第十一話 届かない
王都ローデンハルト。
辺りに強力な魔獣、モンスター等が存在しない。
王都へと続く街道が整備されており、地形も平坦な地形が多く歩きやすい。
人族を筆頭とした種族の生活圏が広く分布する程に平和な国であり、王都周辺ともなれば驚異となりうる存在をローデンハルトの最大戦力である魔法騎士団を使い、定期的に間引きする。
それらの要因が重なり、ローデンハルトは世界にある国の中でも一、二を争う程に平和な国となっている。
三〇〇年程前に当時の王が、ローデンハルトに住む一人のエルフ族の女性を王位に座らせ、王が治める国から女王が治める国へと変わった。
ローデンハルトの女王――アリエスト女王はエルフ族に恥じぬ程美しい容姿を持ち、器量、実力も女王と言う地位に恥じぬものを持つとして有名な話だ。
無論最初からそうだったのではなく、当時の王がアリエストを王位へ座らせると決めた時には数多の問題が持ち上がったのだが、今の時代にその話はあまり意味をなさない。
魔法騎士団による定期的な魔獣、モンスターの大掃除。これはアリエストが女王となってから一層に力を入れている政策らしく、ローデンハルトと言う国が極めて平和と言える国となったのはアリエストが王位に就いてからだと言われている。
直接的且つ無軌道な害を撒き散らす魔獣やモンスターへの対応は安定し、現在は国内に蔓延る人の悪意による害を操り規制する方向へと政策が移り変わっている。
内側も外側も極めて平和な国であるローデンハルトの恩恵を受けるのはそこに住む民達だけではなく、世界を流浪する傭兵達にとっても都合のいい国だ。
駆け出しの傭兵達が自らの適正を試す場、経験を積む為の国としてもローデンハルトは機能している。
世界中に存在する傭兵ギルドの中でも死人が最も少ないギルドである、傭兵ギルド王都ローデンハルト支部。
コウキと言う一人の男が傭兵として登録してから十日程だろうか、真に実力のある者は異名など無くともこの王都では目立つと言う法則に漏れず、コウキもそれだけの期間で傭兵ギルドの中では知らぬ者がいない存在となっている。
ただでさえ支部毎に見れば狭い社会である上に、このローデンハルトに長く止まる傭兵はそう多くはない。名が知れ渡るのも必然の流れであり、疑問はない。
今のギルド内で起きている問題に、コウキの存在『は』関係無いと言ってもいいかもしれない。
「七〇〇〇〇Cです」
「いくら子鬼とは言え変異種も幾つか混じってる上に、素材数は数にして大凡二十体分よ? ちゃんと適正価格で計算しなさい?」
「多すぎるからです。数が多すぎればその分少し安くなるのは常識なのです」
「そうねそうねその通りだわ。その理屈には納得するわ……でもこれ、明らかに変異種の値段まで少し引いてるわよね」
「……七五〇〇〇Cです」
「やっぱり引いてたわね……って言うかそれでも明らかに足りないわよ。ギルドがケチくさい事しないでもらえるかしら?」
コウキ自身はこのギルド内で起きている問題に対して直接は関係無い。しかし、コウキの周りにいる者達はその限りではなく、それ所か問題の中心点だ。
ルクセリアとメルファティナ。
コウキを切欠として顔を突き合わせる事になった二人だが、最初の頃はまだ良かった。互いの事を余り知らず、片方は超が付くほどの有名人。
メルファティナが遠慮していた部分もあるのだろう。しかし、ある時を境に……具体的にはコウキがメルファティナと食事に行った休養日からこっち、メルファティナの中にあった遠慮が消えたらしい。
その蓋を取り去ってしまえば、二人は存外相性が良くなかったらしく、こうして顔を突き合わせると鋭い視線で相手を睨みつけるルクセリアの金色の猫の様な瞳と、メルファティナの大きくパッチリとした愛嬌を感じさせる深い深い青の瞳が、温度の篭っていない笑みを浮かべて激しく交差する事は珍しくない。
