都合のいい事を考えてしまうからこそ、自らの手を取ってくれる者などどこにも存在しない。

 そんな事はメルファティナ自身が一番よく理解している。

 だから、コウキの反応は正常なもので、何処もおかしくはない。


「……それでも、助けて欲しかった、です」


 食堂内の喧騒に紛れて消えるメルファティナの小さな呟きは、誰にも聞こえる事なく霧散する。

 勿論コウキにも聞こえている筈がない。口の中で転がすような小さな嘆願など、消え去ってしまった方がいいのだ。


「所で、お前今日休みだったのか?」

「はいです。この前コウキさんとルクセリアさんが来た時です。『何故か』不自然なまでに仕事が一杯片付いたです。ですので、溜まってる有給を消化する事になったです」

「ふぅん」


 機を逃した。そう表現するのが正しい。

 既に手を伸ばす機会は失われ、日常へと埋もれていく。

 だから彼女は感情を押し込めて、今日も変わらず違和感と秘めた願いを抱えて仮面を被る。目立たない様に、誰も自分に注目しない様に、存在を消す様に、ひっそりと仮面を被るのだ。


 運ばれてきた料理を世間話と共に食し、食事が終わった後には王都の案内と称して、メルファティナがコウキを連れ回し、彼女の有給はコウキと共に過ぎ去っていく。

 誰にも知られず。誰にも手を伸ばさない。そう決意した仮面と共に、押し込めた感情と共に過ぎ去っていく。


 しかし、メルファティナは知らない。

 コウキと言う傭兵の事は知っていても、コウキと言う人間を知らない。

 食事時に浮かべたあの笑み、冷たく鋭く小さなあの笑みは、コウキと付き合いの長いミーシャが見ていれば、こう言った筈の笑みだ。


 ――あーあ……まーた厄介事に首突っ込もうとしてるわね~?


 コウキもメルファティナを知らない様に、メルファティナと言う誰かに手を伸ばす事を諦めた少女もまた……コウキと言う人間を知らなかったのだ。

 はい、どうも! あっくすぼんばーです!

 と言う訳で、王都での大きな出来事の中心はメルファティナちゃんでした!

 バッチリ予想ついてたと思いますが、この作品はわかりやすい展開が大好きな私が書いている作品です!

 しかし、うーん、今回メルファティナの心情を地の文で書きすぎた気がします。こんなので三人称と言えるのか……。

 その辺りの線引きって未だにずっと悩んでる所なんですよねー……難しいですね。


 それはそうと、明日ようやくミクさんが我が家に届きます。

 非常に楽しみです。昔人気だった曲なんかも一杯再収録されてるみたいで今からwktkしてます。

 ミクさん可愛いよミクさん可愛い。

 ツインテール大好き! ツインテールキャラですか? もちろん出します。

 私、尻尾好き、キャラ、出す。


 はい、今回はこの辺で!

 読んでくれた人々に万のありがとうを!

 また次の話でお会いしましょう! あっくすぼんばーでした!

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