カウンターに両手をついて、身を乗り出すようにしてメルファティナに詰め寄るルクセリア。
そんな彼女を気の抜けた様な光を宿し、鋭く黒い瞳でもって横目に見やりつつ、ルクセリアの横でカウンターに腰を預けるようにしてもたれ掛かっているコウキは面倒臭そうに溜息を一つ。
「別に幾らでもいいじゃねぇか……」
「ダメよ。貴方はお金に頓着しなさすぎなの。自覚して頂戴」
投げやりなコウキの言葉に対し、視線をメルファティナから逸らす事なく、ルクセリアから厳しい声が飛んでくるが、それに対してコウキは小さく肩を竦めるだけ。
長引きそうだ……と、溜息と共に大人しく静観の構えを取るコウキだが、そんな彼にからかいの意図を含んだ男の声が飛んでくる。
「おう、コウキさん。またかい?」
「あ? おぉ、ルッツか。まぁ、見ての通りだな」
「姐さんは相変わらずだな」
「まぁな、別にいくらでも構いやしねぇんだが……」
「でも姐さんの言う事は考えた方がいいのは確かだぜ? コウキさん」
重い足音と低い声で近づいてきたルッツと言う男は、典型的な駆け出し傭兵を彷彿とさせる。
大きく筋肉のついた肉体を魔獣の皮で作られた軽鎧で覆い、腰には道具袋を始めとした傭兵必須の品物が吊り下げられ、彼自身の得物である槍は背中に背負われている。
投げナイフの収納ベルトもいたる所に巻かれており、正に傭兵というのに相応しい。
少し厳しい輪郭だが、その肉付きは男性であるため薄く、唇も薄く引き伸ばされており、食事時にはこの口が大口を開けて食べ物を大量に詰め込む事が出来るのをコウキは知っている。
今でこそ人の良さそうな笑みを浮かべている茶色の瞳だが、戦闘時となれば彼の得物である槍の穂先の様に、温度が伴っていない尖った瞳へと変貌するのだ。
がちゃがちゃと鎧や槍を揺らしてコウキの前に立つルッツは、王都にいる傭兵の中では比較的交流を持っている傭兵の一人で、幾つか依頼をコウキ達と一緒にこなした事もある。
表裏のない笑みを浮かべてコウキと話すルッツの表情には、対等以上の傭兵としてコウキを見る表情が浮かんでいる。
「おめぇもか……めんどくせぇなぁ……」
「コウキさんが金に頓着しなさすぎなのは本当の事だと思うぜ? 傭兵ってのは金で動くもんだと思うし」
「別に頓着してねぇわけじゃねぇよ。飲み食い出来て宿代があるなら十分じゃねぇか」
「それで十分って言えるのはコウキさんが強いからだ。武器も防具もそれなりの物があれば戦える人間だからこそ、他に使う所を考えなくていいってことさ」
本来なら金が掛かる職業なんだぜ? と苦笑してみせるルッツに、コウキは気のない声で、そんなもんか……と答えてみせる。
板張りの床をブーツのつま先でコツコツと軽く叩いてみせるコウキの様子は、全体から余裕を滲ませている雰囲気が漂っており、実際に今まで依頼の中で魔獣やモンスターと出会っても、眉一つ動かす事なく速やかにその存在を屠ってきたコウキ。
武器は無名のカタナ一本で、予備の武器はなく、防具も魔獣の皮で作られた質のいいロングコートのみ。
普通ならばその上から軽鎧等を装着し、足甲や篭手等も見繕い、予備の武器も用意し、傷薬や医療道具異一式を揃えて、ようやく魔獣やモンスターの前に立てると言うのが普通の傭兵なのだ。
「まぁ、それも仕方ないさ。実際、魔獣やモンスター何かが出ても、コウキさんとルクセリアの姐さんがいれば、俺が何かしようと動いた瞬間には真っ二つになってるんだ。そりゃあ装備なんて考えなくてもいいってもんだ」
「そう言うお前は相変わらずごちゃごちゃしてるな」
「これが普通なんだよ。コウキさんや姐さんが異常なだけ」
苦笑と共にそう言うルッツだが、彼自身実力がないわけではない。少なくとも一年以内にはこの王都ローデンハルトを出て行く事が出来る傭兵だとコウキやルクセリアは睨んでいる。
今では世界に数多くいる傭兵の中では埋もれてしまうかもしれないが、それでも彼は才ある側の人間だった。
そんな人間の口から異常だと出てくるコウキとルクセリアには、正しく別格と言う言葉が当てはまるのだろう。
ルッツの言葉を肯定する様に、ギルド内で屯している傭兵達の何人かが、無言で何度も頷くのを鋭く黒い瞳で確認。そしてコウキの口から出てくるのは、やはり溜息だ。
「俺は普通に戦ってるだけなんだがな……何でここまで言われなきゃならんのだ」
「いい加減自分の異常性を自覚してくれ」
「ルッツの言う通りね。貴方はいい加減自分の力量を正しく把握して頂戴。後、賢いお金の使い方もね」
「あ、姐さん!」
「……その姐さんって言うの何とかならないのかしら」
む、無理ッス! とルクセリアの意識が向いた途端に全身を固くしつつも、頬を紅潮させたルッツは、傭兵としても男としても至って正常な反応である。
クール且つ物静かでミステリアスと言う性格で通っているルクセリアの気質は、魔性と言う言葉から程遠いものだが、その美貌は魔性と言うに値する。
淫魔や夢魔と言う種族の様に、視線一つで異性を骨抜きにさせる様な特殊性はないが、人では届かない妖しい魅力を持ったルクセリアの前で緊張するなと言う方が土台無理な話。
加えて彼女は傭兵の中では殆ど伝説的な人物であり、正しく生ける伝説と呼んでもいい。
そんな彼女を目の前にして、終わったのか? 等と平然とした様子でカウンターから腰を離し、軽く声を掛けるコウキがおかしなだけだ。
価値観がズレているとしか思えない。
力強いルッツの否定の言葉に今度は、ルクセリアが溜息を吐き、コウキがにやにやと笑みを浮かべる。
「終わったわよ。納得は出来ないけれど九五八〇〇Cで手を打ったわ」
「お金にがめつい女性は嫌われるです」
「五月蝿いわよ」
疲れた様に目尻を落とすルクセリアに対して、間髪入れず、憮然とした様子のメルファティナの声がカウンターの向こうから飛んでくる。
それに対しルクセリアも、硬く有無の言わせない言葉と声で即時応答してみせる。ある意味相性がいいのかもしれない。
ルクセリアの金色の瞳がメルファティナのいる方向からコウキへと移り、同時に金の粒が二つ握られた手を差し出し、それが分かっている様にコウキもそれを受け取る様に動く。
「残りは私が管理するわよ?」
「別に構わねぇよ。その辺りは任せる」
「思わぬ欠点だわ……まさかお金の使い方がここまで適当なのは予想していなかったわ」
「まぁ、今まで基本的に貧乏だったからな。今まで金の持ってなかった奴にいきなり大金持たせるなってこった。良かったな? 一つ賢くなったぞ」
「全く嬉しくない上にとんでもなく上からね? 一応咎めてるのよ?」
わかってる? と言わんばかりのルクセリアの視線に、緩い笑みで応えてみせるコウキは、受け取った金粒二つを手の中で少し弄び道具袋へと仕舞う。
ちゃりちゃりと少しくぐもった金属音を響かせ、道具袋の肥やしになる金粒。音を聞く限り、そこそこの通貨が袋の中には存在している事がわかる。
ルクセリア曰く適当な使い方という事だが、コウキのお金の使い方は、彼女が溜息混じりに言った様に、荒いのではなく適当なのだ。
適した分を使うと言う適当意味ではなく、ざっくばらんに扱うと言う意味での適当。
何を買うにしても無駄が多いのがルクセリアの中で目に付くと言う事らしく、お金の管理をルクセリア自らが買って出たのは一緒に行動し始めて間もない頃だった。
ルクセリア自身も、コウキから言わせれば金銭感覚がズレているのだが、単価が高いものを買ったり宿泊料金の高い宿屋に止まったりと言うだけで、無駄な物は買う事がない。
道具の効果や使い易さ、いい環境の宿屋を選択し、それを押し通しているだけであり、彼女自身もそれだけの事をする資金力を保持している。
故にコウキから言わせれば金銭感覚がズレているのだが、こと管理と言う事においては、ルクセリアの方が傭兵を長く続けているだけあり、使うべき時と使わない時の線引きをハッキリと明確化させているのだ。
「理解しちゃいるがな。こういうのは得意な奴に任せてる方が楽でいい」
「でもよ、コウキさん。実際の話、傭兵が他の奴に金の管理を任せるなんて、正気じゃないって言われてもおかしくないんだぜ?」
傭兵の生活は、その全てが自己責任。
金の使い方や管理の仕方一つ取ってもその事実に違いはなく、その上で他人に金を預けると言う事は、使い込まれる事も盗まれるのも自己責任だという事だ。
そう言った事態が起こった場合、ギルドには何の責任もなく、結局責任は使い込まれた本人、そしてその加害者にある。
事件が起こった当事者同士の責任に、ギルドは一切関係がないと言っていい。
しかし、それで納得が出来るならばこの世界に人同士の諍いなど起こる訳もなく、当然の様にギルドに対して責任と賠償を求める声が上がる事も少なくはない。
誰しも自分の身に起こった事を客観視し、冷静に背金の所在を明らかにして処理し、納得する事が出来る者たちばかりではない。
その事実をよく理解しているメルファティナも、ルッツの警告の声に、無言で何度も頷いている。
ぴょこぴょこと跳ねる赤い尻尾を視界の端に入れつつも、そんなもんかねぇ……とコウキは首を捻ってみせる。
コウキは自らの周りにいる人物達に忠告を受けつつも、まるで危機感を感じていない様な態度。
そんな彼に対し、声を上げたのはルクセリアであり、実際金の管理をコウキから任されている彼女が声を上げるのは、コウキのこれからを心配している事もあるのだろう。
「私が裏で密かに報酬を使い込んでたりしてたらどうするのよ? 貴方の適当な使い方じゃその事実も見抜けないわよ?」
咎めるようで、しかし、心配そうなルクセリアの声に対しても、コウキは笑い声を上げてみせる。
「お前が? はははっ! そいつぁいいな! けどそれだけはねぇな。お前はそう言う人間じゃねぇよ。これでも人を見る目はあるつもりだ。それに、例えそうなったとしてもそれは俺の責任だろ。見る目がなかっただけだ」
軽い口調と笑い声を上げるコウキは、その実、ギルドが声を大にして言っている自己責任という言葉を誰よりも深く理解しているのかもしれない。
今までも自らが起こした行動に対して責任がついて回った生活をしていたからこそ、彼の口から出てくる自己責任と言う言葉は、コウキの事をよく知らない人間が聞いても、一定の重みすら感じさせる。
しかし同時に、そんなコウキの口から出てくるのは、ルクセリアに対してのしっかりとした根拠のない、曖昧とさえ言える程に無償の信頼を込めた言葉だ。
その言葉と口調は、揺らぐ事なくしっかりとした意志を持っており、コウキ自身が真に心からそう発言していると確信させるには十分。
無償の信頼を気負った様子もなく示してみせるコウキ。根拠や理屈と言った細かい事全てを置き去りに飛び越えて、ルクセリアと言う個人を信頼している。
暗にそう言っているコウキの言葉に、青い肌の中にさっと薄い赤色を混じらせたルクセリアは、ついっとコウキから視線を逸らす。
ぼそぼそと呟くようにして出てきた小さな声は、コウキには届かず、霞のように溶けては消える。しかし、ルクセリアとしてはそれで良かった。
「こう言う所がズルいのよ……」
「あん?」
「……なんでもないわ」
誰かにいいように見られたい。いい人になりたい。異性に好印象を植え付けたい。そう言った下心や虚栄心等とは無縁の男なのだろう。
ただ自らが思った事を時と場合を考えて、自由に発言し、自由に振舞う事を大事にしている節が見受けられるコウキの言葉は、善悪関係なく他人に影響を及ぼす。
自らの感情に素直と言えるコウキの言葉は、他人の心へ向けて真っ直ぐに届く言葉でありながらも、時折妙に伝わりづらい不器用さも同時に兼ね合わせている。
乱暴で粗野な物言いで、相手の事等殆ど考えていないが、その代わり自分の感情や思考には驚く程素直な所のあるコウキの言葉は響くのだ。
自らにも他人にも素直に振る舞えない人間が多く存在し、周りもそう振る舞う様に言葉なき空気で促してくる。
そんな中で、まるで子供の様に素直に感情を晒すコウキの言葉は、素直に受け取るにはあまりに響きすぎる。
「……俺も見習おう」
「多分無理です」
「メルちゃん。人が決心した瞬間に否定するのはやめて……」
「コウキさんのあれは最早天性です。他人の思惑を排斥して、自らの感情に素直になれる人間なんてそうそういないです」
「だよねぇ……」
「だからこそそう言う男性は母性本能をくすぐるです。コウキさんみたいな粗野な印象を抱く男性が、ああやって自然に隙を見せると女性としてはグッとくるです」
「べ、勉強になります」
メルファティナの分析を、まるで神の啓示を聞き届ける修道者の様な面持ちで聞き入るルッツに対し、メルファティナ自身はカウンターの上に上半身を投げ出し、ダレた様にルッツを見上げている。
両者の温度差が激しいが、その事に突っ込む人間などこのギルドの中にはいない。
実際メルファティナの言っている事は、そう的を外してはいない。
自分が起こした行動の責任を自覚し、背負える分だけの責任しか背負わない様に動くコウキだからこそ、自分勝手ではない様に見えるだけだ。
誰かに対して望まない事を押し付けるでもなく、誠意が全くないわけでもない。
絶妙なバランスの上に成り立っている性格と振る舞いであり、正しく天性と呼ぶに相応しい。
自己中心的であるのは確定的だが、そんな面は誰だって持ち合わせている。
要はバランスが重要なのだ。度を越した自己中心、自分勝手でない限り、包容力あふれる相手からすればそれも魅力に変わる事がある。
「きっと今ルクセリアさんは思ったです。『この人は私がついてないと』って、きっとこうやって雁字搦めにされるです。多分ルクセリアさんは異性をダメにするタイプです」
「メルちゃんは?」
「私です? 多分私も異性をダメにするタイプです。今までそう言った事はなかったです。でもなんとなく分かるです、きっとコウキさんの様な人を好きになっちゃったら凄く甘やかす自信があるですよ」
それは異性をダメにする女性をコウキが作り出しているのでは? と頭の中に一抹の疑問が過ぎったルッツだが、それを口に出すほど空気の読めない男ではない。
ぼさぼさの茶髪に指を差し入れ、後頭部を軽くぽりぽりと掻くルッツは、コウキへ羨望と敬意を込めた視線を送っている。と、ルッツの耳がギルドのドアを開く軽い音を拾い、同時に視線はコウキからギルドの入口へと向かう。
その音に反応したのはルッツだけではなく、コウキもルクセリアもメルファティナもギルドの入口へと視線を向けており、同時に黒のローブを認識した彼らは少し瞳を見開き、入ってきた人物を捉える。
ギルドの中にいる全員が例外なく驚きの感情を宿した視線を向けられた人物は、黒のローブに銀色に光る紋章が刻まれた留め金を胸元に光らせている。
それが魔法騎士団の制服である事は間違いなく、身に纏うのは男性。
さらりと流れ、濡れたようにさえ見える艶のある黒髪。肉付きの薄いラインを描いている輪郭はシャープで、目元も涼やかな雰囲気が付き纏う黒の瞳。鼻梁は筋が通り、高く形も整っている。男性である事は確実であるが、その唇は少しぽってりとして瑞々しさを有しており、総評するならば、美男子の一言に尽きる。
身長も高く、コウキより頭半個分程高い。
それに比例する様に手足もスラリと長く、手足の動きには確かなバネとしなやかさが備わっているのが見て取れる。
優男とも言えそうなその人物は、ローデンハルトの全国民だけではなく、世界にも広くその顔が知れ渡っている人物でもある。
ローデンハルト魔法騎士団団長。カイン・ロスペタル。これが彼の名前だった。
ギルドの中にいた全ての人物の視線を釘付けにした彼は、男性にしては艶のある唇を僅かに動かし、性別を考えれば少し高くもよく通る声で告げる。
「私は魔法騎士団団長カイン・ロスペタル。女王陛下の命により参上した。今ここに傭兵のコウキ殿はおられるか?」
よく通るカインの声が告げたのは人の名であり、コウキと言うここ最近のギルドでは妙に聞きなれた名前に、ギルド内にいる全員の視線が一糸乱れる事なくカインからコウキへと移る。
その視線は明確に、お前何したんだよ。と告げているが、当の本人はわけがわからないと言わんばかりに瞳を軽く伏せて肩を小さく竦めて見せている。
「コウキさん」
「何だ?」
「悪い事したなら正直に言うです」
「アホか、冤罪に決まってんだろ」
メルファティナの妙に真剣な声に対し、コウキは軽く笑い声を含ませた声で答えてみせる。
この男には緊張と言う言葉が縁遠い存在の様で、遥か雲の上の地位にいる人物がその場にいようと、関係がないと言わんばかりにいつも通りの態度。
明らかにコウキがギルドの全員から吊るし上げの雰囲気を喰らっている現状に対し、少し気の毒そうな声を上げたのは誰であろう、カイン自身だった。
「あぁ、申し訳ない。彼が何かをしたと言う訳ではないのだ。女王陛下から一度城に来るようにと伝える様に言われていてな。ミーシャの事で少し聞きたい事があると。私自身も少し君に興味がある」
「ふぅん……そりゃあ光栄なこった」
カインの言葉に対し軽く答えたコウキは、何故か薄く笑みを浮かべているルクセリアを一瞥した後に、カインの前へと立つ。
長身のカインに対して見上げる様にして視線を寄越すが、構図だけ見れば、コウキの目付きが悪い事も相まって、優男を質の悪い悪党が威圧を掛けている様にしか見えない。
しかし、コウキ自身に悪意はなく、ましてや睨んでいるわけでもない。ただ普通に、魔法騎士団団長と言われる人物をよく見ようと近寄っただけに過ぎないのだ。
「随分若いな」
「そう言うアンタは随分美形だな。さぞかし女性に人気があるんじゃねぇか?」
「お世辞として受け取っておくが、君も人の事はあまり言えそうにないな」
そうでもねぇさ、と苦笑するコウキの肩には全く力が入っておらず、至って自然体のままカインに接していると言える。
少し視線を下げてコウキに相対しているカインは、目の前の男の態度に気分を悪くした様子もなく、ただ少し面白そうに笑みを浮かべている。
あまりに突然の魔法騎士団団長の登場に、唖然としていたギルド内の空気も少しは緩和されたのか、ヒソヒソと囁き合う言葉があちらこちらで上がっている。
尤も、その内容はコウキ達には聞こえない程に小さな声であり、多くの囁きが混ざり合い、大きな一つの声となって聞こえている様な聞こえ方。
そんな中で、コウキと関わりのあるルッツが声を掛けるのは、当然ながらルクセリアとメルファティナの二人だ。
「コウキさん。ほんとに何もやってないんだろうな」
「多分それはホントです。コウキさん自身もそう言う雰囲気ではないです。何より団長さんの雰囲気も、ただコウキさんを迎えに来ただけのような雰囲気です」
「まぁ、丁度良かったんじゃないかしら? 彼、各国の王様に会うのが旅の目的の一つみたいだし」
「各国の……」
「王様に、会う……です?」
途方もない目的と言えば、途方もない目的だ。
各国の王様に何か用事があるわけではなく、ただ会うだけが目的。普通の人間ならば、コウキの考えが全く理解出来ない上に、不可能だと断言しそうなものである。
しかし、傭兵になって一年所か一ヶ月も経たない内に、ローデンハルトの女王陛下からお目通りの機会が与えられている事実を考えれば、一概に不可能だと断じる事は出来ない。
相変わらず秀麗な顔を薄い笑みに彩るルクセリアは別として、メルファティナとルッツがコウキを見る瞳には、間違いなく驚嘆の感情が浮かんでいる。
驚きで彩られた深い深い青の瞳でコウキを捉えるメルファティナの頭に過るのは、一つの啓示のような物。根拠も理屈も理由もない、曖昧且つ不明瞭な可能性だ。
そして、過ぎった可能性は、呟くようにしてメルファティナの口から漏れ出す。
「コウキさんって……実は凄い存在なのかもしれないです」
「……かもしれないわね」
根拠も何もないメルファティナの言葉を肯定したのは、誰であろうルクセリアだった。
豊満な胸の下で腕を組み、金色の瞳を細めてうっすらと笑みを浮かべた彼女は、変わる事なくコウキへと視線を注いでいる。
メルファティナも深い深い青の瞳を、カインと話すコウキへと向けるが、そのコウキが一介の傭兵では収まらない存在に感じてしまった事で、妙な焦燥感が彼女を支配する。
その視線は、カインと話が終わった様子で近づいてくるコウキから、自然とギルド内に存在する依頼書が幾つも張り付けてある掲示板へと向かう。
メルファティナの様子に気が付いていないコウキではなく、視線が何処へ向かっているのかも見ていたコウキが反応するよりも先に、ルクセリアとルッツによってその機会は失われる。
「で? 何だったの?」
「女王陛下に呼ばれてるって話だが、ホントか?」
「……ん、あぁ、本当らしいな。ちょっと行ってくる」
「今から?」
「早い方がいいだろ」
まぁ、そうね……と言う静かなルクセリアの声に、じゃ、行ってくる、とコウキは踵を返しカインのいる方へと足を動かし、板張りのギルドの床を軽く蹴る。
しかし、視線はカインへと向かってはおらず、メルファティナが向けていた掲示板の方へと吸い込まれるようにして向かっており、黒曜石よりも鋭く輝く黒の瞳をスッと細め、掲示板を注意深く観察。
何処にでもある簡素な掲示板であり、木の板と厚手の魔獣の皮で作られた掲示板に、幾つも依頼書が張り付けられ、その前に屯している傭兵達が見える。
依頼書を見つつ、あぁでもない、こうでもないと相談し合う傭兵達の存在を無視し、ただ掲示板へと集中するコウキの視線が、掲示板の影――掲示板と壁が作る死角を見た瞬間、細められた瞳は納得の色を帯びる。
「ふぅん……なるほど」
小さく呟き、一人納得したコウキは、先導する様にギルドの入口を潜るカインを追って、軽い歩調でギルドを出て行った。
コウキが出て行ったすぐ後で、ルクセリアも「私もちょっと用事があるのよね」と出て行き、ルッツも依頼へと向かった。
それでもそれなりに人のいるギルド内でありながら、メルファティナはぐったりとカウンターに上体を寝そべらせている。
周りの傭兵達も、そんなメルファティナの様子に対し、無闇に群がるような事はしない。彼女は人気者ではあるが、傭兵達も彼女の状態を見て、話し掛けてもいいタイミングなのかどうかを判断できない様な輩ではないのだ。
皆の気遣いから誰にも話しかけられる事がなく、カウンターに突っ伏したメルファティナが思うのは、魔法騎士団団長のカインの後に着いて行ったコウキの事だ。
未だ目立った功績をギルド内で上げてはいない。雑用に次ぐ雑用と言ってもいい依頼をこなしている彼が、ギルド内で上げた大きな功績等無いに等しい。
竜の大量発生を収めた訳でもなければ、精霊を助けた訳でもなく、神族と会った訳でもない。彼自身が特殊なダストを有しているとは言え、それも一応はギルド内で蔓延しているだけだ。
そもそも、少々特殊なダストを有しているからと言って、女王陛下から直々に呼ばれる事などありはしない。そんな事実があれば王に謁見するなど、比較的容易い事になる。
神獣や精霊と契約している訳でもない。つまり、コウキと言う男は有名になる切欠等なかった男であり、それでもこれを機に、彼はローデンハルトでもそこそこの知名度を誇る人物となるのは間違いない。
個人が国の王に呼ばれるとはつまり、そう言う事だ。
「やっぱり只者じゃなかったです……彼なら、助けてくれるんじゃないかと直感的に思ったです」
でも……とメルファティナは表情に自嘲の笑みを浮かべる。
全ては遅い。彼は己の実力に相応しい舞台に立つ、これは決定事項だ。本人がどう思うかが重要なのではなく、周りが相応しい舞台へと彼を誘う。
真に実力のある者は、放っておいても周りがそれに目を付け、放置してはくれない。
そして、相応しい舞台に立ち、振る舞いをし、あるべき場所で力を振るう様になれば、メルファティナの願いはもう叶わず、遠く手の届かない場所へと行ってしまう。
やはり、全ては遅すぎたのだ。彼ならば……そう思った時に手を伸ばすべきだった。助けてくださいと一言言えば良かった。
「欲しかった物が……手に入る筈だった物が、どんどん、こぼれ落ちていくです」
今までも実力がある者や、一流と呼ばれる傭兵になる者がメルファティナの前に現れた事はある。その人達に手を伸ばそうと思った事や、実際に手を伸ばした事もある。
しかし、一度として願いを叶えてもらった事はなく、やはり望む物は手に入らない事ばかりだった。
そして、目の前に現れたコウキは、今までのどんな傭兵とも違う雰囲気を纏っていた人物。コウキ以上の力を持つ者や実力を持つ者は、少ないだろうがいるだろう。
メルファティナにとって、それは珍しくない。彼女の目は確かで、大成する者を見極めるのに長けている。
実際にコウキも、彼女の目から見ればそう言う雰囲気を持っている。
素人らしからぬ足運びに、この辺りでは目に掛かる事が少ない特殊な武器。それを提げている事に対しての違和感のなさ、どんな相手に対してでも狼狽えない胆力。
その全てが彼が大成すると教えてくれている。今までも見てきた物だ。
しかし、彼女が感じた今までの傭兵とは違うもの。それは、全体の雰囲気。
この人ならば伸ばした手を取ってくれるかもしれない。そう言った善性を訴える雰囲気ではない。
この人ならば何とかしてくれるかもしれない。ある種の安心感のような物を、コウキと言う男は纏っているのだ。
どんな無茶でも、無謀でも、不可能などない。そう思わせてくれるだけの雰囲気があった。万能感、全能感、そう言ってもいい物を、メルファティナはコウキと言う個人に感じていた。
それはまるで、御伽噺に出てくる神族ではない本当の神様のようで……。
「でも、全ては遅すぎますです……コウキさんはこれからどんどん遠くへ行くです。私がそれを邪魔するわけには、いかないです」
カウンターへと突っ伏し、顔を木の板へと押し付けた彼女の小さくも重い溜息は、ギルド内の空気に溶けて消えた……。
おはようございます。こんにちは。こんばんわ。
あっくすぼんばーであります。
いやはや、ちょっと時間かかってしまいました。でも多分これからずっとこれくらいの頻度になると思います。
今これだけじゃなくて、他にもプロット立ち上げてるモノがあるので……公開するかは不明ですけど。
一応応募用作品として私的に書く予定のモノですからね……。
これのプロット見返してて思ったんですけど、あらすじとタイトル名を変えようかなと。
物語の全体像とか全く見えないですよね、このタイトル名とあらすじ……。
なので、近々タイトル名とあらすじを変更しようかと思います。
物語の始まりから終わりまで、ざっくり書いちゃいますよー。
ではでは、恒例? の雑談ターイム。
届いたんですよDIVA。超楽しいですね、音ゲー下手くそですけど^^
ミクさん可愛いですね……知ってた!
あ、後、おかるってカップうどんがあるんですけど、これが中々どうして旨いです。
興味があって見つけた方はぜひぜひ食べてみてください。
生姜の味がほんのりして素敵な味わいですよ!
ではでは、今回はこの辺で。ここまで読んでくださった方、有難うございます!
次回またお会いしましょう!
あっくすぼんばーでした!




